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Friday Apr 07, 2023
真の父母経 第104話
Friday Apr 07, 2023
Friday Apr 07, 2023
第六節 清平聖地の開発と修練所の建設
清平聖地の選定
真の父母様は、一九六〇年代から人種と文化、宗教、国境などを超越して、世界の人々が共に集まって暮らす天一国共同体モデルを立てるため、京畿道加平郡にある清平湖一帯を中心に、多くの精誠を注がれた。特に、釣りとテント生活を通して精誠を尽くされながら清平一帯の土地を購入し、摂理の基盤とされた。真の父母様は、一九七二年七月十日、清平修練所の前の蔚業山(ウロプサン)の頂上から、この一帯二十一ヵ所の名前を新たに命名された。裏山である天聖山(チョンソンサン)は本来、長楽山(チョンナクサン)と言い、塀風(びょうぶ)の形をしている。真の父母様は、山頂から少し下った所にある平地を本殿聖地と定められた。今日の天正宮博物館が建てられた所である。周辺の山野は、修練所を中心に牡丹の花の形をしており、復帰されたエデンの園を象徴している。
1 お父様は、韓国全土の山河をすべて回ってみました。一九六〇年代に皆さんを全国各地に配置して、全国の名山をすべて踏査してみたのです。統一教会の錨をどこに下ろすか、この基盤をどこに築くかを念頭に置いて、踏査しました。良い場所は、必ず湖を挟んでいなければなりません。しかし、東海岸はソウルからあまりにも遠いのです。西海岸は都市が集中していて、干満差が非常に激しく、海水が引けば干潟になり、また泥水なので良くありません。ソウルから(車で)三十分くらいの場所を探し求めたところ、雪岳面の松山里(ソンサルリ)を選ぶことになりました。その地域は本当に素晴らしいのです。私が清平地域で最も良い場所に定着したのです。
2 お父様がここ清平に来てみると、良い場所でした。ですから、ここに定着して祈り始めました。私が一生の間、精誠を捧げて祈る道をつくり始めたのです。どんなグループでも、最高のグループは、精誠の基盤の上に立てられています。このようにして、独りで蔚業山の頂上に登って祈ったのが、ついきのうのことのようです。私は、一握りの基盤しかない人ですが、決心したことで、今までできなかったことはありませんでした。一度やると言ったことは、必ず成し遂げてみせるのです。
3 お金は、国家的、世界的で、天的な内容を中心として使わなければなりません。そのように考えるので、父母様は清平に土地を買っているのです。そこに土地を買うのは、世界のためです。世界のために働ける基盤を築いておくために、清平に土地を買うというのです。今や民族時代を過ぎ、漸進的な世界時代の前に立ったので、この時代のための国際的な教育機関を造らなければなりません。ですから、堂々としているのです。そのためには、いくらお金を使っても良心の呵責を受けません。
4 清平の地は、世界の祖国の地、全人類の心情的故郷の地にならなければなりません。天地が仰ぎ得る勝利的創造理想を完成させ、天地が連結されて神様の心情を解怨成就できる地になるだけでなく、世界の故郷の地になり得る神聖な土地になることを祈ってきたのですが、これが本格的に出発できる時点に達しました。ですから、この周辺の八百万坪の土地を買ったのです。
山とこの周辺の土地は、私たちの未来の故郷のための地です。すべての信仰者の故郷になり得る基地になっています。今、世界百八十五ヵ国に私たちの基地がありますが、父母様の願いは、ここをその百八十五ヵ国のあらゆる歴史的伝統を展示できる歴史的な基地にすることです。それだけでなく、この基地で各国の文化を背景にした伝統を新たなものにすることができ、天との関係をどのように結ぶかを教える修練所、教育場所を用意するのです。そのようにするために準備した土地として祈っていたことが、そのまま歴史的な事実として連結され得るようになりました。このような世界版図を統一教会がもったことは、驚くべき勝利の結果であると考えているのです。
5 お父様は、よく清平に行きます。待っている人がいるから行くのではありません。誰もいないのです。私が昔、この道を築きながら苦労したその場所が慕わしく、山野が慕わしく、聞こえてきた風の音と鳥の声が慕わしくて行くのです。その流れいく自然の摂理を通して、天の感動的な世界に接触したその気分が慕わしくて行くのです。その慕わしさは、死ぬまで誰も抜き取っていくことはできません。
困難な立場で、おなかをすかせた立場で耐え、瞑想をしながら天と共に絆を結んだ、その時間が慕わしいというのです。吹いてくる風の流れを感じるとき、それが過去の認識を現実の生活圏内において促してくれるからです。過去に感じたそれが刺激的な動機になったとすれば、現実では生活的な動機として顕現し得る立場になるので、それを好むのです。
6 父母様は、清平の地形が良いことを知り、土地を買い始めました。清平湖を中心として、私たちの修練所を造る場所を準備したのです。今、修練所があるその場所は、本来、家を建てられる敷地が全くありませんでした。そこには墓が一つと、桑の木が十五本くらいしかありませんでした。清平全体の山野を回りながら見てみると、そこが中央地帯でした。ですから、仕方なくそこにテントを張り、土地を買い始め、修練所を建てたのです。
今まで土地をたくさん買ったのは、今後、ここを国際修練所、世界の若者たちが来て修練を受けられる世界本部のような所にしようという計画があったからです。ここにあるそれぞれの谷間を、アメリカ村、イギリス村、ドイツ村などに定めるのです。そのようにしておけば、世界の人々がここを誇り、仰ぎ見る、一つの観光地にもなるだろうと考えます。
7 清平は、すべてのものが完全に定着して、新しい出発ができる所です。その名称もそうです。清平の「清」は清いことを意味し、「平」は平らなことを意味します。すなわち、清平は清く平らなことを意味するのです。ですから、すべての整地作業ができているので、設計して柱さえ立てればよいのです。いつでも出発できるというのです。
8 清平修練所の前を右に渡っていけば、平らな土地に私たちの別荘があります。その別荘は「天留荘(チョニュヂャン)」というのですが、その裏に行って見れば、本当に絶妙な所です。この地域全体が牡丹の花のようになっているのです。
平壌に牡丹峰(モランボン)があるでしょう。その牡丹峰はなぜ有名なのでしょうか。牡丹の花を見ると、花びらにぐるりと囲まれたその真ん中に、黄色(の雄しベと雌しベ)が調和をつくり出すようにして存在しています。それは、種を産む所だからです。平壌の牡丹峰は、そのような地形なので有名なのです。
それと同じように、この地域は、天聖山を中心としてそのようになっています。この山を越えると、全く風情がなく、登って見てみれば、好き勝手になっています。しかし、天聖山を塀風として、前に連結されているすべての山野が、牡丹の花びらのようになっているのです。
9 清平修練所の前庭から眺めると、川の水が流れているのを感じることができません。川の水がどこから流れてきて、どこに行くのか分からないのです。川の水が入ってくる道も分からず、出ていく道も分からず、湖のように思えるほどです。そして、この修練所から見下ろせば、それこそ絶景です。ここは、湖畔と山野が調和した美しい場所として、世界に誇る価値があります。このような景色の良い所に来て修練をしてこそ、修練生たちが山を眺めても、庭を眺めても、高尚な考えをもつようになるのです。夕暮れの山頂、一番高い峰に沈んでいく太陽や、明け方、高い峰に昇る太陽、その中を飛んでいる鳥、その中で働く人々の風景など、このようなすべてが調和するようになるとき、思わず見とれて夢想圏内に入っていきます。空想したり、夢を描いたりもするというのです。これによって、若い人々の気迫が大きく上昇します。
ですから、未来において一度、この水に乗って大西洋を渡り、あの山を越えてヒマラヤ山脈とインドを通過するなど、このようにいくらでも連想できるあらゆる材料になるのです。人々が景色の良い所を好むのは、新しいアイデア、新しい夢を描けるからです。飛んでいく鶴が一幅の絵のように調和したり、青い湖に小舟が一艘浮かんでいたりしても、詩を詠むようになります。また、うれしくなれば思わず立ち上がり、拍子を合わせて踊りも踊るのです。そのようにできる環境的条件を備えた所が清平修練所です。
10 清平修練所一帯を見れば、本当に形が整っています。この修練所の裏山全体を「天勝台(チョンスンデ)」と名づけました。そして、裏山は本来、「長楽山」というのですが、私が「天聖山」と名づけました。「天聖山」をはじめ、三つの峰があるのですが、その真ん中の峰は「聖」の字を書いて「天聖山」、右側の峰は「成」の字を書いて「天成山」、左側の峰は「城」の字を書いて「天城山」としました。
三つの「チョンソン山」は、それぞれ「神聖」を表し、「完成」を表し、「保護」を表すのです。この三つの「ソン山」を定めるとき、一里以内にこの山よりも高い山があってはいけないと考えました。さらに高い山がある山脈が、その山並みを伸ばして長楽山を経ていくようになっていてはいけないというのです。それで、お父様が登ってみると、長楽山が高々と直線になっていたというのです。それこそ、本当に形が整っていて、塀風のようになっていました。
そして、ここの水は、一日に何百回と、いつでも変化します。これは造化を意味します。造化というのは、希望を意味し、無限を意味し、全体の繁栄を意味するのです。そのような点から見るとき、この清平修練所の位置は、非常に明堂(ミョンダン)(風水説でとても良いとされる敷地)だというのです。

Wednesday Apr 05, 2023
真の父母経 第103話
Wednesday Apr 05, 2023
Wednesday Apr 05, 2023
真の父母様の愛唱曲
真の父母様は、各種の集会で自ら歌を歌われたり、食口たちを呼んで歌を歌わせたりしながら、雰囲気を盛り上げられた。「サランへ」、「オンマヤ、ヌナヤ」は、名節行事や和動会で御夫妻が一緒に歌われ、食口たちと合唱した歌である。真の父母様は、本郷を失ってしまった人類の救いを思われ、故郷を慕う歌詞が記された歌(「カゴバ」、「故郷無情」、「郷愁」)と、寒い冬に打ち勝って春に芽生える新芽のように、新しい生命と希望が躍動する春の歌(「春の乙女」、「四月の歌」など)も好んで歌われた。真のお父様は、麗水の清海ガーデンで海洋摂理を主管されながら、「舟歌」を日本の食口たちと熱唱され、日本の歌である「故郷」や「赤とんぼ」も食口たちと共に合唱された。孤独なみ旨の道を象徴する独島(竹島)に関する歌詞が記された「ホルロアリラン」と、変わることのない衷情を歌った「千年岩」も好まれた。聖和の直前には、お孫様を膝や机の上に座らせて、「翁草」を一緒に歌って楽しまれた。「大韓八景」や「祖国賛歌」などを歌い、神様の国が早く訪れることを念願された。
9 「ホルロアリラン」は、独島(竹島)に関する歌ですが、「トクト」は、「独」の字に「道」と考えることができます。台風に遭い、小さな顔(島)がどのように一晩を過ごしたかというのです。白頭山の澄んだ水と、雪嶽山の澄んだ水が東海(日本海)に(流れ)、東の方を訪ねていきます。日が昇る所を訪ねていくのです。その次に、船に乗っていくのですが、独島を訪ねていき、錨を下ろして、朝日を浴びるというのです。統一教会員たちは、この歌をみな知らなければなりません。
独島は、寂しい島ではありません。島は、エバを意味するのです。エバが道を修める「独道」です。女性たちが子女たちを抱き、この独島の歌を教えてあげなければなりません。これは、涙なくしては歌うことができません。内容が深いというのです。
