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Wednesday Mar 22, 2023
真の父母経 第98話
Wednesday Mar 22, 2023
Wednesday Mar 22, 2023
11 五千年の歴史を経てきながら、私たちの民族は様々な苦労の道を歩んできました。悲しみがあっても、どこかに行って訴えることができず、憤りや悔しさがあっても訴えることができない中で、この民族は歩んできました。
それでは、民族をつかんで、皆さんはどのようにすべきでしょうか。孤児のようなこの民族ですが、私たち同士で手を握って痛哭することができなければなりません。そうしてこそ、この民族が生きることができるというのです。兄弟に過ちがあろうとなかろうと、天が許した同じ血と骨肉をもって生まれた兄弟なので、自分個人の事情を越え、父母の歴史的な血統と心情に結合するために泣くことができる、雅量のある人たちが現れなければなりません。そのような青年たちが求められているのです。
そのような青年たちの血潮がたぎる情熱が、一身の出世と欲望のためのものであれば、それは一個人の限界圏内で終結するでしょう。
12 人間の本来の理念は、無限大の(限界)線を何度も越えて神様をつかみ、喜ぶことを願うのです。したがって、人間本来の理念のために、情熱を注がなければなりません。
この民族が経てきた歴史路程に神様の摂理があったとすれば、その摂理の終局に、神様はどのような群れを求められるでしょうか。それは、神様のみ旨を成し遂げるために泣くことでしょう。一つのみ旨に思い悩んで泣き、一つの心情に思い悩んで泣き、一つの行動に思い悩んで泣きながら、先に供え物になろうという群れです。神様は、そのような群れを求められるのです。
13 私たちが良心的な基準を探し求めていくところには、悪が対立していて、サタンが反駁できる余地があります。ですから、私たちは、私たちの心と天の心が一体となるその基点の上で人情と天情が一体になり、私たちの理念と天的な理念が一体となるその基点の上で私たちの生命と天の生命が一つになり、私たちの愛と天的な愛が一つに絡み合うその基点の上で、天と絆を結ばなければなりません。
天と私たちの心が一つになり、生命が一つになり、理念が一つになり、愛が一つになった絆を、何によって断つことができるでしょうか。堕落した人間同士が結んだ情の絆も切ることができず、泣き叫んで大騒ぎするのに、天情に絡めて一つになったその絆を誰が断ち得るでしょうか。いくら罪悪の力が強く、地の権勢が強いとしても、この心の根本で結ばれた情的な流れの一つの基準を曲げることができるものは、何もないというのです。
そのような基準を見つけ出す時まで、歴史は苦しみ、人類は塗炭の苦しみの中でうめくのですが、これを防ぐ勇者は地上にいないのでしょうか。このような責任を担い、このような使命の路程を開拓するために、自分の体を一つの爆弾として、一つの原子爆弾として、サタンの都城を崩してしまおうという、火のついた爆発的な心情をもった勇者がいることを、私は期待します。このような勇猛さを備えた天の精兵たちが、大勢現れることを天は願っています。
14 最後に残る一つの理念の場に向かって動いていくようにするのは心情です。心情が最終的に「私」のすべてを決定してくれるのです。この心情一つだけをつかみ、注意深く探し求める人が、聞かせてくださるみ言を聞くことができ、見せてくださる幻想を見ることができ、生活におけるあらゆる実情を分析することができます。
自分に与えられた責任を感じつつ、気をもむ心情と不安な心を抑えながら、新しい理念を探し求めて動く青年男女たちがいて、彼らの泣き叫ぶ声が聞こえる、そのような心情の動きがあるなら、皆さんは、彼らの心情を通して、歴史的なすべてのことと、長い間感じてきたすべてのことを一度に感じられるでしょう。その心情を感じ、自己を覚醒して、「天が求めていた理念の主体がこれだったのか。世界が求めていた真の姿と、天地の前に立てて誇り得る姿がこれだったのか」と、我知らず叫ぶ瞬間をもつ人だけが、歴史の主人であり、摂理の主人であり、天倫の主人なのです。
今日、皆さんは、関係と絆の世界において責任を果たし、実績を残さなければならない人生行路を歩んでいます。そのようになれば、自分を誇ることができ、「本然の人間に代わる勝者の姿が私だった」という覚醒が訪れるでしょう。そのような瞬間に、この世界と宇宙は皆さんのものになり、神様も皆さんの神様になるでしょう。
15 私たちによって、天と地と人類の幸福の基点がこの地上に現れなければなりません。このことに誰かが責任をもたなければなりません。涙が前を遮って歩くことができず、身もだえしながらこれに責任をもとうと、ひれ伏して訴える人がいれば、その人の膝に頭を埋めて痛悔しなければなりません。凄惨で絶望的な境遇にありながらも、自分の一身を顧みず、その立場で感謝する心をもって、天のために、み旨のために血と汗を流しながら進んでいく群れがいるなら、決死的に彼らに従っていくことができなければなりません。このような信者、このような良心的な人士がこの民族の中から、特にこの民族の青年男女たちの中から現れなければ、この民族は滅びます。
「私が、神様の永遠不変の理念的な足場です。この姿は、たとえぼろを着て、おなかをすかせ、備えたものがないとしても、心情においては、私でなければあなたの手をつかんであげる人がなく、私でなければあなたの服をきれいに整えてあげる人がなく、私でなければあなたの履物を直してあげる人がいません。あなたのいかなる一部分も、私でなければなりません」と言える群れが集まれば、闘わなくても、このサタンの天下を征服できるのです。重要なのは、私たち自身です。
第三節 「成和学生会」と「全国大学原理研究会」
「成和学生会」と成和同窓会
統一教会の初期の活動は、成和出身者たちが主導した。一九五五年十月二十三日、中等部と高等部の「成和学生会」がそれぞれ結成され、それ以後、教会活動の中枢的役割を担った。「成和学生会」を修了した正会員と、仮修了した準会員で構成された全国成和同窓会の創立総会が、成和七期までの卒業生が参加する中で、一九六三年十一月八日から十五日まで開催され、以後、毎年総会が開かれた。
1 「成和」という名前を、なぜ若者たちに付けてあげたのでしょうか。血が沸き立つ若者、純潔の血が沸き上がり、神様の感情に同化され得る血をもった若い青少年たちが必要だというのです。それで、若者たちに「成和」という名前を付けてあげました。成和の意味は、「成し遂げて和合する」ということです。一つの目的を成し遂げて和合するのです。和合したので、二つではなく一つです。麹と同じです。
家庭には、祖父、祖母、あるいは父、母がいますが、ほほえましい姿の子女たちもいなければなりません。それでこそ、その家に笑顔の花が咲くのです。そのような意味で、成和の若者たちがもつ責任は大きいのです。これから成和学生の皆さんは、神様を解放してさしあげる旗手になるという信念をもたなければなりません。神様が六千年間、闘ってこられた信念以上の信念をもった人がいるとすれば、み旨を成就できなくても、神様はその人に仕事を任せるのです。
2 「成和」の「成」は、創造理想の完成を意味します。すなわち、宇宙全体の完成を意味するのです。本来、完成(期)の基準を立てる時期は、人間始祖が堕落した年齢である十六歳の時からです。ですから、二十歳前後の成和を中心として、すべてのことが成就されるのを願われる神様です。未来完成の位置を占有できるのは、青少年の時期です。
お父様は、青少年期に願いの標準と生涯の目標を立てて決心しました。皆さんは、神様の正しい系統を引き継いだ者として、直行しなければなりません。
3 堕落した子孫たちは、嘆息圏内で生きています。皆さんは、このような嘆息圏内で善の基台をつくろうという信念をもって闘争していかなければなりません。より大きな善を創造しようとすれば、信念をもって誤った環境を踏み越え、闘争しなければなりません。このように能動的に行動するとき、悪の環境も善の環境に吸収されるでしょう。第二の創造が始まるというのです。
どんな環境にぶつかっても、どんな波が打ちつけてきても、これを克服していこうという信念をもった人が多ければ、この国は滅びません。お父様もこのような信念をもって闘っています。
再創造をしようとすれば、相対的な位置ではなく、主体的な位置に立つ存在にならなければなりません。再創造の価値をもつことができないので、「成和学生会」が発展できないのです。行く途中で倒れれば、結局、滅びます。皆さんは、再創造の目標を立てて行進していかなければなりません。自分自身から再創造しなければなりません。「善を創造する私」、「善を代弁する私」として再創造しなければなりません。
「私」は善を立てることもでき、善を壊すこともできる存在です。二股に分かれた道に立った母体です。より良いものを願う欲望を満たそうとすれば、神様のみ前に対象の位置に立たなければなりません。私たちは、地上で善を擁護し、悪を憎む人たちになろうというのです。
4 統一教会は、今まで歩んできましたが、まだ世界舞台に向かっていくべき道が残っています。ですから、父母様は世界に向かっていくのです。行く時は、誰にも屈せず、負けません。また、何かの問題を解決するための勇猛さも誰にも負けず、闘いにおいても、誰にも負けませんでした。このような心をもって進まなければ、世界的な勝利を期待することはできません。今、いくら民族的な勝利をしたとしても世界的な勝利の道は遠いというのです。
今まで皆さんがどんな立場で若い時期を送ったのかを考えなければなりません。神様のみ旨と統一の理念圏内で生きていますが、いつでも父母様が目指し、神様が目指す勝利の世界に行くために、自らの立場を批判できなければなりません。そして、その批判によって自ら悲しみを感じる小心者にならず、それを基に発展できる大きな器にならなければなりません。したがって、皆さんはこれから天上世界が許す天の王子になり、王女になり、栄光の天国を完成するために、若い時期によく準備しなければなりません。
5 私たちは、サタンの鉄条網から抜け出せる時まで、神様のみ旨に従って進まなければなりません。神様は、本当に「私」の父であり、私は神様の息子、娘であることを知って、忘れることができずに残っている神様の恨を解いてさしあけるべき責任があります。
私たちは、神様の恨を解くことによって、神様を解放してさしあげなければなりません。そして、自由な神様として万国を統治するとき、少しでも妨げになる障害物があるとすれば、「私」が責任をもってすべて取り除き、自由と平和の天国として万国を主管する堂々たる絶対者としてお迎えしようと思わなければなりません。
そのような信念をもった成和学生、若者がいるとすれば、その人は本当に偉大な若者です。このような若者たちによって、今後、世界は新しい方向に進むようになるでしょう。皆さんが実際にこのような若者になったとすれば、いくらみすぼらしい姿をしていても、それは見苦しい姿ではありません。そこには無限の希望が宿っているのであり、その姿は神様の希望と幸福の基盤になるのです。
Wednesday Mar 22, 2023
真の父母経 第97話
Wednesday Mar 22, 2023
Wednesday Mar 22, 2023
第二節 「成和青年会」
「成和」の意味と「成和青年会」
一九五四年十二月三十一日、協会に初めて「成和基督学生会」が出帆した。「成和」という名称は、真のお父様が直接、命名してくださったものであり、以後、多くの団体にその名称が活用された。み言によれば、「成和」は、完成と和動、すなわち互いに和して完成していくという意味である。「成和基督学生会」は、一九五五年三月二十七日、「成和青年会」に名を変え、一九六〇年まで協会活動の中心となった。この日、機関誌「成和」創刊号が発刊された。
1 皆さんは、「成和青年会」というこの字の意味を知らなければなりません。「成和」という言葉は、何かの刺激によって受動的な立場で和合しなさいということではありません。能動的に和合しなさいということです。
このような意味を中心として出発した皆さんなのに、朝は喜んでいても、夕方には泣いて騷ぎ、また夜になれば自分のしたいようにすべてしています。それではいけません。神様のみ旨を知る人たちであれば、朝に泣き、夕方や夜には喜ばなければなりません。それにもかかわらず、皆さんは、初めは喜んでいても、あとになって「ああだこうだ」と言って多くの条件を付けるのです。
ですから、成和学生の卒業生たちに苦労をさせるのです。皆さんを最前線に送り出して、倒れさせ、死の淵に追い込んでこそ、民族を救えるとすれば、そのようなことをさせなければなりません。
2 「成和」という言葉は、どのような意味があるのでしょうか。化学の「化」は本質まで変わりますが、成和の「和」は違います。絶対的な相対性と神様の本質としての「成和」だというのです。皆さんは、正にこの「成和」としてみ旨を果たしていくのです。
皆さんは、自分を中心とした世界観と生活観、自分を中心とした天的な心情を強固にしなければなりません。そうして、完全な種として結実して、殼を脱がなければなりません。それでこそ、真の穀物になるのです。それなのに、「先生の姿は立派だが、弟子たちの姿はそうではない」と言われてはいけません。
3 成和の「和」は、個性がそのまま生きているのです。「個性真理体」という言葉があります。ここに千人いれば、この千人はみなそれぞれ違います。個性をもっているのです。その個性を中心として一つになるのが「成和」です。「化合」は、個性が変わって一つになることですが、「成和」は、個性をもったまま一つになることを言います。
「成和」は、すべての個性が合わさって成し遂げたという意味なのです。そのように成し遂げることを「統一」と言います。各自の個性が連結されて完成すれば、完全に一つになるというのです。統一が成し遂げられるのです。
