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Monday Jan 22, 2024
真の父母経 第398話
Monday Jan 22, 2024
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第三節 天一国国民の生活
感謝する生活
天一国は、真の愛を中心として、天上と地上が一つになり、体と心が一体となり、自然と共に生きていく世界である。天一国の国民は、言葉のとおり、創造本然の生活をしなければならない。天一国が完成するときまで、神様が常に「私」と同行、同苦、同楽するのを感じることができなければならない。そのためには、常に喜び、祈り、万事に感謝する生活をしなければならない。感謝する生活には、天運と天福が共にある。真のお母様は、心を無にするとき、感謝する生活が始まると教えてくださった。
1 私(お母様)の生涯の座右の銘は、いかにしてきのうよりきょう、さらに感謝の気持ちをもって生きていくかということです。きのうよりきょう、さらに感謝し、あすはきょうよりもっと感謝しながら生きるために努力してきました。日ごと、感謝の気持ちをもつことが、私の人生の目標でした。お父様はダンベリーに出発される直前に、「不平を言ってはいけない。立てられた立場で感謝し、感謝することによって完全に一つとなったとき、大きな奇跡が起きる」と語られました。
2 皆さんは心を無にしなければならず、悔い改めなければなりません。高い位置にいる人は心から低い位置に降りていき、毎日の生活において天に感謝し、自分自身についても、「このように新しい出発をすることができて感謝だ」と言わなければなりません。
「きょう一日も、これまでできなかったみ旨のための活動に、最善を尽くすことのできる一日となるように導いてください」と言いながら、感謝の気持ちをもって生きるようになれば、周囲がすべて美しく見えます。そして、幸福になります。自分だけで大事にしまっておくことができないので、伝道をせざるを得なくなるのです。
3 本当に一〇〇パーセント感謝するとき、心と体が統一されます。そして、皆さんの周辺が幸せになります。皆さんが、天の下さった祝福に感謝する心をもって生活すれば、周辺をさらに幸せにすることができ、祝福を家庭と社会と国と世界に広げていけるだろうと思います。歴史始まって以来、一度しか来られない天地人真の父母様と共に活動した皆さんは、幸福な人です。
4 皆さんが責任を果たせなければ、蕩減というものが残ります。それはどうしようもありません。驕慢な態度を取らず、感謝の気持ちをもって生活しなさいというのです。本当に天に対してや、兄弟に対して感謝できる思いが湧けば、平和が訪れます。自分が自由になるのです。拘束を受けなくなるのです。
5 私たちは常に感謝しなければなりません。まず神様に感謝し、その次に、夫に感謝し、妻に感謝し、隣人たちに感謝しなければなりません。感謝すればするほど、より深い愛が連なって流れ込んできます。たくさん感謝をすればするほど、その感謝に比例して、神様の愛の量がさらに増えるでしょう。ですから、私が死ぬときには、感謝の言葉を世の中に残し、愛だけをもって父のみ元に帰ります。愛の中で永遠に生きるのです。そのときには、どれほど神様をあがめ、感謝しながら生きるだろうかというのです。それが夢です。
私たちは、愛の祝福の場に行くために、感謝する生活をしなければなりません。不幸にぶつかれば、神様もそれを御存じです。世界で最も不幸な状況にぶつかったとすれば、神様がそれを記憶せざるを得ません。その場で感謝することによって消化するようになれば、神様が「信じられる人だ」と言われるのです。それを越えていけば、世界にまたとない福を受けます。このような原則があるというのです。
6 今まで神様が苦労されたのは、結局、「私」のためであり、これから行くべき世界的な開拓路程の九五パーセントの使命も、私のために既に担っていらっしゃることを考えれば、私たちは神様に感謝せざるを得ません。ですから、信仰生活の本質は、神様に感謝することです。そのような気持ちが存在するとき、神様と一つの絆で結ばれる基になるのです。
