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Monday Feb 21, 2022
平和経 第124話
Monday Feb 21, 2022
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レバレンド•ムーンは真の愛の哲学者
皆様の中にイエス様を信じる人がいるならば、イエス様の息子、娘のように近い立場に立ちたいですか、隣の家のおじさんのような立場に立ちたいですか。これをイエス様に尋ねれば、「横的ではなく、縦的な一番近い父子の関係だ」と言うというのです。なぜ父子の関係ですか。それは縦的な関係だからです。夫婦関係は横的です。それでは、縦が先ですか、横が先ですか。縦が先だとすれば、どうしてでしょうか。世の中のすべての物が創造されるとき、創造主は水平を見ながら造ったというのです。ですから、良いものは垂直になっています。茎はすべて垂直に育ちます。穀物を見ても、葉はすべて曲がっても、茎だけはまっすぐです。茎には根の茎と芽の茎があります。これらはすべて垂直です。
人間の始祖が第二原因者ならば、第一原因者である神様は高いところにいて、人間は低いところにいます。その中で神様の愛と人間の愛について語るとき、愛は縦的にならざるを得ません。ここで一つの概念の定義を下すことができます。完全に縦的な垂直を作る動作は何でしょうか。知識ではできません。それでは直行できません。知識は回りながら進みます。また、お金は天から下りてくるのではなく、地を転がっていきます。権力も垂直にできません。しかし、真の愛は直短距離を通るのです。
私はこれを発見し、どれほどうれしかったか分かりません。この原理でなければ解明できないのです。宇宙を解くことができません。真の愛とは何ですか。直短距離を経るものです。ですから、上から下に通じる真の愛があるならば、それは垂直にならざるを得ません。少しだけずれても垂直ではないのです。直短距離ではありません。何が宇宙の中で直短距離である垂直を占領できるのでしょうか。それは真の愛だけです。
私が最近、真の愛の話をするので、世界的に有名になりました。レバレンド•ムーンは真の愛の哲学者として知られるようになりました。父母は愛する子女が危険に直面したとき、反対に走っていって救うと言いますか。自分の生命は貴いですが、それが問題になりません。直短距離で駆けつけていくのです。これこそが偉大な福音です。それでは、宇宙の中心とは何でしょうか。直短距離で結ぶ垂直の場を占有できるものは何ですか。それがすべての価値の中心になっていれば、世界はそこから位置の策定が可能なのです。その垂直を中心として東側にあるのか、南側にあるのか、北側にあるのかを決定するのです。
垂直という言葉は、垂直自体を前提として語る言葉ではありません。横である水平を前提条件として語る言葉です。上という言葉は、上を中心として語る言葉ではありません。先に下を認めて語る言葉です。右側という言葉は、左側があることを先に認めて語る言葉です。女性だけで、女性という言葉は使いません。そのような言葉は不明確な言葉です。女性という言葉は、男性を先に存在する先有条件として語る言葉です。相対的概念を中心として語る言葉です。ですから、宇宙で一番まっすぐな垂直を探そうというとき、知識で探すことはできません。権力でも探せません。お金でも探せません。しかし、愛では可能だと見るのです。神様は絶対的なお方であり、神様の愛も絶対的なので、絶対に真だというのです。ですから、その愛は最短の距離を占有するのです。これが根本思想です。
宇宙の根本は愛と生命と血統
哲学に入門する人は、本を見ながら、「私はなぜ生まれたのか」と言いながら悩みます。女性たちは「男性たちに冷遇されるのが無念で悔しい。男性に生まれて一度復讐できたらいい。輪廻転生してそうなったらいい」と考えかねませんが、そのように考えてはいけません。
女性や男性、人が生まれるのは、誰のために生まれたのですか。子女は父母のために生まれました。父母はなぜいなければなりませんか。子女のためにいなければなりません。父母という言葉は、子女を前提として語る言葉です。子女という言葉は、父母を先有条件として語るものです。ですから、先有条件のために関係が結ばれるのです。自分を中心としては関係が結ばれる道理がありません。男性が生まれたのは、女性のために生まれました。真の男性になろうとすれば、先に真の息子にならなければなりません。真の息子になろうとすれば、孝子にならなければなりません。その次に、真の女性に会って真の夫婦にならなければなりません。真の夫婦において、妻は女性を代表したものであり、夫は男性を代表したものです。全世界の男性と女性の代表者です。動物世界は雄と雌、分子の世界は陽イオンと陰イオンから成っています。宇宙はすべてペア•システムになっています。そして、雄雌はすべて縦的な愛を中心として繁殖し、生きていくのです。
僧侶たちは、「女性との関係は考えてもいなかったのに、これは大変なことになった」と言うかもしれませんが、天上世界に行けばどうなるのか、すべて分かるようになるでしょう。男性として生まれたとすれば、何をするためにそのように生まれたのでしょうか。凸が凸のために生じましたか。その根本問題がここから出てきます。凸は凹のために生じたのです。また凹が凹のために生じましたか。凸のために生じました。天地の道理です。東洋思想も陰陽を中心として話をしますが、陰陽が合徳(和合)しなければなりません。そうでなければ未完成品です。その陰陽の合徳は何によってするのですか。愛です。ですから、男性が女性のために生まれたのは何のためですか。愛のためだというのです。男性の愛は男性にあるのではなく女性にあります。女性の愛は男性にあります。私自体に愛があるのではありません。
宇宙の根本は、愛と生命と血統です。神様は愛の主体であり、生命の主体であり、血統の主体です。それがなければ、人間は愛を感じられません。私も愛をもっています。生命をもっていて、血統をもっています。それは、自分一人では分かりません。しかし、自分の相対が現れれば、愛の周波数が来ます。生命が動くのです。血が沸きたちます。それは誰に似てそうなっているのですか。根本がないところでは生まれることができないのです。
それを見るとき、神様も同じだというのです。神様も愛をもっていて、生命をもっていて、血統をもっています。それでは、成熟したということはどういうことですか。成熟するということは、異性に対して愛を求めるということです。その時は、世界がみなその中に入ります。そして詩人にならない人がいません。思春期には、すべての人が詩人になるのです。
一人の男性ならば、それは男性を代表したものです。「私は男性を代表している」と考えないですか。何をもってそのように考えることができるのでしょうか。勉強して、お金を集めて、権力をもってそのように考えることができますか。絶対にできません。世界の男性たち中で、愛することにおいて負けない代表者として立ったというときは、すべての男性たちが「それは正しい!」と言うのです。愛の代表者になったとすれば、すべての人が好むというのです。悪い人、良い人を問わず、みな好むのです。女性も同様です。
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