4 「成和青年会」の「成和」という字を調べてみると、「成」は完成を意味し、「和」は和動を意味します。「互いに和して完成していく」という意味になるのです。そのためには、第一に、皆さんがみ言の過程を通過しなければなりません。第二に、皆さんは、神様が相談できるほどの人格をもつ存在にならなければなりません。一つ一つ相談しなくても、心情的に通じなければならないのです。そして、何よりも、和動の中心にならなければなりません。前後、上下、左右に和合できる人格体にならなければならないのです。そうして、祝福の実体になることが標準です。
イエス様も、青年時代にみ旨の一線で働きました。三十歳前後の青年時代は、人生で最も重要な時期に該当します。お父様の若さに皆さんの若い情熱をプラスして働かなければなりません。再創造の偉業に加担して、栄光の条件を備えることができるのは、この一時しかありません。
私たちは徹頭徹尾、世の中の人たちに対して、「私はあなたたちと同じではない」という心情を備えなければなりません。「あなたたちは成し遂げることができないのか。私はできる!」、このような精神を常にもっていなければなりません。いかなる困難の中でも、「私はあなたたちと同じではない。歴史的にも、時代的にも、平面的にも、どこを見てもそうだ」と言えなければなりません。あらゆる困難なことに対して、「私」が動かなければならないという決心がなければなりません。
5 皆さんの中に、生命が躍動している青年男女はいるでしょうか。そのような人がいるとすれば、教会の牧師、長老の前に天倫を立証し、彼らの人格を批評して、天的な価値の前に審判できる資格を備えなければなりません。神様の心情に外れたことは、天上のいかなる存在も、地上のいかなる存在も受け入れないという覚悟をもたなければなりません。
皆さんは、統一教会に入ってきたのであれば、既成宗教の観念を超越しなければなりません。懐疑的な信仰観念を踏み越えて立たなければなりません。
今までの信仰観念の立場は、神様が臨在できる安息所になることができず、イエス様の実体に侍ることができる安息所になれないので、それを情け容赦なく踏み越えることができる勇断さをもたなければなりません。
6 若い人々は、その若い時期が長く続かないことを知らなければなりません。どのみちみ旨を知った人として、天のみ前に献身しようと進み出たのですから、貴い青春時代を何の未練もなく天のみ前に完全に捧げようというのです。そうすれば、それがどれほど貴いか、考えなければなりません。
時々、青春時代をみ旨と共に無意味に過ごしたと後悔する人々を目にします。そのような人々は、み旨がどのようなものであり、若い時代にみ旨と共に過ごしたことがどれほど価値のあることかを忘却した立場で不平を言い、嘆息するのです。
この若い時代には、必ず峠があります。各自には、必ず最高の絶頂期と言える青春時代があるのですが、その一時を誰と共に過ごすかが問題です。自分の一身や一家の幸福のために過ごすことより、国と世界のために、歴史とともに永遠に残り得る問題を中心として生きることが貴いというのです。
青年に対する時代的要求と使命
協会創立以降、中心となったのは青年と学生であった。意気衝天の勢いをもつ青年と学生は、教会の力であり、花だった。そして、草創期の食口たちは、大部分が社会的に地位のある人々であり、錚々(そうそう)たる顔ぶれだった。そのため、「統一教会は知識人だけが行く教会だ」といううわさも広まった。青年たちは、草創期の教会の柱として、民族と世界を復帰する先兵の役割を果たし、真のお父様も青年たちを野外に連れ出しては、克己訓練をさせ、自然と親しむ機会をもたせるなど、彼らを指導者として育成するために尽力された。
7 一般の大学生たちは、学校を卒業すれば社会に出ます。それから、家庭を築くようになります。それは、皆さんももちろんであり、お父様も同じです。形は似ています。学校を卒業したあと、大韓民国の国民の一員として国に貢献できる道を探し求めていくのです。
ですから、社会なら社会のある道徳圏内で生活をするようになります。男性は男性として、女性は女性として、家庭を築いて暮らすようになるでしょう。このように、向かっていく方向はみな同じです。しかし、社会に出た人は、その歩みが社会でとどまり、家庭に入った人は家庭でとどまるでしょう。その家庭と社会を越えて、国家と世界に向かい得る、自律的で自主的な信念で一日一日の生活を開拓していくことができず、その日その日を、生き甲斐をもって送り得る能動的な実体になれなければ、いつも悲観と失望の中で生きていくようになるのです。今、若者たちの中には、そのような人も多いでしょう。
しかし、私たちは、彼らとは行く方向は同じですが、立場が違います。家庭ができれば、私たちはその家庭の家長になりますが、一つの家庭の家長だけで終わるのではなく、自分を中心とした個人的な家庭の環境を打破し、氏族に連結され得る家庭の道をつくらなければなりません。そうして、民族を統合できる核心的な家庭の形態を備え、世界の家庭へと向かっていかなければなりません。このように、私たちは一般の青年たちと立場や考える範囲が違います。
私たちは、このような使命を果たすべき個体なので、このような面で影響力を発揮できる主体的な個体として能動的に実践するためには、外的に実力を備えなければなりません。そうして、力の母体にならなければならないのです。力がなければ、このすべてのことを達成し得ません。
8 青少年がもつべき誇りとは、どのようなものでなければならず、神様が訪ねてこられる青少年とはどのような人でしょうか。これが問題です。
それは、不信の先祖であるアダムとエバが汚した路程に従っていく青少年ではありません。疑ったり、不平不満を言ったりする若者たちではありません。「絶対犠牲、絶対信仰、絶対服従、絶対順応するのみである」と言える純粋な青少年でなければいけません。復帰時代の限界点が近づくこの時に生まれた成和の中高生、統一教会の青少年の皆さんが立っている立場は、流れていった歴史時代とは違います。皆さんは、霊界と肉界の統一的な基盤を備え、肉的(実体的)なアベルの基盤を備えて、新しい世界に登場しなければなりません。
「統一思想」を携え、この境界線を越えて、新しい旗手として旗を持って進み出るべき群れは、年を取った壮年や老人ではなく、血潮がたぎる若者たちです。そのような輝かしい青少年の群れを、この地球上のどこか一ヵ所からでも発見できるその日が来てこそ、神様の六千年の恨が解けるのであり、アダムの怨恨の基盤になっている罪悪の根を抜いて覆すことができるのです。これを発見できず、これと出会えなくなる時は、天宙が暗黒のまま延長されます。ですから、神様が呼び求めている世代は、青少年世代なのです。
9 皆さんは、先祖たちの歩んでいった路程を経なければなりません。私たちは今、荒野に出たイスラエル民族と同様です。モーセとイスラエル民族は、荒野で追われて苦難に遭い、イエス様は民族とユダヤ教から排斥され、家庭から不信されましたが、皆さんも、そのような悲しく悔しい立場を経なければなりません。だからといって、落胆しないでください。
皆さんがこのような悔しい立場で果たすべきことがあるとすれば、それは歴史的に苦難を受けられた父の心情を体恤し、先祖たちの苦痛は自分の苦痛だと思って、千年、万年、そのみ旨のために変わらずに団結し、サタンに対する敵愾心を抱いていかなければならないということです。そのようにできる青年男女を、天は求めているのです。このように、天的なみ旨に徹する本物の青年たちを、天は探し求めてこられました。
民族に代わって私たちにこのような使命を任せたとすれば、私たちは父の怨恨の心情を感じ、父の悲しみを自分の身に抱いて、怨讐に向かって進撃できる精兵にならなければなりません。そのために皆さんは、皆さんの生活と理念を統一させなければなりません。天の悲しみと、イエス様の悲しみと、先祖たちの悲しみと、子孫たちの悲しみを解怨するために、進まなければならないのです。
10 青年男女の皆さんは、自分自身が着飾る前に、この三千万の民族が着飾るようにしようという心、自分自身を考える前に、この地上の万民を考える心が湧き出なければなりません。さらには、一株の草までもつかんで泣いてあげられる心が、自分も知らぬ間に心中で爆発しなければなりません。このような心情をもつことができなければ、完全な神様の息子、娘になれないのです。そのような人間は、神様の涙の実であり、神様の苦痛の実であり、また神様の血の祭壇の上に上がる供え物なのです。
それでは、この民族の行く道を開拓する人は誰でしょうか。本当にこの民族のために地をたたき、胸を打ちながら痛哭する人が現れなければなりません。この世界を救う人は、青年男女たちなのです。
第二節 「成和青年会」
「成和」の意味と「成和青年会」
一九五四年十二月三十一日、協会に初めて「成和基督学生会」が出帆した。「成和」という名称は、真のお父様が直接、命名してくださったものであり、以後、多くの団体にその名称が活用された。み言によれば、「成和」は、完成と和動、すなわち互いに和して完成していくという意味である。「成和基督学生会」は、一九五五年三月二十七日、「成和青年会」に名を変え、一九六〇年まで協会活動の中心となった。この日、機関誌「成和」創刊号が発刊された。
1 皆さんは、「成和青年会」というこの字の意味を知らなければなりません。「成和」という言葉は、何かの刺激によって受動的な立場で和合しなさいということではありません。能動的に和合しなさいということです。
このような意味を中心として出発した皆さんなのに、朝は喜んでいても、夕方には泣いて騷ぎ、また夜になれば自分のしたいようにすべてしています。それではいけません。神様のみ旨を知る人たちであれば、朝に泣き、夕方や夜には喜ばなければなりません。それにもかかわらず、皆さんは、初めは喜んでいても、あとになって「ああだこうだ」と言って多くの条件を付けるのです。
ですから、成和学生の卒業生たちに苦労をさせるのです。皆さんを最前線に送り出して、倒れさせ、死の淵に追い込んでこそ、民族を救えるとすれば、そのようなことをさせなければなりません。
2 「成和」という言葉は、どのような意味があるのでしょうか。化学の「化」は本質まで変わりますが、成和の「和」は違います。絶対的な相対性と神様の本質としての「成和」だというのです。皆さんは、正にこの「成和」としてみ旨を果たしていくのです。
皆さんは、自分を中心とした世界観と生活観、自分を中心とした天的な心情を強固にしなければなりません。そうして、完全な種として結実して、殼を脱がなければなりません。それでこそ、真の穀物になるのです。それなのに、「先生の姿は立派だが、弟子たちの姿はそうではない」と言われてはいけません。
3 成和の「和」は、個性がそのまま生きているのです。「個性真理体」という言葉があります。ここに千人いれば、この千人はみなそれぞれ違います。個性をもっているのです。その個性を中心として一つになるのが「成和」です。「化合」は、個性が変わって一つになることですが、「成和」は、個性をもったまま一つになることを言います。
「成和」は、すべての個性が合わさって成し遂げたという意味なのです。そのように成し遂げることを「統一」と言います。各自の個性が連結されて完成すれば、完全に一つになるというのです。統一が成し遂げられるのです。
4 「成和青年会」の「成和」という字を調べてみると、「成」は完成を意味し、「和」は和動を意味します。「互いに和して完成していく」という意味になるのです。そのためには、第一に、皆さんがみ言の過程を通過しなければなりません。第二に、皆さんは、神様が相談できるほどの人格をもつ存在にならなければなりません。一つ一つ相談しなくても、心情的に通じなければならないのです。そして、何よりも、和動の中心にならなければなりません。前後、上下、左右に和合できる人格体にならなければならないのです。そうして、祝福の実体になることが標準です。
イエス様も、青年時代にみ旨の一線で働きました。三十歳前後の青年時代は、人生で最も重要な時期に該当します。お父様の若さに皆さんの若い情熱をプラスして働かなければなりません。再創造の偉業に加担して、栄光の条件を備えることができるのは、この一時しかありません。
私たちは徹頭徹尾、世の中の人たちに対して、「私はあなたたちと同じではない」という心情を備えなければなりません。「あなたたちは成し遂げることができないのか。私はできる!」、このような精神を常にもっていなければなりません。いかなる困難の中でも、「私はあなたたちと同じではない。歴史的にも、時代的にも、平面的にも、どこを見てもそうだ」と言えなければなりません。あらゆる困難なことに対して、「私」が動かなければならないという決心がなければなりません。
5 皆さんの中に、生命が躍動している青年男女はいるでしょうか。そのような人がいるとすれば、教会の牧師、長老の前に天倫を立証し、彼らの人格を批評して、天的な価値の前に審判できる資格を備えなければなりません。神様の心情に外れたことは、天上のいかなる存在も、地上のいかなる存在も受け入れないという覚悟をもたなければなりません。
皆さんは、統一教会に入ってきたのであれば、既成宗教の観念を超越しなければなりません。懐疑的な信仰観念を踏み越えて立たなければなりません。
今までの信仰観念の立場は、神様が臨在できる安息所になることができず、イエス様の実体に侍ることができる安息所になれないので、それを情け容赦なく踏み越えることができる勇断さをもたなければなりません。
6 若い人々は、その若い時期が長く続かないことを知らなければなりません。どのみちみ旨を知った人として、天のみ前に献身しようと進み出たのですから、貴い青春時代を何の未練もなく天のみ前に完全に捧げようというのです。そうすれば、それがどれほど貴いか、考えなければなりません。