10 「千年岩」の歌は、お父様にダンベリー生活を回想させる歌です。お父様は、監獄に行くからといって寂しいのではなく、離れているからといって寂しいのではありません。太陽の光は、夜も昼も、どこでも遮られることなく、明るい光の王権をいつでも維持できるというのです。ダンベリーを思いながら、この歌を歌わなければなりません。
二番は、夕方になり、夜が更けるようになることを意味します。夜更けになれは、私が息をして暮らしている所を明るくするのです。暗闇の世界に行っても、み旨の道を証しなければならず、監獄にも天国の光を照らさなければならないというのです。そのような意味で、お父様は「獄中の聖者」という言葉を残しました。
その次に、最後の部分は、世の中に羨むものはないということです。今やすべて知り、すべて体験し、すべて探し出しました。そして、「歳月が行き来する町角」では、角度を合わせなければ落ちるというのです。そのようなことを考えなければなりません。
自分勝手にしていては、脱落してしまうのです。自分が行くべき道をまっすぐ訪ねていって、天が願う理想天国を創建し、主人になりなさいということです。
11 「カゴバ」は、アリラン峠を越えて、故郷を愛し、国を愛する道を訪ねていこうという歌です。アリランの十二峠を越えていくのです。それが、統一教会が行く道と合います。復帰路程に一致するというのです。歌詞の内容が、故郷を慕いながら、本郷の地を求め、祖国光復のために行くべき復帰路程と同じなので、この歌を歌うのです。
その歌詞が問題ではなく、その歌の内容をどのように消化するかが問題です。夜には昼を慕いますが、黎明が過ぎれば、昼が訪れてきます。迫害を受けるのは、怨讐世界のあらゆるものを相続させるための神様の経綸です。ですから、迫害は悪いものではありません。
迫害を、自ら進んで探し求めていく人には、峠の向こうに平地があり、さらに大きな山を越えれば、さらに大きな平地が生じるのです。そこに湧き水が流れ、続いて小さな川ができて、さらに大きな川となって、国を東西に貫いて包容できる波として流れていくその周辺には、無限の平原、広野が生じるというのです。故郷を離れたのちに帰ってくる切実なその心情が、復帰の心情を求めていく統一教会の事情と一致するのです。
12 「広野の男」という歌があります。男であれば、すべてのことを放り投げて、荒涼とした広野を走るのもよいのです。
一度、そのように生きてみる必要があります。妻が伝道の一線に出ているときに、夫がずだ袋で食べ物を背負い、お金をもってその妻を訪ねていく気分は素晴らしいものです。道端の大きな木の下で、哀れな姿で出会い、過去の自分の過ちを悔いる心をもって、「お前、どれほど苦労しただろうか。座ろう。お前は寂しい立場で困難を克服しながら、私を背後から支えるために苦労してくれた」という場において、千年の愛の絆が結ばれるのです。
13 「輝く大韓」に出てくる「ディンドンデンドン」というのは、詩的で音楽的です。統一教会を「ディンドンデンドン教会」と言ってもよいのです。どこに行っても、高い所、低い所に拍子を合わせられる、良い内容の言葉です。
統一教会は、本当におもしろい教会です。年を取った人、若い人など、様々な人々が集まって話をすれば、通じることができ、理解することができます。塀が高くないので、和合することができるのです。友達になり、親しく縁を結べる良い所であることを、私は感じます。誰かに初めて会っても、距離が遠くなく、塀で塞がれていないことを感じられるのは、幸せな環境です。
皆さんが信仰生活をするとき、そのような面を備えて、一生の間、生きるその影響圏というのは、どのようなものでしょうか。どこに行っても影響を及ぼして生きることができ、記憶に残る指導者たちが多く生まれるでしょう。このような願いを抱いて、私もこのことを続けているのです。
14 「大韓地理歌」の内容が良いのですが、そこに愛国思想が入っています。統一教会を信じる世界の人々は、この歌詞の内容に従い、韓国に関する知識基盤を中心として、思想と伝統を受け継がなければなりません。その次に、白衣民族、倍達民族の弘益(ホンイク)理想をもって、神様のみ旨に従える民にならなければなりません。そのような思想的骨子がすべて入っているので、著者が誰か、私が調べてみたところ、牧師である私の従祖父がこの文を書いて、私の父に教えてくれたというのです。
15 統一は、私たちの精誠によって、私たちの力によって、私たちの努力によって成就しなければならないという思いをもって、「統一の歌」を力強く、一度歌ってみましょう。私たちが行くべき道は、韓国と北朝鮮を復帰することです。しかし、共産主義は世界的な体制を整えて、がむしゃらに根を張っています。ですから、共産主義を屈服させ、三千里半島から追放する時まで、私たちは茨の道を行かなければなりません。この国を早く復興させなければなりません。
私たちの家庭が内外に団結し、南北を統一して、自主的な国家を形成しなければならないのです。私たちは、世界的な怨讐サタンと対決しています。ですから、内的な復興をしなければなりません。外的な復興は、内的な復興の上で自然に存在するようになります。神様を愛し、真の父母を愛し、氏族を愛し、家庭を愛すれば、復興するのです。

Wednesday Apr 05, 2023
真の父母経 第99話
Wednesday Apr 05, 2023
Wednesday Apr 05, 2023
6 若者たちは、「価値あるものがない」と言って落胆するのではなく、「より価値のあるものを創造しよう」という信念をもって生活していかなければなりません。そのような生活をしていくとき、第二の希望を抱くようになり、また、その希望に向かって発展していけるのです。腐っていく木の枝のような若者たちを再創造し、環境を整理していこうという信念をもたなければなりません。
成和学生たちの中には、反対する環境を克服してきた人もいるでしょう。様々な環境を経てここまで流れてきたと思いますが、これからは、ひたすら神様の創造理念をもって、より良く、より価値のある環境を創造していこうというのです。
7 神様のみ旨に責任をもち、この時代を収拾しようとする責任者がいるとすれば、その人は、受動的な人ではなくリーダーです。統一教会も今まで、考える時代から、準備する時代と実践する時代を経てきて、ある程度までは基準が立っているので、統一教会や統一教会の食口たちは、受動的な立場ではなく、主動的な立場に立っています。
しかし、いくらそうだとしても、個人的な勝利の基盤を築かなければ、個人的なリーダーの立場に立つことはできず、ひいては家庭、氏族、民族、国家、世界的なリーダーの立場にも立つことができません。そのため、成和卒業生の皆さんは、み旨から見て今がどのような時代かを知り、そこに合わせて、まず個人的な勝利の基盤を築かなければなりません。今は氏族と民族が一気に連結され、氏族的な勝利の基盤の上で、民族を収拾しなければならない時代です。
8 成和学生の卒業証を受け取ってから離れた人たちがいるのですが、その人たちは、モーセがイスラエル民族を率いてカナンに行く途中、荒野で不平不満を言い、「行けない」と言って反対してモーセを追い出そうとした群れと同じです。皆さんは、自分が考える内的な世界において、心を中心として闘い、勝利の基盤を築かなければなりません。そして、その場で誓って、たゆまず準備し、善なる自分にならなければなりません。そうして、最後の実践舞台である世界舞台において立派に闘い、勝利することによって、最高の栄光の場に参加できなければなりません。
9 歴史の主人は、不平を言い、腹を立てる人々の中にはいません。不平を言い、腹を立ててばかりいる人は、神様も嫌い、友達も嫌い、父母や兄も嫌います。不平を言う人を好む人はいません。かえって、不平の思いを変化させて感謝し、あすの希望にあふれ、望みに燃えて、国と世界のために「私」が生まれたという思いをもたなければなりません。
自分がもっているものを分け与えたいという思い、自分が着ているものを与えたいという思い、自分が食べているものを分け与えたいという思い、自分はいくら粟飯を食べ、粗末なお粥を食べても、他の人にもっと与えたいという思いがなければなりません。
このような心をもって、他の人のために与えることができない立場で悲しみを感じながら祈り、それを考える人がいるとすれば、その人はその国の主人です。それゆえ、勉強するのも自分のためにするのではなく、生まれたのも自分だけのために生まれたのではないというのです。世界のために、歴史のために生まれたのです。
10 私たちは、狭い心を広げなければなりません。広げて、さらに広げなければなりません。神様を解放し、イエス様と聖霊を解放し、霊界にいるあらゆる千々万の聖徒を解放して、南北統一を私たちの手で成就しなければならないのです。
左右に分かれて混乱したこの世界の方向を定め、統一の地上天国に変革しなければならない使命が、青少年の皆さんの双肩に掛かっています。そのような私として寝床に入り、そのような私として朝起きるとき背負わされた重責が自分を押さえつけているのが分かるので、敗者や愚か者になって倒れるのではなく、これを貫いて上がっていき、輝く価値を「私」によってプラスさせ、神様と子孫に渡してみせるという決意に徹しなければなりません。これが、この時代における統一教会の青少年たちの使命です。
11 若者は、どんな環境でも勝利しようとします。敗者になることは、絶対に嫌います。皆さんは若者として、天の側に立ち、大韓民国を発展させなければなりません。ですから、社会の各分野で歴史的な業績を残さなければならず、それらの分野を新しく変えなければなりません。皆さんは、そのようにすべき立場にあります。皆さんは全員、青年たちです。
今、世の中の大部分の青年たち、特に大学生たちは、自分自身を中心として、自分の国でどのように出世をするか、または自分の幸福な人生をどのように築くかという問題をめぐって苦心しています。しかし、統一教会の若者たちは、そうであってはいけません。
自分自身だけの幸福を考えるより、さらに次元の高い倫理観に立脚し、民族のために、世界のために考えなければなりません。そのように次元が高く、広い視野の幸福観をもたなければならず、その幸福観を実践できなければなりません。皆さんは、このような中心的な使命意識をもたなければならないのです。
韓国の「全国大学原理研究会」
真の父母様は、一九六六年一月九日、第二回大学生および青年特別修練会において、「今後、大学に大きく関心をもって、行くべき道を探し出せずにさまよっている大学生たちを目覚めさせ、糾合する努力をしなさい」と語られた。そのみ言が動機となり、修練会に集まった若者が志を一つにして、大学の原理運動の旗手になることを誓い、一月十日、韓国の「全国大学原理研究会」が創立された。「全国大学原理研究会」は各大学にサークルとして登録され、「統一原理」を伝え、勝共活動を行う先頭に立った。
12 民主と共産の二つの陣営を統一するのが、私たちの使命です。それをするためには、全国の二千四百の面に、少なくとも一人ずつは配置しなければなりません。三位基台を造成して配置しようとすれば、七千人以上はいなければなりません。その人々は、大学出身者以上でなければならないのです。梨花女子大学と延世大学を中心として行おうとしたことが崩れて、方向が変わりました。それで、中高生を中心に行うようになったのです。
第一次七年路程の三年路程の期間は、この民族に、統一信徒たちと(行動を)共にしなければならないことを見せてあげるべき期間でした。
韓国は、現在の状態では共産主義の浸透を防ぐ道がありません。彼らは、中流層以下に浸透します。ですから、私たちは、地方にいる人々に原理を伝え、生活指導と啓蒙運動を続けてきました。各面の三位基台は、理念指導と生活指導と啓蒙運動に責任をもたなければなりません。
