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Friday Oct 21, 2022
平和経 第377話
Friday Oct 21, 2022
Friday Oct 21, 2022
そのような現実を心配された神様の声を聞いた私は、いち早く一九七一年に祖国と家族をあとにしたままアメリカに渡ってきました。そして私は、数度にわたって全国を巡回しながら「火事の家に消防士として来たのであり、病気にかかったアメリカを治療する医師として来た」と叫びました。
既にそのとき、私は、神様がアメリカから離れつつあるのを発見しました。アメリカのあらゆる所に神様がいらっしゃらなければならないのに、反対に随所から神様が離れ始められたのです。人々の心から、家庭から、学校から、教会から、神様が離れつつあったのです。
振り返ってみるとニューヨーク、マンハッタンの五番街を歩きながら、アメリカを離れられる神様にすがって、とめどなく涙を流したのがきのうのことのようです。不幸にもアメリカは、私の予言したとおり、道徳的に衰亡の道を歩んでいます。
皆様。どうしてレバレンド•ムーンがアメリカで反対され、苦労し、このように叫んでいるのでしょうか。私は、神様がアメリカを訪ねてこられるまで流された血と汗と涙の御苦労を誰よりもよく知っているので、この三十年間、アメリカにいながら、一日として気を楽にして過ごしたことはありません。
神の国建設のために選ばれた国として資任を果たすべき
アメリカの主人は誰でしょうか。白人でも、黒人でもありません。神様がアメリカを愛されるように、アメリカを愛する人が本当のアメリカの主人です。アメリカは、地上に「神の国」を立てるために選ばれた長男のような立場の長子権代表国なので、今もイエス様は主に、霊的にアメリカの地におられながら、神様のみ旨を成就してくれることを切実に願っていらっしゃいます。
一方、私は、神様のみ旨に従って、一九八二年に「ワシントン•タイムズ」を創刊し、アメリカの行くべき正しい方向を提示する保守紙としてアメリカの世論をリードしてきました。そして、真の家庭の価値運動と青少年たちのための純潔運動を通じて強力な救国救世運動を展開してきました。それらすべては、アメリカが神様の摂理の前に正しく立つことができるようにと願う心から投入したのです。
私が一九六五年にワシントンDCを訪問した時に定めた、ホワイトハウス近くの聖地には、今も夜を徹してアメリカのために祈祷する人々が大勢います。皆様は、心の扉を開いて、あの清教徒をはじめとした歴代の愛国の烈士たちの切なる願いの声を聞くことができなければなりません。
内外の貴賓の皆様。今始まったばかりの新千年紀は、六千年間追求してこられた神様の救援摂理歴史が終わり、エデンの園で失った創造理想が天宙的に実現する時です。人間の堕落によって主人を失ってしまった万物の嘆きも解放される時であり、長い間分かれていた父母と子女が再会する、これ以上涙のない新しい天と新しい地がつくられる時であり、地上と霊界が一つに通じ、地上と天上に「神の国」が建設される時代なのです。
生きておられる神様の直接主管が全般、全能の勢力として現れる時代です。ひいては、東洋と西洋の全体が天地父母を中心として「唯一なる神様のもとの一つの宇宙」として、地球星大家族主義世界が実現する時です。それは、聖書に預言された旧約の約束と新約の約束が成就する成約時代の完成を意味します。
旧約の約束と新約の約束が成就する成約時代
今や時が来ました。アメリカがもう一度、覚醒すべき時が来たのです。第二の建国運動を挙国的に展開し、神様を中心とした真の父母、真の家庭、真の国家、真の世界を探し出す時なのです。そのようにして、離れつつある神様を再びお連れしてこなければなりません。
六千年間準備して訪ねてこられた神様が、アメリカを離れられたら、どこに行かれるでしょうか。神様に正しく侍りさえすれば、家庭問題、倫理問題、青少年問題、人種問題は、自ずと解決します。五色人種が一つになって生きていくアメリカは、地上天国のモデルなのです。この時に私たちは、一致団結して人類の行くべき道を開かなければなりません。長子の国であるアメリカが先頭に立って、天の父母様に侍り、世界各国を神様のみ前に導く先導的な使命を完成しなければならない時です。その歴史的な課題、課業を完遂するために、みな共に参加してくださるようお願いします。
改めてこの場にお越しくださった皆様に深甚なる感謝を捧げ、天と地に平和と自由と正義があふれる新しい千年王国が始まることを願いながら、私のお話を終えようと思います。皆様の御家庭と国に神様の祝福が共にあることを願います。ありがとうこさいました。

Friday Oct 21, 2022
平和経 第376話
Friday Oct 21, 2022
Friday Oct 21, 2022