時々、青春時代をみ旨と共に無意味に過ごしたと後悔する人々を目にします。そのような人々は、み旨がどのようなものであり、若い時代にみ旨と共に過ごしたことがどれほど価値のあることかを忘却した立場で不平を言い、嘆息するのです。
この若い時代には、必ず峠があります。各自には、必ず最高の絶頂期と言える青春時代があるのですが、その一時を誰と共に過ごすかが問題です。自分の一身や一家の幸福のために過ごすことより、国と世界のために、歴史とともに永遠に残り得る問題を中心として生きることが貴いというのです。
青年に対する時代的要求と使命
協会創立以降、中心となったのは青年と学生であった。意気衝天の勢いをもつ青年と学生は、教会の力であり、花だった。そして、草創期の食口たちは、大部分が社会的に地位のある人々であり、錚々(そうそう)たる顔ぶれだった。そのため、「統一教会は知識人だけが行く教会だ」といううわさも広まった。青年たちは、草創期の教会の柱として、民族と世界を復帰する先兵の役割を果たし、真のお父様も青年たちを野外に連れ出しては、克己訓練をさせ、自然と親しむ機会をもたせるなど、彼らを指導者として育成するために尽力された。
7 一般の大学生たちは、学校を卒業すれば社会に出ます。それから、家庭を築くようになります。それは、皆さんももちろんであり、お父様も同じです。形は似ています。学校を卒業したあと、大韓民国の国民の一員として国に貢献できる道を探し求めていくのです。
ですから、社会なら社会のある道徳圏内で生活をするようになります。男性は男性として、女性は女性として、家庭を築いて暮らすようになるでしょう。このように、向かっていく方向はみな同じです。しかし、社会に出た人は、その歩みが社会でとどまり、家庭に入った人は家庭でとどまるでしょう。その家庭と社会を越えて、国家と世界に向かい得る、自律的で自主的な信念で一日一日の生活を開拓していくことができず、その日その日を、生き甲斐をもって送り得る能動的な実体になれなければ、いつも悲観と失望の中で生きていくようになるのです。今、若者たちの中には、そのような人も多いでしょう。
しかし、私たちは、彼らとは行く方向は同じですが、立場が違います。家庭ができれば、私たちはその家庭の家長になりますが、一つの家庭の家長だけで終わるのではなく、自分を中心とした個人的な家庭の環境を打破し、氏族に連結され得る家庭の道をつくらなければなりません。そうして、民族を統合できる核心的な家庭の形態を備え、世界の家庭へと向かっていかなければなりません。このように、私たちは一般の青年たちと立場や考える範囲が違います。
私たちは、このような使命を果たすべき個体なので、このような面で影響力を発揮できる主体的な個体として能動的に実践するためには、外的に実力を備えなければなりません。そうして、力の母体にならなければならないのです。力がなければ、このすべてのことを達成し得ません。
8 青少年がもつべき誇りとは、どのようなものでなければならず、神様が訪ねてこられる青少年とはどのような人でしょうか。これが問題です。
それは、不信の先祖であるアダムとエバが汚した路程に従っていく青少年ではありません。疑ったり、不平不満を言ったりする若者たちではありません。「絶対犠牲、絶対信仰、絶対服従、絶対順応するのみである」と言える純粋な青少年でなければいけません。復帰時代の限界点が近づくこの時に生まれた成和の中高生、統一教会の青少年の皆さんが立っている立場は、流れていった歴史時代とは違います。皆さんは、霊界と肉界の統一的な基盤を備え、肉的(実体的)なアベルの基盤を備えて、新しい世界に登場しなければなりません。
「統一思想」を携え、この境界線を越えて、新しい旗手として旗を持って進み出るべき群れは、年を取った壮年や老人ではなく、血潮がたぎる若者たちです。そのような輝かしい青少年の群れを、この地球上のどこか一ヵ所からでも発見できるその日が来てこそ、神様の六千年の恨が解けるのであり、アダムの怨恨の基盤になっている罪悪の根を抜いて覆すことができるのです。これを発見できず、これと出会えなくなる時は、天宙が暗黒のまま延長されます。ですから、神様が呼び求めている世代は、青少年世代なのです。
9 皆さんは、先祖たちの歩んでいった路程を経なければなりません。私たちは今、荒野に出たイスラエル民族と同様です。モーセとイスラエル民族は、荒野で追われて苦難に遭い、イエス様は民族とユダヤ教から排斥され、家庭から不信されましたが、皆さんも、そのような悲しく悔しい立場を経なければなりません。だからといって、落胆しないでください。
皆さんがこのような悔しい立場で果たすべきことがあるとすれば、それは歴史的に苦難を受けられた父の心情を体恤し、先祖たちの苦痛は自分の苦痛だと思って、千年、万年、そのみ旨のために変わらずに団結し、サタンに対する敵愾心を抱いていかなければならないということです。そのようにできる青年男女を、天は求めているのです。このように、天的なみ旨に徹する本物の青年たちを、天は探し求めてこられました。
民族に代わって私たちにこのような使命を任せたとすれば、私たちは父の怨恨の心情を感じ、父の悲しみを自分の身に抱いて、怨讐に向かって進撃できる精兵にならなければなりません。そのために皆さんは、皆さんの生活と理念を統一させなければなりません。天の悲しみと、イエス様の悲しみと、先祖たちの悲しみと、子孫たちの悲しみを解怨するために、進まなければならないのです。
10 青年男女の皆さんは、自分自身が着飾る前に、この三千万の民族が着飾るようにしようという心、自分自身を考える前に、この地上の万民を考える心が湧き出なければなりません。さらには、一株の草までもつかんで泣いてあげられる心が、自分も知らぬ間に心中で爆発しなければなりません。このような心情をもつことができなければ、完全な神様の息子、娘になれないのです。そのような人間は、神様の涙の実であり、神様の苦痛の実であり、また神様の血の祭壇の上に上がる供え物なのです。
それでは、この民族の行く道を開拓する人は誰でしょうか。本当にこの民族のために地をたたき、胸を打ちながら痛哭する人が現れなければなりません。この世界を救う人は、青年男女たちなのです。
Wednesday Mar 22, 2023
真の父母経 第96話
Wednesday Mar 22, 2023
Wednesday Mar 22, 2023
第一章 協会登録と内的基盤拡大
第一節 協会の法人登録と聖殿の建設
協会の法人登録
一九六〇年十月十四日に協会機構が初めて確定したのち、教会の発展に伴い、組織にも多くの変化があった。一九六三年五月三十一日、創立十年目にして、協会が社会団体として政府に正式登録され、十月四日、維持財団の法人認可も獲得した。これにより、真の父母様は、民族復帰のために、内外に対してより一層の拍車を掛けることができたのである。
1 私たちは、一九六〇年まで激しい迫害を受けました。それ以降ももちろん迫害を受けましたが、私たちは、次第に成長してきたのです。復帰摂理は、カインとアベルにおける闘いです。私たちが協会を政府に登録しようとしたとき、文教部(日本の「文部科学省」に当たる韓国の中央行政機関「教育部」の旧名称)で登録業務を扱っていたのですが、その時、文教部長官が私たちの申請を拒否しました。私たちは、それと闘わなければなりませんでした。
一週間後にそれが覆されたのです。その一週間は、七十年、七百年、または七千年に該当します。その当時、それが覆されなかったとすれば、私たちは、どんな宗教的な運動もできなかったでしょう。それは覆されるようになっていたのです。ついに、一九六三年五月三十一日、協会が政府に、正式登録されました。
2 統一教会は、第三イスラエルとして祝福され、忠孝の道を相続できるユダヤ教の立場に復帰されました。ですから、協会の政府登録証が出たのです。ローマ帝国と同じ(立場の)アメリカにも登録され、ユダヤの国と同じ(立場の)韓国にも登録されました。
このように、宗教を中心として世界的な舞台を築いておいたので、今からは誰も私たちを追放できず、抑え込もうとしても抑え込むことができないのです。ユダヤ教は、イスラエル民族の思想的な分野を担当し、新しい天地に向かっていく方向を教えてあげるべき使命がありました。これからその方向を教えてあげる責任を、統一教会が果たさなければなりません。
3 私たちの教会が政府に登録されたのは喜ぶべきことでしたが、お父様は喜びませんでした。なぜなら、また別の闘いが残っていたからです。神様がお喜びになる時、共に喜ぼうと思うのです。あと四年が過ぎれば、第一次七年路程が終わり、お父様の二十一年路程も終わります。
この民族は、次第に混乱に陥っていきます。私たちは、この時に備えなければなりません。贖罪の祭壇は、統一教会しかありません。四年が過ぎたあとには、この民族を代表して動員され、世界のために犠牲となり、奉仕しなければならないのです。そうして、涙と血によって世界を復帰しなければなりません。韓国が問題ではないのです。世界と天宙を神様にお返しするために祈らなければなりません。
4 お父様は、他の人々が知らないことを知ったので、かわいそうな人になりました。ですから、第一次七年路程の三年の期間は、足を伸ばしては眠れなかったのです。老若男女が頭を下げて「指導してほしい」と言い、民族と国家が従ってくるようにしなければなりません。統一教会が政府に登録されることによって、どんな権勢も、行く道を遮れない立場に立つようになりました。神様は、再び来られる主が死ぬことがないようにしようと、民主主義を立てられました。(しかし、)協会が登録されたといって安心することはできません。
5 今日、統一教会は、どのような立場に置かれているのかというのです。どのような時代的な過程に置かれているのでしょうか。第一次七年路程の三年の期間は、どのような期間なのでしょうか。イエス様は、三年の公生涯路程の末に、十字架を背負いました。そのため、民族を中心として勝利の足場を築く期間が崩れたのです。そうして、神様のみ旨が延長されたのですが、いつまでも延長されるのではありません。日本統治下の四十年と三年のアメリカ軍政期間は、原理的に、イスラエル民族のエジプト苦役四百三十年の期間に該当します。
それでは、三年のうちの最初の年は、どのような年だったのでしょうか。最初の年は、立つ場がないので、肉界と霊界が一つになって立場を整える年でした。統一教会としては、生死を決定する年でした。お父様が一九六〇年に聖婚することによって、初めて個人が定着するようになりました。一つの基点を立てたのです。それは、どのような基点でしょうか。モーセが紅海を渡る前の三日期間に立てたのと同じ基点です。復帰歴史のすべてのものが、この三年の期間にすべて入っています。この期間を終えることにより、造成された四位基台を中心として、協会登録をしたのち、一九六三年の陰暦四月十三日に、宣布式を行うようになったのです。
世界本部の敷地購入および地方教会の建設
世界宣教本部建設のため、一九七一年四月十四日、ソウルの汝矣島において一万四千坪以上の敷地を購入した。食口たちも、一坪ずつ購入することを通して精誠の条件を立てたのである。真の父母様は、世界巡回を終えて帰国されるたびに、ここに寄って祈られた。そして、全国の教会聖殿建設のために資金を支援され、一九七四年六月十日、忠南(チュンナム)教区の新灘津(シンタンヂン)教会を皮切りに、一九七六年まで、全国で百八十八棟のAタイプ聖殿が建てられた。
6 父母様が地方に行って、みすぼらしい教会の門をくぐるとき、教会がこのように悲惨なことを誇りに思います。「この悲惨な姿が、今の時代には悲惨なものとして流れていくかもしれないが、歴史的な時代が訪れるようになれば、この悲惨さは、旗を高々と掲げて万国、万民の前に誇りとなるだろう」と考えるのです。
他の人の世話をして眠りに就く人には平和の解放が訪れ、勝利の栄光の称賛の声が準備されているというのです。ですから、統一教会は次第に上がっていくのです。それゆえ、私はどこに行っても恥ずかしいことがなく、どのような人に会っても堂々としています。
7 本部と言っても、青坡洞の本部が世界本部ではありません。私は外国の食口たちに、「この青坡洞の本部は、これこれこのような歴史を中心とした何かをもっている所なので、みすぼらしいけれども、ここを忘れてはいけない」と言いました。しかし、ここが世界本部にはなり得ません。
世界本部というものは、一番だという意識を与えなければなりません。また、世界本部は新しい所に造らなければなりません。そのような意味で、汝矣島に土地を買うことになったのです。世界本部の土地を買おうとすれば、新たに出発できる所に買わなければなりません。そのような所に世界本部を造らなければならないというのです。世界のために世界本部がなければなりません。
8 今や、統一教会も時が来たので、本部を造らなければなりません。ですから、韓国に四ヵ所の土地を設定しておいたのです。四位基台を復帰できる経済的基盤を築かなければならないので、このことをしています。国家や世界に対して、今後、私たちが必要とする基地を用意するため、これに着手しているのです。
9 世界本部は、世界を指導しなければならない殿堂です。世界本部を建てようとすれば、二万一千坪は買わなければならないのですが、今は買おうとしても買えなくなりました。ですから、仕方なく一万四千坪の土地だけでも買わなければならないと考えています。
その土地は、韓国の食口たちが買わなければなりません。父母様は、精誠の限りを尽くして国を越えに越え、このようなことをしているのですが、み旨を知った人として、ここに加担できなくなるとすれば、千秋万代に恨が残るでしょう。
10 韓国を見れば、今や私たちが立ち上がるべき時になりました。また、汝矣島にも世界本部を立派に建てなければなりません。今後、汝矣島は、ソウルの中心街になるでしょう。それを見れば、神様が保護され、私が予想したことがすべてぴたりと当たりました。そして、世界本部の前に広場ができるのです。