大学生たちを一年ずつ地方に送って、中等教育に責任をもたせるようにすれば、彼らは農村の事情も体得し、愛国心ももつようになるでしょう。民族のために祭物となる真の思想を大学に残しておかなければなりません。そのためには、審判者の責任を果たせる若者を立てなければなりません。これが、「全国大学原理研究会」の創立目的です。
13 国家の興亡は、その国の若者たちにかかっています。あすの自分を創造すべき人々を立てるために、全国大学生修練会を行うのです。植物の芽が育つためには、適切な環境がそろわなければならず、環境に適応できなければなりません。歴史的な向上線に立った先祖がいたとすれば、その人は幸福な人です。「私以降の未来をどうするのか」と考えながら、「私」と子孫が一貫した目的をもって進むことができるとすれば、その道は幸福な道だと言えます。歴史の中では、正しい方向に向かうほど発展します。
今日、この地上に数多くの人間が暮らしていますが、彼らの目的は一つです。それは、多くの植物が日の光に向かうのと同じです。神様は、中心の芽を立て、横的な環境を形成する歴史を綴ってきました。今も神様は、その芽になり得る個人、家庭、氏族、民族、国家、世界を訪ねてきます。
韓国は、このような芽の立場に立たなければならず、そのためには試練を経なければなりません。芽は、すべての枝が受ける試練を一時に受けますが、前進して克服しなければなりません。このように、私たちも世界的な試練を克服しなければならないのです。
14 統一信徒は、泉にならなければなりません。泉の水は湧き上がります。滝とは反対です。山の獣も泉の水を求めてきます。泉がない山は、名山になることができません。
特に大学生の皆さんは、腐敗した大韓民国を清くする泉にならなければなりません。泉の水は、湧き上がって、(汚れを清めながら)清さそれ自体を汚さない所に流れていこうとするでしょう。泉の水が人間の生命と関わりをもつためには、その純粋性を失ってはいけないのですが、純粋な泉の水とは、岩を貫いて出てきた水です。ですから、誰もがそのような水を飲もうとするのです。皆さん全員が泉になることを願います。
15 大学原理研究会の核心的な会員が、どれくらいになるかが問題です。そのような基準で、大学を中心に社会活動を展開するために学舎を造り、運営することにしました。学舎を各大学に一つずつ造らなければなりません。このようにすれば、相当な効果が出るようになっています。
ですから、原理研究会を中心とした学舎と、成和学生たちとの関係を強化しなければなりません。そして、三年生、四年生になればみな、原理講義ができる責任者にならなければなりません。このようになれば、この人たちを各大学の各学科に配置して、私たちの思想を指導できるようにしなければならないのです。このように組織を強化しておけば、短期間で急速に発展すると思います。
また、大学出身者たちを全国に配置しようと考えています。大学生たちは、社会や教会で主導的な役割を果たさなければなりません。教会で主人の役割を果たし、自分の責任を果たさなければならないというのです。皆さんは教会の雰囲気を知り、若い人々が教会にとって希望の標準となり得る雰囲気を形成しなければなりません。

Tuesday Apr 04, 2023
真の父母経 第108話
Tuesday Apr 04, 2023
Tuesday Apr 04, 2023
12 私たちは、第一次七年路程において六千年の罪悪歴史を終結しようとされた神様のみ意があったことを知っています。また、二千年前のイエス様以降、キリスト教が血のにじむ殉教の祭壇を築きながら、残された摂理の因縁を終結するために苦労してきたという事実も知っています。イエス様と聖霊はもちろんのこと、み旨のためにこの地に来て、一時の恨を残したまま、サタン世界を心でのみ踏み締め、志を立てて誓いながら、犠牲の場、あるいは死の場に進んだ数多くの先知先烈(先駆けて道を悟った先人、義のために命を捧げた烈士)たちがいることも知っています。このように、歴史の要求は一つの時代と一つの基点に集中し、サタンと神様の決戦を提示してきました。
それでは、この闘いを終結させる使命を果たすべき責任者とは誰でしょうか。この民族の中で、追われ、追い出されてきた統一の群れが、このような重大な責任を担っているという事実を、世の中の人々は知らずにいます。しかし、神様は御存じなので、今に至るまで私たちと共に険しい道を開拓し、賛同してくださるのです。これは、私たちだけがもった特権であり、私たちだけがもてる誇りです。歴史過程においてこれを感じられる、やり甲斐のある期間が第一次七年路程です。
13 皆さんは、二十一年前にお父様が公式路程を出発した時点に置かれています。お父様はキリスト教から迫害を受け、国から追われ、多くの霊通人から反対を受けました。しかし、今はそのような時代ではありません。皆さんは、これから国と宗教と数多くの教派と霊通人たちが世界的に証し、歓迎できる時代圏内にいます。そのような点から見れば、皆さんはお父様より恵まれた立場に立っています。
過去においては、活動をしても、まかり間違えばすべてひっくり返して蕩減しなければなりませんでしたが、もはや皆さんにとっては、そのような時代は過ぎ去りました。すべての条件が良くなったのです。それこそ、蕩減の時代は過ぎ去り、栄光の時代が私たちの前に近づいてくる良い時代だというのです。これが、子女の立場にいる皆さんに該当する期間です。
父母が誤り、人類の前に苦難の基準が立てられました。しかし、お父様が父母の立場で責任を完結したので、子女の立場にいる皆さんは、すべての迫害と讒訴の基準を越え得る位置に出発できるのです。この期間が、正に第一次七年路程です。
民族復帰のための基台を築いた第一次七年路程
第一次七年路程は、真の父母様が歩まれた路程であり、祝福家庭にとっては模範となる路程であった。一九四五年の光復(失った主権を取り戻すこと)以降、真のお父様は、個人的十四年路程を勝利され、聖婚以降の七年路程から、食口たちが真の父母様のあとに従い始めた。
特に、真のお父様のみ言によれば、七年路程の前半三年間は、失ってしまった父母と子女を探し求める期間であり、後半の四年間は、物質的・環境的基盤の造成と同時に、民族的基盤を開拓するための期間だった。真の父母様の路程に同参する子女たちの立場での七年路程は、個人の目を完全に開かせ、立ち上がらせ、走らせて、個人が実績を立てながらみ旨の前に栄光の勝利者となることに主眼を置いた期間であった。
14 皆さんが七年路程の期間に果たすべき使命とは何でしょうか。個人的な勝利の主管圏を備えなければならず、家庭的な勝利の主管圏を備えなければならず、氏族的な勝利の主管圏を備えなければならず、民族的な勝利の主管圏を備えなければならず、国家的な勝利の主管圏を備えなければなりません。
しかし、堕落の子孫である皆さんは、自分で七年路程の道を行くことはできません。ですから、神様は、真の父母を立て、霊界と肉界にその道をつくるようにして、皆さんを行かせるのです。
15 アダムとエバが堕落することによって、真の父母を失ってしまいました。また、真の子女を先ってしまいました。その次に、万物を失ってしまいました。それから、神様を失ってしまいました。失ったこの四つを取り戻さなければなりません。
アダムとエバが堕落することによって、長成期完成級から落ちて堕落した人類の先祖になり、堕落した息子、娘になりました。また、万物も堕落圏内において胸の痛む恨をもった万物になりました。人間がサタン主管圏内に入ったので、すべて失ってしまったというのです。
統一教会でこのようなことを復帰した基準を立てた時期が、第一次七年路程である一九六〇年から一九六七年までの七年間です。この期間に、失ったものを復帰できる基準に上がったというのです。
16 皆さんを、なぜ一九六〇年から第一次七年路程に加担させたのでしょうか。その前から加担させずに、なぜ一九六〇年から加担させたのかを知らなければなりません。復帰歴史は、蘇生、長成、完成の三段階を経ていくようになっています。七数を中心として三段階を経なければならないので、二十一数期間が過ぎてこそ、その基盤が築き上げられるのです。
ところで、蘇生期と長成期までは、堕落によってサタンの侵犯を受けた期間です。父母の立場にいる人が堕落したので、蘇生と長成の期間には、父母が果たすべき使命があります。父母が立てるべき試練と苦痛の基準に、子女たちは参加できません。子女たちは、完成段階に該当する七年の期間に、復帰の道を行かなければなりません。この期間は、サタンの侵犯を受けていない基準で、復帰の道を行ける期間です。この七年の期間に皆さんが苦労したことは、蕩減の内容になるのではなく、実績として残るのです。
17 聖婚式をしたのち、この地上に神様を中心とした真の父母が現れました。歴史始まって以来、悪の父母が生まれたことはありましたが、神様を中心とした善の父母の基準は、この地上に設定されませんでした。これが設定されれば、サタンは、歴史始まって以来、今まで人類を支配してきたすべてのものを奪われるのです。ですから、サタン勢力は、あらゆる力を尽くして本格的に反旗を翻し、迫害せざるを得なくなります。
なぜ聖婚式をしてからも迫害を受けなければならないのでしょうか。それは、聖婚した基準が長成期完成級であり、まだ七年路程が残っているからです。この七年路程をどのように越えるかが問題です。この七年路程を越えてこそ、直接主管圏に到達します。
原理結果主管圏を経て直接主管圏まで到達するには、責任分担というものがあります。アダムとエバは神様を中心として、絶対的に一つになれる愛の理想を備え、それが分かれようにも分かれられない位置にまで進んで、直接主管圏内で神様を中心とする愛を主とした家庭基盤を築かなければなりませんでした。そのようにしていたならば、その基盤から天地が合徳し、男女が合徳することにより、新しい愛の基盤、新しい生命の基盤、新しい血統の基盤を中心として、四方に平面的な拡大が展開していくのです。
18 統一教会の食口たちにとって、第一次七年路程は、お父様が民族の運命を決定できるアベル的な路程に同参(一緒に参加すること)する期間です。お父様が東に行けば東に付いていき、西に行けば西に付いていって、皆さんは葉になろうと枝になろうと、落ちてはならず、折れてはいけません。この七年路程は、枯れたとしても、折れない枝と、落ちない葉の立場に立てておくための期間です。
ですから、この七年路程の期間に、できれば皆さん全体が動員されなければなりません。この期間には、世界的なサタン全体が集中して攻撃してきます。その時期が一九六〇年からです。その時は、大韓民国のすべての人が反対しました。お父様を捕まえて投獄しようと、行列をつくって警察署に投書しました。このように全体が反対する立場に立たなければ、蕩減にならないというのです。
19 第一次七年路程は、お父様の二十一年路程の終局を準備するためにありました。皆さんは個人で第一次七年路程に参加しましたが、世界史的な意義から見れば、これは歴史的な数多くの人間を代表して参加したのです。その期間に皆さんが捧げた精誠は、決して無駄にならないでしょう。これは千秋万代にわたって地上の絆として残り、天上に行けば数多くの善の霊たちが賛辞を捧げ得る基盤になるでしょう。このような期間は、地球上に再び訪れることはないのです。
歴史の恨を解くために、三千里半島において統一の旗印を掲げてきた私たちは、今まで迫害と非難の矢を受けながら歩んできました。しかし、私たちは、歩みを止めませんでした。追われ、追い出されても、自身を内的に成長させると同時に、外的に整備することを怠りませんでした。そのようにすることによって、今や大韓の三千里半島のどこにおいても、統一教会が行く道を遮る人はいません。
