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Saturday Dec 11, 2021
平和経 第58話
Saturday Dec 11, 2021
Saturday Dec 11, 2021
「世界一家族思想」の実践
満場の紳士淑女の皆様。私が始めた世界的な活動は、すべて国境を越え、人種の塀を崩し、そして超宗教的なものなので、汎世界的な運動の典型です。世界の統一教会員は、神様の真の愛を中心とする意識改革により、新しい世界観をもって一つの家族として生活しています。
アメリカの中で、白人と黒人の両者に摩擦と壁がない唯一の場所が統一教会です。アメリカがキリスト教思想を土台として人権と平等を叫びながら努力したにもかかわらず、解決できなかった白人と黒人の紛糾を、私たちが解決したのです。また、日本とアメリカ、そしてドイツ出身の宣教師たちが、過去の恨みと葛藤の歴史的事情を乗り越えて見知らぬ国に到着し、互いに面識もない中で三人一組の共同献身生活をしながら宣教をすることによって、「世界一家族思想」を実践しました。
そればかりでなく、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム、仏教など各宗教団体の和合のために、私が毎年巨額の支援をしながら宗教一致会議を開催することで、世界各地の宗教団体の長たちから称賛を受けていることは既に知られた事実です。そして、国際祝福行事で名門大学出身の日本女性を新婦に迎えた韓国の農村青年が、村の祝宴を通じて祝賀を受けました。このように血族として結ばれる関係の中で、日韓の民族的感情が問題になるでしょうか。
統一教会が開催する集まりには、いつ、どこであろうと人種間の葛藤や民族的な差別意識や宗教的な偏狭性がありません。洋の東西を問わず、統一教会員は私の思想に従って人格が変化し、利己的な自己中心の姿勢を清算し、他のために生きて与える生活をすることで、未来の理想世界市民の標本になることを目指しています。
統一運動は、まだ十分ではありませんが、今日の実績がもつ意義は宇宙史的です。有史以来、多くの聖賢の教えがこのような実績を目標にしてきました。また、この地球上の多くの良心的な人々が、正しく生きるためにその道しるべを探してきました。そして、どれほど多くの志のある若者たちが、新しい可能性を求めて明るい未来を夢見ながらさまよっているでしょうか。しかし、それを探している中で失望し、挫折した若者たちもどれほど多いでしょうか。
実際に足を運んで見てください!偏見なしに見てください。人が動機とならずに天運が共にある基盤を研究してください。そして、明るいあすを設計し、明確な価値観を立ててください。
そして、皆様が見ているように、世界の統一教会員たちは、老若男女を問わず献身の道を行きながらも、どれほど喜びに満ちているでしょうか。特に若者たちが、混濁した世の中の荒波の中でも最上の倫理、道徳の基準をもち、自負心をもって活動するのを見てください。
奉仕の歩みで生涯を終えたい
私は、世界の統一教会の若者たちを人類の希望、神様の希望として見つめています。狭い教派や宗派の観念を越えて地球人という大きな次元で考えてみましょう。
もし私が唱導した思想によって人格が変化し、他のために生きることができるようになれば、国の将来はどのようになり、私たちにとって南北統一は難しい課題となるでしょうか。また、全世界の人類がこのみ旨を受け入れれば、平和で繁栄した世界が保障されるのではないでしょうか。
より大きなもののために生きる私の哲学は、統一教会自体を発展させようとするものではありません。神様と世界が教会のためにあるのではありません。教会が神様と世界のために奉仕しなければなりません。私は今、継続して奉仕する道を探しており、この歩みの連続で生涯を終えるでしょう。
もう一度、皆様の祝賀に感謝しながら、きょうこの記念式が、単に私の古稀を祝賀する場を越えて、他のために生きながら存在すべき宇宙の公道を学ぶ会合となることを願います。
皆様の仕事と家庭に神様の祝福が共にあることを願います。ありがとうございました。
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Saturday Dec 11, 2021
平和経 第57話
Saturday Dec 11, 2021
Saturday Dec 11, 2021
2.宇宙の公道を学ぶ会合となることを
日付:一九九〇年二月一日
場所:韓国、ソウル、オリンピック・フェンシング競技場
行事:真のお父様古稀慶祝記念式
尊敬する内外の貴賓の皆様。世界百三十数ヵ国の代表者、国内の各界指導者、そして紳士淑女の皆様。公私にわたり忙しい日程にもかかわらず、きょう私の七十歳の誕生日を祝うために、このような盛大な席を準備してくださったことを感謝しつつ、特に天意に動機を置いた私の生涯を祝賀する皆様のお心に感謝申し上げます。
神様を動機として生きてきた七十年の生涯
先立って、多くの代表の方々が多くの賛辞で私の過去の業績を褒めたたえてくださいました。しかし、きょうのこの記念式が過去の功績だけを賛美する場であれば、大きな意義はないと思います。私の行跡が未来に、ある希望的な動機を付与するのか、人類の将来を明らかにすることにどんな意義があるのか、さらには宇宙を経綸される神様の摂理とどのような関連があるのかを中心として、祝賀の内容が決まらなければならないと思います。
天命に従って、前人未到の孤独な開拓の道を駆けてきた私の生涯が、多くの人々の無理解と反対の中で、外的に波瀾万丈だったことは周知の事実ですが、私の心の世界では、どのようにすれば神様が願われるとおりに生きることができるのか、どのようにすれば神様のみ旨を果たしてさしあげられるのかに焦点を合わせ、そのために一刻を争う緊張が連続していました。神様を除いては説明することができない私の生涯だったのです。
国家の運命はもちろん、さらには世界の運命と直結された私の行路において、神様と深い内情で通じながら過ごしてきた事情と神様と共に体感した最も深い場での悲しみも、最も大きな痛みも、最高の喜びも、鮮やかな記憶として回想され、特別な情感で神様に深く感謝申し上げつつ、この日のすべての栄光を、生きていらっしゃる私の父、神様に捧げようと思います。
これまで、私が世界的に築いた基盤に対して「驚異的な業績である」と語るのは率直な表現でしょう。しかし、私は外形的で可視的な基盤そのものよりも、その中のどれ一つも私自身を中心としていなかったという点と、現在よりは未来を、個人より全体を、小さなことよりはもっと大きな目的のために築いたものとして、天と地と歴史が公認する基盤であるという点に誇りをもちます。徹底して神様が動機となり、厳しい風霜と曲折の中でも神様が守ってくださったからこそ、成し遂げることができた基盤であるという点が貴いのです。
他のために投入してきた生涯
私の過去七十年の星霜は、決してたやすい道ではありませんでした。世の中に友もなく、師もいない、本当に一人だけの孤独な道でした。私が数多くの逆境と生死の境をかき分けてきながらも、勇気を失わずにいられたのは、神様との深い心情的交流があったからでした。誰もその深い境地を知ることができないなかで、密かに助言を常に与えてくださった神様は、私の生きる動機そのものであり、生命力の源泉でした。
私は他人の言葉に耳を傾ける余裕がありませんでした。わき目も振ることができず、世論に気を遣うこともできず、日々神様の願いを思いつつ、細胞がしびれる一体感で、その方の創造理想を成し遂げてさしあげようと、その目的に向かって、一心不乱に駆けてきました。
満場の皆様。私にかけられた神様の願いとは何でしょうか。本来堕落がなければ、神様は無形の真の父母であり、人間は子女になっていたはずです。人間は、真の愛の縦的な父母である神様と真の愛の横的な父母であるアダムとエバから、真の愛と生命と血統を受け継いだ真の生命体として、愛の過程を通じて生命の種を子孫に連結するようになっていたはずです。
そして、堕落とは、人間始祖が神様の縦的な真の愛のもとで、横的に真の愛を完結することができず、天使長に侵犯され、偽りの横的な愛を生み出したことです。この堕落の結果として、神様は愛する子女を失ってしまったのであり、人間は心と体が矛盾し、葛藤する故障した命として生まれざるを得なくなったのであり、悪魔は偽りの横的な愛を条件に、個人から世界に至るまで人間を不当に管掌してきています。
神様は、このすべてのものを原状に復帰する救援摂理をしていらっしゃいます。それで、原理に従って悪魔を自然屈伏させながら、メシヤ、救世主である真の父母に人類を接ぎ木して復帰するのです。