11 これから、全国に教会を建てなければなりません。ですから、土地の準備をしなければなりません。皆さんが協力し、本部も協力して、何としてでも教会を建てなければならない時が来ました。一九七五年には千人の国際機動隊が日本を訪れ、韓国まで来ます。そうすれば、千人全員がソウルに一度にとどまることはできないので、八大都市を歴訪させなければならないでしょう。ですから、教会を造らなければならないというのです。皆さんが互いに協力して一つになり、教会を建てなければ、その教会は長くもたないのです。
皆さんが精誠を尽くし、血と汗を流しながら建てなければなりません。それを建てる時に大変であれば大変であるほど、その教会を見つめるたびに信仰を維持できる、一つの表象的な殿堂になるのです。
12 私は、A型教会建設運動をしようと思います。その費用の半分は、皆さんが用意しなければなりません。その半分を用意した所から造ってあげます。材料を持っていって組み立てさえすればよいのです。「どこどこに準備できました」と言えば、本部でその場所が適しているか否かを鑑定するのです。
建物を避難場所のような所に建てておくと、建物が死にます。趣や前後、左右のすべての環境が、建物を造ることによって合うか、合わないかを鑑定するのです。そのように鑑定して不合格になれば、他の所に建てなければなりません。もし合格した敷地があれば、次は基礎を造るチームが行くのです。そのチームが先に行って、基礎だけを築きます。
その次に、そこに骨組み、骨格を建てればよいのです。トラックに材料を載せていって柱と門を建てるのです。そのように骨格を建てておけば、瓦を載せればよいのです。雨が漏れないようにしておき、その次に左官作業をする人が行って壁を塗り、床張りをする人が床を張ります。そのように責任を分担させ、移動しながら一気に教会を建てるのです。
13 一九七五年の「希望の日」晩餐会の集会以降、キリスト教が私たちに反対するとしても、一般国民は支持し得る段階に入りました。迫害を受ける時は困難でしたが、歓迎を受けられる時になったので、皆さんも故郷の山河を訪ねていき、皆さんの氏族を訪ねて天の国の族譜を作る時に加入させなければなりません。皆さんの一族を族譜に編入させなければ、皆さんは先祖から讒訴を受け、今後、子孫から讒訴を受けるでしょう。
父母様は、本部教会を建てる土地を買っておき、地方教会を造っておきました。そして、清平で、世界の若者たちを教育できる修練所と大学の敷地を買うようになりました。
Tuesday Mar 21, 2023
真の父母経 第81話
Tuesday Mar 21, 2023
Tuesday Mar 21, 2023
21 私は、家庭で自分の好きなように生きてきた人にも、すべて道を開いてあげる特赦を下しました。祝福を受けなさいというのです。自分の父と母を、堕落していないアダムとエバの立場、堕落していない天の国の息子、娘の立場に立ったのと同様の価値として認定するのです。統一教会でそのように認定すれば、世界的にも認定せざるを得ません。
お父様が「世界平和女性連合」の創設とともに、女性解放運動を通して門を開け放つことによって、家庭を中心として堕落したアダムとエバが、再び家庭基準に帰ってきた立場に立ったので、外的世界の家庭に特赦を与えるのです。それがいつでもあるわけではありません。この期間が過ぎれば、すべての既成家庭が祝福を受けるためには、氏族メシヤの前に出ていかなければならなくなります。氏族メシヤたちが祝福をするのです。
22 太陽は、朝、昇る時間になれば、自動的に昇ってきます。ですから、与えられた難しい条件の中でも、世界の人たちのために環境を創造して祝福をするのです。それは歴史的です。本格的な祝福は一九六一年からです。そして、祝福が世界化するのは一九九二年からです。その時までは忍耐し、一九九二年から拡張させたのです。統一教会の祝福を世界化したというのです。女性時代の到来とともに、そのようにしました。
23 キリスト教とイスラームは、イスラエルの立場から見れば怨讐です。彼らは、自分たちが一つになるとは夢にも思っていません。しかし、彼らを一つにしなければなりません。ですから、一九九二年四月十日、世界既成家庭祝福結婚式を通し、お父様がお母様と共に、彼らを祝福してあげました。イエス様が亡くなることにより、真の母を探し出せませんでした。それゆえ、今回の祝福結婚の祝宴とともに、すべてを連結したのです。イエス様の復活圏です。それは国家基準です。
ローマを踏み越えて世界的版図の上で再び生き、二千年歴史を超越して勝利的版図を固めて救い、お母様を世界的エバ圏として立てておいたのです。ですから、女性解放時代が来るのです。今や最後です。祝福をしてあげれば、すべて終わります。そうすれば、地獄に行く道が一八〇度、回るのです
24 今まで全世界にいる祝福家庭は、すべて同じ水準の位置に入ってきています。キリスト教徒や他の宗教人を問わず、真の父母の特権によって、すべての家庭を同じ位置に立ててあげるのです。
アベルを祝福したのは、カインを祝福してあげるためです。ですから、同じ位置に立てるのです。
祝福家庭の父母たちは、自分の好きなように結婚して、統一教会に反対した人たちです。その父母たちを、氏族メシヤという名を中心として、堕落していないアダムとエバの位置に上げなければなりません。このようにして、真の父母様を中心として、家庭、氏族、民族、国家、世界的なすべての中心分野に連結されるのです。
ですから、一九九二年八月の「世界文化体育大典」の時に、全世界的に一般の既成家庭に門をすべて開けてあげるのです。祝福を受ける立場に立てば、天の血族圏内に入ってこられる道が開かれるようになります。
独身祝福式
最初の独身祝福式が、一九六三年三月二十八日、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で挙行された。年齢問題などの事情により、地上で相対を迎えて祝福を受けられない場合、まず独身祝福を受け、霊界において相対に出会えるようにしたのである。この日の祝福式には、入教六年、六十歳以上になった食口四十一人(男性一人、女性四十人)が参加した。以後、数回にわたって独身者の祝福式が開催された。
25 年を取っているために、嫁ごうにも嫁げない六十歳以上の人たちに対して、一九六三年の「父母の日」に集まるように言いました。彼らが死んだあとに行く、家庭的な楽園型をあの世につくってあげるためです。今までの楽園は、家庭的な楽園ではありません。相対関係が決定されていませんでした。天使世界のように、すべて相対がいません。しかし、この時代において父母様が、そのような年を取った人たちに、この地で相対理念をもたせて、あの世に約束された楽園的な家庭をつくっておかなければなりません。
天国は本来、家庭を中心として、父母や妻子を引き連れて入る所なのですが、それができなかったので、父母様が、楽園的な天国がつくられるようにしなければなりません。ですから、その人たちを保護してあげなければならないのです。地上で相対と結ばれずに死んで霊界に行くようになれば、霊人たちの相対になれるという約束の基準だけでも立てておかなければなりません。
26 お父様がアダムの立場で、堕落したエバを復帰してこそ、この復帰されたエバを通して、自分の相対を復帰してあげられます。お父様がエバを復帰してあげるので、初めて天の側に立つようになることによって、未来の夫を探してあげられるというのです。アダムがエバの言うことを聞いて付いていって堕落しましたが、復帰時代には、完成したエバの言うことを聞ける霊人を探し出し、それと一つになることによって復帰するのです。
そのように霊界で相対を探し出して約婚式をし、エバ復帰式をして、その次に、聖酒を通して霊的に愛を復帰してあげる式をするのです。それをしていってこそ、皆さんがあの世で選択権をもてるのです。そこには待っている霊人たちがたくさんいます。数多くの霊人たちが自分を相対として選んでくれることを願っています。そのような特権があるのです。ところが、特権があるからといって、皆さんが先に行って「私たちだけで暮らしましょう」とは言えません。父母様が行く時まで待たなければならないのです。私が霊界に行って承諾しなければなりません。皆さんの思いどおりにはできないというのです。
27 一九七八年十一月七日午後五時五十三分を期して、百一双の約婚式を挙行しますので、聖なる(天の)お父様の名によって許諾してください。この地上にいる娘たちと、霊界にいる息子たちが一つになり得る縁を許諾してください。地上の娘と霊界の息子を相対として結んであげるに当たって、未来に永遠なる世界に行き、家庭を築ける権限を天の名と真の父母の名によって与えますので、お父様、お受けください。
全霊界の霊人たちが願う崇敬の的として、一人一人が残ることを知っております。彼らと共に、地上のある期間を過ごし、霊界に行って結ばれ得る一つの縁をここに決定いたしますので、お父様、お与えください。そうして、霊界に行っても真の父母の名とともに一つになることによって、永遠なる夫婦の縁を設定することを願いますので、お父様、許諾してください。地では実体をもち、霊界では未来の条件的な霊的実体として祝福の道を開くことを願いますので、お父様、許諾してください。この百一双の約婚を許諾してくださることを願いながら、これより挙行する結婚式も許諾してくださることをお願い申し上げます。
第三節 七百七十七双、千八百双、二千七十五双、六千双の祝福結婚式
国際祝福結婚時代を開幕した七百七十七双祝福結婚式
七百七十七双国際祝福結婚式は、一九七〇年十月二十一日、ソウルの奨忠(チャンチュン)体育館で開催された。この日の祝福式には、韓国から五百三十九双、日本から二百三十五双、欧米から十六双など、十ヵ国から合計七百九十双が参加し、祝福式後、新郎と新婦たちは、四十二台の大型バスに分乗して、ソウル市内でパレードを行った。真の父母様は、「七百七十七家庭の祝福を通して、祝福結婚式を世界的に拡大する意味がある」と語られた。
1 一九六九年に、世界の数多くの国を代表する四十三家庭を祝福してあげました。国家基準の四百三十家庭の前に、四十三数の相対的家庭です。韓国のすべての氏族たちが天の圏内に加わる特別な恩恵を受けたのですが、これは世界の民族が加われる内的基盤になりました。この相対的基準を連結させれば、外的世界の氏族も内的世界の蕩減基準にある韓国民族と連結され得るというのです。ですから、それ以降は、国際結婚時代に入ります。
韓国の統一教会員は、韓国の民族的統一教会員ではなく、世界的統一教会員になるのです。ドイツの統一教会の食口がいれば、その食口はドイツの民族的統一教会の食口ではなく、民族的統一教会の食口を越えて、世界的統一教会の食口圏内に入ります。結婚国際連合時代です。そのような時代に入るので、その時から七百七十七双を中心として、国際結婚時代が始まるのです。
2 世界は、統一教会の運勢圏に入ってきて、次第に動くようになります。ですから、一九七〇年十月二十一日に、初めて国際祝福結婚式をしました。それが七百七十七双です。これは、世界的にすべてのものが近づいてきていることを意味します。七百七十七双を祝福する前までは、父母様が直接行って祝福をしてあげました。韓国に連れてきて祝福をしてあげてはいけないというのです。
ところが、初めて韓国で世界的に七百七十七双の国際祝福結婚式をしました。そこに十ヵ国の人が参加しました。このようにして家庭理想を中心として、世界のどの国であっても、神様に帰っていける道が完成したのです。この時を中心として、世界の運勢は統一運勢へと戻ってこられるようになりました。
3 父母様が、一九七〇年の七百七十七双祝福式に十ヵ国を参加させたのは、世界を代表して十数を蕩減するためでした。それによって、家庭を中心として世界的に新しい支派を編成できます。世界的に結んだので、世界的な支派を編成できるのです。
超民族的な基準で新しい支派編成ができる基準を立てておいたというのです。そうしなければ、韓国人以外はここに入ってこられません。韓国民族本位で進むようになれば、超民族にはなれません。しかし、このようにすることによって、超民族的な道が開かれるのです。キリスト教が世界的な基盤を築いてきたその型を、私たちが摂理的なみ旨の前に民族編成をし、世界を代表する蕩減的な民族型としてまとめておいたのです。
4 七百七十七家庭の祝福を通して、世界のどの民族であっても天に行けるように橋を架けました。十ヵ国を中心として役事をしたのです。四十三双も十ヵ国の人が参加しました。十数以上にならなければなりません。世界の十ヵ国が初めて天と共に、横的に左右に往来でき、家庭がどこに行ったとしても引っ掛からないように門を開けておいた世界的な宣布式が、七百七十七双の祝福です。三掛ける七は二十一、三数と七数の恨の峠を蕩減復帰する目的は、二十一年路程において、霊肉界と男女を中心として、サタンの讒訴圏から逃れるためです。
世界的に祝福家庭が讒訴圏から逃れ得る完全な基盤を、十ヵ国を中心として築いておいたのが七百七十七家庭です。それが終わったので、韓国のものは世界のものになり、世界のものは韓国のものになるのです。
Saturday Mar 18, 2023
真の父母経 第80話
Saturday Mar 18, 2023
Saturday Mar 18, 2023
十ヵ国、四十三双祝福結婚式
真の父母様は、一九六九年の第二次世界巡回路程中、十ヵ国、四十三双祝福結婚式を主宰された。そして、「世界巡回中に行われた十ヵ国、四十三双の祝福は、韓国の四百三十双と連結させ、世界に祝福を連結させる意味がある」と語られたのである。真の父母様は、二月二十八日にアメリカのワシントンDC教会で十三双(新婚七双、既成六双)、三月二十八日にドイツのエッセン教会で八双(新婚七双、既成一双)、五月一日に日本の東京教会で二十二双(新婚十二双、既成十双)を祝福された。