どんな銃剣でも遮ることができない基準を立てなければならないという決心が、天的な基準から見るとき、このような途方もない勝利をもたらしました。このような条件を立てたので、それを中心として、新しい歴史を創造することができたのです。
20 第一次七年路程の期間に父母様は、家庭的な基準を立て、氏族的な基準を立てながら、教会を通して民族的な蕩減条件を立ててきました。このような内的な基準は、イエス様の当時に成し遂げなければならないことでしたが、失敗したので、再蕩減したのです。ですから、この七年路程の期間にこれを合わせるために、尽力してきたのです。
21 第一次七年路程の三年路程を通過しながら、皆さんはかわいそうなこの民族に代わって何をすべきなのでしょうか。もう一度、倒れながらでも、走っていかなければなりません。善の世界を建設する役軍(担い手)として準備し、鍛錬する試練の途上において、サタン世界から讒訴を受けない伝統を立てなければなりません。
鍛錬を受ける過程で立てた伝統を、新しい天国理念の世界でも永遠に残る伝統として残さなければなりません。そのようにしなければ、「人生において行くべき道をすべて行った」と言うことができず、人生において果たすべき責任を全うしたとみなすことができません。
皆さんが天のみ前に忠誠を尽くすことを願い、天の真の孝子、孝女になることを願えば願うほど、苦痛が伴い、試練が伴っても、それに備えなければなりません。未来において全人類が「私」の価値をたたえ、万宇宙が感謝する立場に立ち、万宇宙の前に幸福の条件をつくってあげるためには、皆さんがしっかりと準備しなければならないのです。

Tuesday Apr 04, 2023
真の父母経 第107話
Tuesday Apr 04, 2023
Tuesday Apr 04, 2023
第二章 七年路程の設定と対外的基盤の拡大
第一節 民族復帰のための基台を築いた第一次七年路程
第一次七年路程の出発
真の父母様は、一九六〇年の聖婚以降、一九六七年まで民族復帰の基台を立てるために第一次七年路程を設定された。そして、この期間を前半の三年路程と後半の四年路程に分け、総力体制で活動を展開されたのである。
七年路程は、神様の摂理に従って、誰もが行かなければならない道である。真の父母様は、七年路程を通して、段階的に蕩減復帰摂理を導かれた。七年路程は、摂理の主役たちが責任を果たせば次の段階に発展していくが、そのようにできないときは、摂理が延長される。
したがって、第一次七年路程は、真の父母様と食口たちが緊張した日々を送りながら、摂理的責任を果たそうと努力した期間だった。特にこの期間は、後日、すべての食口が歩むべき典型路程と言えるほど、多くのことが推進され、摂理的な土台が据えられた。
真の父母様の聖婚を起点として始まった七年路程は、一九六〇年の七月、全食口一斉伝道活動により本格化した。
1 人間は、長成期完成級で堕落したので、完成段階が残っています。その完成段階の期間が七年です。蘇生、長成、完成の三段階の七年ずつをすべて足せば二十一年、満では二十年になります。韓国の年齢で二十一歳、満で言えば二十歳の時は、人間が成熟期に入る時です。成熟期に入れば、愛の神様が自動的に結婚させてくれるようになっているのです。
アダムとエバは、神様を中心として祝福を受け、人類の真の父母として公に約束されなければならなかったのですが、それができませんでした。許されていない圏内で堕落し、このような段階を残しておいたので、残ったこの七年の恨によって、六千年歴史に千年王国の千年を加えた七千年歴史の恨が残るようになったのです。一年が千年、七年が七千年に延長されてきたというのです。私たちは、これを七年で蕩減するのです。これが七年路程です。
2 堕落した子孫として生まれた人間であれば、誰もが七年路程を歩まなければ、絶対に天国に行けません。
聖書には出ていませんが、本来、イエス様も二十七歳から三十三歳までの七年間を中心として、第一次七年路程を出発したのです。そして、三十四歳から四十歳までが第二次七年路程であり、もしイエス様が二十歳から出発していれば、第三次七年路程になるのです。
そのようにして、イエス様は、四十歳までに世界的な基盤を築かなければならなかったのですが、民族が従うことができずに亡くなったため、それが聖書に七年の大患難として残っているのです。
3 皆さんが祝福を受ける位置は、完成した位置ではありません。父母が歩んでいった十字架の橋があるとすれば、その橋をそのまま歩いていかなければなりません。飛んでいくことはできないのです。
山の頂上に登るためには橋を通らなければならないというとき、その橋が危険であるとすれば、鉄筋で補完することはできますが、橋の上を通らなければならないというのはどうしようもありません。ですから、お父様が歩んだ七年路程は、永遠に残るのです。個人的七年路程と家庭的七年路程は、永遠に残るのです。
人間は長成期完成級で堕落したため、そのままでは完成段階に上がっていくことができません。堕落線以上に上がって、初めて原罪を脱ぐことができます。長成期完成級で原罪を脱ぐのではありません。皆さんが祝福を受けようと進み出たのは、完成期完成級ではなく、長成期完成級の位置です。
4 七年路程は、神様の息子、娘を決定する期間です。これは、イエス様の解怨成就をしてあげることによって決定します。ですから、私たちが国のために精誠を尽くし、教会のために精誠を尽くし、民族のために精誠を尽くして、イエス様の恨を総括的に蕩減しなければなりません。
父母様に従ってこの七年路程に参加できなかった人々は、誰彼を問わず、いつかはこのような七年路程を経なければなりません。これは公式です。七年路程は不可避なものです。今後、統一教会に入ってくる人は、七年路程を経なければなりません。七年路程は、誰もがみな、行かなければならないのです。
5 皆さんは、七年路程を絶対的に行かなければなりません。イエス様は、三年路程を行く途中で失敗しました。この三年路程を歩み、七年路程を越えたならば、四十代に越えていくのです。三年路程を歩むことによって、第一次七年路程が三十三歳までに終わらなければなりません。
ところが、イエス様はそれを越えることができませんてした。すなわち、第一次七年路程を越えられなかったというのです。第一次七年路程を出発し、三年路程に引っ掛かったのです。したがって、家庭復帰ができませんでした。
しかし、統一教会は、三年路程において家庭復帰をしました。今後は、世界的な復帰の役事(働き)をしなければなりません。
6 皆さんは、イエス様の恨と神様の恨を解怨してさしあげなければなりません。イエス様の恨が解怨されるまでは、神様の恨も解けません。ですから、まずイエス様の恨を解かなければならないのですが、そのためには、イエス様に三年の公生涯路程があったように、皆さんも三年間、公的な道を行かなければならないのです。三年間で百二十人を伝道できないでしょうか。精誠を尽くせばできるのです。
そのようにしたのち、聖殿を建て、祭壇を築き、祭物を供えて祭司長にならなければなりません。このように勝利したという条件を立てたのちに、初めて天の息子、娘として祝福を受けることができるのです。ノア家庭からヤコブ家庭の形態を復帰していくのです。そのようになるとき、初めて皆さんは、イスラエルの支派のような個別的な一つの氏族の先祖になれます。これが、私たちの行くべき道です。
7 統一教会は、一九六〇年から始まった第一次七年路程のうち、三年路程を通過してきました。三数は子女を探すための分別数であり、四数は万物を探して立てる数です。私たちは、このような一次的な計画において成功しました。この三年間に勝利して、世界に進出する基盤を築いたのです。
このような土台の上で、第二イスラエルを探し求めなければなりません。ですから、これから残りの四年は、民族復帰のために活動しなければならない期間です。力の限りを尽くして、国民と国土を復帰するために活動し、勝利しなければなりません。お父様が歩んできた四十年を、皆さんは四年間で歩むのです。
今後、統一教会という看板を外すことも、皆さんの手に掛かっています。統一教会ではなく、統一韓国をつくり、その基盤の上に、統一世界を成し遂げなければなりません。皆さんが責任を果たせなければ、他の民族を動員してでもするでしょう。
8 イスラエル民族には、四十年の荒野路程以前に三日路程がありました。この三日路程を経たあとに、ようやくカナン復帰路程を出発できたのです。そして、イスラエル民族は、カナンに入っても再び四十数を探して立てなければなりませんでした。復帰摂理がこのような路程を経てきたので、今に至るまでお父様も、四十年路程を経たあとに三年路程を歩まなければならず、四年路程を歩まなければなりません。
ですから、私たちは三年路程を歩み、また、四年路程を歩んでいるのです。このような過程を経て、初めて復帰歴史を終結し、天の主権を立てることができるのです。
真の父母が中心になって歩む三年路程を経て、万物を復帰する期間、すなわち四方性を備えるための四年路程を経なければなりません。これが七年路程です。この七年路程で、蕩減復帰を終結していかなければなりません。真の父母を探し出すまでの歴史路程を中心として見れば、三年路程、四年路程、四十年路程は短い路程ですが、これは歴史的なすべての悲しみを全体的に蕩減復帰する期間であり、歴史的な無念を総体的に蕩減復帰する期間であり、歴史的な十字架を全体的に蕩減復帰する期間です。
9 第一次七年路程の三年は、歴史的な蕩減期間を縮めた最小限の年数であり、個人の蕩減期間です。ですから、統一教会の食口は誰でも、この三年期間を経なければなりません。心情一体だと語ったので、皆さんは全員、父母様の心情を知らなければなりません。今晩、父母様は何をされるのだろうか、目を開けたまま夜を明かされるのではないかと考えながら、父母様の立場に立って父母様に似るようにし、父母様の心情を感じてみなさいということで許したのが、この三年という特赦期間です。
三年間、一年に四十日啓蒙伝道活動を二回ずつしても、全体的に見るとき、一年に満たない期間なのに、これさえしないとすれば、話になりません。本来、この期間は、断食しながら越えなければなりません。ぜひとも、この期間に皆さんが立つ位置を探し出し、信仰の目的を正しく探して立てることを願います。もし時を逃せば、そのような位置や目的も失ってしまい、父母様とも無関係になるのです。
10 お父様さえ信じていけば、皆さんは押し出されません。三年だけ克服してください。一九六〇年にお父様は、三年間、懲役生活をするつもりで、伝道の任地において僕暮らしをするようにと、皆さんを送り出しました。お父様も、青い囚人服を着て蕩減復帰し、勝利したという条件を立てました。お父様が追われてあちこちに逃れていたときがあったので、皆さんも今、追われる環境に置かれなければなりません。
そうして、縦的に蕩減すべきことを蕩減できずに残してきた歴史的な恨を、皆さんが横的な道を歩むことによって、蕩減復帰しなければならないのです。
11 第一次七年路程は、僕の僕の立場から、直系の子女の立場までの段階を復帰する道です。それゆえ、七年路程の間に、カインを愛するために僕の立場に立たなければなりません。ですから、私たちは、出ていって伝道しなければなりません。原理を中心として心情的に愛してみようというのです。
誰それの血統を中心とした息子、娘としてではなく、天情に通じ得る神様の心情的一致点を探し出して愛してみようというのです。また、生活的一致点と希望的一致点を探し出して愛してみようというのです。神様を中心とする、心情の一致、行動の一致、希望の一致をもって一度やってみようということです。
神様の願いとは、世界を取り戻すことであり、神様の行動とは、世界を救う復帰摂理歴史を主張して歩んでいくことです。また、神様の心情とは、愛せない人をも愛することができるようにすることです。

Tuesday Apr 04, 2023