本来神様は真の愛の完全投入で創造をされたように、再創造過程である復帰摂理でも、ために生きて完全投入してこられることを知ったので、私も天命に従って生涯を捧げてこの原則を実践してきました。神様のみ旨の前で、徹底的に他のために生きながら投入し、完全投入してみたところ、今日の基盤が成し遂げられました。
現代科学技術の発達は地球星に大きな変化をもたらし、今後さらに大きな変化を予告しており、これに対して人類は英知を集めて対処すべき緊迫した状況に置かれています。一言で言えば、現代文明は重大な危機を迎えるかどうかの分かれ道に置かれているのです。この問題に対して人類は、まず超国家と超人種、そして超宗派的に、すなわち汎世界的なアプローチで共同の努力をしなければなりません。公害問題、人口問題、自然保護問題など、直面している問題がすべて汎地球星の問題だからです。
その次に、現代社会の病弊、特に倫理、道徳と人間性の退廃の問題、人種戦争や宗教戦争の危険性などは、すべて人間の本質の中に内在した病弊なので、その主体である人間の意識革命、人間改造の次元からアプローチして解決しなければなりません。決して、体制や制度上の問題だけではないのです。
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Saturday Dec 11, 2021
平和経 第56話
Saturday Dec 11, 2021
Saturday Dec 11, 2021
統一教会は何が違うのか
このような時点で平和か、新しい統一かという新しい一つの何かを創案しなければなりません。ですから、今後訪れるその世界においても、問題は私自身です。私自身が問題だというのです。私の心と体に平和の心情的基準が歴史の流れと通じることにより、社会のすべての逆境を克服できる余裕満々な心情的基準を、どのようにして私の心情の中に確立するか、これを私たちがどのように活用するかということが問題だというのです。
皆様が毎日ぶつかる問題は、心と体の闘いです。私個人でこの闘いが終わっていないので、家庭でもやはり同じことが起きるのです。私一個人を見れば、心と体が二つに分かれていて、家庭を見れば、妻や夫も同じなので、四人がいるのと同じです。十人なら十人がそのようになるとき、分裂するようになっています。これを一つに結束させることができ、天倫と人倫を結束させることができるものが愛です。これを、原理を中心として実証的に体得できるかできないかということを長年にわたって分析し、実践しながら今まで闘ってきたのです。
今後、世界に残る主義とは、どのような主義でしょうか。自分の民族のために働く主義ですか。違います。きょうこの場にも宗教協議会の役員が集まっていますが、自分の宗派のための宗教協議会をつくろうと言えば、宗教協議会は滅びます。自分の宗教団体を尊重するよりは、国と世界に連結され、数多くの宗教を包容できる、より大きな愛に出会わなければならないのです。
神様がいらっしゃるとすれば、神様は直ちに大韓民国を救うことと世界を救うこと二つの内のどちらを先にされるでしょうか。大韓民国と世界について考えてみるとき、大韓民国と世界を共に必要とする立場なら、大韓民国を救うことも必要だと思いますが、大韓民国を捨てて世界を救おうというのが神意だというのです。このような観点で、人倫、道徳を中心とする善や主義も同じです。自分を中心として引き寄せてはいけません。自分を捨てなければなりません。民族のために生きる立場に立つときは、忠臣になるのです。世界のために生きる、精神的な面と生活的な面の両面でために生きることができる人は、聖人になるのです。
そのような意味で、大韓民国が迫りくる太平洋時代に新しい旗手になろうとしていますが、大韓民国を第一とする政策を行えば滅びるというのです。アジアを中心とする大韓民国の政策を展開しなければなりません。そのような政策を土台として、世界を中心とする大韓民国の政策を展開しなければなりません。そのように一つの国家なら国家の政治や文化、宗教がみな、そのような精神で進んでいかなければならないのです。
統一教会が発展する理由も、個人が幸福になるためには、まず世界が幸福でなければならないという精神をもっているからです。これが既成の宗教と違うのです。個人が救われるためには、まず世界が救われるようにしなければなりません。宗教的な信念を中心として体得したものがあれば、それを自分のものとして体系化するよりも、どのようにすれば世界的な内容を中心として神意の心情的分野まで関係を結んで実践できるか、ということが問題です。
今まで皆様は、統一教会に対して多くのうわさを聞いてこられたことと思います。しかし、そのうわさが問題ではありません。今日この大韓民国の三千万民族が、あるいは数多くの宗派が、統一教会の文先生一人を打って栄えることができるなら、打ちなさいというのです。私が願うのは、大韓民国のための救援ではありません。世界のための救援です。神様のみ旨が世界を救うことであれば、世界を救うための大韓民国になり、大韓民国を救うための統一教会にならなければならないのです。そうであってこそ、統一教会も良くなり、大韓民国も良くなるのです。
宗教は国家と世界を救うことができなければならない
悪とは何でしょうか。自分を中心として引き込むことです。善とは何でしょうか。自分を捨てて無限に与えることです。そのような人であってこそ、聖賢の隊列に立つことができます。歴史を見れば、国家を中心とする偉人はたくさんいました。韓国を中心として見ても、李舜臣将軍のような方も偉人の隊列に入る堂々たる権威を備えています。ところが、あくまでも大韓民国という特定の国家を中心として見るときの偉人であって、聖人にはなることができないのです。聖人は、神様を基盤にして教えた道理を中心としなければ、聖人になることができません。
皆様も御存じのとおり、宗教的な指導者たちが聖人の道理をもてばもつほど、その人は超民族的であり、超国家的であり、超世界的です。それが聖人の教えです。一日の生活もそのような観点で、一生もそのような観点で実現させていくのです。そうすれば滅びないという観点で統一教会を発足させました。
統一教会の歴史を見れば、これまで三つの政権の迫害を受けてきました。自由党、民主党、そして革命政府からも圧迫を受けてきました。また、皆様も御存じのように、既成の教団から弾圧を受けてきました。ここに来られた宗教団体の指導者たちも、今まで統一教会を異端視してきました。それでは、どうして異端の輩として社会に物議を醸し出しているのかというのです。「統一教会を指導する文という人は独裁をしている」、あるいは「文先生は独裁主義者だ」といううわさが立っています。そして「統一教会の発展のために何かをしている」と言っています。勝共連合を結成して対国家的、対社会的な活動をしていることに対しても問題になっています。一般世論が誹謗中傷する内容を見れば、「統一教会でしていることは、自分の教派の宣伝であり、統一教会が国家的なある野心をもってやっているのは間違いない」と言うのです。そのような観点で統一教会を見ているので問題になっているのです。
最終的には、大韓民国と世界を救うことができる宗教にならなければ滅びてしまうでしょう。人々に「その宗教団体は信じられない」という認識が入れば滅びるというのです。宗教の和合運動を通じて新しい理想的な家庭から氏族、民族、国家、世界をどのように形成するかということが、今後において必要な問題であることを理解してくださるようお願いします。
今まで申し上げたこのような意味で、統一教会を創設したのです。新興宗教で未熟な点が多く、また社会から指弾を受けていることを私はよく知っています。しかし、文という人は、皆様が理解しているような人ではありません。今は、皆様が批判できる内容は、既にすべて批判し尽くしたと思います。今まで、問題の一団体として出発し、時が過ぎ去ることによって今日に至ったのです。
最後に宗教協議会の皆様に一つ申し上げたいことは、統一教会は、宗教協議会の世話になる教団ではないということです。大韓民国の世話になる統一教会でもありません。世界の世話になる統一教会でもありません。世界と大韓民国が世話になるようにし、宗教協議会が私たちの世話になるようにする宗教団体として残ろうというのが、私の所信であると同時に、私たちの志を中心として活動する全員の立場です。
このような点で、自分の主張を中心として相手に誤解を受けることも多かったと思います。今、この時間以降、そのようなことがあれば、皆様が兄弟の立場で接してくださり、この団体が良い意味で国と世界に貢献できるよう協助してくださることを願ってやみません。このように時間を割いてくださったことに対して感謝申し上げつつ、これで挨拶を終わらせていただきます。
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Saturday Dec 11, 2021