13 一九六八年から始まった第二次七年路程を中心として、世界が回っていきます。世界では、カインとアベルが闘っていたのと同じ立場で、右翼と左翼が闘っています。この争う世界を収拾して、新しい家庭、新しい社会、新しい国家、新しい世界を築いて、発展していかなければなりません。それが原理観です。それが、統一教会の果たすべき使命です。
こうして、一九六八年一月一日を中心として、「神の日」をこの地上に設定しました。この日は、統一教会として勝利した日です。そうして、四百三十双まで祝福してあげました。このような勝利の日を横的に、世界的に連結させなければならないので、父母様は一九六九年に世界を歴訪しながら、四十三双を祝福してあげました。これは、韓国における四百三十双の祝福と連結したものです。
四十三双を祝福してあげることにより、十ヵ国を横的な舞台に連結させたのです。韓国で成し遂げられたことを世界化しなければならないというのです。
14 四十三双の祝福は、国際結婚が多いのです。アメリカ人はドイツ人、オランダ人はイギリス人、このように国際結婚をさせました。(欧米では)同じ国の人同士では、ほとんど結婚させませんでした。世界を復帰するためには、民族的な感情や愛を超越して、世界的な感情をもたなければなりません。それで、国際結婚をさせたのです。そのようにしても、全員が「うれしい」と言うので、それを見るお父様も気分が良かったのです。
お父様が祝福をしてあげたあと、彼らに「韓国のために何をするのか」と尋ねました。彼らはみな「何でも仰せのとおりにします」と答えました。歴史上に、アジア人の一人として、ヨーロッパでこのようなことをした人は今までいません。このようなことを見ながら、「統一思想」がどれほど途方もないものかを、いま一度感じさせられました。
15 四百三十家庭を祝福することによって、大韓民国が統一教会と連結され得る立場に立つようになりました。それは、韓国の国民が、統一教会を信じてはいないのですが、四百三十家庭を中心として第三イスラエル圏の恵沢を享受できる圏内で、蕩減条件を立てたのと同じだというのです。ですから、大韓民国が選民圏になったのです。
四百三十家庭を祝福したその次は、世界的に大韓民国の領土と国民を拡大させなければなりません。ます聖地を選定しそれから四百三十家庭に接ぎ木の役事をしなければなりません。ですから、第一次世界巡回で四十ヵ国を中心として聖地を選定し、第二次(世界)巡回において四十三家庭の祝福をしました。四百三十家庭に相対する数の四十三家庭を、日本とアメリカとドイツを中心として連結させるのです。これは世界史的です。そうすることによって、世界の数多くの信仰をもっていない人類も、イスラエル圏の恵沢を受けられるようになりました。
四千年あるいは六千年の間、ユダヤ教とキリスト教の歴史を経てきましたが、そのように伝統を引き継いで信じてきた彼らと同じ恵沢圏内に、たとえ信じていなくても、平面的時代において加われる特権を与えるというのです。このような基盤が形成されました。
既成家庭の祝福結婚式
既成家庭だけの最初の祝福結婚式が、一九六三年二月八日、二十六双が参加する中、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で挙行された。そして、四月七日、二回目として、二十七双に対する祝福式が開催された。彼らは、祝福結婚式を受ける前に家庭を築いていた夫婦であり、大部分が協会の草創期に貢献した、教会の元老クラスの食口たちであった。真の父母様は、彼ら既成家庭が、後輩家庭の手本となり、垣根にならなければならないことを強調された。一方、一九九二年四月十日、「世界平和女性連合」創設大会の直前行事として、千二百六十七双の世界既成家庭祝福結婚式が行われた。この日は、韓国と日本をはじめ、三十三ヵ国から参加者が集った。特に、真の父母様は、中東のイスラーム圏九ヵ国から四十五双が参加することにより、宗教と国家を超越して祝福が公に開放されたと語られた。
16 既成家庭とは、この世において自分たち同士二人で結婚して築いた家庭です。その家庭が、神様の願う家庭として認められるためには、原理的な立場から見るとき、男性ならその男性が、神様が家庭を中心として探し求めてくる歴史において、代表的な中心者にならなければなりません。さらにまた、歴史的な伝統を引き継げる男性にならなければなりません。アベルからノア、アブラハム、モーセに至るまで、私たちの先祖たちが神様の歴史を支えた伝統的起源を、そっくりそのまま引き継ぐべき代表的存在が、家庭をもった人なのです。
それでは、その家庭を代表する男性が身につけていくべき思想や生活観、生涯路程とは、どのようなものであるべきでしょうか。既成家庭を中心として愛していた、その愛以上の立場に、男性が先に立たなければなりません。それにより、昔家庭をもって夫婦同士で愛し合っていた立場を否定して、新たに結ばれた夫婦として、歴史時代にない新しい愛の絆を立てなければなりません。
17 既成家庭は、既成家庭ではない家庭の垣根にならなければなりません。言い換えると、歴史時代にアベルが犠牲になったことを蕩減してあげられ、家庭的摂理においてアベルが信じられる家庭にならなければなりません。
過去においては違いました。過去にはお互いに反発の要因になりました。しかし今は、問題があれば訪ねていって相談することもでき、相談だけではなく、自分を訪ねてきた家庭を誰よりも心配し、保護してあげられる家庭にならなければなりません。家庭として見れば、兄の家庭と同じだからです。カインは兄です。アベルは弟です。皆さんはすべて兄弟たちです。既成家庭が兄ですが、これは願わざる兄の立場に立ったのと同じです。
したがって、祈るにしても、どちらがたくさんしなければならないのでしょうか。過去にはアベルたちが、よりたくさんしました。カインを救うために、アベルが天のみ前に多くの精誠を捧げたのです。しかし、今の時代は、カイン家庭がアベル家庭のために、より多くの精誠を捧げなければなりません。
18 大抵、既成家庭は、今まで暮らしてきた習慣的な生活をそのまま保っていきやすいのです。昔と違うところがありません。祝福を受けて変わったこととは何かというのです。昔のその男性と同じ立場、その女性と同じ立場にいるので、まかり間違えば常習化しやすいのです。そのような立場にとどまってはいけません。新たに家庭を編成したので、その家庭は昔の家庭よりも歴史的な家庭にならなければなりません。男性が女性のために生き、女性が男性のために生きるとき、昔とは異ならなければなりません。昔は自分たち二人だけのために生きましたが、今は自分たちだけのために生きるのではなく、神様のために生きなければなりません。
アダムとエバは、神様のために生きられなかったことによって堕落し、悲しみの家庭として出発しました。既成家庭の人たちが、そのような神様の秘められた心情を解いてさしあげ、解怨成就してさしあげられる夫婦になる時、神様はその家庭を基盤として新たに訪ねてくる息子、娘を中心として、希望がもてるのです。
19 既成家庭で育っている子女は、祝福を受ける以前の子女とは違います。また、父母とも全く違います。そのように格段の差を決定し得る責任は、まず男性にあり、その次に女性にあります。夫婦がこの責任を十分に果たさなければなりません。また、この夫婦がすべきこととは何でしょうか。妻は、堕落した男性に侍る立場に立ってはいけません。また、男性は、堕落した妻に侍る立場に立ってはいけません。結局は、堕落しなかったアダムとエバの基準を立てて、初めて侍ったと誇れなければなりません。ですから、既成家庭は、昔と次元が異なる立場にいる家庭であることを知らなければなりません。
祝福を受けた家庭として、なおかつ既成家庭として、再び結ばれたその家庭が、天のみ旨を中心として一つにならなければなりません。一つになれなければ、天のみ前にそれこそ面目がありません。
過去においては、天のみ旨を知らない立場で悲しみの歴史を綴ってきました。み旨を中心として新たに結ばれても、昔の伝統と習慣に染まった生活形態を反復すれば、それは天のみ前に二次的な悲しみを呼び起こすのです。そのようなことがあってはいけません。ですから、昔とは著しく変わらなければなりません。新しい歴史の流れをわきまえて、新しい伝統を樹立すべき責任が既成家庭にあるのです。
20 既成家庭は、新しく祝福を受けた家庭の人たちが、よく見ていることを知らなければなりません。新しく祝福を受けた家庭の人たちは、自分たちだけで新たに家庭を出発したので、家庭に関することをよく知りません。また、子女を育てることにおいても、既成家庭と比較し、まねしやすいのです。このような点から見ると、既成家庭は極めて重要な立場にいます。ですから、既成家庭は、過去とは違う立場に立って模範にならなければなりません。過去とは異ならなければならないというのです。著しく違わなければなりません。著しく違うものにならなければ、天の家庭、天が願う家庭として立つことはできません
また、カインの立場だとしても、自分一人ではありません。新しく祝福を受けた家庭の前に、カイン的な家庭として模範にならなければならず、そこにプラスにならなければなりません。このような伝統が、統一教会の既成家庭を中心として成立しない限り、今まで自分たち同士で結婚した世界の数多くの家庭は、復帰される道がないのです。
Thursday Mar 16, 2023
真の父母経 第79話
Thursday Mar 16, 2023
Thursday Mar 16, 2023
第二節 七十二双、百二十四双、四百三十双の祝福結婚式
七十二双は、カイン・アベルの氏族的復帰型
七十二双の祝福結婚式が、一九六二年六月四日、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で開催された。七十二双は、カイン・アベルの二つの型として立てられた家庭であり、三十六家庭を基盤にした家庭型を氏族型に復帰した家庭である。この時から祝福結婚式委員会が結成され、祝福結婚式の趣意書が発表された。祝福式は、二十四双ずつ、三回にわたって行われた。
1 アダムとエバの息子であるカインとアベルから闘いが始まりました。それで、この世界をこのように台無しにしてしまいました。それは、その子孫たちが闘争の世界をつくったということです。これを蕩減復帰しなければなりません。そのためには、三十六代の息子、娘たちが、神様のみ前で、闘わずに一つになったという条件を立てなければなりません。ですから、カインとアベルに分立した数、すなわち三十六の二倍の数である七十二家庭を立てたのです。この七十二家庭が立てられることによって、カインとアベルが闘わずに四位基台をつくり上げる、歴史的な先祖の基盤を築いたのです。サタンに対して防備できる絶対的な基準が立てられたというのです。
2 神様の願いは、個人の救いだけではありません。家庭の救いを求め、氏族の救いを求めるのです。ですから、イスラエル十二支派の支派長だけではいけません。族長が必要だというのです。三十六家庭のカインとアベルが必要なので、これを内外として、横的に二つの家庭を連結させ、七十二家庭を立てました。これは横的世界の出発のためです。これは族長になります。族長圏が生じるのです。
3 七十二家庭は、イエス様の七十人門徒に該当します。この家庭は、イエス様が十二弟子と七十人門徒を中心として氏族を編成しようとしたものを実現した型です。イエス様の十二弟子と七十人門徒を家庭型で復帰した氏族型が七十二家庭なのです。言い換えると、三十六家庭と七十二家庭は、イスラエル民族を中心としたイエス様の十二支派と七十人門徒のようなものであり、イスラエル民族を指導できる代表的な型を復帰した型です。これは、神様がイスラエルを中心として復帰しようとした基本数がすべて復帰された型なのです。
公開された最初の祝福行事、百二十四双
百二十四双の祝福結婚式が、一九六三年七月二十四日、ソウル市民会館で開催された。百二十四双は世界を代表し、イエス様の百二十門徒を象徴する。百二十四双の祝福結婚式は、韓国人だけで行った最後の祝福であり、公開して開催された最初の祝福である。祝福結婚式後、新郎と新婦たちは、百五十台の自動車に分乗してソウル市内でカーパレードを行い、市民の注目を集めた。
4 私たちが祝福結婚式を外部に公開するようになったのは、百二十四家庭からです。それは世界型だからです。大韓民国は、既にキリスト教圏から見ても、世界的な現時点から見ても、世界の運勢を中心として摂理を推進する主体国なので、百二十四家庭を世界の代表として設定する時だと考えたのです。百二十四家庭は、世界を代表する型です。三十六家庭と七十二家庭の祝福は、私たちの教会内で行いました。これは、ユダヤ教を中心として民族形成の基盤を築くのと同じことなので、私たちの教会を中心として内的基盤を確保するものです。その次に、外的基盤を見ると、世界史的なキリスト教文化圏と接触するために、百二十四家庭を中心として世界基盤を拡大していくのです。百二十四家庭が祝福を受ける時には、国連の加盟国も百二十四ヵ国になるべきなのですが、それが間違いなく合うようになります。それは、世界国家の代表である韓国において、内的蕩減の要因を確立させる世界史的な条件を立てる祝福だったというのです。
5 イエス様の十二弟子の十二数を十倍した百二十数は、平面的な世界を代表できる数です。ですから、この百二十人門徒と同じ数を合わせるために、百二十双の祝福をしたのです。本来は百二十家庭ですが、四方数である四双を加えて、百二十四家庭を祝福しました。イエス様の百二十人門徒に代わる百二十四家庭は、世界的な型です。
その人たち自体に世界を統治し、世界を支配できる権限があるというのではなく、世界の代表型として、世界的な蕩減条件を立てる基盤になるということです。ですから、百二十四家庭を立てることによって、神様が世界的に訪ねてこられ得る基準を立てるようになったのです。それゆえ、国連の加盟国が百二十ヵ国を超えれば、その時が終末だと言えるのです。