真の父母経 第106話
Tuesday Apr 04, 2023
Tuesday Apr 04, 2023
天宙清平修錬苑起工式と奉献式
真の父母様は、一九九七年三月十日、旧・清平修練所一帯に、全世界の食口たちを教育する国際的規模の天宙清平修錬苑(天城旺臨宮殿)を建てる起工式を挙行され、一九九九年十一月七日、完工とともに奉献式を行われた。
19 一九九七年三月十日、きょうは清平聖地で天地が記憶し得る場を整え、統一家の新しい訓練道場、あるいは精誠を捧げる聖殿、ひいては天と地が連結され得る一つの心情的世界を出発する起源地、一つの宮殿と言える建物を造るために、起工式を行う日です。この事実は、歴史的であり、天の摂理史に何よりも重要なこととして記録されるでしょう。
この清平聖地は、私には忘れられない所です。現在、造られたこの修練所を中心として、今から三十年前に誰も知らない統一教会という小さな教団をつくり、ここが摂理史において世界万民が仰ぎ見ることのできる超宗教的で超理想的な基地になるだけでなく、故郷の地になることを考えて発表しました。その三十年前を思えば、感慨深いのです。
20 清平の地は、霊と肉を中心として、天地と協力した立場で個人が出生できる基地、家庭が出生できる心情的基地、あるいは国家が出生できる心情的基地、さらには世界と天地が出生できる心情的基地だけでなく、地上天国と天上天国を建設できる心情の基地になり得る地です。
統一教会が試練を克服できる立場に立つとすれば、飛躍的に発展することができます。世界の若者たちが集まって教育を受け、祝福家庭が修練を受けて世界に前進していけることが、この清平の地で成し遂げられるという事実は、大韓民国のすべての地に代わって誇ることもでき、民族と国家が誇るだけでなく、アジアと世界の全人類が誇り得ることなのです。
21 きょうは、清平聖地に神様の殿堂を起工する祝賀の日になりますので、この基地が天と地を連結し得る板門店になれるよう許諾してください。分裂した南北を統一し、天の統一的金門店になり得る表示として、霊界と肉界において善悪を分別することができ、正義の基準を立て得る一つの出発基地を建設する起工式になりますので、天地全体が祝賀の日として迎え、神様を中心として地上の真の父母と一つになり、心情的土台を準備し、永遠の歴史時代と後続時代を越えられるようにしてくださり、心情的統一圏を連結させ得る、歴史を代表した伝統か橋梁となれるように祝福してください。万民を兄弟愛で束ね、万国を一つの兄弟国として束ねて、天地が一つの兄弟国家として、神様と真の父母が統治する、新しい地上と天上の王権時代に進入できる祝福の門を大きく開いてくださることをお願い申し上げます。
霊界に行ったすべての先祖たちが、地上に連結されたその子孫たちと一体化し、平和の世界に向かう統一的理想が日進月歩するよう許諾してくださり、あなたの願いである長子権復帰を通過し、父母権復帰を通過して、王権復帰時代に全世界を一つの国として抱き得る神様の全体・全般・全能時代に進入できるように祝福してください。ここに集まった各国の食口たちが精誠を捧げ、起工式を祝うこの場を喜んで御覧くださり、万国と連結され得る祝福の拠点となるよう許諾してくださることを切にお願い申し上げます。
22 一九九九年十一月七日、天城旺臨宮殿の奉献式に先立ち、天が注視する中、天上世界の祝福家庭と地上世界の祝福家庭が一体となって神様に侍り、勝利の主権顕現を霊肉で誓い得る、勝利の宮殿の名をもつ拠点を奉献するこの日を迎え、この聖別式を行うようになったことを心から感謝申し上げます。
天がこの日を記憶し、天の所有権として決定して、千年、万年、子孫万代が仰ぎ見る基地となり、愛の伝統的霊肉一体心情圏の出発基地としてください。ここが天下に思慕の宮殿となり、愛の宮殿となり、血統的関係を尊重できる崇拝の宮殿になるよう許諾してください。
それによって、常に天地父母が中心になり、万世の愛の統治権によって、愛で連結された世界化運動において、聖別拡大のための記念的な一つの起源の地となるよう許諾してくださることを、切にお願い申し上げます。
23 韓民族はもちろんのこと、世界に広がっている数多くの国々が一つの血族として単一民族圏を編成し、神様を中心とした自主的な愛の主権世界を建設するために歩んできたすべてが、国家を越えて世界化時代に先頭の位置に立って模範を示すべき出発の出現基地として、この宮殿を建設いたしました。これを(天の)お父様が直接主管され、霊界全体が一体化し、祝福を受けた先祖たちと地上の祝福を受けた子孫たちが一つになって、統一天下、平等、平和の世界に前進できる解放地上天国、解放天上天国の時代を迎えるようにしてください。
このすべてのみ旨を引き継いで、万民の胸に生命の絆を通し、愛の血統的な結束を誓う修練宮殿として、お父様のみ前にこの時間、奉献いたしますので、天上世界にいるすべての霊たちと、すべての存在たちが注目する場において、地上の全世界の人類を代表し、万物を代表し、焦点を合わせた勝利の一つの基地として、あなたの天の国の王子、王女の権限を備えられる勝利的な人間の解放者たちを養育できる殿堂として、受け取ってくださることを切にお願い申し上げます。
天正宮博物館入宮および奉献
真の父母様は、神様王権即位式を挙行されたのち、二〇〇一年七月八日に本殿聖地である天正宮博物館の起工式を行われた。そして、五年後となる二〇〇六年六月十三日、天宙平和の王真の父母様天正宮博物館入宮・戴冠式を挙行された。真の父母様のみ言によれば、本殿聖地とは、神様が住める皇宮であり、本然の家である。そして、天正宮博物館は、「二人が正しく造った宮」であり、神様が主権をもって、万事を主管できる主人の中の主人、王の中の王となられ、億兆蒼生が永遠に共存、共生できる天国理想圏の本宮である。
24 清平に、天の国の王宮を造るのです。国連に加入した国家全体が一つになって、地上に造らなければなりません。ロシアのような国も、王宮を立派に造りました。フランスのルーブル博物館のようなものが問題ではないほど、その何倍以上、価値あるものとして精誠を尽くし、永遠の宮殿を造らなければなりません。それが、神様のみ前に相続を受けた私たちが果たすべき義務だというのです。
25 天正宮博物館は、神様の故郷であり、神様の祖国であり、人類の故郷です。「天正」は、二人が争いを解消してしまったことを意味します。ひっくり返すのです。「宮」の字は、ウ冠(宀)の下に法を意味する「呂」の字が合わさったものです。天の正しい法が、宮を調整するという意味があります。ですから、天正宮博物館には、勝手に来ることはできません。四位基台の祝福を経て、三代が解放の立場を備えなければ、入ってこられないようになっているのです。
26 真の父母様の家庭が、旧約時代、新約時代、成約時代の三時代圏を代表した三代が一つになって四十ヵ国の巡回集会を完結することにより、天正宮博物館に入宮するようになりました。天正宮博物館に入宮するためには、あらゆる条件から自由になることができるように蕩減しなければなりません。ですから、摂理史と一致するプログラムが進行しているのです。
天正宮博物館の「天」の字は、二人を意味します。「正」は、「止」の上に「一」の字をかぶせておいたものです。正してくれるのです。「正」の字がそうです。すべてのものを蕩減して、停止しなければなりません。天の統一的な横的基盤、真の父母の基盤を中心として停止し、入っていくべき所が天正宮博物館だというのです。そうして、今、新たに出発するのです。
27 天一国の名を中心として、王権即位式、王権奉献式を終えました。そして、この場は、その王権を代表した天宙父母と天地父母と天地人父母が合徳し、善の王の中の王として、戴冠式を終える場でございます。
あなたのみ前に申し上げます。あなたの勝利の基盤を築くため、これまで主管した全体、関わりをもったすべての所有権、すべてのものをみな分け与え、今や、(天の)お父様のみ前に何の荷ももたないまま、忽然とこの場に立ちました。その代わり、エデンにおいて失ってしまったアダムの血統を取り戻す主人となられ、カインがアベルを殺すことによって繰り広げられた混乱の世界の中で主人となられて、カイン・アベルがなく、争いがない国を取り戻すための、あなたの天一国理想心情統一圏、統一的家庭形態の世界的版図を、お父様のみ前に整えてさしあげるのでございます。

Sunday Apr 02, 2023
真の父母経 第92話
Sunday Apr 02, 2023
Sunday Apr 02, 2023
11 妻は、自分の夫を神様の代身者と考えなければなりません。また妻は、夫の娘にならなければなりません。夫として、神様の失われた娘を復帰しなければならないというのです。神様は、堕落によって母と妻と娘、三つを失ってしまいました。ですから、神様の娘を、夫の立場から復帰しなければなりません。そして、妻は、夫を父親以上に信じなければなりません。今までの体験を総合した価値以上の価値を発見した基準に立って、向き合わなければならないのです。そのような心情基準を復帰できなければ、サタンが破壊した理想相対の基準を回復することはできません。
それと反対に、男性は、自分が妻の息子であるという心情をもたなければなりません。自分の妻に対して、自分の母親のようであり、自分の娘のようであるという心情が沸き立たなければなりません。「私がいなければ一日も過ごすことができず、夜も昼も絶対的に必要な私たちである」という心情をもたなければならないのです。そのようにして、夫婦一体にならなければなりません。
12 自己を主張し、自己防御第一主義の態度を取るのが堕落した世界です。これからは保護主義時代です。方向が違います。夫は、「妻が幸せでないのは私の責任です」と言い、妻は「夫が幸せでないのは私の責任です」と言うのです。
その責任追及において、咲かなければならない花が愛の花です。その愛の花は、自己を主張するときには咲きません。互いに生命線まで越えてために生きようとするときに花が咲くのです。花が咲くことによって、その花の色と香りを訪ねてくるのが天使世界であり、神様なのです。
13 夫たる人は、妻の前に、神様よりさらに素晴らしい方だと記憶されなければなりません。妻から、「私は、神様を見ることはできなかったが、私の夫を通して神様に出会った。純粋な愛とは何か分からなかったが、夫を通して純粋な愛がどのようなものであるかが分かった。また、夫を通して、兄の愛がどのようなものであるかが分かった。また、夫を通して兄弟の愛が分かった。夫はすべての愛を教えてくれた張本人である」と言われる男性にならなければなりません。
また、そのような母の代表であり、新婦の代表であり、姉の代表の心情を誘発できる愛の絆を体恤しながら生きていく男性にならなければなりません。そのような教育を受け、「そのような教育でなければ窒息する」と言うほど、それが生活習慣となって、どの社会においても、年配の人に接すれば、「私のおじいさん、おばあさんであり、私のお父さん、お母さんであり、私のお兄さん、お姉さんである」と考えられる心情をもたなければなりません。
そのような心情が世界の至る所で普遍化し、そのような家庭における心情が普遍化する環境が広がる所であれば、そこは間違いなく天国です。
そのように生きる人は、どこに行っても反対を受けません。その人がどこに行こうと、神様はその人と共にいらっしゃるのです。ですから、その人はどこに行っても寂しくなく、どこに行っても滅びません。
14 皆さんは、どれほど神様のように人類を愛したでしょうか。年の幼い人を見れば自分の息子、娘のように考え、自分の弟、妹と似たような年齢の人を見れば、自分の弟、妹のように考えなければなりません。夫婦も同じです。自分が好む人として懐に抱きかかえてあげ、配慮してあげなければなりません。
