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Monday May 06, 2024
御旨と海 第91話
Monday May 06, 2024
Monday May 06, 2024
既に出版されている御言葉からの抜粋
1974年~1983年
ベルベェディア修練生に対して
1974年 8月29日
資格のある指導者になるためには、皆さんは無条件にもって修練が必要であることを知らなければなりません。皆さんはどのように話をし、他人に説得するかについて知らなければなりません。先生は毎日フリー・ボートやロングアイランドに魚釣りに行きます。人々の中には「ああ、レバレンド・ムーンは世界的に有名な説教者だ。それなのになぜ彼は魚釣りなどに興味を持つのだろう。彼はそういうことは忘れるべきだ」と考えています。
過去と未来の世代
1976年 8月 1日
先生は今日もまたボストンへ向かって出発します。先生には重要な使命があるのです。先生が海へ行くのは楽しむためではなく、統一教会の将来の経済基盤を造るためです。それが先生の目標です。我々が工業や技術における進歩に勝つことができる方法はありません。ただ一つあるとすれば、それは海と海産物という文字通りまだ手が付けられていない分野においてです。最近、国際法が変わってアメリカは海岸線から二百海里の水域に対して管轄権を主張することができるようになりました。そうすることにますます取り組むべき領域があることになりますが、アメリカ人は海に対して関心を払わず、海洋事業に対しても余り投資しません。そのためアメリカを取り巻いている海の宝庫が、文字通り手を付けられずにいるのです。先生は統一教会の将来の経済基盤は、海の領域であることを感じています。以前、先生は三年したら海の宝庫を探究していくことを約束しました。
先生は、皆さんを訓練しなければなりません。人々は先生を批判して、レバレンド・ムーンは自分は大西洋でヨットに乗って楽しみながら楽をしていると言います。しかしそれほど真実から遠いものはありません。皆さんの中で、両親から多くの財産を相続する人はそれほどいないと思います。だから先生は皆さんに対して責任があるのです。先生は皆さんがどのようにして自分自身の生活をしていくかについて、計画を始めなければなりません。皆さんは祝福を受け、そして祝福の結果として神様は皆さんに子供を授けるでしょう。皆さんは子供達を養って行かなければなりません。皆さんがこの戦いをするためにワシントンに行っている間、先生は十年先を見て、将来の経済基盤を準備するために海に行くのです。海に行くということは、先生がこれまでなした中で最も疲れることです。しかし先生は皆さんの誰よりも、肉体的な困難をもっともっと耐え忍ばなければならないと決意しています。
今や我々が世界的な組織を開拓して来たために、我々の運動はこの新しい産業において急速に成長することができるのです。この領域においてすらも先生は先駆者として、開拓者としての役割を果たしたいと思っています。
完成と感謝
1976年10月 3日
皆さんはこの世界を復帰するための経済基盤創造に参加したいと思いますか。先生は今漁場を始めつつあり、その目的を心に抱いて、今年の夏、マグロの輸出を試してみました。一日の昼であれ夜であれ、どのような時間であれ、また天候がどのようであれ、先生は海に出て行きました。もし海が荒れていると、ニューホープ号の船長は、海に出て行くかどうかをよく尋ねたものです。しかし今や、彼は状況がどのようであれ先生が海に出て行くつもりであることを知っています。
神学校を終えて、修士号を持っているメンバー達も、海で働くことになるかもしれません。我々の船の船長は、博士号を持っている人であるかもしれません。笑ってはいけません。アメリカの漁場に衰退をもたらしたものは、そういった自分を卑下する態度なのです。先生がこの国の漁場を復活しなければ、この国は死んでしまうでしょう。先生は死にかけている海洋事業を復興することにより、アメリカに貢献するつもりです。我々は現在、母船を買う構想を持っており、それはカリブ海で楽しむための巡航とは違います。その目的は海の宝を捕ることです。先生は魚の臭いは好きではありませんが、我々は神様の仕事のために偉大な経済基盤を創造することができます。魚を捕ることが目的ではなく、共産世界を開放することが目標なのです。だから前進しなければなりません。祝福前の女性達が、漁師と祝福されるのを望まないのであれば、今すぐ教会を去るべきです。もし船乗りと結婚することを望まないなら、皆さんは教会以外の誰かと結婚しなければならないでしょう。
海には、我々の手によって収穫されることを待ち望んでいる広大な宝庫が横たわっています。しかし現位のアメリカの漁場は、若者が海に出て行って一生懸命働くことを好まないので、死にかけています。彼らが三カ月間海に出て行って帰って見ると、妻がいなくなってしまい、お金も無駄になっていることに気が付きます。だから彼らはもう二度と海に出かけて行きたいとは思わないのです。たとえ結婚していないとしても、彼らは海に出て行くことに興味を持ちません。なぜなら海は時により天候が非常に荒れるからです。漁師と結婚する女性の皆さんは、神様と人類のために夫が働いていることを誇りに思わなければなりません。
先生は海によって、いかにより崇高な者となるかということを経験しました。海においては、神様に対する信仰を必要とします。なぜならば、完全に神様に頼らなければならないからです。それからまた男達が海に出かけて行く時には、自分の家族を決して忘れません。先生自身の経験でも、家にいる時よりも海に出ている時の方がお母様や子供達のことを考えました。それはなぜかというと、海においては次の瞬間に何が起こるか決して分からないからです。海にいる時には、他のどんな場所にいる時以上に、自分の妻や子供達を愛し、祈ります。ニュー・ホープ号がドッグに帰って来て、お母様と子供達が先生を待って手を振ってくれる時、先生は神様に出会ったような気がします。夫が海における激しい仕事から戻って来る時に、その夫を愛することのできる女性達は、神様の目において最も崇高な模範的な妻となるでしょう。

Monday May 06, 2024
御旨と海 第90話
Monday May 06, 2024
Monday May 06, 2024
神様の摂理が我々を待っている
アメリカは可能性を持っています。皆さんはどう思いますか。アメリカ人が魚を好きになる時、彼らが魚を買うために使うお金はもっと増えるはずでしょうか。それとも、もっと多くのお金を麻薬に費やすはずだと思いますか。数年前、アメリカ人は麻薬のために、一年間で四百億ドルのお金を使うという統計を聞きました。その数字は今では二倍になっているに違いありません。誰かが今晩言ってましたが、麻薬のために二千億ドル以上ものお金が費やされたということです。少なくとも魚は、アメリカ人にとって良い栄養のある食料です。だから毎年少なくとも、二千億ドルの三倍の魚が売られるべきです。すなわち、アメリカ人は六千億ドルを魚に費やすべきだということです。皆さんはそうなるべきだとは思いませんか。恐らくアメリカにはお金がたくさんあり過ぎて、それをどうしたら良いのか誰も分かりません。だから、我々が海に出かけて行って、その余ったお金を魚の餌として与えましょう。「本当に多くの魚がこの国を養うために死んだのであり、彼らは蕩減を払ったのです。だからその現金のいくらかをその魚のためにばらまいてやりなさい」と先生が言うかもしれません。
もし我々がそれらのお金のいくらかを海にまいて、海の波がそのお金を南アメリカまで持って行ったとしたらどうでしょうか。あるいは南アメリカの漁師達が、その運ばれてきた多くのドルに出くわしたならばどうでしょうか。彼らは魚を釣る代わりにドルのお金を取るでしょう。そして最終的には、国際間の負債を支払うでしょう。それは良い考えではありませんか。皆さんはどう思いますか。この魚のビジネスと海の摂理は、ムーニーがなすべきことです。他の誰も我々に代わることはできません。そうするためには覚悟と運動が必要です。あと二十年したらどうなるでしょうか。我々開拓者達は、彼らが既に成し遂げた以上のことを成し遂げるでしょう。皆さんは二十年経ったらどこにいるでしょうか。だからキリギリスのように今日を怠けていて、そして他の者に従属するような者になってはいけません。
皆さんはこの運動がどこから出発したかを考えなければなりません。四十年前、先生はたった一人でした。友達もなく、家もなく、お金もなく、組織もありませんでした。先生は全く一人でした。兄弟もなく、家族もなく、親もいませんでした。彼らは理解してくれなかったのです。先生の親は、先生のことを心配しました。彼らは「ああ、私達の息子は非常に能力がある男子なのに、彼は奇妙な方向へ行こうとしている」と考えました。だからその当時、先生が持っていた唯一の味方は誰だったでしょうか。時々、先生は「たとえ自分一人となったとしても、決して諦めません」と泣き叫ぶ時がありました。神様が先生の唯一の味方であり、神様だけが先生と共にいてくれました。これが出発でした。
今日、もし皆さんが神様は自分の唯一の味方であると考えれば、将来について心配する必要はありません。神様は皆さんを守り導いてくれるでしょう。それが鍵です。それが最も大切なことです。皆さんは神様に対して「もし神様が早朝四時に起きるのであれば、私は早朝三時に起きます。一時間あなたを負かします」と言って、神様と競争しても良いでしょう。また皆さんは「神様、もしあなたが汗を流したいのであれば、私は汗だけでなく涙と血を流したいと思います」と言っても良いでしょう。皆さんはグロースターのキャンペーンの話を知っていますね。先生が朝四時に出発して行ってみると、漁師の中にはもっと早く出発し始めた人達がいると聞きました。それで先生はさらにもっと朝早く出かけるようになり、遂に午前一時に出発して、一晩中、海に留まっていたのです。そうすると、他の漁師達はそれ以上競争することができませんでした。このように我々はグロースターで勝利し、彼らの尊敬を勝ち取ったのです。
親というものは、常により遅くまで、より一生懸命働き、そしてより朝早くから仕事を始めるものです。親の心というものは、親がもっともっと一生懸命に働いて、そして翌日の準備をしている間に子供達には休んでいてほしいと願うものです。親の心というものは、最後の最後まであらゆることに気を配り、あらゆることを見守りたいと願うものなのです。皆さんは朝早く起きていると思ったかもしれませんが、しかし皆さんが起きる前に神様は既に起きておられ、皆さんの前におられたのです。神様がこのように常に一歩先へ行っておられるということを皆さんが悟る時、皆さんは決して疲れることはできないでしょう。諦めることはできません。皆さんは常に「私は神様を慰めてあげたい」という気持ちを持つでしょう。しかし神様は常にそこにいて、皆さんに慰めを与えておられるのです。このようなことを理解すれば、皆さんは神様の心の重荷を軽くするために、あらゆる努力をしたいと思うでしょう。そのような心と気持ちを持って皆さんが前進するならば、皆さんは決して失敗することはないでしょう。