6 百二十四家庭の祝福をする時、その中には前科者の四家庭を入れました。必ず、前科者たちを入れなければならないので、入れたのです。天の役事(働き)は、犠牲にするための役事ではなく、万民を救うための役事なので、信仰をもつ信者はもちろんのこと、信仰をもたない良心的な人、罪を犯した人、監獄に入っている人までも、みな救ってあげなければならないというのです。ですから、世界的な国家代表を立て、家庭的な門を立てて、世界万民が入ってこられるようにしたのです。
それと同時に、今までに罪を犯して獄中で呻吟している人までも通れる門を立てて、開けてあげなければなりません。そのような意味で、百二十四家庭を中心とした祝福の基盤が成立するようになったのです。
7 百二十四家庭の祝福結婚式をする時は、とても素晴らしかったのです。結婚式が終わってから、みなタクシーに乗ってソウル市内を回りました。百五十台のタクシーが走るので、市民たちはみな驚きました。首都ソウルがひっくり返り、三千里半島が揺らぐ立場で挙げるこの結婚式は、男性でも女性でも、一度やってみる価値がある結婚式ではないでしょうか。今後、世の中が私たちに付いてくるかこないか見てみようというのです。次は外国人たちも連れてきて祝福式を行う予定です。
四千三百年を蕩減する四百三十双祝福結婚式
四百三十双祝福結婚式が、一九六八年二月二十二日、ソウル市民会館で開催された。四百三十双は、韓国歴史四千三百年を蕩減復帰する型である。真の父母様は、日本からの三人を含めることにより、祝福を外国に連結する条件を立てられた。この祝福結婚式後、新郎と新婦たちは観光バスと自動車に分乗し、ソウル市内でカーパレードを行った。
8 統一教会が韓国で、まだ国家基準の蕩減ができていない状態で執り行われたのが四百三十双の祝福でした。四百三十という数字には、どのような意味があるのでしょうか。祝福をした年の檀紀四千三百年と、イスラエル民族のエジプト苦役路程四百三十年に該当するのが、四百三十という数字です。イスラエル民族の理想である民族解放の基準を中心として、韓国のすべての国民が、神様のみ旨の前に立てる道を開いてあげたのです。それは相対理想の道です。
今までの宗教のように、個人の理想を中心として道を開いてあげたのでは役に立ちません。統一教会は、相対理想の道を四方八方に開いてあげました。ですから、全国民を動かし、歴史を通して歴史的蕩減の実体を自分の一代で成し遂げなければなりません。
9 韓国が開国してから四千三百年となったその年に、四百三十家庭が祝福を受けました。ですから、四百三十家庭は、すべての氏族を代表しているのです。大韓民国のすべての氏族を代表して参加したのです。一人も入れなかった姓氏があったとしても、親戚関係、母方の実家や叔母の家などから入るので、すべてが連結されます。各姓氏がみな四百三十家庭と連結されるというのです。ありとあらゆる人がすべて入りました。
また、歴史を見る時に、赦されない罪を犯した人も入っています。大韓民国の全国民にも、四千三百年間経過する中で、罪を犯して天のみ前に立てなかった人にも、道を開いてあげたのです。すべてひもを付けて橋を架けてあげました。そうなることによって、大韓民国がおのずと生きる道ができ、天の国と連結され得る道ができるのです。
10 三数と四数は天と地を象徴します。四数と三数を掛ければ十二数になります。十二数は調和数です。天地の調和数が十二数なので、全体数を代表します。ですから、大韓民国において四千三百年目に、四百三十数に該当する祝福をしてあげたのです。大韓民国において、四百三十数を合わせて祝福してあげたのは、大韓民国の家庭は、誰でもみな、いつでも自由に天国に入っていけるという意味です。ですから、天国にすべて入っていけるという条件を立てたのが、四百三十家庭の祝福なのです。国家基準を中心として見れば、誰でも天国に入っていける基準が、四百三十家庭の祝福によって設定されました。
11 一九六〇年を中心として、三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭を中心に今まで歩んできているのです。そして、七年路程の最後の峠を中心として、四百三十双(実数は四百三十六双)を祝福してあげようと思います。それは、六百六十六数以上の祝福数を立てなければならないからです。六数はサタン数であり、その位置は神様のみ前では怨讐の立場です。私たちは、この六数を越えなければなりません。ですから、既成家庭まですべて合わせて七百六十家庭が、七年の期間内に祝福を受けることになるのです。
12 お父様は、エバを復帰し、天使長を復帰したので、ついに責任を果たしました。アダムとしての責任を果たしたというのです。このような環境で、家庭を中心として息子、娘たちを愛し得る時になれば、善なる人が蕩減する時代ではなく、悪なる人に蕩減させて、善が利益を得る時代に変わるのです。これからは統一教会の運勢圏に入ってくるようになります。皆さんが祝福を受けて一つになり、氏族メシヤとして家庭的四位基台の基盤を整え、お父様のように四方に上がるようになる時、天運はここから動くというのです。天の復帰摂理は、この原理を通過しなければなりません。このような世界を中心にしなければ、天国を完成できません。
ですから、皆さんの家庭は、父母様の家庭と完全に一つにならなければならないのです。中心を離れた枝はあり得ません。お父様は、四百三十家庭を祝福する時に、「氏族メシヤになりなさい」と言いました。言い換えると、イエス様と聖霊と同じ使命、すなわち「復活したイエス様」と「聖霊」の実体として、その氏族を救う役事をする氏族メシヤになりなさいということです。霊的ではなく、実体としての氏族メシヤの使命を果たしなさいというのです。
Wednesday Mar 15, 2023
真の父母経 第85話
Wednesday Mar 15, 2023
Wednesday Mar 15, 2023
第五節 祝福の世界化
三十六万双祝福結婚式
三十六万双国際祝福結婚式が、一九九五年八月二十五日、ソウルオリンピック主競技場で開催された。この日の祝福式は、人工衛星による生中継を通して、百六十ヵ国五百五十三地域で同時に行われた。これ以降、祝福結婚式は、その数を増加させつつ、世界的に拡大された。
1 人間の先祖が堕落し、神様のみ前で結婚を誤って追い出されました。ですから、真の父母の名により、全体、全般、全権、全能の権限をもって、万民解放圏を宣布するのが三十六万双の祝福です。
この三十六万双は、アダム圏、ノア圏、ヤコブ圏を完成するものです。アダム圏の完成、イエス様圏の完成、再臨主圏の完成を平面的に代表する数なので、三十六万双が結婚しなければならないというのです。三十六万双が問題ではありません。三百六十万双、三千六百万双の祝福結婚ができる時代に入ったのです。
2 イスラエル民族は、四十年の荒野路程を過ぎ、七年路程で国を建てる伝統を立てられませんでしたが、私たちは建国理念、その国を建てる伝統を立てなければなりません。今や四十年路程が過ぎていきます。ですから、残るこの七年路程の中で、建国思想と統一的世界、平和の理念に満ちた国民として結束しなければなりません。
それゆえ、先輩となる一世と二世が、カインとアベルとして一つにならなければなりませんが、一世は失敗したので、(このままでは)荒野で倒れる危険性があるというのです。これをどのようにして束ねるのでしょうか。急いで祝福をすることによって救ってあげようというのが、三十六万双の結婚です。そこには多くの既成家庭が参加します。
3 三十六数は、アダム家庭、ノア家庭、ヤコブ家庭までの三十六家庭を意味します。ですから、この三十六数は先祖数です。それで、三十六万双の祝福は、世界的な全体の背骨であり、先祖のような祝福になるのです。これは、世界的に長成期に該当します。この結婚式さえすれば、どのようになるのでしょうか。今、全世界の家庭が破壊されつつあります。これを清算することが問題です。混乱したこの家庭をどのように収拾するかという問題に、世界が頭を悩ませています。したがって、統一教会が三十六万双の青年男女たちを中心として、新しい家庭を編成し、その家庭が理想的で幸福な暮らしをしていくときには、世界の破壊された家庭は、すべてここに関心をもたざるを得ません。これは世界的事件になるのです。
4 三万双から祝福を世界的に公開しました。そこには国家の二番目の実力者まで参加しました。大臣クラス以上が入ったのです。三十六万双の祝福結婚式には大統領も参加しました。世界の峠を越えなければなりません。そして、三万双から三年後に三十六万双をすることによって、三数を越えるのです。これは不可能なことでした。知って信じた方は、神様と父母様しかいませんでした。しかし、祝福をしてあげました。責任を感じるからです。
今やサタン世界を完全に越えていきます。蘇生家庭圏の世界版図である三万双を基盤とし、長成圏の三十六万双を中心として、先祖たちが誤った峠を越えていくのです。三十六万双は、三十六家庭を世界版図の上で越えていくというのです。
5 三十六万双の祝福をするために血の汗を流しながら、一九九五年八月二十五日が来ることがどれほど恐ろしかったか分かりません。私は、一九七六年九月十八日にワシントン大会をしましたが、それ以上の心情でした。天のみ前に宣言した威信と体面が、ここで崩れてしまうか、跳躍するかという問題でした。深刻だったのです。神様の御加護と愛によって、その目標を達成するようになりました。その孤独で悲惨に生きたお父様に同情する神様がいたので、誰も考えもしませんでしたが、三十六万双の祝福を超過して達成したというのです。
6 三万双の結婚式をし、三年後に三十六万双の結婚式をするというので、「それはできる」と言った人は誰もいませんでした。世の中に、このようなことをする人はいません。どこの誰も、このようなことをする人はいないのです。国も、このようなことをする国はありません。これは記録的です。サタン世界の家庭全体を踏み越えて上がっていったのです。長成的基準である三十六万双を勝利したので、サタン世界の国を踏み越えて上がるのです。
今や残っているのは三百六十万双です。これは全権時代です。結婚全権時代に入るのです。サタン世界の国家的基準を越える家庭の足場を世界に広げておいたので、真の父母時代を経て王権時代に入っていきます。
7 三万双の祝福をする時、できると思って出発したのであって、できないとは思いませんでした。ですから、神様の御加護があったのです。皆さんは、三万双の祝福をする時も、「見込みがない」と言いました。三十六万双は想像もできないことです。しかし、「必ずできる」と言いました。ですから、神様から「OK!」という答えをもらって始めたのです。
三年間、毎日、夜になっても、どこに行っても、この焦点を引っ張って回りながら、その焦点に合わせて精誠を尽くしました。私の精誠は、世界人類の精誠に負けないというのです。誰も知りません。神様と私だけが知っているのです。完全な主体は完全な対象をつくり上げます。完全な対象の信念は、完全な実体の信念として神様が成就させるべき責任があるのです。その信念どおりになりました。
8 三十六万双の祝福は、真の家庭、理想家庭を実現しようというものです。神様が願う理想家庭を実現しようというのです。自分の息子、娘が理想家庭を形成しないことを願う父母がどこにいるでしょうか。しかし、それは父母が願ったとしても不可能です。夢のような話です。政治力でもできず、経済力でもできず、外交能力あるいは軍事力でもできないのです。ところが、父母様の教えは既に世界を越え、民族と教団、教派を越えて、このような結婚式をするようになったというのです。これは夢のような事実です。
9 皆さんは祝福結婚をして、世界一の夫婦になりたいと思うでしょう。そのためには、妻は夫を愛する以上に国を求めなければならず、夫は妻を愛する以上に国を求めなければなりません。そのようにしなければ、家庭が安息する道はありません。今までは長成期完成級の峠を越えられなかったので、私が完成した父母として治めることはしませんでした。干渉しなかったというのです。
今や、時を越えました。四十年の峠を越えて、三十六万双の祝福を突破することにより、三万双から始まって、蘇生期と長成期を越えたというのです。ですから、サタン世界のいかなる人も統一教会を阻むことはできません。その峠を越えたのです。
三百六十万双から四千万双へ
一九九七年十一月二十九日、アメリカ、ワシントンDCのRFKスタジアムにおいて、世界各国に人工衛星を通して生中継される中、四千万双国際祝福結婚式が開催された。この祝福式は、当初、三百六十万双の祝福として予定されていたが、その数が増え、四千万双の祝福として執り行われたのである。第三回「世界文化体育大典」の一環として挙行されたこの日の祝福式では、世界六大教団の代表からの祝賀メッセージが発表され、霊人祝福も共に行われた。
10 三百六十万双を祝福すれば統一天下になるのですが、統一天下は、何を中心として回るのでしょうか。この三百六十万双は錨です。悪魔の主管下で習慣化され、汚されている地上世界を清算できる錨だというのです。ここに綱をつないで皆さんを押し出すのですが、錨綱が切れてはいけません。それが皆さんの家庭にならなければならず、皆さんの一族にならなければなりません。切れるのではないかと思い、一族を結び、国家的なメシヤを結んであげるのです。
11 皆さんは、皆さんの先祖からすべての家庭に、責任をもたなければなりません。真の父母は、アダムから今までのすべての家庭に責任をもちました。それが世界的版図になったので、家庭を越え、国家を越え、世界まで越えていって解放し、すべて一束にして、同じ価値を中心として三百六十万双を祝福するのです。そこには国境もなく宗教や風習や文化といったものがありません。平面的に、全世界の村々に同じ家庭を配置したので、神様が取り戻した、アダムの堕落していない本然的家庭基準を展開しておいたというのです。