夫婦が一つになって、神様の代わりの立場で再創造の心情圏を体恤させるものが、息子、娘の出産です。父母は、生まれた息子、娘を見つめながら、互いに抱くのです。これは宇宙的なものです。宇宙的な愛の相対だというのです。祝福を受けた夫婦が子女を生めば、その子女を通して神様と同じ心情を体恤します。赤ん坊を抱き、お乳を飲ませたりするのは、すべてそのためにすることです。
ですから、皆さんは神様の真の愛の相対だというのです。「私たち夫婦と同じように、あなたたちも真の父母の道に従っていこうとするなら、これこれこのような道を行きなさい」と言うのです。そのように子女が育ち、結婚をすれば、すべてが完成するのです。
15 統一教会に入ってくれば、記録カードにすべて記入するようになります。祝福家庭としてどのように生き、お父様が語ったみ言を何パーセント実行し、何時間活動したのか、その時間まで記録するのです。そうすれば、何をどれくらいしたかがそのカードにすべて表れます。このように、夫婦が今までどのような恵沢を受け、統一圏内で生きたかという判定基準が出てくるのです。そのまま通り過ぎることはありません。適当にやっては通じません。この地上でもそうですが、霊界に行っても同じです。
統一教会で祝福を受けた家庭であれば、霊界にすべて名簿があるので、名前だけ言えば、誰が何をしたのか分かるというのです。それが霊界と地上において違えば、大変です。そは通じません。ですから、この地における生活が重要です。一日一日、負債を負った生活をするのではなく、負債を負わせる生活をしなさいというのです。負債を負ってはいけません。
16 結婚後、一歩踏み間違えれば、永遠の道からずれてしまいます。世の中で結婚するのと同じように考えれば、回復できない恨の条件が残ります。今、夜を明かしながら涙で父母様を呼び、昔のその口がどれほど慕わしく、その時間がどれほど幸福だったかを考えながら、取り返しのつかない(状況の)まっただ中に捕らわれている祝福家庭がいるでしょう。その道を再び継承できるとすれば、「どんなことでもする」と言うでしょう。女性として、世の中で踏みにじられる運命を経たとしても、「その道を回復できるなら行く」と言う人がいて、男性として、世の中から見て苦しい道を経ていくとしても、「その道を回復できるならば、どんなことでもする」と言う人がいるのです。
しかし、既に外れてしまったのです。世の中の何よりも、祝福を受けた家庭をどうするかが、父母様にとって一番の問題です。彼らを再び赦すことができる道を模索したいというのが父母様の心ですが、父母様もどうしようもありません。それをしようとすれば、復帰原理を作り直さなければならないのです。また、このようなことをしておいて、恨になり得る条件を残したいと思いません。
17 祝福を受けた家庭は、どこに行くべきでしょうか。自分の家庭に行く人は、流れていきます。お父様も、結婚した目的は、家庭を救うためではありません。国のために生き、天宙復帰の使命を果たすために行くのです。目を開ければそのことのために誓い、涙を流すなら、そのことのために涙を流しながら行かなければなりません。これは、今後の歴史に、父母として残してあげるべきプレゼントです。このように行くのが、家庭を中心とした生活哲学です。このような伝統がなければなりません。
祝福を受けた家庭が、もしそのような道を行けない立場にいるならば、「千秋の恨を抱き、天を見るのも恥ずかしく、地を見るのも恥ずかしく、師を見るのも恥ずかしい」と言いながら、身の置き場を知らず、千年、万年、流れるとめどもない涙をもって贖罪の哀訴をし、神様の同情を願う立場に立つなら分かりませんが、そうでなければ、神様のみ前に行くことはできないのです。
18 皆さん、祝福を受けた家庭は、天地を中心として、聖子の道を行かなければなりません。世の中では聖人の道理を主張しますが、私たちはそれ以上の位置に立たなければなりません。ですから、聖子の道理を受け継ぐためのものが祝福です。私たちが、横的な面において孝子になり、忠臣になり、聖人になって、聖子が連結されるのです。それが、アダムが行く創造の理想です。「私が、孝子になり、忠臣になり、聖人になり、聖子の道理を果たします」と言わなければなりません。
今まで、天のみ前に孝子が存在せず、忠臣が存在せず、聖人が存在せず、聖子が存在しなかったので、その代表的な道を行こうという思想だけが、国を創建できる理想的基調になるのです。天のみ前に孝子であるがゆえに、天のみ前に国をもつことができ、天のみ前に忠臣であるがゆえに、天のみ前に世界をもつことができ、天のみ前に聖人であるがゆえに、天のみ前に天地をもつことができます。皆さんの家庭は、天地を売り払って買った以上の価値があるというのです。

Thursday Mar 30, 2023
真の父母経 第90話
Thursday Mar 30, 2023
Thursday Mar 30, 2023
純潔運動と真の家庭運動
純潔運動は、人間の先祖の堕落によって形成された性稟を清算し、真の愛の秩序を青少年期から指導していこうという運動である。真の父母様は、人類最大の懸案である青少年問題と家庭破綻問題は、純潔運動を通してのみ解決され得ると考えられ、中高生を対象に純潔運動を大々的に展開された。特に、アダムとエバが堕落する以前の、思春期の年齢層である中高生を中心に純潔教育を実施し、祝福をすることにより、サタンの血統を根絶し、神様の保護圏内で成長するようにしなければならないと語られた。
10 私たちが掲げているのが、純潔と絶対「性」です。純潔運動と真の家庭運動だというのです。その純潔運動と真の家庭運動は、真の愛が中心にならなければなりません。真の愛を中心とした純潔と真の家庭であって、真の愛がなければ、純潔もなく、真の家庭もありません。「純潔」と言えば、すぐに「真の愛」を考えるのです。
それから、真の家庭は、節操がなければなりません。春香(チュニャン)と李道令(イドリョン)のように、鉄石のごとき節操によって、絆を尊重しなければならないというのです。そのようにすることにより、真の家庭が実現できるのです。
11 大学に、純潔運動と真の家庭運動を定着させなければなりません。青少年問題をどのように防ぎ、真の家庭をどこで定着させるのでしょうか。中高等学校と大学を連結させるのです。そうすれば、すべて終わります。
現在、青少年たちが退廃的な思想に染まっています。小学校の十二歳から始まって、二十四歳まで、病に蝕まれています。それをどのように治すのでしょうか。
村や国の中枢的な人物たちが垣根となり、押してあげなければなりません。そうしてこそ、法的な措置を取れるのです。今、家庭を疲弊させている同性愛とフリーセックスから、法で制裁を加えなければなりません。そして、家庭が模範にならなければなりません。
キリスト教の伝統的思想を中心として、家庭が正しく立たなければならないのですが、そのようになっていません。そのようなものを、すべてつくり変えなければなりません。家庭もつくり変え、青少年もつくり変えなければなりません。つくり変えられる基準は、家庭ではありません。学校から行うのです。
小学校から中高等学校、大学を中心として、国のすべての重鎮たちが一つになり、家庭的伝統を立てるのです。家庭教育を徹底的に行い、家庭絶対主義を主張していかなければなりません。
12 二十一世紀は、真の家庭理想主義が伝統になります。父母様がすることは、それしかありません。真の家庭、真の父母、真の血統です。サタンの血統の根が村にまで入ってきます。ですから、純潔運動デモをしなければなりません。デモをしなければ、氏族メシヤ(の立場)をキリスト教徒たちに奪われてしまうというのです。今や純潔運動は、家庭を中心として行っていかなければなりません。国家が主導するのではありません。ですから、早くデモをしなさいというのです。純潔運動をしなければ、奪われてしまいます。先取権を握らなければならないのです。誰が先に特許を取るかということです。三人ずつ、デモを続けなさいというのです。真の父母、真の血統、真の家庭、真の愛です。
13 純潔を守ることにより、エイズを防止できます。これは絶対的です。これが、統一教会が最後に整理すべき課題です。青少年の解放とともに、新しい祝福の血統を連結するとき、地上天国が連結されるというのです。人間の先祖が青少年の時に蒔いたものが、今、実を結ぶ時になったので、これを清算しようとすれば、青少年を中心として、新しい伝統を立てなければなりません。そのようにしてこそ、地上・天上天国を連結させられます。ですから、私たちが中高等学校で純潔教育をしたのです。真の家庭教育、青少年の純潔運動を私たちがしました。国がすべきことを私たちがしたというのです。
14 父母様が、世界的に真の家庭運動を始めました。韓国で真の愛運動、純潔運動本部をつくり、千万近い中高生たちに思想武装をさせました。それをしながら、どれほど反対を受けたか分かりません。反対を受けても、主人が故郷と祖国を守らなければならないという思いで、このようなことをしたのです。今やすべてのことが、世界版図圏内に現れる、主体的な観をもてる時代になりました。
15 若い青年たちを、堕落しないように教育しなければなりません。ですから、純潔運動をするのです。純潔運動をしながら、模範的な青年男女たちは、村や地域の代表者として表彰しなければなりません。そのような学生たちは、学校で優待しなければなりません。純潔を守っていく学生たちは、教師や校長が進み出て、応援してあげなければならないのです。今後、父母様が結婚させてあげる人は、純潔な人です。世界各国から推薦を受けて、結婚させてあげるのです。
16 青少年たちが、異性に対して目が開ける前に、人間の先祖が堕落する時の誤った意識構造を克服できるようにしなければなりません。これを、自分の家庭と村、国からしなければなりません。ですから、国家的次元において、純潔運動を展開せざるを得ないというのです。皆さんに純潔運動をしなさいと指示しましたが、大学や中高等学校を問わず、私たちしかこれをする人がいません。それを自他が公認しています。純潔教育ができる資格をもった人は、私たちしかいないのです。ですから、世界史的な召命的責任が、私たちにあるというのです。
17 今、国家祝福時代を過ぎ、世界祝福時代に入ります。ですから、純潔キャンディーを食べさせるのです。腹中に赤ん坊がいるとき、母親が純潔キャンディーを食べるのが重生式です。赤ん坊が生まれて食べるのは復活式です。結婚する時に食べるのは永生式ですが、この時は、聖酒を飲まなければなりません。それは、誰もが飲まなければなりません。そのように便利にしたのです。今や、どのようなことをしても、サタンは反対しません。条件に引っ掛からないというのです。道を塞いで、行き来する人に聖酒を与えるとき、そこに順応すれば、天下は私たちの側に回ってくるのです。
18 成約時代の安息圏は、祝福の場です。成約時代は、世界的に約束が成し遂げられる時です。世界人類の家庭が祝福を受けられる恵沢圏内に入ってくるのです。これが、真の父母によって成し遂げられるというのです。ですから、サタンの血統がなくなります。
条件的にそれをするために、中高等学校で純潔キャンディーを食べさせるのです。本来は、腹中からサタンの血統を清算しなければなりません。重生です。既に生まれた人は、腹中ではできないので、復活酒を飲ませます。
幼稚園から小学校、中・高等学校の生徒たちには、復活酒の代わりに純潔キャンディーを食べさせるのです。そこでサインを一つずつ、ステッカーの形で貼りつけてあげます。真の父母によって、そして、真の父母と共に純潔を守るという印をあげるのです。これを真の父母がくれたので、純潔な息子・娘になるために、純潔を守るというのです。純潔な愛によって、純潔な結婚をしなければなりません。それは、父母たちが願うことであり、学校教育の理念です。そのように生きるのが、理想的な人生です。