自分がこの世で良い立場に置かれたときにのみ、感謝しなければならないのでしょうか。違います。神様は今まで、良いときにだけ私たちのために苦労してこられたのではありません。困難なときほど、さらに苦労することを決意してこられたのです。ですから、私たち自身も、神様を自分の父として侍るためには、私の代わりに働きながら闘ってこられた神様に対して、良い立場で感謝するよりも、困難な立場でさらに感謝しなければなりません。
赦し、愛する生活
真の父母様は、神様のためであれば、赦せないことも赦され、人類のためであれば、怨讐までも愛された。赦しと愛には、偉大な力がある。赦しは人の心を開き、愛は人を動かす。真の父母様の奇跡のような生涯の業績は、赦しと愛の生活によって成し遂げられたものである。真の父母様は、赦し、愛するようになれば、争いがある所に和解があり、紛争がある所に和合が広がり、戦争がある所に平和が訪れるようになると語られた。
7 お父様は、怨讐の名前を覚えていません。一日だけ過ぎれば、すぐに忘れます。すべて忘れてしまいました。ですから、怨讐がいないのです。怨讐の息子、娘が御飯を食べることができずにいるとすれば、私が米を買ってあげ、お金がなくて学校に行くことができずにいれば、学費を出してあげました。そのようにしてきてみると、滅びなかったのです。
ですから、お父様の名前を見るだけでも、サタンは後ろに退くようになるというのです。それゆえ、統一教会は発展するのです。統一教会が反対を受けながらもどのようにして発展できたのかというと、そのような愛の道理に従って原則を守ってきたので、神様が保護してくれて、そのように発展したというのです。神様が守ってくれ、サタンも破壊しなかったので、発展したというのです。
8 お父様は、日本統治下で独立運動をしたとして捕まり、死ぬほど拷問を受けられましたが、誰よりも日本のために祈り、日本の食口たちを愛されました。それで、私たちの教会には日本の食口たちが多いのです。また、世界各国のNGO(非政府組織)にも日本の食口たちが出向き、大活躍をしています。光復以降には、共産治下の平壌に行き、み言を伝えながら、無実の罪で二度も投獄されました。それにもかかわらず、「死の労働収容所」と言われた興南肥料工場で「監獄の中の聖者」という呼び名を得たのです。一九五〇年十月十四日は、北朝鮮の人民軍が撤収しながらお父様を処刑する日でしたが、その日、九死に一生を得て、脱出することができました。
四十年が過ぎた一九九一年、私たち夫婦は、金日成主席に会うため、当時の興南監獄を通り過ぎ、咸興の主席公館に向かいながら、万感の思いが胸に迫りました。そのときに、南北統一の新たな礎石を据えたのです。天の父母様は、赦し、愛する所に奇跡を起こされることを、改めて確信しました。
韓国でも無実の罪で獄中の苦労をされましたが、父母様は世界で愛天、愛人、愛国の精神と文化、そして、韓国語を教えられました。一九七〇年代、八〇年代には、アメリカやイギリスなどの地で、西洋の食口たちが「愛国歌(韓国の国歌)」を韓国語で歌う姿を目にし、感動の涙を流したという話もたくさん聞きました。
アメリカでも、ダンベリーの監獄に無念にも行かれましたが、アメリカを動かし、世界を救うために、あらゆる努力を傾けられました。その結果、多くのアメリカの指導者たちとキリスト教の牧師たちが冷戦を終息させるために先頭に立って歩み、それ以降も、超宗教平和運動のために共に力を合わせています。お父様は一言で言って、赦しと愛の人生を送られたのです。
9 ダンベリーにおける十三ヵ月間の言うに言えない受難は、もう一度父母の立場で、世界の前に、赦し、愛で抱かれる手本の生活となったことを皆さんは知っています。天は、愛によって人間に向き合ってこられながら、常に打たれて奪ってくる作戦を取られることを、(私たちは)知っています。歴史始まって以来、お父様以外に、自ら愛の化身となり、実践して行動した方がどこにいたでしょうか。ですから、天ですら感動せざるを得ず、いくら邪悪な人間だとしても、その愛の前に溶けざるを得ないことを、私たちは目撃しました。
お父様は、韓国社会の知識層である教授たちをはじめ、「国際勝共連合」の幹部たちから班の支部長たちに至るまで、全国的に教育を施しました。天を中心とした真の父母様の真の愛の理念が、全国にこだましています。「ただ、この真の愛だけが人類の希望である」と語られたのです。自分個人においては、心と体が真の愛を中心として一つになり、また、家庭においては、妻と夫が真の愛を中心として一つになり、さらには、氏族と国家、世界が、真の愛を中心として一つになることだけが、私たちの生きる道であることを力説されました。