平和経 第55話
Saturday Dec 11, 2021
Saturday Dec 11, 2021
本然の神様と人間の関係回復のために創立
歴史は聖賢や義人たちを通じて導かれてきたので、人類歴史と世界を代表して主張してきた聖賢たちの教えが、今日人類歴史とどのように適合するかということが問題です。もし神様がいるとすれば、その神様は出発と同時に一つの方向を備え、過程を経て、一つの世界を成し遂げてくるはずです。その背後に天倫の摂理があるとすれば、その摂理に従っていくべき人類歴史路程も、その方向とどのように一致させるかという問題を考えざるを得ないのです。
ですから、神様と人間の本然の関係をどのように復帰すべきか、また、どのようにして神様の愛を中心とする人類歴史にすべきか。個人や家庭、あるいは特定の民族、ある特定の文化的背景など、人類歴史に関係する全般的な内容をどのようにして神意による世界観と一致させるかということが問題になったので、今日の統一教会を創設するようになったのです。これが、統一教会を創設した根本の動機です。それでは、そこに私たちが関連するだけでなく、神様を父として自覚できるそのような境地が可能なのでしょうか。また、そのような愛を受けることができる位置で、思想を中心として世界を一つに統一させる内在力をもつことができるのかということが問題とならざるを得ません。
家庭には必ず、父母がいて、妻子がいなければなりません。そうであってこそ、その家庭が幸福の基台になるのです。神様が人類を探し求めてきた目的も、神様御自身の幸福を実現するためだったに違いありません。ですから、神様御自身が幸福の基台を求めようとしても、人間を離れたところにはそのような理想はあり得ないのです。人間と関係を結んでこそ、一致点をもたらすことができるのです。私たちが、家庭において情緒的な内容をすべて備えた立場で幸福を感じるのと同じように、神様もやはりそのような立場で幸福を感じようとなさるのです。
このような点で見るとき、イエス様は再臨という命題を残して逝きました。今まで二千年、キリスト教の歴史は再臨理想に従って、イエス様が再び来られる一時を求めてきました。その一時の中心は何でしょうか。それはキリスト教で言う「小羊の婚宴」であると見ることができます。それでは、「小羊の婚宴」とは何でしょうか。漠然としています。それは、神様と人間の一致した愛が出発することです。人間で見れば、男性と女性が一つになることです。この二つが一つに結束し、理想的な世界に向かって神様の愛をたどっていくことができる基礎を準備しなければ、神様の愛を中心とする世界的な目的を果たすことができないのです。
ですから、来られるイエス様は、必ず神様が願う家庭を立てなければならないのですが、その家庭は真の家庭でなければなりません。今まで人類は、真の愛を追求してきました。いずれにしても、偽りの愛の形態が家庭や社会にあってはいけません。したがって、万民が共有できる神様の愛を中心とし、人類全体が願う最大の愛を中心とする一つの真の家庭が出現しなければならないのです。そのような家庭が出てこなければ、氏族を編成できないのであり、そのような氏族が出てこなければ民族を編成できないのであり、そのような民族が出てこなければ国家や世界を形成できないのです。ですから、神様が人類に提示した救援摂理において、人間が相対できる最高の基準と神様として願う最高の理想的基準点は、家庭にあると見るのです。ですから、統一教会には「祝福」や「合同結婚式」といった言葉があるのです。皆様も、そのような言葉を何度も聞いていらっしゃると思います。
それでは、その家庭は、どのような原則のもとに結束しなければなりませんか。神様を中心とする本然の真の男性と女性が一つにならなければなりません。そのような具体的な内容を、統一教会では教えています。その家庭は、自分個人を中心とするのではなく、世界を代表できる圏内で広がっていかなければなりません。
そのような内容を生活圏内で自覚して実践できる家庭を、この地球上に形成しておかなければなりません。そのようにしなければ、新しい民族、国家、世界を形成できないので、神様の愛と人間の愛が世界を中心として新たに出発できる基点を模索するために、今日様々なうわさのある教会として知られる統一教会が出発したのです。
世界が必要とする宗教
これまで、悪いうわさも多くありました。ところが、私自身が皆様の前に一つはっきりと申し上げたいことは、統一教会は滅びないという事実です。人意的なものは滅びます。しかし、天意による天倫の内容と神様の愛を保障する宗教であれば滅びないというのです。真というのは、理想的な内容が備わっていなければなりません。すなわち真の属性をもった内容と関係を結ばなければ真の価値が現れないというのです。
今までの宗教は、あくまでも個人救援を目的とし、個人を悪から救う内容を教えてきました。しかし今、世界が必要とする宗教は、個人を中心とする宗教ではなく、家庭を構築する一つの基盤を準備できる宗教です。天意によって保障され、人意によって公認され、天情と人情が一つになった位置で、いかなる試練にも耐える家庭救援の出発が歴史上に新たに現れれば、そのような宗教運動は世界的に広がるでしょう。それは、ある一カ所、例えば韓国という特定の民族を中心とするのではなく、超国家的、超民族的な基準で、家庭の理念を中心として行う運動です。そのような運動をする宗教があるとすれば、それは今後において絶対必要な宗教ではないかというのです。
皆様も御存じのように、今までアメリカが、民主主義を中心として歴史時代の主導的な役割を果たしてきました。アメリカが天意によって立てられて民主主義を主導できる国として復興したとすれば、アメリカだけを第一としてはいけません。世界の中にアメリカがあるのです。神様は、ある特定の民族が世界を主導する民主主義の形態を許諾することはできません。
アメリカが、民主世界において宗教的な責任を負い、政治、経済、文化において弱小民族を救援する立場に立って今日まで来ていれば、世界的な限界線まで行くことができたはずです。アメリカの国民を犠牲にしてでも世界を救う立場に立っていれば、アメリカは必ず世界を主導できていたはずです。ところが、皆様も御存じのとおり、アメリカは「ニクソン•ドクトリン」を掲げて、アジアの問題はアジアに任せるという立場で後退する政策を施行しました。これは民主主義の限界を超えていこうという立場ではなく、後退する立場なので、アメリカは今後、世界が警戒する運命を避けられないというのです。
共産主義もやはり同じです。共産主義は、世界を制覇するという途方もない思想体系をもってきました。この思想は、スラブ民族を中心として、ソ連を中心として世界を制覇するというものです。このような立場で見れば、この共産主義は悪の立場に立ちましたが、世界を一つにするというその思想体系は民主主義を追い越す主義になるのです。したがって、世界の人々を中心とする共産主義以上の主義が出てこなければならないというのです。それでは、天の道理と人間が願う最高の道理とは何でしょうか。それはすなわち、超国家的、超民族的な新しい世界観をもった一つの教団が出てくれば、その教えを中心として、私たち個人の生活から絶対的な次元に至るまで天倫と一致できる生活の鉄則が必要だというのです。
ですから、大韓民国なら大韓民国を中心とする世界的使命があるはずです。世界のために生きることができる大韓民国にならなければなりません。それでは、今、世界が私たちの生活圏内に入ってくる現時点において、大韓民国やアメリカや世界各国が必要とするものは何でしょうか。ある限界点以下にある国家や、特定の主義を中心とする主張では、この途方もない時代的な流れを消化することはできません。必ず天倫と通じる主義が必要です。そこには数多くの国家と数多くの宗教、数多くの民族、数多くの氏族、数多くの家庭、数多くの個人が、すべてその圏内に吸収されるべきです。そのようなことができる内容を備えた新しい運動が必要な時が近づいていることを私は感じました。
それでは、これが可能なのか、これで結束できるのかというのです。このような問題は、今後、皆様が統一教会について研究してみれば、ある程度分かるようになるでしょう。この世界を救うためには、どこに問題があるのでしょうか。この社会が問題ではありません。「私」自身が問題です。私の心と体が闘うので、世界的にも、それと同じ形態で唯物論と唯心論が出てこざるを得ないのです。これが世界的に止揚統一される時期になったのです。このような時を終わりの日というのです。
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Saturday Dec 11, 2021
平和経 第54話
Saturday Dec 11, 2021
Saturday Dec 11, 2021