これは先生が皆さんに対して与えたいと思う証です。先生はこのような証をもって、生涯をかけて生きてきました。そして今なおこの国をつかみ、この国をひっくり返して、神様の下へもたらしたいという目標を持っています。それは夢のようなことです。しかしそれは実現されるでしょう。神学校を卒業した者達に先生がこの夢を与えたならば、その夢を達成するつもりがありますか。皆さんは疲れているかもしれませんが、先生は決して疲れません。皆さんは疲れ、後ろに下がり落後するかもしれません。しかし先生は決してそうなりません。先生は必ず最終的には目標を達成し、そして皆さんより先にいて、皆さんが帰って来るのを待つでしょう。この時、恥じる気持ちを持って先生の所に来てはなりません。恥ずかしい息子、娘であってはなりません。
「お父様に対しては、決して恥ずかしい息子、娘とはなりません」と約束する人は手を挙げて、「約束します」と繰り返しなさい。これがアメリカの本当の希望であり、世界は我々が考える以上により良い世界となるでしょう。皆さんはどこへ行っても難しい仕事を探さなければなりません。いつも「何であれ、最も困難な仕事を自分はします」と考えなさい。もし皆さんが最も困難な仕事をするならば、既にそこに親がいるのを見いだすでしょう。親はいつももっと困難な仕事をしに行くのです。だからそこで、真に神様を見いだすでしょう。
台風がやってくるかもしれませんが、しかし皆さんは「いかなる台風も私のワン・ホープ号の進路を妨げるものはないだろう」と言いなさい。そうすれば神様が共におられるでしょう。神様は「私の息子、私の娘よ、お前は本当に私の子供である。良く来た」と言うでしょう。これは先生の日常生活の秘訣なのです。それは先生の日常生活の心情です。今、時計を見てみなさい。時計を見る時、それが既に真夜中であれば、皆さんは「ああ、もう遅い」と思うでしょう。しかし、皆さんの考えはもう既に遅れています。もし神様が、朝三時に仕事を始めようとしておられると皆さんが考えるならば、「ああ、まだ真夜中だ。まだ早すぎる」という具合に言うでしょう。そのように考えるのです。
皆さんは、神様に抱きかかえられることを楽しみとしていなければなりません。そうするためには、少なくとも朝三時には仕事を始めなければなりません。そのような状態で皆さんは疲れて、ちょっとの間でも車の中で居眠りをするでしょう。その時に神様が皆さんの所にやってきて、啓示を与えるのです。八時間も眠って、目を覚まして幸せな気持ちで「ああ、今日はまたどこかへピクニックに行こうかな」というようなことを言っているのであれば、決して啓示を受けることはありません。決して神様に出会うことはありません。
皆さんは、サタンが行くことのできない道を選ばなければなりません。そのような道とは最も厳しい道なので、サタンは「ああ、駄目だ。自分はそのような道を行くことができない。お前は私なしに行きなさい」というようなものでなければなりません。皆さんはそのような路程を選ばなければなりません。そこには神様だけが待っておられます。そして、皆さんだけが神様に出会う機会を持つことになるのです。
皆さんは「自分は一生懸命働いてきた。それで、もうこの仕事には飽き飽きした。それは単調だ。これには何の喜びもない」と考えるかもしれません。皆さんは、一味違った人間にならなければなりません。明日を楽しみにしなければなりません。
皆さんは、明日、その翌日、あるいはこれから十年、二十年後に、素晴らしく刺激的なことが起こることを期待しなければなりません。常に人生に刺激を感じ、そして決して疲れてはなりません。そういう人がレバレンド・ムーンの望む種類のムーニーです。先生は、このような種類の人を神様の祝福を持って常に祝福するでしょう。
今日は皆さんが自らを再発見することができる特別の機会です。このようにして今晩先生の話を聞けたということは、歴史的な事であり、光栄な事です。皆さん一人一人、使命に向かって出かけるのです。力を持って、また天に不屈の精神と決意を誓って行きなさい。先生は常に皆さんと共にいるでしょう。オーシャン・チャーチと海洋ビジネスは、神様の摂理です。先生は以前、何度もそのことを宣言しました。今晩再び宣言します。これらは摂理的使命なのです。したがって、この御旨に命懸けで歩むものは誰でも、神様の祝福と守りを受け、栄える者となるでしょう。
いつの日か、皆さんの誰かは国の指導者や立法者、上院や下院の議員になるでしょう。先生は不思議な人間です。アメリカの人々は、先生がアメリカだけで有名であると思っているかもしれません。しかしアジアに行けば、そこではもっと有名であることを知るでしょう。南アメリカに行っても同じであり、アフリカに行ってもそうです。今晩、先生と共にいるということは貴重な機会です。非常に貴重なことです。先生が皆さんと顔を突き合わせて皆さんに話す理由は、皆さんが少なくとも先生に従い、先生と一つになろうとしているからです。
もし先生が真の父母という位置を打ち立てることができなかったとしたならば、他の誰が今日の世界に明確なビジョンを与えるでしょうか。他の誰が明確な導きと方向性を与えているでしょうか。先生は、最も厳しい逆境の中で働いてこなければなりませんでした。しかし今や、そのような迫害の時は去りつつあります。世界はまもなく、先生が誰であるかを知るようになるでしょう。我々は、非常にユニークな人間になろうとしています。我々の前途には刺激的な未来が横たわっています。どうかその日を楽しみにして、一生懸命仕事をしてください。神様の祝福がありますように。

Monday Apr 15, 2024
御旨と海 第89話
Monday Apr 15, 2024
Monday Apr 15, 2024
神学校を卒業した者、手を挙げなさい。皆さんがグロースターに来た時「ああ、自分はそこに行って魚釣りをしなければならない」と考えていましたか。それとも皆さんの思いは燃えるような熱意に満たされ、海に出たいというような欲望で満たされていましたか。どちらですか。もう何日も過ぎました。皆さんは海を経験し、先生の話を聞きました。冷めた心を持ってはいけません。もし皆さんがまだそのような冷めた心を持っているとしたならば、どこか間違っているのです。もう既に皆さんは、何かが皆さんを磁石のように引きつけるような、そういう気持ちを感じているべきです。皆さんは先生が感じるように感じるべきです。多分、皆さんの中には「私はこのことを初めて味わってそれで十分だ。もう十分過ぎる。私はここに戻って来ないつもりだ。」と言う人もいるかもしれません。皆さんの中にはそういう具合に考えている人がいるかもしれません。そのように考える人は手を挙げなさい。誰もいませんか、信じられません。時々、皆さんは先生と共に永遠にいたいと願い、また時には、皆さんはその考えを変えるのです。アダムとエバも神様と共に永遠にいたいと思いましたが、彼らもまた変わっていきました。先生が皆さんを見ていると、皆さんの顔の幾つかは「ああ、明日は風が二十五ノットになって、波が八フィート以上の高さであれば、先生は我々を出かけさせないだろう。だから波が八フィート以上になってくれたらいいな」と言っています。普通の天候であれば、波の高さは二から六フィートとなります。だから皆さんの中には毎晩「明日は天候が悪くなって、ここに留まっていることができたらいいな」と考える人がいるかもしれません。あるいは皆さんの中の他の人は、毎日台風が来てくれることを祈っているかもしれません。そういう種類の人達は時間とエネルギーをただ無駄にしているだけです。そういう人はどこにも到達しない行進をしているだけです。
先生は多くの人々にとって今なお謎であり、神秘です。実際のところ、先生は単純な人間でここへ魚を釣りに来ています。しかしその間も、アメリカの最高の指導者達が先生によって心を動かされ、また世界の指導者達も動かされつつあります。先生は、こういうことを知る時間をいつ持つのでしょうか。皆さんは先生がこういうことを、ただ座って何もしないで頭をうなだれ眠っているだけで、達成していると思いますか。すべてがこのようにして起こるものですか。このアメリカには、二億四千万の人達が住んでいます。しかし、それらの人達はこの国を救うことはできません。もしできるならば、彼らはこの国を救ってしまっていたでしょう。そう思いませんか。しかし、彼らは救うことはできません。ただ一人の人しかこの国を救うことはできません。何故だと思いますか。レバレンド・ムーンのみがこの国を救いつつあるのです。何を持ってでしょうか。
アメリカの人達は誇り高い人々です。彼らは自分の国に誇りを持っています。しかし現在、この国は衰退しつつあります。どうして我々は、このような状能を許すことができるでしょうか。我々はこのようなことを許すことはできません。極めて深刻な状態であり、アメリカ人は皆それを知っています。しかし、誰もそれに対して立ち上がる者がいないのです。たった一人の人間がここに来て「自分がアメリカを救うつもりである」と言いました。何を持ってでしょうか。先生はどのような力を持っているというのでしょうか。アメリカは科学力、経済力、軍事力を持っています。アメリカはいろいろな多くの分野において一番です。それなのになぜ、たった一人の人間がこの国に対して立ち上がり、この国を救うことができると言うのでしょうか。この国を救うことができるのは何でしょうか。それはただ神様の愛です。神様なくして希望はありません。これが問題です。アメリカ人はこのようなことを知りません。彼らは神様の親の愛について知りません。彼らは神様の目的を知りません。それゆえに彼らは、アメリカの目的を知らず、目標に到達することができないのです。
先生は「これが神様であり、これが神様の愛です」と、はっきりと教えるために来ました。先生はこれら二つの点を明確に理解しています。ところがアメリカ人はこれらのことを明確に理解していません。これが問題です。だから先生は皆さんを教育しているのです。神様は愛を中心にして地上に住むことができます。霊界においては神様がおられ、また地上界には真の父母様がいます。我々は真の愛を持って、すべてのことを主管することができるのです。
多くの人達が「ああ、統一教会、それは単なる小さな一つの教会に過ぎない。我々はそれについて考える必要はない」と考え続けるならば、決して真理を見いだすことはないでしょう。我々の教えは、ただ統一教会のためだけのものではありません。皆さんは「真の父母は、私の父母である」ということを知り、そう言うことができなければなりません。我々に敵対するものがいかに強大であろうとも、彼らは決して我々を打ち負かすことはできないでしょう。我々は世界の四方八方から迫害されてきました。しかし、我々は決して打ち負かされませんでした。皆さんはどうですか。この点が分かりますか。皆さんはどこに立っているのですか。今までどこへ行こうとしてきましたか。皆さんは強い立場を取らなければなりません。この世界には強力な国々があります。皆さんはそのことを真剣に考えなければなりません。いかにして、この世界の悪を打ち負かすことができますか。ただそれは、真理によってのみ、愛によってのみです。皆さん、今こそ分かりましたか。皆さんにとって神様とは誰ですか。「私の親です」と言えなければなりません。「神様は真の父母の親ばかりでなく、私の親である」ということを、立ち上がって誇りを持って言うことができなければなりません。そしてこの地上において、真の父母は私の親ですと宣言することができるのです。これをもって我々は前進して行くのです。これが我々の知るべき最も大切なことです。
だから、我々が何に取り組もうと、それがオーシャン・チャーチであれ、海の事業であれ、それを義務感からするのではありません。皆さんがすることは何であれ、皆さんのものであるということを理解しなければなりません。皆さんは自分のしていることを見て、そして誇らしげに「それは私のものだ」と言うことができなければなりません。ワン・ホープ号の船を見てみなさい。誰がその船を造りましたか。先生がそれを率先し、ミスター神山がそれを組識して造ったのです。しかしそれは誰のボートですか。それは皆さんのものなのです。