12 三百六十万双さえ祝福すれば、天の祝福が世界圏にまで連結されることによって、すべての日が安息日になります。被造世界において、春夏秋冬の四季を通じて神聖な日が続くのです。そのようなことを今、準備しています。
私たちは、神様と真の父母に侍って、聖日にだけホーリフード(聖餐)を食べました。今からは、全体・全権時代とともに、三百六十万双の祝福によって、世界圏以上(の段階)に入っていくので、万物が嘆息していたその嘆息圏から抜け出し、一週間ずっと、私たちが神様と真の父母に侍って食べ、眠り、あらゆる生活ができる侍義時代に入るのです。
Wednesday Mar 15, 2023
真の父母経 第88話
Wednesday Mar 15, 2023
Wednesday Mar 15, 2023
霊人祝福と霊界解放
真の父母様は、霊界解放のため、一九九五年八月二十五日の三十六万双祝福結婚式以降、数度にわたり霊人に対する祝福式を共に行われた。特に、三十六万双祝福結婚式の前の日、早朝に忠父様と忠母様、大兄様、そして大母様の家庭に対する祝福結婚式をされたのに続き、一九九七年十一月二十九日の四千万双祝福結婚式において、霊界祝福式を主管された。そして、この年の十二月一日、霊界祝福開門宣布式をされ、続いて一九九八年六月十三日の三億六千万双祝福結婚式の時、聖人と殺人鬼に対する祝福も共にされた。このように、霊人たちに対する祝福式が成し遂げられることにより、霊界の地獄が解放され、すべての霊人が天国に行く道が開かれたのである。
12 三十六万双の祝福式をする前の日に、父母と兄を祝福しました。それで、家庭的に父母と兄、息子、娘の三位基台ができるのです。それだけではなく、大母様の家庭を祝福してあげ、その息子、娘たちをまとめたのです。そのように三時代を経て、初めて真の父母を中心として父母様の息子、娘と皆さんの家庭が、カインとアベルとして結ばれるのです。この三大先祖が初めて祝福を受けた位置に立つことによって、霊界の分立されたすべての先祖たちを解放できます。
この先祖から拡大したので、何千年もかけてその数がいくら多くなったとしても、この先祖さえ解放しておけば、すべて解放されるのです。先祖は父(の立場)です。その父が勝利したことは、いくら子女が悪くても、相続されるようになっています。父子関係を中心として相続権が生じれば、あらゆるものが相続される圏内に入っていくようになります。それで、霊界解放と地上解放が成し遂げられるのです。それがどれほど複雑か分かりません。それをすべてまとめなければなりません。
13 三百六十万双の祝福が終わる日には、興進君と大母様に命じて、父母様の祝福を移行させるのです。興進君と大母様が祝福してくれるというのです。そのようになれば、統一教会で独身祝福を受けた人が、霊界に行って、昔の自分の夫と息子、娘を探し出し、家庭を再編成できます。そのような時代が来ました。その時がいつ来るか分からないので、独身祝福をしてきたのです。
ですから、国家的基準においてその限界を解消できない場合には、すべて他の人と祝福をしなければなりませんが、今や親族を祝福するとき、一人で祝福を受けても、再編成するようになるというのです。一族が地獄に行っても、呼んでくることができ、地獄を一時に解放できます。地獄から天国になり得るよう、真の父母が「坦坦大路(タンタンデロ)」(平らな大路)をすべて築いておいたので、運転さえすれば、車に乗って走っていけるのです。
14 三百六十万双の祝福をする時は、天と地が接する時です。縦的世界と横的世界が接する時なのです。ですから、アダム家庭と全人類が堕落していない立場に立って、祝福の日を待っています。エデンの園でアダムとエバが家庭完成を成就するのです。宇宙の価値を相続する代表的家庭になったからです。
皆さんが祝福を受けた家庭になることによって、皆さんの先祖たちや子孫たちも解放され得る統一的な解放時代が来ました。アダムとエバが堕落し、イエス様が失敗しましたが、再臨主が来て完成することによって家庭を築き、成約時代を迎えたように、皆さんの先祖たちは誤りましたが、皆さんが再臨主に属した家庭のようになっているので、皆さんの先祖たちも解放され得る統一圏時代になったというのです。祝福後に天上世界がすべて解放されます。そうして、地上祝福時代から霊界祝福時代へと拡張されるのです。
15 地上世界で三億六千万双の祝福が終わったので、霊界では祝福が始まります。ですから、サタンの血統を断切するのです。サタンが讒訴できる時代は過ぎ去るというのです。真の父母の全権時代、全体、全般、全権、全能の時代が来ます。真の父母が権限を行使できる時代が来るのです。神様が、アダムとエバを造って「良(善)し」とされ、喜びながら「人がすべて生き物に与える名は、その名となる」(創世記二・一九)ようにされた、特権時代が来るというのです。
16 三億六千万双の祝福を完成して、サタンの血統を断切しなければなりません。最後です。
それをするために、地獄の門と天国の門をすべて開け放すのです。昔、怨讐視していた人たちが、父母様を迎えて侍る歓迎の祝宴を開くのです。今までは、父母様を家庭に迎えられなかったばかりか、氏族、民族、国家、世界に迎えられませんでした。天下に初めて開く祝宴の中で、怨讐となった兄弟、怨讐となった男女が、再び神様の法度に従い、天地の大道を明らかにして入っていくというのです。そこから地上天国に向かうのです
17 創造当時は神様の所有だったものを、人間の堕落によって失ってしまいました。これを神様にお返ししなければなりません。今まで神様には息子、娘がいませんでしたが、真の父母によって真の息子、娘が生まれるのです。再創造するのです。それは、神様がするのではありません。真の父母だけができるのです。真の父母が完全に所有権を神様にお返しします。そうして、真の父母が家庭を取り戻し、神様にお返しするのです。
三億六千万双の祝福をすれば、サタンの血統が断ち切られます。そのようになれば、神様が「地上と天上の天国に、やっと私の家庭をもてるようになった!私が主人だ!」と宣布します。本然の理想的概念が出発するようになるのです。堕落によって失ったものをすべて取り戻します。再創造の過程で経てきた受難の道は終わり、家庭から天宙まで解放されるのです。
18 三億六千万双の国際祝福結婚式の行事の時に、霊界に行っているすべての聖人たちを中心として、神様のみ前に怨讐となっていたすべての霊人たちの解放を宣布しなければなりません。地獄と中間霊界にとどまっている人々は、神様との血統的な絆が結ばれていないので、血統的な絆をつないであげなければなりません。アベルが祝福を受けられる環境的条件ができれば、カインも共に祝福を受けるのが天理原則なので、怨讐を愛する位置に立たせなければなりません。
神様の直系子女たちの前に、弟の位置に立ててあげるのです。カインがそうです。今まで、聖人たちは宗教圏において蕩減するために苦労し、悪人たちはサタン側で破壊し、分立させるために苦労してきました。しかし、この時には、真の父母が善と悪、神様とサタン、カインとアベルに分かれていたすべての歴史を、祭物的立場で蕩減して一つにしなければなりません。そうして、分かれたものを統合する時代に入るのです。
19 アダム自身が、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙の一体圏を成し遂げられなければ、神様の創造目的が未完成になるので、神様が解放されません。神様もどうすることもできないのです。それは真の父母の責任です。真の父母が天宙を大革命しなければなりません。ですから、四大聖人たちを祝福し、最高の悪人たちも祝福してあげたのです。怨讐の壁を崩さなければなりません。そうして、平等圏を形成するのです。
海の水が引いて、再び入ってきて満潮になるとき、水平を形成して回ります。汚れたものだけでなく、その前に流れていった水がすべて入ってきて満潮になれば、回るのです。そうして、新たに入ってくる水に押されて出ていき、満潮圏では水平が形成されます。神様が人類の解放圏を形成するためには、その満潮圏のような状態から出発しなければならないのですが、その基準を立てるためのものが聖人と殺人鬼の祝福でした。
20 神様がサタンと怨讐関係になっていれば、永遠に平和の世界はできません。神様がそのような怨讐関係を消化し、創造した時以上に愛する心をもたなければ、サタンは屈服しません。それは何を意味するのでしょうか。怨讐と怨讐が出会い、夫婦の契りを結んだとしても、神様が怨讐を愛したように、互いに愛し合わなければならないということです。そのように愛し得る交叉結婚をしなければ、平和の世界ができる道は開かれません。父母様はそのような内容を知っているので、怨讐たち同士で交叉結婚をさせざるを得ないのです。ですから、聖人と殺人鬼たちまで、同じ場で結婚させてあげたのです。
21 神様は、地獄まで解放して、全霊界から地上まで清算することを願います。そのことは、真の父母ができるのです。それは、怨讐の中の怨讐を祝福してあげなさいということです。神様の心はそうです。愛する人を怨讐に抱かせてあげても、福を祈ってあげられる立場に立たなければ、そのようなことは不可能です。ですから、サタンまでも祝福するのです。真の父母は、歴史的なすべての罪悪を蕩減してそれを宣布し、一つ一つ節目をつけて越えてきて、解放された王の位置に立っているため、それができるのです。
ですから、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様まで解放できます。父母様が、神様まで解放できる基盤をつくりました。今や、最終定着地まで来ました。これからは、いかなる障壁もありません。ですから、全人類を祝福してあげるのです。
22 三億六千万双の祝福をすれば、真の父母の名と地上の祝福家庭を中心として、分かれていたすべてのものが統合される時代に入ります。このような大転換時代に、「三億六千万双の祝福完成とサタンの血統断切」を宣言しました。
アダムが完成していれば、地獄や中間霊界というものはありません。ですから、祝福の前に霊界と地上を整理しなければなりません。そうしてから、霊界のすべての聖人たちを、独身祝福を受けて今まで一人で暮らしてきた女性たちと祝福してあげるのです。ですから、今後、宗教圏が一つに収拾されます。その次には、サタン世界にいる悪人を祝福してあげるのです。
23 人類歴史で初めて、真の父母が、聖人たちと同じように悪人たちまで愛したというのです。これが大きな問題です。神様が悪の世界のあらゆるものを清算して正す時です。ですから、すべて頂上まで登り詰めました。これ以上、上がるところがありません。サタンもこれ以上、上がりようのない最頂上で(縦的に)結んであげました。
真の父母が横的なものを縦的に結んであげることによって、横的な悪人たちが縦的に通じるようになったのです。そのような歴史的な大転換期が、三億六千万双の祝福です。それは大事件です。それが成功したので、天上の門が開き、地獄から天上まで通じる道が開かれました。真の父母が蕩減条件を払って、人類と共にそのように祝福したことは、大事件です。
24 祝福を受けた家庭の入る所が天国です。父母様が三億六千万双を祝福することによって、その先祖たちが天国に入るのです。この地上でそのように祝福する前に、霊界を祝福してあげました。一九九八年六月十三日に始まったのです。
聖人と殺人鬼たちを祝福してあげたのですが、聖人は長子の立場であり、殺人鬼は次子の立場です。その次子たちが、絶対信仰、絶対愛、絶対服従をもって長子に従うようになることで、横的に水平になったのです。国家の怨讐と世界の怨讐たちが同じ次元で祝福を受けたのです。父母様が人類にそのような祝福を相続させてあげました。そうすることによって、初めて全人類が真の父母の基準をもつようになったのです。
Wednesday Mar 15, 2023
真の父母経 第87話
Wednesday Mar 15, 2023
Wednesday Mar 15, 2023
第六節 先祖解怨と霊人祝福式
先祖解怨
真の父母様は、「霊界の先祖たちは、子孫が解放しなければならない」と語られ、一九九九年二月十二日から、天宙清平修錬苑において、直系七代の先祖をはじめとして、解怨式を挙行するようにされた。真の父母様は、「先祖たちが地獄に行っているとしても、真の父母様の特権によって祝福する時代的恵沢圏に入ってきているため、彼らが解怨式と祝福式を経て地上に再臨し、子孫たちを協助するようになれば、天国に行くことができる」と語られた。
1 霊界に行っている皆さんの先祖は、天使世界の天使と同じです。そして、皆さんが生きている世界は、アダムとエバの世界に該当します。また、将来の子孫は、未来世界に該当するのです。霊界はアダムとエバを助けてあげなければならない立場と同じなので、アダムとエバの立場にいる皆さんに、霊界の先祖たちが天使の使命をもって協助します。そのように協助することによって、ついには解放が起きるのです。これが原理です。
2 先祖解怨をしなければなりません。子孫が解いてあげなければなりません。アダムとエバの息子、娘が復帰してあげなければならないのです。アダムとエバはできません。アダムとエバと一つになって、二世が復帰してあげなければならないのが原理観です。避けられない事実です。解怨式は、六千年の歴史において初めて現れました。時になったので、私が「やりなさい」と言って、してあげるのです。
3 先祖解怨式をすべてしなければなりません。七代を解放しなければなりません。七代から遡(さかのぼ)って百二十代(当時)までしなければなりません。その先祖たちを中心とすれば、一度に百二十代の祝福ができるのです。そうすれば、地獄の門が崩れるでしょうか、崩れないでしょうか。それをしなければ私が霊界に行ってから困るのです。霊界で引っ掛かってはいけません。霊界を整理しておけば、地上はいつでも霊界を通して解決されるのです。