1.統一教会の創立意義と背景
日付:一九七〇年七月十五日
場所:韓国、ソウル、龍山区、統一教会本部
行事:韓国宗教協議会七宗教団体指導者訪問
超宗派的、かつ超教派的な韓国宗教協議会を組織したことに対し、心から称賛申し上げる次第です。この宗教協議会を中心として、すべての宗教が新たに心を合わせ、この民族の前に多くの精神的な基盤となってくださるようお願いします。併せて、宗教協議会を創設された皆様が互いに協調するという意味で、世界基督教統一神霊協会を宗教協議会に加えてくださったことに対しても感謝申し上げ、御多忙中にもかかわらず、周囲の難しい環境を退けて、当協会を訪問してくださったことに対して、心から感謝申し上げます。ぜひ宗教協議会を中心として超宗派的な活動を積極的に展開し、現韓国社会において新しい中心の役割を果たせる求心体となり、新しい福地化運動の先鋒に立って、多くの貢献をしてくださることを心からお願いするものです。
神様のみ旨によって創立された統一教会
今、私が、御来賓の皆様に一つ申し上げたいことは、なぜ統一教会を創設することになったのかということです。この問題を中心として、簡潔に申し上げたいと思います。私がこの教会を創設するようになった動機は、人意、すなわち人による意志よりも、神意、すなわち神様のみ旨によって出発したということです。
今日のこの社会や歴史は、人意だけで形成されていないことは、皆様がよく御存じのことと思います。ここには必ず、神意を中心とした、ある大きな意志を中心として、一つの目的を指向しているのです。そのような意味で、人の意志だけで教会が創立されては、歴史の流れや今後の新しい世界に貢献できないと考え、神意に立脚して新しい宗教を創設したのです。人意と神意が合わさることができる一つの組織体が宗教であり、宗教は必ず神意を中心として、人類全体が願う人意的なすべてのものを結束しなければなりません。
それでは、神意とは何でしょうか。神様のみ旨というのは、ある特定の社会を中心としたものではなく、超民族的であり、超宗派的であり、超国家的な性格を帯びているものです。そのような目的を中心としなければ、神様が願うみ旨を完結できないことを、私たちは歴史を見ることによって知ることができます。そのような意味で、人意もやはり、ある個人の意志やある団体の意志を中心としたものではなく、神様のみ旨と一致できる世界的な内容を備えたものにならなければなりません。これを内外で統合することに宗教の使命があると思います。
それでは、神意と人意を一致させるためには何がなければなりませんか。神様の愛と人間の愛が合わさることができる内容がなければなりません。神様が人間と一つになれる愛は、ある特定の個人や特定の民族、特定の国家を中心としたものではなく、超国家的な立場で、人類と世界を愛する心情的な紐帯を備えなければならないのです。ですから、神意と人意の一致点を明確にしなければならない宗教は、人意を中心とするのではなく、神意を基盤として、神様を中心とした愛に人間の意志をどのように結束させるかということが問題とならざるを得ません。
そのような意味で、神様のみ旨と人間の意志は宗教という形態を備えて結束させなければなりませんが、その中心は必ず愛でなければならないのです。その愛は、ある特定の民族や特定の国家だけでなく、世界を越え、すべてのものを超越した愛でなければなりません。そうでなければ、真の宗教の基盤を世界的に形成できないというのです。
それで、今までの歴史は聖賢たちを中心として動いてきました。彼らは、人意的な立場だけでなく、天意を介在させた立場で主張した人々です。彼らが目的とするところは、ある特定の民族だけでなく、世界的な限界線を越えていました。それを教えてくれるのが、聖賢たちの道理です。その道理を中心として、天意と人意が一致できる内容を連結させてきたのが宗教です。それで、聖賢は、天倫を基盤として人倫を結束させる基準を立ててきたのです。ところが、これは、あくまでも世界的な限界線を越えることのできる道理であってこそ、聖賢の道理になるのです。そのような聖賢の道理を中心として、今日の人間は道義的な分野で人倫、道徳を立ててきたのです。
神様が願う愛の世界である家庭
このような点から見るとき、神様と人間が一つになろうとすれば、その中心位置はどのような位置になるべきか、ということが問題になります。それでは、神様が願う愛と人間が願う理想的な愛が結合できる決定的なその中心はどこかという問題を考えてみるとき、神様がいるとすれば、神様と最も近い位置とならざるを得ません。その神様の愛に接触する基盤は、個人を中心とした愛の基盤ではないので、あくまでも世界と連結される愛の基盤にならなければ、神様の愛と人間の愛が結合できないのです。
そのような意味で、神様の愛と人間の愛が結束できる最も近い位置とはどこでしょうか。神様を中心として人意が従っていく位置、言い換えれば、神様の愛を中心として人間の愛が順応する位置です。そのような神様の愛を中心とした、最も近い位置を追求してみるとき、その位置は、神様の真の息子になる位置にならざるを得ないのです。
そのような神様の真の息子がいるとすれば、その息子を中心として神様の真の娘が必要なはずです。その息子、娘を中心として神様が愛することができる真の家庭、神様が愛することができる真の氏族、神様が愛することができる真の民族、神様が愛することができる真の国家、神様が愛することができる真の世界を追求していかなければならないと考えたので、神様と人間の間に世界的な基準の愛の関係をどのように結束させるかという問題を中心として、今日の統一教会が発足するようになったのです。神様の愛は、必ず歴史過程を経てこそ成し遂げられるのですが、その過程は必ず聖賢たちが主導してきたことを私たちはよく知っています。ですから、聖賢たちは天倫を中心とする神様の教えをもって、今まで人類を導いてきているのです。
それでは、今まで歴史上に生まれては逝った聖賢たちの中で、より偉大な聖賢とは誰でしょうか。もちろん、その経典の教えも重要ですが、それよりもっと重要なことは、神様と人間が最も近くなる道を教えてくれる宗教が必要だというのです。そのような点から見るとき、それを教える宗教はどのような宗教でしょうか。歴史過程において今まで残されてきた宗教を中心として見るとき、他の宗教よりもキリスト教が高次元的な立場で紹介されたのではないかと判断したので、キリスト教を中心とする統一教会を発足させることになったのです。
イエス様を中心として見ても、彼は神様を求めるとき、漠然とした神様よりも、具体的であると同時に生活の中で近くに接することができる神様を求めてきたのです。それで、イエス様は神様に対して「私の父」と言いました。心情的な関係において、父以上の位置はありません。ですから、イエス様は、神様と人間の関係を父子の位置にまで導いて結束させる心情的な基盤を築いたのです。これはすなわち、神様が願う愛で結束した世界を成し遂げるためには、必ず心情的基盤がなければならないことを意味しているのです。その位置は、父子関係以上の位置でなければならないのです。
ですから、イエス様は、「神様は私の父である。私は必ず来なければならないひとり子である。万宇宙の中で神様の愛を最初に受けることができる人は私だけである」という主張をしたのです。このように見るとき、キリスト教がどの宗教よりも神様の心情を中心として具体的な内容を備え、神様と最も近い位置で説破しているというのです。イエス様は「私は花婿であり、あなた方は花嫁である」という立場で語られました。これは、神様との関係を結束させるときに、どの宗教よりも最も近くなる基点を説破したものです。また、信じて従った信徒たちに、「互いに兄弟である」と言いました。この言葉は、万民は一つの兄弟だという新しい宗教理念なのです。
神様が願う愛の世界は、必ずこのような基準を通らなければならないのです。神様が愛することができる個人、その個人で構成された家庭、その家庭で構成された氏族、その氏族で構成された民族、その民族で構成された国家、そしてその国家を通じて構成されるべき最後の目的地である世界の範囲まで連結させるためには、そのような心情的な基盤を土台としなければ結束させることができないのです。これは、歴史過程に必ず現れなければなりません。
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Wednesday Dec 08, 2021
平和経 第53話
Wednesday Dec 08, 2021
Wednesday Dec 08, 2021
16.ために生きる生活で平和世界を創建しよう
日付:二〇〇四年九月十六日
場所:韓国、ソウル、リトル•エンジェルス芸術会館
行事:アメリカ財界指導者投資使節団招請晩餐会