オーシャン・チャーチがそれらのものを所有していますが、その船の責任を誰か他の者が取ると考えてはいけません。皆さんが船で海に出ていく時には、皆さんの責任であることを知らなければなりません。それからフィッシング・ギア、これは誰が設計しましたか。先生がしたのです。しかし、皆さんがそのフィッシング・ギアを使う時には、それは誰のものですか。それは皆さんのものです。このように、皆さんは愛着と責任を持たなければなりません。
我々が前進する中心は何ですか。真の愛のみです。真の愛を持っていれば、皆さんの業績は永遠に続くでしょう。真の愛を持ってすれば、皆さんが成し遂げたことは永遠に消えることはないでしょう。皆さんの心の内容についてはどうですか。もし皆さんの中で「自分は水準から余りにも遠く離れ過ぎてしまっている」と考える人がいるならば、今こそもう一度考え直すべきです。
皆さんの中のある人が、今年の夏の訓練を終えて学校へ戻れば、「ああ、彼らはそれぞれの場所に戻って行くんだな。自分も行くことができたらいいのにな」と考え始める人もきっといるでしょう。皆さんはたった数日、あるいは数週間、余計に滞在するだけだとしても、皆さんは既にそのように考えているのです。もし皆さんがそのように考えていないとすれば、先生の考えと経験は間違っていることになります。しかし先生は滅多に間違えることはありません。皆さんの残りの人はどうですか。残りの人はまだまぐろを釣っていないから、どこへも行ってはいけない使命を持っています。だから皆さんはまぐろを捕るまでずっと追って行かなければなりません。北極までもまぐろを追って行かなければなりません。
皆さんは「オー・ライ」と言うでしょうが、それは今晩皆さんが先生の話を聞いたからです。しかし皆さんは、先生の話を聞く前から「オー・ライ」と考えるべきでした。また皆さんは「ああ、お父様、あなたは真の父母です。あなたは私を愛していらっしゃるはずです。それなのに、どうしていつも私に不可能な仕事をさせようとされるのですか」と考えるかもしれません。いつもこういうふうに考える人は負けな人です。
基盤を造るための代価
今晩、朴大佐が言論人のアジア旅行について話した報告について、これまで聞いたことがなかったでしょう。「お父様はこういうことをいつなしたのだろうか。こういったことはどうして起こっているのだろうか」と不思議に思っているかもしれません。皆さんは何らつらい仕事をすることなく、ただ今晩それについて聞くことによって、それらすべてのことを相続しているのです。しかしそれは、容易なことではありません。それはこういうことです。皆さんがハーバード大学から博士号を受け取ったら、その時誰もが皆さんを褒めることでしょう。しかし、皆さんがそれまでにどれだけの苦労と困難を通過したかということについては、誰も理解しないでしょう。二十年もかかったかも知れないし、一年しかかからなかったかもしれません。確かなことは、それをできるだけ早く成した人は誰であれ、それだけ多くの苦労をしたということです。
先生がアメリカに来てからの十四年間に、先生は歴史上かつてなかったことを成し遂げました。アメリカ歴史上、これらのことを想像した人さえいませんでした。しかし皆さんは、その背後にいかに多くの困難や苦痛があったか理解できないでしょう。すべて先生一人で通過してきたことなのです。誰も先生が来ることを歓迎しませんでした。誰もダンベリーに行きたいとは思いませんでした。先生は目標を達成するために一生懸命働き、犠牲を払ったのです。努力の実りだけをただ受けたいと願う人がいるとすれば、それは泥棒の心を持っているようなものです。皆さんは、それに値する代価を支払わずして、貴重な宝物を得ることはできないのです。
アメリカ人は懐疑的な人達でした。特に若者は、先生がなそうとしている目標や方法に懐疑的でした。彼らは、先生を百パーセント信じて従ってきたのではなく、半信半疑でした。今や、彼らは自分達が間違っていて、先生が正しかったことを悟っています。その瞬間、彼らは先生のなしたことの業績をつかみたいと願いました。それは不公平なことであり、不可能です。
皆さんはそれを受ける準備ができていません。皆さんの器は、先生が与えたいと願う宝物を受けるだけの用意ができていません。だから、受ける宝物は用意されていますが、器がまだ用意されていないのです。だから宝物を後に置いて、受ける器を用意しなければならないのです。その間に、誰か一生懸命働いている他の人がやってきて、その宝物を取ってしまうかもしれません。しかし先生はそうなってほしくないと思います。先生は皆さんにその宝物を受け取ってほしいと思います。だからこそ、先生は皆さんを苦労と困難な道へ送って、皆さんが待っている宝物を受けることができるようになってほしいと願っているのです。
七年前、六十一人のメンバー達がニューヨークに呼ばれてきました。彼らに対して先生は百ドル札を与えて、「皆さんはフィッシュ・ビジネス、シー・フード・ビジネスの開拓者達です。さあ、行って開拓し、繁栄を持って戻ってきなさい」と言いました。今年はその同じグループが戻ってきて、漁業の分野で最も強固な基盤を築いたことは疑いないという報告をしました。そのような基盤が今、国中に広がりつつあり、シー・フードの分野の人達はムーニーがどこにでもいると認めています。そして、その人達は「ムーニーがこれ以上進出してこない唯一の場所は、太平洋の中だけだ。ムーニー達から逃れるためには、太平洋に飛び込むしかない」と思っています。なぜ日本のメンバー達は勝利を収めているのでしょうか。それは彼らが「私はこの事業に責任があります。これは他の誰の事業でもありません。自分の事業です。それは天のお父様の事業です」と考えているからです。そのような考えを持って、誰よりも素早く、一生懸命働いています。
彼らがこのように前進し、心と魂を完全に一体化させて前進していく時に、神様の恵みが常に彼らと共にあります。その結果、彼らの事業が飛躍的に発展しているということです。それに基づいて、我々はさらに数百名のメンバーをもって同じように道を開拓するつもりです。各自が丁度、種のようなものです。彼らは、出発のために同じ額のお金を与えられるでしょう。そして彼らが最初の開拓者と全く同じ道を歩むならば、間違いなく成功するということを先生は知っています。
こうした先輩達の方法を相続しなさい。皆さんはそうする能力と潜在的可能性を持っています。皆さんは、彼らの成果の二倍も三倍も成し遂げることができます。

Monday Apr 15, 2024
御旨と海 第88話
Monday Apr 15, 2024
Monday Apr 15, 2024
海の道
1986年 8月28日 モーニング・ガーデン
皆さんは誰ですか。ここで何をしているのですか。皆さんはどこへ行こうとしているのですか。どこへ行くつもりですか。目的、あるいは目的地がはっきりしたものでなければなりません。さもなければ、目的のない行進をしたことになるでしょう。もし皆さんが神様に会って、「神様、あなたはどこへ行こうとされているのですか」と尋ねれば、神様は何と答えると思いますか。神様は御自身がどこへ行こうとされているか知っておられ、また御自身が何を願っておられるかを知っておられます。神様は、はっきりとした願い、目標、目的を持っておられます。
その目標は、小さな村や町や市や国だけのものですか。それとも全宇宙のためのものですか。もちろん、小さなものは大きなものの一部です。しかし、重要なことは、どんなに小さかろうと、大きかろうと、すべて究極の目標や目的につながっているということです。その究極の目標、目的とは何でしょうか。一言で言えば、それは一つの世界――平和な世界、理想の世界、完全なる世界ということです。
それはこの地上での目標のみならず、霊界での目標でもあります。従って(霊界と地上界の)一つになった世界、これが目標なのです。この目標は神様だけで達成できるでしょうか。それとも他に誰かを必要とするでしょうか。皆さんは原理を知っているので、その答えを知っています。原理は、神様だけではその目的を達成できないことを教えています。神様は、人間を必要としておられます。
重要なことはこういうことです。神様は、そのような世界をいかにして創るかを知っておられます。神様はその世界の構造を知っておられます。しかしながら、問題は人間がその神様の計画を理解していないということです。それゆえに、神様は人間を準備するために、前もって神様の計画を発表しなければなりませんでした。適当な時、神様が人間の道を導き、人間に対していかに生きるべきかを教え、無知に陥らないようにするためにメシヤを送られるということです。
歴史を通して、人間は価値を追究して来ました。しかし、その価値を自分なりの方法で解釈してきたのです。言い換えれば、人間は自分自身の幸福というものを追求してきました。例えば、日本は日本中心の目標を持っています。中共では、マルクス・レーニン主義が自分たちの国にとって良いだろうと考えました。しかし、それが間違いであることを発見しました。このアメリカでは民主主義が自分達の国にとって最善であると考えています。それぞれの国が何らかの目標を打ち立ててきましたが、今日、そうした中でもがいています。
我々が目指している究極の目的
「最も近く、最も価値あるものとは何か」ということを考えてみましょう。人々はこういうものを至る所で見つけようと探していますが、余りにも遠くを見過ぎています。彼らは自分自身を遥かに越えた所を見ているのです。皆さんにとって、とても近くて価値あるものは何でしょうか。皆さんは真の愛と言うでしょう。よろしい。しかし、その愛にどのようにすれば火をつけることができるでしょうか。その愛の本質、起源は何ですか。
真の愛はどのようにして始まるのでしょうか。それは兄弟や友人から始まるのでしょうか。真の愛の起源は神様から来るのです。それゆえに、人類の根本的な関係は神様と一つになるということです。しかし皆さんが人類と言う時、男と女の両方を意味します。最もダイナミックな関係は男女の間で起こります。そのような関係が神様を中心としている時、それは真の愛の三位基台となります。神様と男と女です。これこそが全ての人類の必要を満たす、基本的で最も本質的な関係です。
男と女に対する神の位置は何でしょうか。教師でしょうか。どのような教師でしょうか。どうも教師というのは、真の愛の関係を十分に表現し得るものではありません。教師以上のものでなければなりません。では主人というのはどうでしょうか。主人と僕でしょうか。これもまたぴったりではありません。それは真の愛というものに十分つながりません。そうして真の愛に最もぴったりした概念に到達します。親のみがそのような種類の愛を含むことができるのです。さて、最初の人間であるアダムとエバが親であれば、神様から離れることができるでしょうか。神様とは何でしたか。もし我々がアダムとエバを親と呼ぶことができるならば、神様に対してはどのように呼ぶことが適当でしょうか。