19 すべての青少年たちは、神様が再創造したアダムとエバと同じなので、ペアを組んであげるのです。彼らは絶対に純潔を守らなければなりません。ペアを組んだ二人が、互いに保護し合わなければならないというのです。アダムとエバは、時を待ち、神様から愛の祝福を受ける時まで純潔を守らなければなりません。父母様から祝福を受ける時まで、純潔を守るために共同で助け合わなければなりません。そうして父母に許しをもらい、承認を受けなければなりません。
神様は父母の中の父母であり、師の中の師であり、主人の中の主人です。それゆえ、学校に行くようになれば、学校を代表した校長先生、それから、父母の代表が、子供たちを中心として祝福を受けさせるのです。子供たちは、結婚を思いどおりにできません。それが統一教会の法です。
20 サタンの血統を根絶するために、父母様がすべての準備をしておきました。堕落は、周辺に保護できるものがなかったので起きたのです。中高等学校で、純潔教育をすべて終えました。今、学生たちの純潔が破壊されています。インターネットを見れば、話になりません。これをどのように救うのでしょうか。
すべての家庭の父母が、神様の代わりの立場で、息子、娘を保護しなければなりません。結婚していない息子、娘は、堕落していないアダムとエバの立場と同じなので、絶対に見本となれる関係を結ばなければなりません。アダムとエバは赤ん坊の時から結婚を見つめて進んでいきます。幼児時代、兄弟時代、約婚時代は、すべて結婚することが目的です。ですから、世の中では、息子、娘に「自分の相手を見つけなさい」と言うのですが、これからは真の父母が命令して、「相手を見つけなさい」と言うのです。エデンに帰ってきたというのです。
全世界がエデンの園に入ったので、復帰された家庭になりました。その復帰された家庭では、神様のみ前に、堕落していない本然の位置で、息子、娘に相対を結んであげなければならないというのです。アダムとエバは、成長しながら、自分の相対に出会うための準備をしました。
そうなるように約束をして立てたのに、待つべき成長期間の長成期完成級で堕落したのです。神様は、そこに法的措置を取ることができず、サタン世界内に落ちて堕落する危険性があるので、「取って食べてはならない」と警告していたのです。
21 幼稚園に通う子供たちは、堕落していない神様の息子、娘のような立場なので、幼稚園からしっかり教育しなければなりません。幼稚園から小学校、中高等学校の十六歳までに、いかなることがあっても父母の懐を離れないように、しっかり育てなければなりません。
十八歳さえ越えれば、結婚ができる年齢になります。これからは、できるだけ、中高等学校を卒業し、大学課程にいる人々を祝福してあげます。それが一番良いのです。父母の懐で育てた息子、娘たちを、世の中と接触させず、純潔な子女たちとして結んであげなければなりません。

Wednesday Mar 29, 2023
真の父母経 第91話
Wednesday Mar 29, 2023
Wednesday Mar 29, 2023
第二節 祝福家庭の伝統と生活
祝福家庭の伝統と責任
真の父母様は、「祝福家庭は、真の父母様の伝統を受け継ぎ、父母と夫婦、子女が一つになることはもちろん、自分の家庭よりも氏族と民族、国家、世界を先に考え、ために生きなければならない」と語られた。特に、祝福家庭の定着時代は、母と子女の責任時代であるため、兄弟であるカイン・アベルの一体化、母と子女の一体化、そして、真の父母様の家庭との一体化を成し遂げなければならないことを強調された。
1 統一教会で祝福を受けたというのは、血統を転換したということです。マークを一つ付けたのですが、だからといって、それですべて合格ではありません。条件的なマークです。条件的な血統、条件的な生命、条件的な愛だというのです。この条件的な血統が絶えず生き生きとして広がっていけば、サタンはもっていけません。この生命が育てば、サタンがもっていけないというのです。真の愛が連結されているので、サタンと関係がないのです。その愛と生命と血統が育っていけば、サタンはもっていけません。
しかし、この条件的なものが死んでしまったときには、誰もがもっていきます。ですから、祝福を受けたことに対して、すべてを与えられても取り替えることはできないというほど貴く思い、育んでいかなければなりません。祝福がどれほど貴いかを知らなければならないのです。
2 父母、夫婦、そして、子女が一つになる所が家庭です。その三つがなければ、家庭は成立しません。そのような家庭から、氏族、民族、国家、世界、天宙、地上天国に発展するのです。絶対父母、絶対夫婦、絶対兄弟が一つになるセンターに神様が臨在します。それが家庭の基地です。軍隊の基地と同じです。そこから氏族、民族、国家、世界、天宙、そして、地上天国と天上天国に連結されるというのです。神様の理想が成し遂げられる所が家庭基地です。
真の父母がいなければ、真の家庭はあり得ません。真の父母がいなければ、真の子女も存在し得ないからです。理想的な夫婦であれば、息子、娘をもたなければなりません。それでこそ、理想家庭を成し遂げられます。理想家庭は、三代が連結されたそのような基盤の上でつくられるのです。そうでなければ、理想家庭は成し遂げられません。
3 神様の息子、娘が祝福を受けて完成することにより、神様の愛も完成されます。それにより、神様は、父母としての愛が完成した基盤の上で、永存できるようになるのです。そのように、愛は自分から見いだせるものではありません。男性の前に絶対真理体は女性です。絶対真理の本体であられる神様の愛は、男性の前に女性がいなければ、永遠に探し出せません。その愛を完成させることはできないのです。
皆さんも、結婚しなかったならば、愛を知ることはできないでしょう。そうすれば、父母のありがたみも分からず、息子、娘のありがたみも分からず、夫のありがたみも分からないのです。愛を中心として一体圏に連結させてくれる人が夫であり、夫を愛の一体圏に連結させてくれる人が妻だというのです。
4 祝福を受けた夫婦は、祝福を受けたその日から果たすべき責任があります。その責任とは、夫婦が一つになり、家庭を形成して生きるだけではなく、二人が一つになって、民族、あるいは国家を形成しなければならないということです。祝福を受けた人が十人であれば、十人の家庭が一つになって新しい世界観のもと、一つの氏族を編成しなければなりません。新しい国家を形成しようとすれば、まず、新しい氏族を編成しなければならないのです。その氏族は、分裂した氏族ではなく、一つに統一された氏族でなければなりません。
ですから、祝福を受けた十人の目的は、互いに同じでなければならないのです。これらの家庭は、サタン世界において探して立てた少数の家庭なので、いつでもサタン世界の攻勢を受ける立場にあります。そのため、いつでも一つになって団結し、その環境を圧倒して入り込んでくる外部の力を凌駕できるように結束しなければならないのです。その力を凌駕しようとするなら、自体内で完全な統一が成し遂げられなければなりません。
そのように一つになった姿になれば、いくら外的にサタンの侵犯を受けても、十分に打ち勝つことができます。このように結集した実体を備えた所から、サタン世界の侵犯を受けない新しい氏族が形成されるのです。そのような団結した氏族を通して民族が形成され、その団結した民族を通して新しい国家が形成されるのです。
5 皆さんが祝福を受けたのは、自分たち夫婦のためではありません。夫婦のために生きる前に、氏族のために生きてこそ、夫婦として安息できる立場が成立します。また、氏族は国家のために生きてこそ、氏族が安息できる立場が成立し、国家は世界のために生きてこそ、国家が安息できる立場が成立するのです。このような観点で、祝福は、皆さん個人のためのものではないというのです。皆さん各自が、祝福は全体を代表するものであるという信念をもっていかなければなりません。そのような立場から、互いが一つになって家庭を形成するようになるとき、初めてその家庭は、世界に向かえる家庭になるのです。
もし、そのような祝福家庭が一家庭しかないというときには、その一家庭がその責任を絶対的に負わなければなりません。そのような信念のもとで歩む家庭が多ければ多いほど、すなわち、そのように歩む過程で一家庭、一家庭が残るようになれば、復帰摂理は進展するのです。ですから、同じ道を行く家庭が多いとしても、互いに頼ってばかりいるのではなく、各自が自主性をもちなさいというのです。
そのような家庭が、国家のための家庭であり、世界のための家庭です。そのような自覚のもとで歩んでいく家庭であれば、その家庭で生まれた子孫たちも、国家のために生き、世界のために生きる人になるというのです。そのようになれば、その夫は歴史的な夫になり、その妻は歴史的な妻になるでしょう。また、その子孫は、神様の復帰摂理の途上において世界を復帰するために必要な氏族になるでしょう。そのような氏族的な絆を備えた夫婦になったとすれば、彼らは新しい時代において、(氏族の)先祖の位置に登極するでしょう。
6 祝福を受けた夫婦は、自分たちの思いどおりに生きることはできません。神様の公約のために、その国の公約のために生きなければなりません。自分の相対が優れているか劣っいるかが問題ではなく、行くべき目的性が問題です。すなわち、自分たちが生きながら、子孫が行くべき正常な道をどのように築いておくかが問題です。皆さんを見ると、夫と妻が互いに「自分を愛しなさい」と言うのですが、そのような立場は間違っているというのです。そのような愛は認められません。
「自分を愛しなさい」と言う前に、まず「国家を愛し、世界を愛しなさい」と言わなければなりません。そのようにしてから、「自分を愛しなさい」と言うべきです。これが、祝福を受けた家庭として行くべき道です。これは、夫も妻もすべて同じです。「私を愛する代わりに、国を愛し、世界を愛し、天を愛しなさい」と言わなければならないのです。
7 祝福家庭は、自分の家庭より氏族をもっと愛さなければならず、民族をもっと愛さなければならず、さらには国と世界をもっと愛さなければなりません。そして、自分の親戚と祝福を受けた同僚たちを愛さなければなりません。このようにして、互いが連結された一つの家庭があるとすれば、その家庭は、いくら多くの家庭があるとしても、際立つのです。男性と女性が一つになって結合したその家庭からは、国家を愛する形、世界を愛する形、天を愛する形が表れるというのです。
このように、夫婦は一致しなければなりません。「私だけを愛してほしい」と言い、「あなたは私のものだ」など、今まで世の中の夫婦が習慣的に語ってきた言葉を、祝福家庭は語ってはいけません。ですから、妻たる人は、時間さえあればそのような夫にならないよう、精誠を尽くさなければなりません。また、夫たる人も、時間さえあればそのような妻にならないよう、精誠を尽くさなければならないのです。互いにしっかり力を合わせて助け合い、導いてあげなければなりません。その道を行くに当たって、傷心しないように、互いに勇気を与え合い、導き合う責任を一緒に背負っているのが夫婦であり、家庭だというのです。
8 私たち統一家は、現在の立場にとどまっているのではなく、発展しなければなりません。国家の運勢をもち、世界の運勢をもって生まれる子孫を残さなければなりません。結婚は、新しい民族、新しい国家を形成するために、そのようにできる人材を模索しようとしてするものです。今まで世の中の人々は、自分のために結婚すると考えました。しかし、統一教会では、民族のために、世界のために結婚するのです。私たちの家庭は、歴史路程に存在した数多くの家庭を救える救世主の家庭です。