著名なアメリカの財界指導者の皆様、大韓民国の政界、財界など、各界の指導者、そして紳士淑女の皆様。きょう、神様を中心とする絶対価値観のもとで生きてきた私が設けた晩餐に、御出席してくださったことを心から歓迎します。
生涯にわたり天命に従って平和世界の実現のために尽力してきた私は、最近、光陽湾圏経済自由区域に指定された全羅南道麗水市華陽面一帯に、人類和合と統一の理想を中心とする大規模観光リゾート開発を提唱しました。今から、その基本精神の一端をお話ししようと思います。
平和理想は、歴史を通じて万人の願いでしたが、人類は、ただの一度も恒久平和を実現することができませんでした。それは、今まで人類が、共有できる絶対価値観を立てることができず、無知と混沌、分裂と闘争の中で生きてきたからです。変化し、葛藤する人間自体の中から、絶対価値観が出てくることはできません。絶対者、造物主、神様にその根源を置かざるを得ないのです。
愛の本体であられる神様は、御自身の絶対愛の対象として人間を創造されました。愛の主人や主体の位置は、独りで成し遂げられるものではなく、相対を通して成立するのです。私たちが相対や隣人のために生きなければならない根本原理がここにあります。この愛の絶対価値観は、いかなる政治理念や経済原理よりも上位にあり、時代を超越する天理です。
宇宙を造られた神様、法度を立てられた神様とはどのような方でしょうか。宇宙を通じて、誰よりもために生きる代表的な立場に立った方です。ですから、その方に出会おうと思えば、ために生きなければならないのです。その方は、知識の大王ですが、知識をもってきなさいとはおっしゃいません。能力や権力、あるいはお金や物質の主人であり大王ですが、それをもってきなさいとはおっしゃいません。「ために生きたのちに来れば、誰でも私のそばに来ることができる」とおっしゃいます。神様は、自己本位の独裁者ではありません。神様は、人間のために投入されました。ですから、人間の本心は、千年、万年、神様に従っていこうとします。ために生きる天理のもとにある宇宙の存在世界の前で、他のために存在することが自らの存在位置を定めることになるのです。
ために生きることによってのみ、東洋と西洋に通じることができ、古今に通じることができるのです。自己本位で利己主義的にのみ活動すれば、悪をもたらしますが、全体のために活動するときは、発展をもたらします。
善と全体のために歩むときは、すべてのものが調和するようになります。個人も門を開き、家庭も、氏族も、民族も、国家も、世界も、天の国も門を開いて歓迎するのです。真の人生が行く道に一つの公理として立てるベきものは、「ために生きよ」ということです。これは、どこにでも通じる原則であり、万古不変です。孔子やイエス様、釈迦牟尼やムハンマドのような聖人の前に神様が現れて、「あなた方はどう思うか」とお尋ねになれば、「そのとおりです!」と答えるはずです。それが、真の姿で人間が生きることのできる宇宙の法則なのです。
また、歴史的な伝統として残すことができる実績とは何でしょうか。犠牲精神によってために生きた実績だけが、今日の世界に残されてきました。そのような人々が、聖人として、偉人として、忠臣として、あるいは孝子として残されました。このような犠牲精神のもとでのみ功績が残るのです。犠牲になることは、功績を残すことになるのです。
レバレンド•ムーンの思想が、今後二十一世紀において主体思想として登場できるのは、今までの「自分のために生きよ!」という中において、正反対の「他のために生きよう!」という原則を発見したからです。ですから、人類の希望は、私たちの統一運動以外にはありません。「自分のために生きよう」という世界ではなく、「利他的に生きよう」というこの群れのあとを、これからの世界は、数千、数万年従っていくでしょう。「自分のために生きよ」と言うところには、世界は従っていきません。従いたくないと思うのです。
それでは、どのようにして調和統一をするのでしょうか。暴力やお金、あるいは権力や知識でするのではありません。愛を中心とするために生きるところにおいて、万事が解決されるのです。真の愛を中心としてために生きていくところで、悪魔の世界が天国に再創造されていくという結論です。
「私」が人を屈服させる方法は、闘って勝とうとするのではなく、その人のために「私」が父母、師、主人の立場で先に考えてあげることです。そのような道は「私」が勝つ道です。三年だけでも真心からために生きてあげてみてください。間違いなく「私」の言うことをよく聞くようになるでしょう。そのような宇宙の原則的な作用が、人間の本心を動かしていることを知らなければなりません。
よりために生きなければなりません。よりために生きる人が責任者になるのです。十人の中で誰が中心になるのかというと、他の人たちのために最も多くの愛を施し、ために生きる人です。その人には、他の人たちがみな訪ねていくのです。一般的に、ために生きることは、損をするよくないことだと思いがちです。しかし、主人になり、中心者になり、相続者になることを知らなければなりません。天理がそうなのです。
アメリカの指導者の皆様、そして国内の高名な指導者の皆様。私はこれまで、無理解と無数の迫害にもかかわらず、当代において、世界百九十一ヵ国に、超人種、超宗教、超国家的な基盤を築くことができたのも、また神様と霊界の公認を受け、地上で人類の真の父母と平和の王として公認を受けることができたのも、先にために生きて与える真の愛の天道を実践してきたからです。相対のために与える真の愛によってのみ、和合統一が成し遂げられ、平和の理想が結実します。私は、天道に従い、真の愛、真の父母、真の家庭の実践原理によって人類を指導してきました。
祝福結婚行事を通じた理想家庭実践運動や、超国家、超人種、超宗教的な平和運動も、すべて先に模範を示しながら、ために生きて投入する真の愛の運動です。今まで犠牲的な投資を通して築いた、世界各国の各レベルの教育機関を通じた愛天愛人愛国の建学理念の実践も、ニューズ•ワールド•コミュニケーションズ社を基盤とする、「ワシントン•タイムズ」、「UPI通信社」、「世界日報」をはじめとする世界的な言論機関の育成も、責任言論と公正言論を通して、ために生きる真の愛で世の中を正しく指導しようとするものです。超宗教平和運動、思想指導運動、文化芸術活動、技術平準化運動、超宗教超国家的な学術科学振興運動、奉仕活動、青少年指導と女性運動、スポーツ育成など、私が創設したすべての運動の基底には、真の愛の実践原理があります。ビジネス分野にも、人類共生という大きな目標のもとに、単なる利潤追求を越えた、より高い絶対価値のための明確な動機と方向性をもっています。
人は、天道が願う真理の道、真の愛の道を行かなければなりません。必ず行かなければならない真の愛の道は、人間が繰り広げるいかなる活動や事業よりも優先される根本となります。いくら財産や大きな力をもっていたとしても、ために生きた基盤がなければ、それは一時的であり、消滅せざるを得ません。反面、施して利他的に生きる生活は、自然と主体と中心者をつくりあげるのです。
利己的な打算を越えて、共に生きるべきマクロ的な平和思想と南北和解、そして韓半島の平和に焦点が合うならば、実に貴重なものを多く得るだろうと信じます。神様の再創造摂理の原則に従い、力や自己本位の生活が主導し勢力を得ていた先天時代が過ぎ去り、今や、絶対価値観が理想的に結実する後天時代が到来しました。
神様の永遠の平和王国を中心とした後天時代は、すべての障壁が撤廃され、ために生きる真の愛で生きる人が主人となり、中心となる時代です。皮膚の色、言語、慣習、領土間の偏狭による利己的な葛藤は、すべて消えていくでしょう。
今私たちは、絶対価値観を中心として、お互いにために生きながら、共に生きていく理想世界を創建する時です。皆様全員が天道に従い、利他的な生活によって事業を行うことにより、神様の永遠の祝福を受けることを祈りながら、私のお話を終えようと思います。
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Tuesday Dec 07, 2021
平和経 第52話
Tuesday Dec 07, 2021
Tuesday Dec 07, 2021
真の愛の三代圏が天国の基本モデル
次に、子女の心情圏とはいかなるものであり、またいかにして得られるのでしょうか。家庭では父母が中心となります。家庭における父母の位置は、神様の位置です。父母なくして生まれた子女というのはあり得ません。したがって、父母と子女の関係は、人間の意志で規定される人倫の次元を越え、天倫が結んでくれる関係であると言わざるを得ません。
ですから、父子の関係は、横的関係ではなく縦的関係なのです。人間の努力で変えることもできる運命的関係ではなく、絶対的で永遠の宿命的関係なのです。子女は、父母を縦的な神様の位置に迎えて暮らしながら、真の愛の心情を学び、体恤するようになります。