幸いなことに人間は霊というものを持っています。人間はその存在の一部として霊的なものを持っています。人間には二つの面があります。霊と肉体です。このようなわけで我々には肉の親と同時に霊の親というものを持つことができます。神様は人間の魂の中に宿ることができ、我々は神様を我々の霊の親として持つことができます。また肉の親として我々の肉親を持つことができるのです。真の愛を中心として、神様は地上の親と一つになって住みます。このような基準が生まれなければ、霊界と地上界を一つにする道はありません。これがまさに、神様が人類を目覚めさせようとしてこられた中心点であり、焦点なのです。我々がこの目標を知る時、神様と人間の間のこの関係において、我々は何であり、どこへ行くのかということが分かるようになります。我々は霊的にも肉的にも真の愛を具現するものです。我々は神様の似姿とならなければなりません。我々が目指している究極の道は、真の愛の完全な似姿になることです。それゆえに神様は、このような真実の基準、すなわち真実の愛を受肉しようとしている人達と共にあるのです。神様は常に彼らと共にあるでしょう。
皆さんが親にしっかりつながっていて、しかもその親達の中に神様が臨在されている時には、皆さんは真の愛をつかんでいます。では神様の愛はいかにして我々の中に住むのでしょうか。神様は真の愛のみを中心として人類の中に住み給うのです。これこそが人類が歴史を通して追求してきた最高の理想です。では皆さんはどういう人達ですか。ムーニーとは誰ですか。我々はこのような理想を宣伝し、それを成就し、それを現実のものとしようとしている人間です。
もし皆さんが自分自身を切ったとしたら、その中に何があるでしょうか。どんなに多くの場所を切ったとしても、その中にあるものが同じであるということが分かるでしょう。もっと多くのムーニーであり、さらに多くのムーニーであり、さらにムーニーです。皆さんの体はムーニーの塊なのです。真のムーニーはサタンによって消化されることはありません。真のムーニーは、真の愛の精神の人格化されたものであり、真の愛の権化なのです。それゆえに、真のムーニーとは本物の金のようなもので神様の本当の精神を含んでいます。そのような人に対して、サタンは何らの主張もすることができないのです。
皆さんはここに物差しを持っています。皆さんは、ポンドとかインチということで測ります。一インチとか一ポンドというものには、その本来の基準があるのです。その基準は二つの異なったものですか、一つだけですか。アメリカのどの工場や家庭でも、インチやポンドを用いて物を測る道具を持っています。そしてそのインチやポンドがどれだけあるかによって長いとか短いとか、あるいは重いとか軽いとかということになるのです。しかし皆さんがどこへ行こうとも、一インチは常に一インチであり、一ポンドは常に一ポンドです。統一教会の一番最初の本来のインチは何でしょうか。
皆さんは直ちに「お父様です」と言いましたね。だから先生は、皆さんがそれほど馬鹿でないことを認めることができます。どうなりますか。皆さんは自分がどういう人間であるかということを見て、そして先生の物差しに合わせて測ってみると、自分がどれだけのものであるかということを見いだすのです。そして皆さんはそれを見て「ああ、自分は少し背が低い」とか、「自分は少し軽すぎる」等と言うのです。皆さんはこういった種類の物差し、測る能力を持っていますか。どこにあるか先生に見せなさい。驚くべきことは、皆さん一人一人がこのような物差しを持っているということです。皆さんはこのことを心の中で知っています。皆さんは、内的に自分がどこにいるかを測る能力を持っているのです。
そもそも、皆さんはどうしてここに来たのですか。皆さんがここに来たのは先生のゆえです。先生がいなければ、誰もここには来なかったことでしょう。皆さんは、先生がある種の海洋事業を始めようとしていることを知っています。また、先生が、海に対するあるビジョンを持っていることを知っています。そして、皆さんは「もしお父様がこのことに興味を持っているならば、自分も興味を持たなければならない」と自分に言い聞かせ、それゆえに来たのです。

Monday Apr 15, 2024
御旨と海 第87話
Monday Apr 15, 2024
Monday Apr 15, 2024
マグロ釣りに関する真剣なポイント
この点において、我々はマグロ釣りにどんな意義があるかを学んで来ました。我々は、海と海洋事業には偉大な未来があることを知っています。また我々は海に出た時に、どのような立場とどのような態度を取らなければならないかについて学びました。マグロ釣りの背後には大いなる摂理があることを知りました。今、皆さんは船と漁具をいかに取り扱うべきかを知っています。また皆さんはいかに精神を集中して、マグロを船に引き寄せるようにすべきか、いかにチャムを切り、それをまくかについて知りました。
霊界が皆さんを見る時に、彼らはどういう人を助けたいと思うでしょうか。自分のしていることが何であれ、それに自分のすべての祈りと汗を投入する人でしょうか。それとも、ただ安易な道を行こうとする人でしょうか。それでは今度は、実際にマグロが食い付いて、ラインが出ていっている時のことを考えてみましょう。この時は皆さんが最も注意しなければならない時です。特に初心者にとっては、このことを忘れてはなりません。つまり、マグロが食い付いてラインが出ていく時には、そのラインの最後にブイを付けてマグロがラインを引っ張ることができるようにしてやるのです。そのようにして、他のラインと絡まるのを防ぐことができます。また皆さん自身がラインに巻き込まれる危険から、身を守ることができます。一度マグロがラインを引っ張って行き、皆さんが他のラインを引き上げてしまったならば、三位基台の中で誰か経験のある人を呼びなさい。そうしてから、ラインを引き上げてマグロと戦うのです。それが最も安全な方法です。
我々は三位基台のグループごとに、競争をすることになります。マグロがラインに掛かってラインをたぐり寄せているときは、そのラインをバスケットの中に入れなければなりません。決してラインの上に足を置いてはいけません。ラインの上に決して乗ってはいけません。もし皆さんがラインに巻き込まれて、突然マグロが走り出した時には、皆さんは海中に投げ込まれ、そこから逃れることができません。そうなると皆さんには逃れる道が無いのです。どうかこの点について本当に真剣になってください。
皆さんがラインを引っ張っている時は、誰か他の人が近くに立って、その引き上げたラインをきちんと片付けるべきです。そして、決して手にラインを巻き付けるようなことをしてはいけません。ただ手でラインを掴むだけにしなければなりません。そして決してラインをねじ曲げてはいけません。また九十度に曲げてはいけません。ただ自然に手を通すようにしなさい。魚の割り当ては一日に一匹です。だから一度ラインに掛かったならば、パニックに陥って慌ててはいけません。しっかりラインを持って、傍らに立っている人に、余分なラインをきれいに巻き取ってもらいなさい。
必要なだけ時間をかけてマグロと戦って、たとえ二時間でも三時間でもかけて良いのです。先生はマグロとの戦いの時間が、最も長く、最も安全な時間を費やした人に賞金をあげることを考えています。多分皆さんは五千㌦もらえるでしょう。最も長い時間をかけ最も安全な方法で行った人がそのお金を受け取るのです。皆さんは、そのお金を船で一緒にいる人、もしくは釣りに行く人と分け合ったら良いでしょう。しかしこのことは、朝早くにマグロが食い付いて一日中そのまま遊んでいて良いと言うのではありません。マグロを船にくくって死ぬまで魚を放っておいて、そのまま眠ってしまう人がいるかもしれませんが、そういうことをしてはいけません。皆さんは良心を持って生きなければなりません。マグロが近くにやって来た時には、それに対してモリを打ち込まなければなりません。もしそうしないと、マグロは「ペテン師よ、お前は私を捕まえようとしたじゃないか」と言うでしょう。それは本当のことなのです。先生は本当にこの賞金を与えたいと思います。またそれは姉妹達の船に行くべきだと思っています。それについてはでうですか。それは正しいですか。どうなるか見てみましょう。
今年は、マグロ釣りの歴史的な年です。ここにいる皆さんの中には祝福の二世達がいます。彼らは最近祝福を受けました。マグロも彼らがどんな顔をしているのか見たいという好奇心で出て来るでしょう。皆さんはこうした祝福子女達と一緒に魚釣りをする意義が分からないかもしれません。しかし、そのことを理解して欲しいと思います。皆さんは「自分はこれらの祝福子女よりも上手に多くのマグロをとらなければならない」と考えるべきです。一方、祝福の子女達は「天のお父様、あなたは私達を助けなければなりません」と考えるかもしれません。
彼らは今年、マグロ釣りのエキスパートになろうと決意しています。しかし先生は、皆さんが彼らに負けるのを望んではいません。先生は既に彼らに、船ごとではなく、ひとり五本捕るように目標を与えました。皆さんの目標は何かを、先生は知りたいと思います。皆さんはもう真剣に決意しましたか。まだ決意をしていないとしたら、それは良くありません。大声で話すのではなくて、腹の中にしまって「少なくとも自分は五本以上は釣ってやろう。それは間違いない」と言いなさい。
皆さん、心を決めましたか。結論として、今年我々は注意深くならなければならないということを言いたいと思います。今年の夏は特に危険です。もし皆さんが、先生が今晩言ったことをすべて守るならば、事故はないはずです。しかし、もし我々が一体化せずに十分に行えないならば、誰かが怪我をするかもしれません。怪我をするのはここにいる者の一人ではなく、それはマグロ釣りの意義を知らずに来る人かもしれません。本当に十分に注意してください。真剣に祈り、そして努力のすべてを傾けてください。
結論
先生がここにいるかどうかは心配してはいけません。今は危険で困難な時です。世界は非常に真剣な人達がいて、彼らは先生が誰であるかを知っており、先生を狙っています。このために、先生にとって船に乗っているのが一番良いわけではないのです。先生は共産主義者、テロリストが使う戦術を十分に知っています。既にそうしたことを以前に経験しました。だから、先生のスケジュールについては関心を持ってはいけません。実際のところ、このように先生と会うことは、簡単なことではありません。皆さんはそれを当然のことと思っているかもしれませんが、多くの人達が、先生に会いたいと頼んで来ています。大統領候補や元首相だった人達が先生に会わせてくれと頼んで来ていますが、先生は彼らの要求にすべて応えているわけではありません。今は時ではないからです。皆さんは、先生の周りにいる緩衝地帯のようなものと考えなければなりません。
摂理的な戦争が今行われています。その戦争の指導者は誰ですか。今何が起こっているかを本当の意味で理解しているのは先生だけです。アメリカの誰も考えないかもしれませんが、アメリカは先生を必要としています。この世界を一体化させ、そして新しい世界を始めるためには、先生はここにいなければなりません。誰もどのようになすかを知らずにいます。しかし、先生はこのことを知っています。なぜならば、我々が、歴史のどの時点にいるかを知っているからです。時はそれほど深刻なのです。今晩皆さんに対する先生の希望は、皆さんか先生の精神を相続し、これまで先生がなしたような目標や目的を受け継いでくれることです。それから皆さんは、それを日常の生活に適用しなければなりません。十年、二十年たった後には、皆さんは成功するに違いありません。そうすれば、今から三十年、四十年たって先生が霊界に行ってしまった後に、皆さんは「私は四十年前にモーニング・ガーデンでお父様が私に話してくださったことを覚えている。それゆえに自分は今日このように成功したのだ」と言うことができるでしょう。先生は皆さんの多くの者が、これまで述べたような人間になってくれることを希望し、祈っています。先生の精神を相続して、成功した人間になることを決意している人達は、手を挙げなさい。