その立場は、世の中のすべての人々のために蕩減復帰して、霊界にいる霊人たちと後代の子孫たちのために、代わりに道しるべとなり、行くべき道を開いてあげる立場だというのです。そのような救世主の立場に立つために、「私」は生きているのだと考えなければなりません。
9 今や、子女家庭の定着時代にならなければなりません。子女家庭の定着時代は、第一に、母の責任時代です。母がメシヤの責任を果たさなければなりません。
第二に、子女の責任時代ですが、カインとアベルが一体になるべき時代です。カインとアベル、兄弟が一つになり、完全に一体とならなければなりません。カインとアベルを分別するため、歴史時代に多くの犠牲を払ってきましたが、再び子女たちが争うことがあってはいけません。どの町に行ってもカインとアベルがいますが、町全体のために犠牲になり譲歩する人がアベルになり、主人になります。このようなことを知っているため、争うことができないというのです。子女の責任時代は、カインとアベルが一つにならなければならない時代です。
第三に、母とカイン、アベルが一つにならなければなりません。母の責任時代、子女の責任時代が、家庭において定着する時代なので、母と子女が一つになって、夫と父を復帰しなければなりません。母と子女が一つにならなければ、父の復帰ができません。それが絶対的に一つになるためには、母が責任を果たさなければならず、カインとアベルが一つにならなければなりません。そして、それで終わるのではありません。
第四に、真の父母の家庭との一体時代に入ります。そうして、祝福全体化時代に至るのです。
祝福家庭の家庭生活
真の父母様は、「祝福家庭は、神様と真の父母様に代わって人類を愛さなければならない」と語られた。そして、祝福家庭が配偶者を神様の代身者と考えながら愛して、手本を見せなければならず、そのような生活習慣と心情が世界的に普遍化されるとき、天国が成し遂げられることを強調された。特に、真の父母様は、聖子の道理を受け継ぐことが祝福結婚の目標であるため、祝福家庭が孝子から聖子までの道を行くことを願われた。
10 神様が探し求める家庭の基準は、皆さん自身の家庭にだけ局限されたものではありません。神様が探して立てた家庭は、世界に行くことができます。国家を代表することができ、世界を代表することができ、天を代表することができる家庭をつくるために訪ねてきた歩みが、祝福の歩みなので、天の父母の家庭を通して祝福を受けなければなりません。
そして、祝福を受けたあとに、精誠を尽くす家庭として正常な道を行くとき、その息子、娘たちは、統一教会の大運をもって生まれるでしょう。その父と母がいくら愚かであったとしても、その子女たちは天の運勢をもって生まれるというのです。ですから、天の運勢をもって生まれる子孫をどのように残すのでしょうか。父母が精誠を尽くす基準によって、その内容が決定されるのです。すなわち国のため、世界と天のためにどれほど忠誠を尽くし、どれほどその心が切実で、至誠を尽くしたかによって、今後、生まれる子孫の運命が左右されるというのです。
自分の欲心をもって動いてみたところで、天はその人に同調しません。自分個人の欲望を充足させようとするときは、神様はその場に共にいらっしゃいません。世界と国家と民族のために生きる立場にいるとき、神様は必ず共にいらっしゃいます。ですから、より広く、高い愛を探して立てなければならないのが、祝福家庭の道です。

Tuesday Mar 28, 2023
真の父母経 第89話
Tuesday Mar 28, 2023
Tuesday Mar 28, 2023
第三章 真の家庭運動と祝福家庭の伝統
第一節 青少年の純潔と真の家庭運動
真の家庭運動の必要性
真の家庭運動は、人間の先祖の堕落によってつくられたこの世界を、神様を中心とした創造本然の世界に復帰するに当たって、最も根幹となる摂理的活動である。特に、神様を中心とした理想家庭を通し、地上・天上天国を実現しようと、人種と国家、宗教などを超越し、世界的規模の祝福結婚式を展開している。真の父母様は、青少年の純潔運動とともに、祝福結婚式を通した真の家庭運動を、大々的に展開された。
1 悪の実を植えた人類の先祖によって、悪の結実となったものが青少年の淪落と家庭破錠です。アダムとエバが堕落することにより、家庭が破綻しました。その結実が世界的に成し遂げられるので、それこそ、今は大患難時代です。国や世界がすべて患難なのですが、一番の根となる家庭が、患難を迎えたというのです。どこに行くべきかを知りません。おじいさんがおじいさんの役割を果たせず、父母が父母の役割を果たせず、夫婦が夫婦の役割を果たせず、子女が子女の役割を果たせない時代になりました。そこに個人主義思想が位置を占め、神様もなく、世界もなく、国もなく、社会もあり得なかったのです。
2 世の中で、価値観の没落について語っていますが、その価値観は、金銭的な価値観でもなく、知識的な価値観でもなく、政治的な価値観でもありません。価値観の一番の中心になるものは、真の愛の価値観です。
真の父母が、真の愛の価値観を受け入れて立てなければならず、真の夫婦がその価値観を受け入れて立てなければならず、真の子女がその価値観を受け入れて立てなければなりません。その内容は変わりません。父母が成し遂げるべき価値観、夫婦が成し遂げるべき価値観、兄弟が成し遂げるべき価値観は絶対的であり、一つです。
この絶対的価値観を中心として、統一が成し遂げられるのです。父母、夫婦、兄弟を除いて、自己中心の個人主義だけをもってしては、統一天下、一つの世界を成し遂げることはできません。
3 今、「世界化時代が来た」と言っていますが、何を中心としてそのように言うのでしょうか。経済や学問、体育などを中心としてそのように言っていますが、(理想)家庭の世界化であることを知らずにいます。
世界の問題は、経済問題でもなく、政治問題でもなく、家庭問題だというのです。特に、先進国家では家庭がすべて壊れていきました。フリーセックスが家庭をすべて壊してしまったのです。ですから、(理想)家庭の世界化運動を知らなければなりません。真の父母が教えてきた理想家庭とは何かを、知らなければならないというのです。
4 真の愛を中心として見れば、この世界は真空状態にあります。空気がありません。そこに空気が一気に入れば、爆発するのです。今、そのような爆風を起こしているのが祝福運動です。真空になった世界に、そのような爆風が来て、きれいに清算するのです。その主人が真の父母です。
真の父母の血統を中心とした子女、氏族、国家が生じることにより、悪の世界を救うのです。どのような妨害があっても、真の愛の力があるため、問題ありません。真の愛の力は、高圧電気のようなものなので、そこに触れさえすれば、一瞬にして燃えてしまうのです。
5 人類の繁栄と平和統一世界は、万人の願いであると同時に、神様の願いです。個人であれ、国家であれ、世界であれ、主体と対象が神様を中心としてために生きる真の愛を実践する中で、理想的な平和が成し遂げられるのです。しかし、愛は一人では現れません。相対的関係の中において現れるのです。父母の愛は、子女をもってから、その人を通して結実し、子女の愛は、父母がいるがゆえに、その人を通して結実します。神様の創造も、一人では触発されない真の愛の理想を、実体化するためのものです。ですから、真の愛を中心とした父子関係が成立したのです。
神様は、父母の中の真の父母であり、師の中の真の師であり、王の中の真の王です。神様は、いつでも真の愛を施す永遠の真の父母であり、真の師であり、真の主人です。人間は神様の子女として、まず神様のような真の父母、真の師、真の主人の道を行かなければなりません。これらすべては、互いにために生きる真の愛によって助け合い、相対の位置を定着させることにより、愛の理想を完成するようになります。天理の大道は、このように利他的にために生きる真の愛から、本当の自己成就を成し遂げられるようにするのです。
真の愛を中心として、上下の父母関係、左右の夫婦関係、前後の兄弟関係が調和する中で、理想的な家庭ができます。家庭が拡大し、国家、世界、天宙が完成するのも、同じ原理と公式です。教育、言論、芸術、救護の活動など、父母様がつくり上げた世界的な基盤なども、すべて同じ公式に従い、ために生きる真の愛を投入することによって、理想世界を成就しようというものです。真の父母、真の師、真の主人の人格を目標とした、ために生きる真の愛を教える教育は、まず初めに、家庭で行われるのが理想的です。
6 冷戦が終息した今、私たちは、社会の道徳と家庭の愛を脅かす多くの問題に直面しています。性道徳の退廃と麻薬の濫用が、既に若者たちを脅かしています。世界のすべての国々が、このような問題を抱えています。
単にこのような問題をなくそうとすることだけでも、「実に驚くべきことだ」と言われるほどですが、私たちの前にあるこのような問題は、そのような意図以上の何かを求めています。
世界は、このような問題の本質を把握し、「神主義」に立脚してこの問題を解決する若い指導者たちを必要としているのです。私たちは、このような問題が、精神の問題を無視したところに起因していることを悟らなければなりません。
7 本来、神様は、アダムとエバが理想的な父母として完成することを願われました。神様の愛らしい子女として、そして、彼ら自身が愛する子女の父母として、神様の理想的な家庭を築かなければなりませんでした。そのような家庭は、愛と平和の理想世界のための出発点になったでしょう。しかし、不幸にも、そのような家庭を築けなかったことにより、理想的な国家と世界を具現する夢も消えてしまったのです。
そうであるとすれば、どのように理想的な家庭を回復できるでしょうか。
世界平和は、単に精神的な構造の問題だけではありません。それは、一個人から始まり、家庭の愛によって育ち、地球家族において結実する生き方です。神様を中心とした強い真の家庭の確立を通して、若者たちを物質中心と暴力、そして性的堕落から回復させられるのです。
8 真の家庭運動が席巻すれば、終わりです。真の家庭運動しかありません。それは、真の父母だけが手を付けられる特権です。神様とサタンが人類を中心として闘っているのですが、これを解決できる人は真の父母しかいません。神様もできず、サタンもできません。
真の父母は、神様を拘束している鉄鎖(てっさ)を断ち切り、サタンを除去しなければなりません。神様を解放しなければなりません。サタンが服従しなければならないというのです。今、世界は、政治、経済、文化など、あらゆる面で家庭問題と青少年問題を解決できずにいます。それは、真の父母だけができるのです。青少年問題、家庭問題、神様とサタンの闘争問題を偽りの父母が生み出したので、これを解決し、世界平和と地上天国を実現できる人は、真の父母以外にはいないというのです。
9 世界的に、一番解決するのが難しいのが青少年の問題と家庭破綻の問題ですが、これには誰も手を付けられません。各国の教育省や国防省も手を付けられず、政治や経済の力をもってしても手を付けられないというのです。一国だけでなく、全世界が同じ状況です。霊界も同じです。神様も同じです。これは、真の父母の特権です。
アダムとエバが十代のときに堕落して、カインがアベルを殺すという事件が起きました。最初の家庭で、あり得ないことが起こったというのです。これを是正しなければなりません。家庭を完全にひっくり返して、絶対愛、絶対に純粋な血統を植えなければなりません。青少年が堕落して、家庭が破綻したので、「終わりの日」になれば、植えたとおりに全世界が完全にめちゃくちゃになるのです。フリーセックス、同性愛、エイズのようなものが勢力を振るうことにより、すべて滅びるようになっています。
この世界の家庭問題、青少年問題を解決できる処方薬と、治せる方法を知っている専門家、医者が、真の父母だというのです。世界がすべて、そのように思っています。