父母から相続された愛と生命と血統が、神様が根源になっていることを自然に学んで身につけるのです。このように父母の生き様を見て学んだ子女たちは、成長して、堕落性とは無関係な真の夫婦となり、その後には、彼らも真の父母の位置を獲得するようになります。このように、真の愛の心情を中心として三代圏を引き継ぎながら反復する家庭単位の球形運動が、正に天国建設の基本モデルになるのです。
最後に、兄弟姉妹の心情圏は、真の父母に侍って一家族を形成して暮らす兄弟と姉妹が、真の愛に基づいて神様と同じ心情圏を形成することを意味します。
先ほど、兄弟姉妹の関係は、前後の関係を代表すると話しました。真の愛を中心として真の夫婦となり、真の人生を生きていく真の父母に家庭で侍って暮らす子女たちは、兄弟姉妹間においても、自動的に天倫の秩序を守って生きる道理を悟るようになります。
弟は兄に父親のように侍り、兄は弟に対して愛の心情で世話をしてあげるようになる美しい姿です。兄が前を代表すれば、弟は後ろを代うするのです。兄が父親の立場を代表すれば、弟は母親の立場を代表するのです。このような、兄弟姉妹の心情圏の完成は、彼らが社会生活をする中においても、愛と奉仕で「ために生きる生活」を実践躬行する根幹になるのです。
真の家庭を立てることの重要性
尊敬する貴賓の皆様。このように、四大心情圏を完成した真の平和家庭王国の数が増え、真の平和氏族王国となり、真の平和民族王国、真の平和国家王国、さらには真の平和世界王国を完成するようになるとき、その世界が正に神様が理想とされた創造本然の世界であり、地上天国であり、きょうこの場でレバレンド•ムーンが宣布する永遠の地上平和王国になるのです。真の家庭を立てることが、このように深刻で重要な天命であるという事実を、今まで人類は知らずに生きてきたのです。
しかし、今は時が変わりました。世界の至る所で、レバレンド・ムーンの教えを受け、平和王国の建設のために奮然として立ち上がる各界各層の指導者の数が、幾何級数的に増えています。たとえ命を失うようなことがあっても、必ず純潔を守り、真の家庭を築いてみせるという若い知性ある人たちの喚声が、天地を揺さぶり動かしています。
既に世界的に数億組の祝福家庭が送り出されており、彼らは、倫理と道徳が急速に崩れていく地球星を守る役割を果たしています。それだけではありません。霊界では、私たちよりも一歩先に進んで、平和王国時代を力強く開いていきつつあります。
五大聖人をはじめとして千二百億組以上の祝福家庭が、昼夜を問わず地上界を協助しながら、迫りくるその一日のために準備しています。創造原理によれば、地上界で先に神様の理想世界を完成するようになっているのです。
真の愛の革命完遂と神様の祖国
今日の人類は、堕落の後裔ではありますが、限りない神様の愛と霊界の協助によって、今ではどのような天国が創建されなければならないのかを知るようになりました。したがって、今や霊界で成就しているこの奇跡のような出来事を鑑(かがみ)として、真の愛の革命を完遂する時代圏に入っているという事実を肝に銘じなければなりません。
皆様も、今からは、心の扉を大きく開き、天がこの時代に私を通してくださる天の秘密のみ言を受け入れるべき時になりました。この場に立ったレバレンド・ムーンは、皆様と同じ肉身をもって生きる一人の人間でもありますが、天の摂理から見れば、六十億の全人類を救援し、天のみ前に原状回復させる天命を受けて地上界に降りてきた神様の全権大使であることを知らなければなうません。
霊界の五大聖人たちをはじめとして、大勢の指導者たちはもちろん、マルクスやレーニンのような共産主義者たちの魁首や、地上界であらゆる蛮行と殺傷を行ったヒトラーやスターリンのような独裁者たちまでも、私の教えに救われ、心を入れ替えて新しい人に生まれ変わりました。
地上であらゆる栄華と富貴を享受していった歴代の帝王と大統領たちはもちろん、世界的な名声を博した言論人たちさえも、この天宙史的な真の愛の革命の隊列の先鋒に立ちました。彼らはみな、レバレンド•ムーンの「真の家庭理想」の教えに新しい覚悟を誓う決意文を地上界にまで送ってきています。
レバレンド•ムーンこそ人類の救世主であり、メシヤであり、再臨主であり、真の父母であると、天上天下に宣布しています。彼らの決意文は、既に地球星の津々浦々にまで響き渡っています。
尊敬する貴賓の皆様。今ではもうすべてが時間の問題です。皆様の周囲を一度見渡してください。前後左右、どこに未来を約束できる希望を見いだすことができるでしょうか。誰彼を問わず、私たちはみな、遅かれ早かれ、すべてのものを子孫に譲り渡して旅立たなければならない期限付きの人生を生きているのではないですか。真の家庭理想を皆様自身の家庭において完成し、子女たちの永遠の平和と幸福を保障してあげることよりも、貴く価値あることがどこにあるでしょうか。神様が数千年間待ち続けてこられた平和王国をこの地上に建設することに、誰が躊躇するというのでしょうか。
私は、もう八十五歳の老齢になりました。しかし、この崇高な天命を完遂し、地球星が神様の真の家庭で満ちあふれるその日まで、中東地域から銃声が途絶え、平和と歓喜の祝砲が響き渡るその日まで、そして、私の祖国韓半島から聞こえてくる統一万歳の声が、太平洋を越えてこのアメリカにまで響き渡るその日まで、レバレンド•ムーンは誰よりも先頭に立って走るでしょう。
世界六十億の人類を代表し、きょうこの式典に参席された高名な指導者の皆様も、レバレンド•ムーンと共に手をつなぎ、人類の念願であり、神様の創造理想である平和王国をこの地上に創建する主役になってくださることを願う次第です。ありがとうございました。
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Monday Dec 06, 2021
平和経 第46話
Monday Dec 06, 2021
Monday Dec 06, 2021
神様は、愛する息子、娘を地上に送られ、絶対的な一つの国家を立てるみ業を進行させてきましたが、現時点において、一つの国家を復帰できる基盤が準備できていません。常に失敗してきたので、この地上に天の人を送り、摂理を推進させ、成就させるために苦労してきたのが、今までの復帰摂理歴史なのです。
神様が私個人を犠牲にしたとしても感謝しなければならず、また私の家庭と氏族、民族、国を犠牲にしたとしても感謝しなければなりません。そのような私と国が現れてこそ、世界はその国によって収拾されるのです。
ところが、個人がいくら犠牲になったとしても、その国が立てられなければ、個人の犠牲はもちろん、家庭と氏族と民族の犠牲まで、再び継続されるのです。そのような原則のもとで、今まで神様も、歴史路程において、その国を探し出すための摂理を推進してこられたのです。ですから、国を思い、国のために生きることのできる個人がいれば、その個人の伝統を受け継いだ家庭を通して国のために犠牲になることができるようにされ、また氏族と民族がその家庭の伝統を受け継いで、国のために犠牲になることができるようにされました。このように、その国を探し出すために、今まで神様が摂理を推進してこられたのです。
皆様。今日、私たちがこの地に生まれた目的はどこにあるのでしょうか。国を愛するためです。神様が今まで摂理されてきた目的も、その国を愛するためなのです。主権のない国の国民は哀れです。それで、イエス様が心配しておっしゃったことが、「何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう」(マタイ六・三一-三三)とおっしゃったのです。
まず息子を求めなさいとおっしゃいましたか。それとも、国を求めなさいとおっしゃいましたか。神様が探し求めておられる国を求めなさいとおっしゃったのです。神の国と神の義を探し立てようとされる神様の望みは、人間と被造万物を離れて成し遂げられるのではなく、人間を通して成し遂げられるのです。
その望みは、真の人間を通して神様と万物が和合することでした。それで神様は、堕落した人間に、神様の代わりとなる一人の実体として、天の血統を代表する方として、イエス様を送られたのです。すなわち、イエス様は、神様の歴史的な願いを成就してさしあげるためにこの地上に最初に来られた方だったのです。四千年たって初めて、そのような立場に立てられた息子であり、一つの国の中で、ユダヤ教を中心として、ヨセフの家庭に一つの種としてこの地上に立てられたその息子が、正にイエス様でした。この時に、既にサタンは、国家を立てて神側を攻撃していたので、天の側でも、完全な足場となる国家的な基準がなければなりませんでした。ですから、神様は、一つの国を編成するために、四千年間苦労されました。そのように苦労された神様の功績は、イスラエル民族がイエス様を受け入れることによって、世界的な基盤となり、この地球星に神様とイエス様を中心とした世界が完全に成し遂げられなければなりませんでした。