今晩、皆さんは先生の前でそのような決意をしました。だから今年の夏は不平を言ってはいけません。もし皆さんに不平があれば、いつかその不平をすべて持って来て、その不平をすべて先生が取り上げる日を作っても良いでしょう。皆さん、そういう日を作っても良いでしょう。皆さんはそういう日を持ちたいと思いますか。持ちたくありませんね。そう、その方が良いでしょう。そうです。皆さんはそのような日を持ちたくありませんね。本当にそうですね。皆さんの答えは強くはっきりしています。先生は皆さんを信頼します。皆さんを当てにしています。神様の祝福がありますように。

Monday Apr 15, 2024
御旨と海 第86話
Monday Apr 15, 2024
Monday Apr 15, 2024
魚釣りに対する先生の心情
では、本論に戻りましょう。時々、皆さんが話をする時には、テーブルをセットする前に部屋を掃除しなければなりません。そうでしょう。それが指導者という者です。今や皆さんは「どんな嵐が来ても自分は出かけるぞ」というような決意ができたと先生は確信します。皆さんはそういった決意を持っていますか。よろしい。それが違うところです。さあ、皆さんは決意を持っています。だから先生も皆さんに話すことを幸福に思います。
皆さんはこれらの新しくて清潔な船の責任を与えられました。マグロ釣りを七十日間した後に、これらの船を今と同じように清潔な船として返さなければなりません。これはこうすることによって、ただ単に皆さんの船を愛するのみならず、皆さんの国を愛したことになるのです。一度海に出かければ、皆さんの船と皆さんの体とどちらがより大切ですか。いやいや皆さんの体の方がより大切でしょう。よろしい。皆さんは船の方がもっと大切だと主張するのですね。今度だけは皆さんに同意します。なぜならば、海に出かけた時には船の方が大切だからです。海の上では、船こそが皆さんが生き残れるかどうかの鍵を握っているからです。
だから皆さんは、自分の体を愛する以上に、皆さんの船を愛さなければなりません。皆さんがどんなに有名であろうとも、どんなに多くの人々が船に乗っていようとも、海にいる時は船の方がもっと価値があるのです。船なくして皆さんは生きることができません。自分の手に油が着いている時には手を洗うくせに、船が汚れている時に船をきれいにしない人のことを考えてみなさい。こういう人は、今日先生が話している精神の持ち主ではありません。
もし皆さんが海に出てそのような態度でいるならば、船が皆さんを嫌うでしょう。そして、海も皆さんを嫌うでしょう。しかし、もし皆さんが心をつくしてその船を愛するならば、海ですらも皆さんを抱きかかえるでしょう。船が皆さんに愛を返し、海が皆さんを抱きかかえる時にのみ、皆さんは幸せを感じることができるのです。もし皆さんが船に対して「あなたは私と共にいることを誇りに思いますか」と尋ねてみて、皆さんの船が「はい、その通りです」と答えるとしたら、何とすばらしいことでしょうか。もし皆さんが皆さんの船からそのような気持ちを感じることができるならば、また海からもそのように感じるならば、何とすばらしいことでしょうか。
さらにまた、皆さんは船の備品を愛し、良く手入れしなければなりません。エンジンと船は皆さんの生命を守るものです。また皆さんのラインや針を皆さんの着物以上に愛さなければなりません。皆さんが誰かを、あるいは神様を愛する時には、それらを決して傷つけたりはしないでしょう。それと同じことです。もし皆さんが船を愛し、また船の上のものをすべて愛するならば、それらも皆さんを傷つけることはないでしょう。むしろ皆さんを守ってくれるでしょう。
皆さんはこうした態度を身につけなければなりません。もし皆さんがそうした態度を身につけているならば、事故も起こらないでしょう。船の上で最も重要なものはエンジンです。エンジンなくして動くことはできません。だから、エンジンは船の心臓のようなものです。船がどんなに良いものであろうとも、もしエンジンが正常に働かなくなれば、皆さんは身動きができなくなります。また皆さんは、いかに正しく船の舵をとるか学ばなければなりません。突然動くようなことをしてはいけません。それは危険です。また船の上ではふざけてはいけません。先生は魚釣りを始めた最初の九年間は、決して船のデッキの底へ行って眠ったりはしませんでした。九年たってから、とても頭の痛い日があり、一日だけ休まなければならなかったことがありました。船の所有者、主人というものはそのような高い精神を保ち、船を良く面倒を見なければなりません。そうした精神を我々も持たなければならないのです。
先生はこれまで、多くのメンバーが一日中ただ眠っているだけの姿を見て来ました。彼らは船の上で横になって、先生に対して背中を見せるのです。これはちょっとした眺めです。皆さんは、先生が今何歳だか知っていますか。もうほとんど六十七歳になります。この年になれば、人々の中には杖に頼らなければならない人もいます。しかし先生はこの年で真っすぐに立って、そして皆さんのような若いアメリカ人を押し出さなければなりません。今、先生が皆さんを見て、皆さんの精神を見ています。今晩、皆さんは全世界を支配したいと思っている将軍のような精神を持っています。その精神を、皆さんがどれだけ長く保ち続けることができるか疑っています。永遠ですか。それは以前に聞いたことがあります。少なくともこのマグロ釣りの間ですか。誰がそう言いましたか。それは良い答えです。それが第一歩です。
主な点を覚えておいてください。船を愛しなさい。グロースターには、何年も何年も真剣にマグロ釣りをして来た人がいます。彼らは先生の方法を研究して、その真似をしようとしています。先生は自分なりの方法を編み出したのです。その一つの点は、決して釣りのラインを切ってはいけないということです。釣りのラインは何度でもつなぐことができます。一本のマグロ釣りのラインは千五百ドルもします。皆さん、何をしようとも、ラインを切って失うようなことをしてはいけません。先生は五年以上もの間、ラインを切ったり失ったりしないで、一本のラインを使って来ました。もし皆さんがラインを失えば、たとえマグロを一本とったとしても、既にその値段の四分の一は無くなってしまっています。
先生の方式は非常に整理されており、また経済的です。だからそれは他のいかなる方式よりも優れています。皆さまが今通過しているこの修練は、どこか他から採用して来たものではありません。いわば、先生の伝統から出て来たものです。修練の原型は先生の心情から出ているのです。皆さんは先生がこの方式をもたらすまで、いかなる困難や苦悩を通過しなければならなかったか、理解しなければなりません。この方式と訓練をもってすれば、皆さんが海に出かけた最初の日からマグロを釣って、それを持って帰ることができます。三年間もの間、マグロをとろうと試みて、ようやく一本しか釣ることができなかった、そういう漁師もいます。それほどマグロを釣ることは難しいものです。しかし、もし皆さんが今学んだ方法を用いるならば、出かけるとすぐにマグロをとることができます。
ニューホープ号は、一シーズン三十五匹のマグロを釣った記録を持っています。先生はそれぞれの船に指示を与えたつもりです。皆さんは、それぞれが、今シーズン少なくとも五匹釣らなければなりません。皆さんは「なぜ自分は五匹も捕まえなければいけないんだ。自分はそんなことはしたくない」と考えるかもしれません。皆さんは大きくて強いアメリカ人です。それで皆さんは、自分の心の中で「お父様、あなたは今ニュー・ホープ号は三十五匹も釣ったと言われましたが、私はただ五匹だけ釣ればいいのですか」と思っているでしょう。皆さんはもっと釣りたいと思っているかもしれませんが、しかし五匹釣るという目標に到達するためには、非常に多くの祈りと働きを必要とします。皆さんは船の上で、多くの障害や訓練を乗り越えなければならないかもしれません。皆さんは失望落胆して、船の上で泣きたいと思うことがあるかもしれません。そして長い間一本のマグロも釣ることができなく、涙でもって陸へ戻って来て「神様は私を愛していないのだ」と思うような、そういう時もあるかもしれません。それ位の努力と心と願いが必要なのです。皆さんが疲れていて、もう止めようというその時に、マグロが餌に食い付かずに、皆さんの船の傍らを通って行くのを見ることもあるでしょう。そういう時に皆さんは、目を覚まして力いっぱい「おい、ここへ戻って来てこのラインをくわえろ」と叫ばなければなりません。皆さん、そういった精神を持っていなければならないのです。
皆さんは夢の中でも、すなわちこの悪夢の中でも、同じような努力をしなければなりません。もし皆さんが、例えば山に行って虎を捕まえようとしているとします。その仕事は、何と危険で困難な仕事でしょうか。マグロを釣るのもそれと同じようなものです。千ポンドのマグロを一本捕れば、約七千㌦もしくは一万㌦位の価値があります。そのことについて話しているのです。皆さん、それだけの価値を持った牛を捕まえることができますか。とても比較にはなりません。
我々はそういった種類の宝を追っているのです。現実はそのようなものですから、皆さんがマグロを一本釣れば、皆さんと皆さんの家族、たとえ三家族ですらも、一年間食べて行くことができます。だから一本のマグロは何と貴重なことでしょうか。もし皆さんがただ海に出て船べりに座って、行ったり来たりしながら「マグロよ、船の所へ来てくれ」と言っているだけでは、皆さんは他の漁師から魚を奪う泥棒か強盗に過ぎません。皆さんは真剣にならなければなりません。
先生は霊感を持っています。時々、先生は今から五分以内にマグロがやって来て、食い付くということを感じます。そして多くの場合、まさにその瞬間に本当にマグロが食い付くのです。極めて疲れている時にマグロが食い付いて、その瞬間に、新鮮なきゅうりのように気分が一新される経験をしました。その感動を考えてみなさい。時々、戦いは長く続きます。時には一時間以上続くことがあります。しかし先生は激しく働き、汗を流しているので、その期間が一、二分のように思えるのです。一度、マグロが来るという予感がして、一日中今か今かと待っていたことがありました。そしてマグロが来ることがわかっていたので、他の何も考えることができませんでした。熱心に待っていたので、トイレに行くことすら考え付きませんでした。そしてトイレに行こうかなと思った瞬間に、マグロが食い付いたのです。その瞬間、非常に興奮して、トイレに行くことを忘れてしまいました。戦うことだけしか考えませんでした。そしてその戦いが終わった後に、先生は自分がぬれているのに気が付きました。しかし我々はそのマグロを捕ることができたので、先生はそのことが全く気になりませんでした。こういう経験は、今初めて皆さんに証するのです。だから皆さん、先生が感じたような興奮を想像することができますか。皆さんもまた自分なりに、このような意義深い思い出を持つべきです。ただマグロが来るのを待っているのではいけません。皆さんは、マグロが皆さんの方へ来るように呼ばなければなりません。熱心な、真剣な心を持たなければなりません。