4 真の父母の命令と宣言によって、聖人や賢哲たちと宗教圏に属しているすべての霊人たち、良心的な息子、娘として生まれて、この地上で成長できずに恨を抱いて霊界に行った幼い子女たちから、十六歳以上のすべての霊人たちまで祝福できるようになりました。霊界の胸痛む境界線を越えていけるように、万国の先祖たちを解怨し、それだけでなく、解怨成就を経た人たちが祝福の場にまでとどまれるように、門を開いてあげました。
清平の興進君と大母様が、大兄様をはじめとする統一家の一族を中心として、すべての善霊たちと協助し、地上の実体圏世界と相対基準を造成して、真の父母と共に高い基準において連結させて、真の父母と切ることのできない絆が結ばれるようになったのです。
5 再臨時代に真の父母が来て、故郷の地を探し出し、国を探し出して、天地の汚された血統を正すのです。天宙清平修錬苑で、先祖を解怨し、祝福しています。霊界は永遠の世界なので、地上とは異なり、これを一度復帰すれば、それで終わりです。すべてが一つの方向になっているので、血統を正せば、それを絶対視するのです。
統一教会の祝福は、国ができる前には教会内の祝福であって、国の祝福ではありません。ですから、堕落する危険性がある教会の祝福から、国の祝福時代に越えていかなければなりません。それゆえ、国を探し出して入籍しなければならないのです。国の基準を越えなければなりません。国の基準を越えてからは、世の中の国を願ってはいけません。神様のみ旨を中心として絶対一方通行なのであって、行ったり来たりすることはできません。もはや、許すことはできないというのです。神様は、堕落した地獄で叫ぶ怨声を聞きたいと思いません。真の父母は、いかなる犠牲を払ったとしても、霊界と肉界の騷々しいすべてのことを整理しなければならないのです。
6 どんな霊人も、先祖解怨を通して教育を受け、祝福を受けるようになれば、善なる霊になります。皆さんの先祖たちが地獄に行ったとしても、解怨をして祝福を受けるようになれば、天国に行けるようになるのです。地獄に行った先祖たちが、真の父母様の時代的恵沢圏内に入って祝福を受けることが、霊界でどれほど貴い価値があるかを理解して、ここに合わせるのが容易ではないことを知らなければなりません。ですから、一心、一体、すべてを捧げて精誠を尽くしてこそ、その場に行けるのです。
今まで神様は、霊界で光として現れました。実体のダイヤモンドのように、光として現れるのです。実に畏れ多く、驚くべき象徴体である神様が、光として現れて訓示したのですが、神様が人類の父母の立場で訓示できる道は少しもありません。教えてあげられず、指導することもできません。神様は、中間の立場で代行できる内容だけを解決したのであって、始めと終わりを締めくくることはできません。霊界や肉界で、父母様がその始めと終わりを制定して実践の場をつくらなければ、霊界の興進君も働けないのです。
7 今まで聖人たちを地上に再臨させ、四十日教育をして霊界の垣根を崩し、霊界の先祖を解怨するのです。先祖解怨は、先祖が今まで嘆息圏で、恨を抱いている神様のみ前に孝子になれなかったので、孝子になれるように道を開いてあげるものなのです。そうして、家庭から神様に侍ることができる時代を迎えました。
本来は、霊界で先祖に対する祝福というものはあり得ません。天使世界は相対的所有権を賦与されなかったからです。
ところが、来られる再臨主が、今までアダムが十六歳以降にサタン世界に残したものをすべて清算し、切り捨てて祝福をしてあげるのです。
ですから、霊界の家庭が地上に降りてきて、祝福を受けたアダム家庭を協助でき、従うことができる時になったというのです。地上のアダム的実体祝福家庭を兄として侍り、弟の位置で絶対信仰、絶対愛、絶対服従するのです。そのような位置に立つことによって、アダム圏文化創造世界を成し遂げるために、天上世界も地上世界に歩調を合わせなければなりません。
8 女性であるエバが堕落して哀れな世界をつくったので、女性が天使長世界の先祖たちを解怨してあげ、祝福してあげなければなりません。それによって、霊界が地上に降臨して助けてくれる影響圏が大きいというのです。それは言葉では語れない膨大な実を結べるのです。実際に努力してそのようにならなければ、「統一原理」が間違っているのです。
先祖たちを解怨し、祝福することは、天宙清平修錬苑を通さなければなりません。父母様が興進君に任せているから、そうなのです。韓国で解怨式と祝福式をしています。エバ国家である日本も先頭に立って、一人も欠けることなくきれいに整理しなければなりません。
9 先祖たちを解怨し、祝福してあげなければなりません。自分の一族、姓氏がすべて来て祝福し、天上世界と地上世界に解放の基盤を築けるのに、これを重要視しないということはあり得ません。強制的にでもしなければならないのです。霊界にいる人々には理想相対がいません。相対圏が許されていないのです。自分の母もどれほど茫然とし、兄弟たちもどれほど茫然とするでしょうか。真の父母の祝福の権限をもって、自分の一族をすべて祝福してあげなさいというのです。
10 天宙清平修錬苑で、先祖たちを連れてきて教育し、解怨して祝福してあげます。解怨はただそのままできるのではありません。代価を払って、自分の民族全体が解放され得るように道を切り開いてあげなければなりません。根が塞がっていて、幹と枝、葉、花、実が塞がっているというのです。これを解怨してあげなければなりません。解怨は途方もないことです。
天の生命をもった正常な根と幹と芽を中心として伸びていける枝をつくり、その枝を接ぎ木しなければなりません。そうして、全体に本然の幹と芽を中心とした枝が出て、葉が出て、花が咲き、実を結ばなければなりません。そのような真のオリーブの木の畑だけが残るようにしなければなりません。
それが、天一国の人々がすべきことであり、天一国が清算すべき召命的責任です。
11 先祖解怨をしたら、祝福をしてあげなければなりません。先祖たちが血統を転換できずに霊界に入ったので、地上にいるアベル家庭がそれをしてあげることによってアベルの家庭が兄になり、先祖たちが弟になって、真の父母様が備えたすべての家庭基準が立てられるようになるのです。氏族メシヤ圏において、そのように交替するのです。兄と弟二人が一つになっていれば、その一族が祝福を受け、村全体が祝福を受けることができます。ですから、郡でその姓氏を中心として氏族メシヤの責任を果たせば、郡全体も巻き込んで祝福してあげられるのです。
Wednesday Mar 15, 2023
真の父母経 第86話
Wednesday Mar 15, 2023
Wednesday Mar 15, 2023
13 外形的には、統一教会がキリスト教についていくように見えるかもしれませんが、内的には、どれほどの闘争歴史を経てきたか分かりません。サタンを分立し、分別するための闘争をしてきたというのです。そうして、人類が再び神様の懐に抱かれるようにするための救いの道を、個人から八段階まで経て、全世界の民族が、祝福家庭を中心として世界基準を越えられるようになりました。それが三百六十万双の祝福であり、四十年の峠を越えるのです。
14 父母様は、今まで十二の峠を越えました。三百六十万双が十二(番目)の峠です。この十二の峠を越えなければなりません。「アリラン」という言葉は、「愛」の字、「里」の字、峠を意味する「嶺」の字です。愛する里を訪ねていくのだと考えるのです。韓国民謡の「アリラン」に「十二の峠」という言葉があります。十二の峠を越えるために苦労をしたのです。今や十二の峠を越えたので、一瞬のうちにすべて平準化されます。ですから、どこにでも行けるのです。
15 一九九七年七月十五日に三百六十万双の祝福完了を宣布するまでは、本当に追い詰められた気持ちでした。ところが、天が役事したのです。八月に入って私たちは「天地父母天宙安息圏」を宣布したのですが、その日が八月九日です。そのような時がまた来るというのです。霊界の門が開かれ、この地上に霊人たちが降りてきて、想像できない事件が世の中に起きるということが分かりました。それで、七月十五日に「三百六十万双完了」を宣布したのです。
16 三百六十万双の祝福とともに行えるのは、おなかの中にいる子女、その祝福家庭の子女たちにも聖酒を飲ませることです。自分の生涯をかけて、「私はこのように生きてきたが、おなかの中にいる子女は、堕落した血統と関係がない、絶対純潔の血統を受け継いだ子女である」と言いながら、聖酒を伝授するという条件を忘れてはいけないというのです。その国と一つになって、天に誓って宣布しながら、聖酒を飲ませなければなりません。そのようにすれば、重生するのです。おなかの中の子女は、サタンの子女ではありません。
三億六千万双から四億双まで
三億六千万双国際祝福結婚式が、一九九八年六月十三日、百九十五ヵ国に生中継される中、アメリカ、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにおいて開催され、続いて一九九九年二月七日、ソウルの蚕室オリンピック主競技場でも、三億六千万双国際祝福結婚式が挙行された。真の父母様は、「本来この祝福結婚式は、長子圏国家であるアメリカに続いて、母の国である日本で開催されなければならない」と明かされたことがある。この時、霊人祝福式も行われた。そして、二〇〇〇年二月十三日、ソウルの蚕室オリンピック主競技場で四億双第一次祝福結婚式が開催された。四億双第二次祝福式は、二〇〇一年一月二十七日にアメリカのニューヨーク国連本部で、四億双第三次祝福式は、二〇〇二年二月十六日にソウルのオリンピック公園フェンシング競技場で開催されるなど、数回にわたって四億双祝福結婚式が挙行された。
17 三百六十万双を祝福すれば、本来は完全に水平になるのです。川の水が海に入っていこうとすれば、その水はすべて水平にならなければなりません。大きな川の水が海に入る時、速度が最も遅いのです。できるだけゆっくりと入ります。それは、主体である海水に、完全に吸収されるということです。すべてのものが天地の道理を中心として運動し、存続するのです。なぜ三千六百万双が終わってすぐに三億六千万双を始めるのが良いかというと、もはや峠を越え、谷間を下りきったからです。蘇生・長成期を越えたので、長成期完成級を越えていける段階に至ったのです。ですから、三億六千万双に入ります。これは完成圏です。
18 父母様が苦労するのは、愛の理想、絶対愛を中心とした理想的な天国を探し求めるためです。そのために今まで歩んできているのです。愛の理想をすべて探し出したあとは、相続させてあげなければなりません。これをすべて相続させるためのものが三万双の祝福です。三万双の祝福は蘇生、三十六万双は長成、三百六十万双は完成の基準です。ですから、一九九七年に三百六十万双、三千六百万双の祝福をしましたが、どれほど忙しいか、天から滝のように水が落ちてきたも同然でした。
今や三億六千万双さえ勝利すれば、この世、この地上に心情圏の統一世界が訪れるので、この心情圏で暮らしてから逝く家庭は、アダムの家庭を完成したことと同じになります。したがって、地上天国で暮らしてから天上天国に入るようになるので、天国の門が開かれるというのです。
19 成約時代は、結婚理想を完結しなければなりません。アダムの家庭でひっくり返ったものを、三億六千万双を通して復帰するのです。これを越えたあとは、アダムが堕落していない本然の父母として、本然の愛、本然の生命、本然の血統を中心として、自分の直系の子女たちを祝福できる時代が来ます。ですから、第一次アダム時代、第二次アダム時代、第三次アダム時代を経て、第四次アダム圏時代へと越えていくのです
三億六千万双の祝福が終わる時には、蕩減が必要ない第四次アダム圏時代に入ります。それによって、エデンで自分の父母が神様に代わって祝福できる時代に入るので、万民の前に、自分が祝福した一族たちを中心として、天国に直行する道が生じるというのです。第一次、第二次アダム時代に蕩減が必要だったのは、サタンが汚した血統の痕跡が残っているからです。しかし、第四次アダム圏時代に入って、サタン世界の血統を断切することにより、その痕跡が完全になくなったので、エデンの園で行うように、解放的な場で万民、人類全体の家庭が、平面上で一度に祝福を受けるのです。
20 四億双の祝福を完遂するためには、小学校、中学校、高校、大学を中心として純潔誓約式をしなければなりません。純潔誓約式は、未婚の男女をそのまま放置しておくと堕落するので、保護しようということです。ですから、学生の父母と学校と警察が一つになって、青少年が脱線しないように環境的条件をつくってあげなければなりません。青少年たちは、堕落していないアダム家庭の息子、娘と同じ立場なので、再び堕落しないように環境的に保護しようというのです。
アダムとエバが堕落したのは、保護し得る環境的なものがなかったからです。そのように、たった二人だったので堕落しましたが、これからは、父母と一族が加わり、学校と先生が加わり、警察が加わって、堕落できないよう環境的に保護する体制をつくらなければなりません。
21 父母様が霊肉を中心として国家基準で迫害されたあらゆることを除去し、サタンを屈眼させました。そうして、神様と一体圏の家庭的基盤を定着させたので、イスラエル民族に代わって蕩減したイエス様の時代の国家基準を世界に連結すれば、すべて終わるのです。霊界、サタン世界の地獄まですべて追い出しました。
地上再臨ができるようにしておいたので、皆さんを後援することによって、イスラエル圏世界化時代が訪れました。世界万民が祝福を受けられる選民圏内に入り、イスラエル圏世界化時代に入ったので、統一教会が四億双を祝福するのです。霊肉世界を中心として完全に峠を越えたので、父母様に従って絶対信仰、絶対愛、絶対服従の心情をもてば、すべてを越えるのです。