しかし、イエス様が亡くなることによって、霊的にのみその世界が成し遂げられたのです。イエス様は、三年の公生涯路程において、ユダヤ教を中心として失ってしまったすべてのものを蕩減復帰しようとされましたが、十字架にかかって亡くなったので、霊肉を中心として、この地上に一つの実体として、神様の足場となる国として立てられたイスラエルがすべて崩れていきました。
結局、イエス様を殺害することによって、キリスト教は、霊的にのみ国家の基盤をもつようになり、また、イスラエル民族は、国のない民になって流浪し、彷徨ずる身となって、サタン世界の嘲笑の的となったのです。ですから、今日、霊肉ともの救いをなしたキリスト教の国は、どこにも見いだすことができません。したがって、再び来られる主は、四千年間準備してイスラエルの国を立てた神様の摂理を、イスラエル民族が理解できずに不信して失ってしまったものを復帰しなければなりません。
皆様。イエス様は、この地上に国を探し出すために来られました。一つの国を探し出すために来られたのです。しかし、イエス様は、霊肉ともの国を探し出すことはできず、ただ霊的にのみ探し出されました。ですから、今日のキリスト教は、この地上に実体の国がないのです。
これは、神様がこの地上のいかなる国、いかなる民族を中心としても、「愛する私の国、愛する私の民族」と呼ぶことができないことを意味します。今まで、神の国の基盤がこの地に立てられなかったことを意味するのです。もし、その当時、イスラエルの国がイエス様を中心として一つにさえなっていれば、息子であるイエス様を中心としたその国は神の国となるので、神様は、その国を中心として世界を復帰されたでしょう。しかし、この地を中心として霊肉を共に連結させようとした基盤は、イエス様が亡くなることによって、すなわち実体を失ってしまうことによって、霊的にのみ復帰されたのです。したがって、今までキリスト教徒たちは、国のない、主権のない民のような立場なので、どこに行っても死に直面したのです。殉教の血を流すことによって発展しました。そのように種が蒔かれたキリスト教なので、そのように殉教の血を流して刈り入れなければ、発展できなかったからです。しかし、今や血を流しながら迫害を受けた時期が終わったのですが、それがそのまま死んでなくなるのではなく、キリスト教の霊的基盤を中心として、失った実体の国を世界的に成し遂げるために、その国を欽慕し、主を待ち望みながら現れたのが正に再臨思想です。
イエス様も、楽園に行って待っているのです。天の玉座の前に行くことができなかったことを知らなければなりません。イエス様は、神様のみ前に国の主権を立てて、国を治め、地上から天国まで直通できる権限をもった国をつくらなければなりませんでした。しかし、イエス様は、そのような国をつくることができなかったので、神様のみ前に直接立つことができないのです。
したがって、楽園は天国に行く待合室です。また天国は、一人では行くことができない所です。天国は、本来堕落していなければ、アダムとエバを中心として祝福を受けた家庭単位で行かなければならない所です。息子、娘たちと一緒に入っていかなければならないのです。それを復帰するために、天は二千年間闘って、今まで世界と連結できる基盤をつくってきたのですが、国の基準がないこの地上において、国の基盤を誰が受け継いで来るのでしょうか。このことのために、神様はキリスト教を中心とした新しい宗教運動を通して多くの神霊的な人たちを探し求め、募集運動をしながら今まで準備してこられたのです。
尊敬する指導者の皆様。今、人類も三〇〇〇年に向かう新千年紀に入り、新しい天運を受けています。すべての宗教人たちは心を合わせ、私が主唱した、国連内に超宗教的代表者たちによって構成された上院のような議会を併設するという提案を貫徹しなければなりません。
国連が、人類のためにできる最も崇高な仕事があるとすれば、それは、神様の真の愛を基盤とした人類の霊性回復です。これよりも大きな仕事があるでしょうか。ですから、私はこれまで、宗教界だけでなく、政治、思想、経済、文化など、各分野をすべて網羅し、良識ある指導者たちを選んで、「ために生きる人生」に関する真の愛の教育を実施してきました。
このような基盤の上で、私は、既に数万人の平和大使たちを任命しました。彼らは今、世界各地に私が創設した「世界平和超宗教超国家連合」の旗を掲げて、神様と人類が強く願ってきた平和世界実現のために総力を傾注しています。全知全能であられ絶対的な神様のみ旨は、これから短期間のうちに成就されるでしょう。ここに参席した指導者の皆様も、皆様の御家庭と国を真の愛で新たに創建し、真であり、永続的でありながら、国境のない平和世界を具現する主役になってくださることを願いながら、これで私のお話を終えようと思います。天の祝福が、皆様と皆様の御家庭の上に満ちあふれることをお祈りします。ありがとうございました。
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Monday Dec 06, 2021
平和経 第51話
Monday Dec 06, 2021
Monday Dec 06, 2021
15.神様の祖国と平和王国時代
日付:二〇〇四年三月二十三日
場所:アメリカ、ワシントンDC、国会議事堂上院講員会館
行事:第三イスラエル平和の王戴冠式および平和大使授賞式
尊敬する上下両院の議員、世界各地から来られた宗教指導者、そして内外の貴賓の皆様。公私共に御多忙でいらっしゃるにもかかわらず、きょうこのように満場の盛況を呈してくださったことに対して、深く感謝いたします。
皆様。今日、人類が直面しているすべての問題は、万有の父母であられる神様をはっきりと知り、正に私たちの家庭において、その神様に侍って暮らす真の家庭を完成するところから解決していくのです。観念的な次元の神様ではなく、実体の父母であられる神様を私たちの家庭にお迎えしなければならないというのです。そのために私たちは、まず神様と人間の関係を確立しなければなりません。神様は、真の愛、真の生命、真の血統の本体であられ、すべての人間の真の父母であられます。
本然の完成人間は自動的に天国に行く
本来、人間の堕落がなかったならば、人間は、神様の真の愛の中で完成し、神様を父母として侍って暮らす真の子女になっていました。完成した人間は、神様の愛の中で、真の夫婦の関係を結び、真の子女を生んで養育し、共に天国を形成して暮らしたのちに、家族全員が一緒に、自動的に天上の天国に入って暮らすようになっていたのです。
考えてみてください。もし皆様の家族の中で、父親は地獄に行き、母親だけが天国に行くとすれば、それがどうして天国でしょうか。父母は地獄に行き、子女たちだけが天国に入っていくとすれば、そこがどうして天国と呼ぶことができるでしょうか。天国は、すべての家族が一緒に入っていき、永遠の平和王国を完成して暮らす所です。したがって、地上においても、家庭天国を完成して暮らす所に神様が臨在されるのであり、神様が理想とされた創造理想の世界、すなわち地上天国が定着するようになるのです。
地上で家庭天国を完成する道
それでは、地上における家庭天国は、どのようにして完成するのでしょうか。第一に、家庭を形成するすべての要員は、個性完成しなければなりません。堕落によって選択の余地もなく相続するようになった堕落性を脱ぎ、自らの人格を完成しなければなりません。
すなわち、心と体の間の葛藤と闘争を完全に克服して勝利し、一心、一体、一念の境地となり、人格完成によって完全一和の世界が実を結ばなければならないのです。このような境地に到達した人に、ねたみ、嫉妬、欲心、憎悪など、あらゆる悪の要因となる堕落性は二度と根を下ろすことができません。
しかし、このような堕落性を脱いでしまうことは、決して簡単なことではありません。長くて数年、あるいは数十年間しみついた習慣である酒やたばこを断つことさえも、挫折を繰り返すのが堕落人間の姿です。数千、数万年間しつこく血統をたどって根ざしてきた堕落性を脱ぎ捨てることが、どうして簡単なことでしょうか。
人間の努力だけでは、絶対に不可能なことです。神様を絶対信仰の基準で縦的な軸として立てて侍り、生涯身もだえしても難しい闘いです。神様を自分の父母や子女以上に絶対的に愛するそのような境地において、真の父母である神様に侍っていかなければ、考えることもできないことです。神様のみ前に命までも差し出して従わんとする絶対服従の基準に立たなければ、絶対に勝つことができない闘いなのです。