それゆえに、船の上での第一のルールは、喧嘩をしたり、怒鳴ったりしてはいけないということです。もし船の上で指示を与えなければならない時は、しっかりと、しかし静かに与えなさい。多くの人達はチャムを切る作業を好みません。皆さんの中でこの経験のある人は知っているはずです。においは悪いし、見た目も非常に悪いので、とても言い表せない位です。だから皆さんはこの仕事は他の者にやらせたいと思うでしょう。しかし、皆さんはそのチャムを切る時、先生の心情を思わなければなりません。そして他の人に対しては「あなたは休んでいなさい、自分がこの仕事をするから」と言いなさい。また皆さんが船を出す時には、ただ単にエンジンをかけて出発するのではいけません。船の中を見回して、すべてがきちんとなっているかを確かめなさい。また帰って来た時には、ただ荷物をまとめて船を去るのではいけません。一日を本当に感謝しなさい。

Sunday Apr 14, 2024
御旨と海 第85話
Sunday Apr 14, 2024
Sunday Apr 14, 2024
我々がなるべき種類の人間とは
先生はダンベリーへ行った時さえも、この国によって打ち負かされたのではありませんでした。そうではなく、不正に対して戦ったのです。先生がダンベリーから出てきた時には、このような戦いにおいて認められました。我々には決意が必要です。我々は高く立って「いかに風が強く吹こうとも、いかに多くの嵐がこようとも、自分はここに立って決して止まらない」と言わなければなりません。数年前、グロースターで嵐がくると警告がありました。そしてラジオのアナウンサーは、家にとどまるように言いました。ところが、先生は午前一時に「出かけよう」と言ったのです。風が非常に強く吹いていたので、誰もが危険があることを知っていました。それにもかかわらず「前進」と言ったのです。そして我々は嵐の中へ出かけていきました。
先生はそのような男が好きです。いかなる女性もそのような男性を好みます。皆さんはどうですか。皆さんはそのような男性を好きですか。あるいはただディスコで踊るような人間を好みますか。皆さんはどんな種類の人間ですか。皆さんはレバレンド・ムーン流の人間ですか。先生は非常にタフな人間です。それと同時に、先生は霊的な方向にも従わなければなりません。それがどういうことか分かりますか。我々がまさに行かなければならないという精神とは「自分の目が最後に閉じるまで、誰にも自分の手を開けさせない。自分はこの道をできるだけ強くつかんで決して離さない」と言うことができるような精神を持たければならないのです。
一般に言って、アメリカ人はあまり強い伝統を持っていません。ただ二百年の歴史があるだけです。韓国のような小さな国が約五千年の歴史を持っています。ということは、皆さんは地上においては韓国の二十五分の一の時間しか持っていないことになります。このように比較すれば、皆さんは非常に伝統が少ないのです。アメリカ人は風の吹くままに流れる傾向があります。もし風が東に吹けば、東に行きます。風が西に吹けば、西に行きます。例えば、この国では伝統がないために、男達は「ああ、自分は女はいらない。男達と共に生きよう」などと言っています。また女達は「私達も男性はいらない。女同士で互いに愛しましょう」と言っています。もし、このような現象がこの次の世紀まで続くならば、アメリカ人は消えてしまうでしょう。
そのことを考えてみなさい。多分、黒人や土着のインディアンは「ああ、お前達白人はそのようなことを続けていくが良い。あと百年もすれば、我々は自分達の国を取り戻すことができる。我々はお前達なくして、この国の面倒を見ることができる」と言っているかもしれません。それは本当に恥ずかしいことです。この国の若者は恥という概念を持っていません。だから彼らはフリーセックスは自然だと思っています。しかしムーニーは、このような種類の人間とは量においてばかりでなく、質においても違っています。皆さんの特質とは、たとえ誰かがこのアメリカの二億四千万人の全人口をして皆さんの霊的生活と取り代えたいと願ったとしても、決して心を動かされることのないという者でなければなりません。
もし二つのタイプの人間が一緒に生活しているとしたら、その二人のうちでより強い者の方が生き残るでしょう。誰であっても、より多くの努力を注ぐ者が主体となり、働きの少ない者が対象となるのです。日本人は一日二十四時間、一週間に七日間働きます。他方アメリカ人は一日わずか数時間しか働かず、また一週間の極わずかしか働きません。どちらが将来の所有者となるでしょうか。どちらが先頭になるでしょうか。一生懸命働く人ですか、それともいい加減に働く人ですか。もちろん、一生懸命働く人の方です。
だから先先がアメリカに来た時、辺りを見回して、誰が一生懸命働いているかを探しました。先生はこう言いました。「もし皆さんが一日十時間働くならば、自分は二十時間働こう。もし皆さんが基盤を造るのに二十年かかるとするならば、自分は十年しかかからない」と、このように言ったのです。それが先生の決意であり、今もなおその決意を持続しています。先生からそのような精神を相続したいと思わない人は手を挙げなさい。この言葉を聞いて理解することは優しいことですが、これを実践して皆さんの日常生活に応用しようとすれば、皆さんはそれから顔を背けて「自分はとてもやっていけない」と言うでしょう。
ここでは朝四時に起きますが、その時は光もありません。先生は皆さんが「ああ、自分はこのムーニーの伝統はとても好きになれない。あまりにもすることが多すぎる。これは自分にとっては問題だ」と言うのが聞こえます。いや、これが先生にとって問題なのです。先生にとってそんなことを言う人が問題を提供するのです。我々の状況は異なった世界にいるということです。我々が前進するにつれて、もっともっと難しくなるでしょう。皆さんは我々の理念について考えなさい。我々は世界を統一することができるのです。それが我々の概念であり、可能性なのです。我々はそれをどうしようというのでしょうか。皆さんにとって、これまでそれがいかに難しかったでしょうか。今からは、それがさらに難しくなります。これが我々の結論です。
朝早いので、皆さんは「ああ、このような生活は気違いじみている。これは東洋の伝統だ。これは韓国式だ。私はこれが嫌いだ」と思うでしょう。先生はこの点を知っています。皆さんは先生を単なる韓国人だと思いますか。第二次世界大戦が終わってから四十年間、先生はいつも人とは違った道を歩んで来ました。韓国においてさえ、人々は「こいつは気違いだ。彼の頭はどこか間違っている」と言いました。先生はあらゆることにおいて困難な道を選んで来ました。韓国でさえも、人々はこんな方法を望みませんでした。これは韓国式でもなければ、東洋式でもありません。なぜ、韓国において人々はレバレンド・ムーンに反対したのでしょうか。なぜ人々は、日本においても先生に反対したのでしょうか。なぜ人々は、この国においても先生に反対したのでしょうか。それはこの生活が神様の道だからです。神様は先生が行ってきたことを知っています。先生はあらゆることを神様が指示されるままに行ってきました。神様はハンサムな男の道、つまり簡単な道を選びません。神様の道はいつも最も困難な道です。先生はいつも二つの道を比べて何であれ、困難な道を選んできました。
なぜでしょうか。なぜなら先生はいかにして、できるだけ近い道を進むかということに関心があるからです。先生は最も素早い方法で遠くの距離を進みたいと思います。誰もそいう道を通って行きたいと思いません。しかし神様は先生にそういう道を行くようにと主張されました。だから先生はいつもそのような道を歩んできました。今や霊界と統一世界はこのような道を行かなければなりません。この道はアメリカ式とは違っています。だから若いムーニー達は統一教会的な道を好まないのです。皆さんが抱いている観念というものがそれを困難にしているのであって、道そのものが困難なのではありません。この点が分かりますか。
統一教会を代表することができるのは誰でしょう。皆さんですか。先生はいつも将来について、全世界について考えて来ました。皆さんはそれだけのことを考えて来なかったでしょう。なぜ皆さんはアメリカ式にしがみつくのですか。皆さんは「ああ、アメリカは世界第一等の国であり、指導国家であり、自由世界のチャンピオンである。我々はあらゆることにおいて第一位である」と言うでしょう。そしてまた皆さんは「なぜ我々はレバレンド・ムーンのような東洋式に従わなければならないのか」と不思議に思うでしょう。この道を行くか、行かないかです。聖書は「冷たいか、熱いかである」と言っています。神様は中途半端な人間を好みません。サタンですらもそのような人間を好みません。皆さんはどうですか。皆さん、この道を行くのに燃えていますか。燃えたムーニーとなっていますか。皆さんは何ですか。自分が今先生の言っ人間と違っていると考える人は手を挙げなさい。先生はどのように反応すると思いますか。先生は皆さんに良い笑顔を返していますか、それとも疑いに満ちた笑顔を返しているでしょうか。自分自身の中で新しい決意をしなさい。腹を据えて、性根を据えて新しい決意をしなさい。この目的のために、皆さんに話しにきたのです。それが唯一の理由です。もう一度、皆さんに聞きます。皆さんはこの道を歩みたいと思いますか。

Saturday Apr 13, 2024
御旨と海 第84話
Saturday Apr 13, 2024
Saturday Apr 13, 2024
皆さんは、先生がなぜそんな立場でマグロ釣りを始めたか、理解しなければなりません。また皆さんは、先生がなぜこのような種類の訓練を考え出したかを理解しなければなりません。世界には四つの主要な漁場があります。一つはノルウェー近海であり、あとの三つはアメリカの沿岸にあります。その他にも漁場はありますが、主要な漁場はこの四つです。言い換えれば、皆さんがどのような種類の魚を探そうとも、その魚はアメリカ沿岸で大量に見つけることができます。
一般的なアメリカ人が魚の価値を知らず、魚を食べないことは悲劇です。魚は一つのサイクルをなしています。すなわち魚が生まれてから死ぬまでです。魚がただ死ぬことは本当に無駄なことです。魚というものは、より大きな魚か人間に食べられるためにいるのです。魚は蛋白質とその他の栄養を多く含んでいます。もし我々が魚を食べず、ただ死んで海底に沈むのをほうっておくとすれば、それは本当に無駄なことです。
また、六年ないし七年前に、アメリカは漁業専管水域というものを宣言し、外国の船はその海域に入ることができなくなりました。このような宣言は政治問題となっています。日本やイタリア、ドイツのように、経済の一部を漁業に依存している国々は、このような水域を設けたことに抗議をしてきました。それと同時に、アメリカ人はあまり魚が好きではありません。だからあまり魚のことに関心を持ちません。そのために漁業に対して、率先して新しいことをしようとする者がだれもいません。先生は将来に対する心配から、海を中心とした教育プログラムと事業を始めたのです。陸地において農業をするとすれば、基盤を築くまでに二十年かかります。しかし海で始めれば、わずか五、六年で結果が出始めます。海は金よりも、人間によって良く利用されることを待っているのです。問題は、人々がそれについて知らず、あまり関心を持たないことです。アメリカ人が漁業に関心を持たない理由の一つは、漁業それ自体の性質にあります。大きな船団が漁業に出かける時には、三カ月から六カ月、海にいて操業します。その間、漁師の妻は、家にいて何もすることがないので、しばしば夫以外の人とどこかへいってしまうということがあります。
そのために、海の町で成長する若者は、漁業には一切かかわりたくないと思っています。そして彼らは、オフィスの中でできるもっと良い仕事を見つけようとして、大都会へ行ってしまいます。例えば、このグロースターの町は、二百海里水域が設定される前は非常に栄えていました。多くの外国船が出入りして、物を買ったり、荷を積み込んだり下ろしたりしていました。それでこの町の若者達は仕事を見つけて、ここで働くことができたのです。本当にグロースターは忙しく、そして繁栄していました。ところが、その漁業専管水域の宣言が出た後には、多くの若者が逃げ出してしまい、グロースターはどこかゴースト・タウンのようになってしまったのです。
出入りする船がなく、仕事をする若者がいなければ、だれがこの町の主人となるでしょうか。ムーニー達が数年前に現れました。我々が最初にここへ来たときには、人々は「ムーニー達は最も悪い人達である」と考えました。彼らはレバレンド・ムーンを何か恐ろしい妖怪でもあるかのように見て、レバレンド・ムーンとムーニー達を追い出そうとしました。しかし実際には、ムーニー達は良い人の中の最も良い人であろうとしています。今や人々の態度も、非常に意地悪であった昔から、今のように温かく歓迎するような態度へと変わってきました。
多くの人達が豪華な船をこの町に持ってきました。彼らはデッキの上に座って、シャツから大きなお腹を出して、我々に向かって「ヘイ、お前達はだれだ。お前達は何をしているのか」と叫びました。彼らは非常に意地悪な心を持って、そういうことを言ったのです。最初のうちは、だれもマグロ釣りについては何も知りませんでした。我々はさまざまな針やその他のものを買いに回りました。何人かのメンバーは先生と共に行きましたが、彼らもまた何も知りませんでした。すると人々は店の中で「ああ、あれはレバレンド・ムーンに違いない」とささやいたものです。ある時などは、先生が店に入っていこうとすると、店はドアを閉めてしまい、「入ってくるな」と言いました。そこで先生は直ちに「ドアを開けろ」と言ったものです。
最初のころ、先生はその店の主人が持っているある種の特別な釣り具を求めました。しかし店の人達は、それを先生に見せようとはしませんでした。それどころか先生が望んでいた物とは違った釣り具を出してみせました。先生はこうしたさまざまなことを耐え忍びながら続けてきました。先生は、自分自身が利益を得たくて行ってきたのではありません。これらの海の町を再び繁栄させたいと思ったから行ってきたのです。
マグロ釣りの背後のビジョン
先生の目標は、アメリカの海岸都市を再び発展させ、世界中の人々に食料を供給するために、魚や海産物を輸出できるようにすることです。皆さんの中には、なぜグロースターのような小さくてつまらない町に呼ばれたのか、不思議に思っているでしょう。皆さんは、迫害や困難な状況を克服する先生の精神を相続しなければなりません。なぜなら、先生はいかにして世界を救い、また全世界の人にいかにして食料を供給するかというビジョンを持っているからです。
皆さんが乗ろうとする船は、先生が設計し、メンバー達が建造したものです。九年間の経験の後に、先生はグッド・ゴーの船を建造したのです。これらの船を最初に建造し始めた時、だれも経験を持っている者はいませんでした。神山は船を建造する先生の計画を初めて聞いたとき、全く途方に暮れていました。彼はショックを受けた顔をして「何ですって、我々が漁船を建造するんですか」と言いました。彼は先生がそのような船を造ることを先生が言い出さないことを願っていましたが、先生は「最初の年は百五十隻を建造しなさい」と言ったのです。
そのことを考えてみなさい。そのように多くの投資をしてでき上がった船が、その船の価値について何も知らない、全く未経験のメンバー達に一隻ずつ与えられたのです。これらの船をもって、メンバー達はいかにしてマグロを釣るか訓練を受けました。我々が建造した船一隻ごとに、非常にたくさんの汗と涙と祈りが込められていました。皆さんはそれを理解できないかもしれませんが、そのような精神がそれぞれの船の中に込められています。もし皆さんが本当にこのことを理解するならば、皆さんは船に乗るときに涙を流すはずです。先生が初めてグッド・ゴーに乗った時、先生は泣いたでしょうか、それともあまり深刻に考えずに笑ったでしょうか。皆さんはどう思いますか。だから、皆さんはふさわしい態度を持って、これらの船に連結されている霊的な、かつ国際的な因縁を相続するために祈らなければなりません。世界中の国々が、これらの船の建造を助けるためにメンバーを送りました。そしてそれらのメンバー達は、この船を建造するために彼らの汗と涙を投入したのです。だれも何も分かりませんでした。彼らは文字通り一から始めたのです。だれもどのような材料を買ったら良いのか、何を最初にしたら良いのか知りませんでした。先生は船一隻の価値は将来は十万ドル、いや百万ドル以上の価値になるだろうということを知っています。なぜならば、人々が「これはレバレンド・ムーンによって造られた船である」と言うからです。このために、先生は船を建造するメンバー達にできるだけ最高の質の材料を買うようにと指示しました。彼らは中途半端なものではなく、最高の水準の船を建造しなければなりませんでした。
将来いつの日か、五十州の各地が、たとえ州議事堂を売ったとしても、ワンホープを買うであろう事を先生は知っています。ところが、統一教会メンバー達の中には、これらの船を見たくもないし、これらの船から逃げ出したいと思っている人達がいます。そういうことを先生は目撃しています。先生の目標と願いは、この船の中に投入されているのにもかかわらず、他のアメリカのメンバー達はそのことを理解せず、この船から逃げようとしています。
皆さんが、先生がオーシャン・チャーチを始めた時からの御言葉を読めばそのメッセージがいかに重要で、いかに真剣なものであるかが分かるでしょう。しかし先生がそのような説明を与えた後でさえも、多くのメンバーがこのオーシャン・チャーチの活動から離れていきました。それは恥ずかしいことですが、先生はあきらめることはできません。先生はこれをアメリカの若者達に与えたいと思っていましたが、彼らはその機会を得ようとはしませんでした。だから先生は、若い日本のメンバー達を連れてこなければなりませんでした。最も価値のある貴重な宝を見つけるためには、最も困難な道を行かなければなりません。それが真理です。
今年の夏、ここにいるアメリカのメンバーは自発的にここに来たのですか。それとも、ここに送られてきたから来たのですか。皆さんは本当にここにいたいと思いますか。まだ先生は皆さんを信じられません。皆さんはそれを先生に示さなければなりません。これまで非常に多くのアメリカのメンバー達が、このオーシャン・チャーチの活動から離れ、逃げていくのを見てきました。もちろん、ある者にとってはそうする十分な理由があったかもしれません。先生はただだまって、彼らが来ては去っていくのを見てきました。しかしその間、先生はこのオーシャン・チャーチの努力に対する先生の目標と先生の精神を決して変えませんでした。なぜか、それは先生がその価値を知っているからです。
もし、アメリカの若者である皆さんが釣りに出かけて行くならば、だれが皆さんに指をさすでしょうか。だれもいません。ところが先生が韓国人であるがゆえに、先生に対しては皆が指をさしたのです。皆さんは、いかなる困難な状況の中でも、いかなる迫害の中でも、皆さんが、通過するすべてのものは、先生が皆さんの前に通過していることを覚えていてください。分かりますか。先生は決して引き下がることはしません。常に前進します。人々は今年になって「レバレンド・ムーンは昨年ダンベリーの刑務所にいたのが、出所してきた。彼の運動は彼がダンベリーにいる間に少し衰退したに違いない。彼らは昨年二十隻かそこらの船を出したが、今年は十隻かそこらしか船を見ないだろう」と言ったかもしれません。しかし先生はそうではなくて、今年七十隻の船が漁に出るようにと命令しました。皆さんはそのような精神を持っていますか。
先生は、皆さんは外部のアメリカの若者と同じだと思います。皆さんは同じタイプです。皆さんは「そうではない」と叫んでいます。しかし同じタイプだと思います。どう思いますか。本当ですか、本当ではありませんか。先生は皆さんを信頼することはできません。皆さん、先生に見せてくれなければなりません。皆さんが実績を持ってくるときに、他の若者とは違っていることを先生は知ることができます。今から我々は異なった道を行くのです。それができますか。手を挙げなさい。できますか。先生の話を理解できなかった日本のメンバー達は、手を挙げる機会を逃がしました。皆さんが乗っている船は、世界の漁船の中でも最高のものであることを忘れてはいけません。そしてそれがレバレンド・ムーンによって造られたものであることを忘れてはいけません。我々がこの船を造ったのであり、ムーニー精神がこの船を造ったのです。我々はお金をもうけたいからではなく、アメリカの精神を再びよみがえらせたいと願ったからです。
このグロースターの町自体が消え去るまで、我々は毎年ここに来るでしょう。我々はこの町の面倒をみます。我々がこの海の面倒を見るのです。今晩、ここには約二百人の人がいます。誰しもが同じ状況の中にいます。全員が二本の手と二つの目と、そして手足は無傷でいます。先生は皆さんと同じようなものを持っていますが、しかし人々を指導する能力とか、戦う精神とか、物事をあきらめないことは、ここにいる二百人を合わせた以上の能力を持っています。その違いは、決意と献身、つまり精神の中にあるのです。

Saturday Apr 13, 2024
御旨と海 第83話
Saturday Apr 13, 2024
Saturday Apr 13, 2024
魚釣りの心情と精神
1986年 7月 3日 モーニング・ガーデン
今晩、先生に初めて会う人はいますか。皆さんは新しいメンバーですか。もし皆さんがここで新しいメンバーであれば、きっとまだマグロ釣りを経験したことはないと思います。教会に入る前は何をしていましたか。皆さんは少なくとも十八歳以上ですね。たとえ皆さんがまだ二十歳代の初めであったとしても、まだ若すぎます。初めてマグロ釣りをする人は、手を挙げなさい。今シーズンの結果について心配する必要はありません。先生は皆さんの大部分が魚釣りの経験がないことを分かっています。皆さんはこれまでの十日間の教育と修練を通して、たくさんのことを学びました。しかし、数日の講義と実際の魚釣りの違いを見てみれば、このような訓練は取るに足らないものです。それは現実に比べたら塵のようなものです。皆さんはさまざまな種類の魚釣りを学ぶでしょうが、最も難しいのはマグロ釣りです。
ジャンボマグロは捕るのが非常に難しい魚です。このマグロは、世界中の五つの海で見ることができます。彼らはそのように広い範囲を旅するので、速いスピードで泳げなければなりません。皆さんが実際にマグロを見れば、胸びれと背びれが身体に収まり、ちょうど魚雷のように泳ぐのを知るでしょう。マグロの最高速度は約百ノットで、平均速度は約三十ノットです。このようなジャンボマグロの生活を考えてみなさい。彼らは海の中で十年ないし十五年、あるものは二十年以上も生きてきたのです。彼らは非常に多くの危険や困難を経験して、それでも生き残ってきました。その意味において、あるマグロは我々以上に頭が良いかもしれません。例えば、マグロはマグロ釣りの船がくるのを見ると、ただ単に船を通り過ぎるのではなく、船のかたわらに寄ってきて注意深くこちらをみるのです。我々はそのような頭の良い魚を捕るために、ここに来ているのです。