歴史的に主要な宗教の教えの中には、断食、禁欲、犠牲、そして苦行を修道の基本としている理由が、正にここにあるのです。天が共にあり、霊界が協助できる換骨奪胎した新しい人の姿に再び生まれ変わらなければなりません。山川草木の前に裸で立っても、一点の恥ずかしさもなく、サタンの前に立てば、サタンがかえって逃げていかざるを得ない「正午定着」の人格を備えた、すなわち永遠に一点の影もない真の愛の人格を備えた人にならなければなりません。
天国は四大心情圏を完成した人たちが行くところ
第二に、このような人格完成を達成した個々人が集まって真の家庭を築き、その家庭の中で家族全員が共に四大心情圏を完成しなければなりません。
そのような家庭は、心と体が完全一体を完成した一人の姿と同じです。天国は、家庭単位で入っていく所だと言いました。しかし、家庭といっても、どの家庭もみな自動的に天国入城の資格を得るというわけではありません。真の家庭の基台がなければ、四大心情圏を完成する足場がなく、また四大心情圏を完成した真の人たちが、神様を中心として父子の血統をもつ家庭であってこそ、天国に入っていくことのできる真の家庭になるのです。
それでは、四大心情圏とは何を意味するのでしょうか。本来、神様の真の愛と真の生命、真の血統によって連結された真の家庭の中で、祖父母、父母、子女を中心として、三代の純潔な血統を立て、父母の心情、夫婦の心情、子女の心情、兄弟姉妹の心情を完成するとき、これを総称して四大心情園の完成というのです。
ここで、父子の愛は上下の関係を立てる縦的関係であり、夫婦の愛は左右が一つになって決定される横的関係であり、兄弟間で与え合う愛は前後の関係を代表するのです。
神様の創造理想は、このように、観念的で、望みとして残るだけの夢ではなく、真の血統を中心として、四大心情圏の完成した、家庭を単位として実体的に完成するのです。父母の心情圏とは、父母が子女を生み、真の愛で育て、教育する過程において、自然に得られる心情、すなわち父母として子女に対する真の愛の主人となることのできる心情を意味するのです。子女がいなければ、誰も父母として愛の主人の位置に立つことはできません。
次に、夫婦の心情圏とは、夫婦が生活を通してお互いを愛の主人の位置に立ててくれたことを感謝しながら、真の愛を与えたり受けたりする中で体恤する真の血統的心情関係を意味します。
夫は、自分の命を犠牲にしてでも妻のために生き、妻は、夫に対して神様に侍る心情で侍って暮らすときに、夫婦は共に真の愛を体恤するようになるのです。この真の愛の体恤の上で、初めて夫婦の完成も可能になるのです。
神様の祝福を受けて結ばれた夫婦が、初夜に愛を交わすその瞬間は、神様から真の愛の王宮、真の生命の王宮、真の血統の王宮を相続する場です。妻は、夫を通して理想的な、神様の息子を迎える位置、天の兄を迎える位置、天の夫を迎える位置、天の父母を迎える位置に立つようになるのです。
夫も、妻を通して同様な位置に立つようになります。神様の主要な属性は、絶対、唯一、不変、永遠です。したがって、夫婦の心情圏を完成すれば、夫婦の関係も絶対、唯一、不変、永遠の関係となるので、そこには離婚という単語が存在できないのであり、相互間に尊敬と愛だけが花咲く幸福な生活が約束されるのです。
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Monday Dec 06, 2021
平和経 第50話
Monday Dec 06, 2021
Monday Dec 06, 2021
平和世界実現の具体的方案
尊敬する指導者の皆様。世界平和の実現は、世界次元で先に成し遂げられるものではありません。まず、人間個々人を通して実現されるしかないのです。心身統一をなした個人が求められます。
堕落によって、人間は心と体の葛藤が生じるようになりました。サタンが体を拠点として人間を掌握しながら、本性の要求と霊性から離れ、利己的、個人的欲求ばかりを追い求めるようにさせるのです。
神様の真の愛を通した血統圏にのみ、サタンの主管圏を逃れる道があります。そして、利他的にために生きる道を步むならば、サタンはついてくることができません。サタンはその本質が利己的だからです。このように堕落人間は、神様の真の愛の実践によって人格の変化を達成し、霊性を回復できるのです。観念的な神様ではなく、生きておられる神様と関係を結ぶ、真の信仰でなければなりません。
本来、神様の真の愛の対象として造られた人間は、その真の愛を自然に実践するようになっています。美、真、善などの価値は、愛の実践として現れます。神様の真の愛によって心と体が一つになった人は、喜悦と平安、満足と平和をなした個人となります。平和世界は、このような主体的な人格が優先的に求められます。
第二に、平和世界は、制度や権力、物質や知識、または何らかの外形的な要因によって成し遂げられるものではありません。ために生きる真の愛によってのみ成し遂げられます。真の平和と統一と幸福は、ために生きる愛の関係を離れては見いだすことができません。これが創造の根本原則です。対象のために無条件に与え、投入し、愛することが、神様の創造の動機であり目的でした。
人間は、神様に似て、ために生きる存在として造られました。人は、ために生きる道でのみ、中心存在となり、平和統一の主体となり、愛と理想の永遠の主人となります。絶対なる真の父母、真の師、真の主人であられる神様に出会い、神様から相続を受け、真の父母、真の師、真の主人となる道は、ひたすら、ために生きる真の愛の生活だけです。真の愛によって、ために生きれば、自然に葛藤と分裂が克服され、全体が和合して統合されます。この道は、闘って勝ち取るのではなく、自然屈伏させて永遠の統一を成し遂げる道です。
第三に、平和世界の基本単位は、国家ではなく円満な家庭です。神様に侍る人格、すなわち心と体が一つになって調和した男性と女性が、神様の祝福のもとに夫婦となった家庭が、その単位となります。人類の歴史が始まって以来、真の父母を通して初めて探し出された家庭です。真の愛で家庭の構成員が調和一体を完成した、和気あいあいとした家庭です。このような家庭が繁栄し、平和な氏族、民族、国家、世界を形成していくようになります。一なる神様のもとに、真の愛を中心として人類は一家族となり、天宙が一つになることが、本来の神様の理想でした。
真の父母を中心として家庭の問題が解決する所が、平和世界の基台となる所です。真の愛の祝福家庭理想のもとには、既に国家と人種と宗教の壁はありません。
人類は、神様を求めなければなりません。無形の真の父母が分からない無知から抜け出さなければならないのです。この宇宙の無窮で奥妙な秩序の中に生きていながらも、創造主の偉業に対して感謝できない悖逆(はいぎゃく)を、これ以上繰り返してはいけません。堕落した人間は、自分の生命の主人が自分自身であるという傲慢から抜け出し、神様の真の愛の前に自ら霊性を啓発しなければなりません。
天地父母の伝統的な道に従おう
神様は真の父母であられます。永遠無窮に真の愛をさらに大きく投入しようとされる心情を、絶対的なものとして固めて生きられる神様を発見しなければなりません。御自身の絶対、唯一、不変、永遠の真の愛、真の生命、真の血統を完全に相続させる対象として、人類をつくられた神様の情を知らなければなりません。
そうして、絶対なる真の父母、真の師、真の主人であられる神様と真の父母を、私たち個人、家庭、国家、世界、天宙の絶対価値の軸として立てなければなりません。そして、個人的な生活から家庭、氏族、民族、国家、世界的な生活が根本とならなければなりません。
真の愛によって、ために生きる道である天地父母の伝統的な道を、千年、万年、変わることなくついていきたいと願うようでなければなりません。そうなれば、家庭問題、社会問題、人種問題、宗教間の葛藤問題など、解けない問題はありません。
創造理想世界である神人一体の心情世界になって生きる時代が来なければなりません。人のために生きることが、自分のために生きることよりも永遠の価値があることを悟って生きる時代、自己中心の利己主義時代が後退し、共生、共栄、共義の利他主義の世界を創建しなければならないのです。
私たちは、この目的のために神様と霊界について正しく知り、さらには、全世界に天道を証しながら人類を正しく指導し、神様の真の愛、真の生命、真の血統に連結された天宙大家族を形成し、神様の祖国と故郷を、地上と天上とに創建しましょう。絶対愛、唯一愛、不変愛、永遠の真の愛で、地上天国と天上天国を完成し、神様の王権を奉献してさしあげましょう。
神様の祝福が、皆様と皆様の御家庭、そして皆様の国の上に共にあることを願いながら、私のお話を終わらせていただきます。ありがとうございました。
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