最も大きいマグロは、千ポンドを超えるものがあります。それらは大きな牛よりも大きいのです。しかし、牛のような骨は持っていません。この意味においてマグロは神様の賜物として準備され、我々はその賜物を受け取るためにここに来ているのだと言えます。しかし、一般に、アメリカ人はマグロの味がどんなに良いか知らずにいました。日本人はそのことを長い間知っていました。マグロはとてもおいしい魚です。マグロ養殖の研究開発を行っている日本のある教授が、もしアメリカ人にマグロのおいしさが分かったならば、日本人に残されるマグロはなくなってしまうだろうと心配していました。幸いなことに、アメリカ人はまだマグロについてそれほど多くを知らずにいます。しかし、彼らがそれを知った時には日本人には困ったことになります。
ここでちょっと比べてみましょう。もしマグロが海の王であり、女王であるならば、マグロは、最もハンサムな王子であり、最も美しい王女です。我々は、このような魚の中のハンサムな王子と美しい王女を釣るためにきているのです。彼らがどんなに美しく、どんなにハンサムでしょうか。例えば、皆さんが何日も何日も海にいて、一本のマグロを釣ったとします。皆さんはそれを見て、突然マグロの所へ行ってキスをするでしょう。多くの人達がそれくらい感激するのです。
また皆さんは「私はマグロを釣りにここに来ているけれども、やせて荒れた日本人の私の手はあまりにも醜くて、そのような美しくハンサムな魚に触れることはできない」と、このようにも考えるでしょう。マグロ釣りの多くのことに関して興味を持たなければなりません。先生自身が魚釣りを始めたのは、十四年前です。ここに初めてニュー・ホープ号を持ってきたとき、国中がそのことを知りました。先生が初めてここに来たときは、マグロ釣りについては何も知りませんでした。どんな種類の針を用いるのか、どんな糸を使ったら良いのか、何も知りませんでした。しかし三年以内に、自分はマグロ釣りのマスターになるという自信をだれよりも強く持っていました。
マグロ釣りにおける先生の基台
先生が初めてここに来たときには、たくさんのマグロがいました。恐らく今よりもたくさんいたと思います。普通の日で、一日に一本のマグロを釣ることは珍しくありませんでしたし、一日に二本のマグロを釣ることもよくありました。こういった初期のころを考えると、先生は皆さんとそのような深い経験を分かち合いたいと思います。最初のころ、何度もマグロが食い付きましたが、その度ごとに逃げられてしまいました。それでマグロを釣ってきた漁師達は帰ってきて「またレバレンド・ムーンはマグロが掛かったけれども、逃がしてしまった」と言ったものです。
先生はマグロを釣って、それを船まで引き揚げることができませんでした。このようなことが毎日起こりました。だから、先生がマグロを持って帰ることができるかどうかが、人々の毎日の噂となりました。皆さんが知っているように、ここにはマグロ釣りに出かけていく大きくて豪華な船がたくさんあります。彼らの中には、妻や子供を連れて行く人もいます.来る日も来る日も彼らが家族に「レバレンド・ムーンはきょうもまた魚を逃がしてしまった」と言っているのを聞きました。
このように、マグロが食い付きながらも捕まえることができなかったことが、何度続いたことでしょう。一度でも、二度でも、また三度でもありません。十六本目にようやく釣り揚げることができました。二十一日目にして初めて、マグロを船に引き揚げることができました。大貫はこのことを目撃した生き証人です。彼は今晩皆さんの前に立っています。このように我々が二十日の間出かけていって、十五本のマグロが掛かりながら、船に揚げることができなかった日々のことを考えてみてください。十六本目にして、ようやく釣り揚げることができた時、大貫はその瞬間、涙を流していました。このように、我々が最初のマグロを釣らなければならないと誓った信念のことを考えてみてください。
先生の心の中には「少なくとも一日に一本捕まえることができるように、アメリカの青年を訓練しなければならない」という考えがありました。その二十日間そのような考えを持ったことについて考えてみてください。先生はいかにしてマグロを針に引っ掛けて、しかもそれを逃がさないで釣り揚げるかに焦点を絞って考えていたのです。先生は絶えずこの点を研究していました。もう一つの観点は、我々がマグロ釣りのために費やしたお金のことです。毎日毎日たくさんのお金を費やして、それでも一本のマグロも捕まえることができなかったことを考えてみてください。先生は必死になっていました。

Saturday Apr 13, 2024
御旨と海 第82話
Saturday Apr 13, 2024
Saturday Apr 13, 2024
一九九〇年まで後五年です。皆さんは韓国語を学ばなければなりません。先生はこのことを一九八一年に言いました。しかし、誰もそのことに注意を払いませんでした。なぜなら、彼らは自分なりに「まだ九年先のことだ」と言っていたからです。今や、もう五年しかありません。まもなくそれは四年先となるでしょう。皆さんが韓国語を学ぶことは簡単ではありません。英語とは全く反対です。韓国語を学ぶ唯一優しい方法があるとすれば、それを暗記することです。皆さんは心がコンピューターであるかのように、それを吸収しなければなりません。皆さん、韓国語を勉強しますか。皆さんは先生に対していつも約束をしますが、時として、皆さんを信頼することができまん。一九九〇年以降は、先生はどこへ行こうとも韓国語でしか話さないつもりです。ヨーロッパへ行っても韓国語だけで話すつもりです。そして先生の言うことが分からない者は、先生の言うことをテープ・レコードーに録音して、後で通訳を見つけなければなりません。しかし先生はそのことさえも許さないかもしれません。
先生は皆さんが韓国語を学ぶようにと、自分で英語を勉強しました。先生は今、「先生の言ったことが分かった人は手を挙げなさい」と韓国語で言いました。ところが、ここにいる誰も手を挙げませんでした。だから皆さんはどうしなければならないか分かるでしょう。韓国語は発音するのに非常に難しい言葉です。韓国人はどこへ行っても、その国の言葉を早く覚えます。皆さんは、日本人と韓国人の話す英語の違いに気付くでしょう。韓国人はより早く言葉を学びます。そして発音する能力は、もっともっと良いのです。どこへ行こうとも、フランス、ドイツ、アフリカ、南アメリカでも同じです。なぜならば、韓国語がそのような広い範囲の発音を持っており、他のいかなる言葉の発音もカバーするからです。韓国語を勉強したい人は手を挙げなさい。アメリカ政府はムーニーを好きではありませんが、それでも皆さんは韓国語を勉強したいと思うのですね。
アメリカ政府は、先生がアメリカナイズされずに、却ってアメリカの若者を「ムーナイズ」したという事実を快く思っていません。彼らはそのことを全く好ましく思わず、それを「洗脳」と呼んで、悪いイメージにしてしまいました。しかしそれは統一教会の用語ではなく、彼らの言葉なのです。我々は彼らからそう言われるような、何をしていたのでしょうか。皆さんの生活を以前の生活と比べて見てください。皆さんは前よりも良くなりましたか、悪くなりましたか。皆さんがいかにどれぐらい変わったか、皆さんはよく知っています。だから皆さんは誰かに対して何も言う必要がありません。まもなく彼らは皆さんのことを理解し、皆さんがいかに良い人間になっているかを認めるようになるでしょう。
今から我々は、今まで以上に一生懸命働くつもりです。そうですね。この地域は二千五百人の牧師しかいません。それは我々にとっては少な過ぎます。皆さんは、なぜ先生が今皆さんを押し出しているか、なぜそんなに急いでいるかを分からずにいます。しかし近い将来、皆さんはその理由をはっきりと分かるようになるでしょう。先生は皆さんが一生懸命働いてくれるものと信じます。先生の飛行機は、一時間以上前に出発することになっていましたが、皆さんに話をしていて止めることができませんでした。だから後で別の飛行機に乗るつもりです。
先生はここへ来る前に、アラスカで魚釣りをしていました。朝早くから夜遅くまで船に乗って魚釣りをして、一度も休みませんてした。そしてここへ来るとすぐに皆さんに話を始めて、一度も休みませんでした。だから先生を羨ましく思わずに同情してください。先生がかつてここへ来て、この海岸の北から南まで様々な港で魚釣りをして、そして漁業を将来盛んにするために、様々な可能性を探ったというこの事実を知れば、漁師達はどんなに感謝するであろうかということを想像してください。
漁業のみならず、先生が投資したすべてのプロジェクトにおいて、先生は非常に多くの時間とエネルギーを投じました。これらは先生がこの国からいなくなった後にも、この国における先生の仕事として歴史的な記録として残るでしょう。このことを考えてみなさい。この統一の思想は、やがて全世界を抱擁するでしょう。将来は白人も、黒人も、黄色人も皆統一思想を知って感謝するでしょう。将来、先生をなつかしく思い、そして先生の歩みをたどりたいと思う人の中から、詩や文学が生まれてくるでしょう。黒人も、白人も、黄色人もそういうものを書くようになるでしょう。ダンベリーの人々すらもそのような気持ちを持ってそれを著すでしょう。これは皆さんにとっても言えることです。我々は、今日のために生きているのではありません。未来のために生きているのです。先生は苦労の中から出発した自分の路程を、必ず成功させようと決意しています。その同じ状況が皆さんにも当てはまらなければなりません。もし先生がこのように決めたとすれば、皆さんは違った道を行くことができますか。それは真の父母の伝統であり、それを皆さんに残して行きます。だから皆さんは、この世界の最後の人が救われるまで、ずっとこの道をたどっていくべきです。これは達成するまで、これ以外の道を行くことはできません。我々はこれを人生最大の道だと言っています。。そして実際、これは人生最大の道なのです。
皆さんの心の中で、皆さんが先生に関する思い出を決して消し去ることはできないでしょう。これは以前ムーニーだった人にも言えることです。彼らの多くは、戻ってきたいと願っています。そして彼らは、教会へ戻ってくる方法を見つけようとしています。たとえ彼らが教会を離れたとしても、先生と共に過ごした思い出を忘れることはできません。このような状況は悲しく惨めなことです。先生が初めて牢獄に入った時に、皆さんが苦しんでいました。その時のことを思い出すと、その重みを感じます。しかし今回、先生が刑務所から出てくると、至る所の人々が先生を歓迎してくれました。
教会を離れたメンバー達が皆さ同の街頭での活動を見る時、彼らは道の傍らにいて、皆さんの前にそう簡単には出てくこられないということを知っています。誰が彼らにそのような惨めな状況を与えたのでしょう。先生ではありません。先生はそのような状況にある人を見たいと思いません。そのような状況を作ったのは、彼ら自身です。それは非常に悲しいことです。そして先生はそのことをはっきり理解しています。韓国にも、そのような以前教会員だった人がいます。そして彼らは、この教会での生活を、離れた経験による苦しみを乗り越えられずにいるのです。
これは先生が生きてきた唯一の道であり、先生と共に働きながらいかに多くの人が離れ去ったとしても、先生はこの道を離れることはできません。これは皆さんにとっても唯一の道であり、皆さんが歴史を振り返ってみる時、決して後悔することのない道です。霊界にいる人は誰もが、これが正しい道であり、唯一の道であることを知っています。先生は、皆さんが一生懸命働いてくれることを知っています。神様の祝福がありますように。アーメン