宗教指導者の使命と責任
天のみ旨を悟った私は、理論だけではなく、以上のような神様の構想を実現するために、外的に五大洋六大州で私の手が及ばない所はありません。アラスカ、南極、南米の三十三ヵ国、旧ソ連の各国とアジア、アフリカ大陸の国々など、全方位的な宣教と事業基盤を通して、到来した新千年紀の時代に、人類が直面する公害や食糧問題などを解決できるよう準備してきました。近年には、ブラジルのパンタナールとアマゾン川を中心として、地球環境保全に対する実質的な基盤を整えてきました。一方、内的には、これまで「国際合同結婚式」と「真の家庭の価値誓約運動」を起こし、ここに約四億三千万組が参加し、神様が長い間、待ち望んでこられた理想家庭を土台とした地上天国の建設に拍車を掛けてきたのです。
内外の貴賓の皆様。これまで世界は、政治、経済、軍事などの分野で優越した力をもった国々が支配してきました。しかし、神様の摂理と一線上に立つことができないとき、永遠の国はありません。輝かしいギリシャ•ローマ文明の滅亡が、その良い例です。今日、超強大国としてそびえ立ったアメリカは、過去のローマと同じ立場です。ローマの滅亡は、外からの侵犯というよりは、道徳的な堕落という内的な原因によって、天の運勢が離れたからでした。
一時期は労働者と農民たちを主体とみなす唯物論と唯物史観に立脚した政治勢力が、旧ソ連と中国を中心として世界の人口の三分の一、地球面積の三分の二を占有したこともありました。しかし、それも永遠には続きませんでした。今後は、神様のみ旨を代弁する宗教人たちが勢力を得る時が来るでしょう。ですから、全人類が希望をもつことができなければなりません。
宗教指導者は、神様のみ旨を地上に宣布し、人類に進むべき方向を提示してあげるべき預言者の中の預言者です。しかし、今のように四分五裂となって継続されてきた教派間の葛藤と宗派間の争いは、神様の摂理に対して障害となるばかりです。
真の父母は人類歴史の希望であり、望みであり、勝利の結実体
ですから、私はかなり前から教会の全体予算のかなりの部分を超教派、超宗派運動に投入し、宗教間の葛藤を解決するために努力してきたのであり、「世界平和宗教連合」を創設し、宗教団体間の和解と一致によって、人類平和を増進する運動の先頭に立ってきました。
最近では、「世界平和超宗教超国家連合」を創設し、これまでワシントンDCで七回にわたって「国際訓読セミナー」を開いてきました。全人類は、人種と宗派を超越して、創造理想世界の実現に向けた神様の摂理を理解し、究極的には神様の心情と一致点をもたなければなりません。堕落によって失ってしまった神様との心情的な関係を回復して、本然の父母と子女の位置を取り戻さなければならないのです。
したがって、神様が約束された「終わりの日」は、真の父母が顕現する日です。言い換えると堕落によって父母を失った人類が、本然の父母を再び迎えることのできる希望の時です。したがって真の父母は、人類歴史の希望の結実体であり、望みの結実体であり、勝利の結実体なのです。
統一教会は、このような伝統を、国際合同結婚式を通じて世界化してきました。民族と人種、皮膚の色を跳び越え、黒人と白人、黄色人種の人々が兄弟姉妹として一つになり、夫婦となることは、地球村を一つにしようとする神様のみ旨の成就において、最も重要なことの一つです。
今日、そのように人類は、本然の兄弟姉妹、夫婦、親子の関係を回復し、究極的に、我が子を失って嘆いてこられた神様を解放してさしあげてこそ、真の幸福の道が開かれるのです。今まで民主主義は「人間の自由」と「人間の解放」を主張してきました。それに対して私たちは、「神様の自由」と「神様の解放」を主張しなければなりません。この問題を解決すれば、人間の解放はもちろん、人間の自由回復は自然と成就されるのです。
アメリカは徹底した信仰をもつ清教徒が建設した国
内外の貴賓の皆様。特別にきょう、アメリカの主要都市で、神様の摂理を語っているのは、大変深い意味があります。アメリカは様々な面において、神様の祝福によって準備された国です。
アメリカを建国した先祖たちは、命を懸けて信仰の自由を求めて国を探してきた清教徒たち(ピルグリム•ファーザーズ)でした。彼らは真の信仰の自由を求め、愛する親兄弟と故郷に別れを告げ、さらには国まで捨てる覚悟で命を懸けて大西洋を渡ってきました。メイフラワー号がニューイングランドのプリマスに到着したのは、一六二〇年十一月の晩秋のことでした。出発した百二人のうち、その年の冬を越えられずに寒さと飢えにより半分以上の人々が死にました。彼らが立派だったのは、子孫のために翌年に蒔く種を残して飢え死にしていったという事実です。
清教徒たちは、何をするにも神様のみ旨のために生きているという信仰が徹底していました。彼らは一年目の収穫を手に神様に感謝を捧げ、先に教会と学校を建ててから自分たちの住む家を建てました。清教徒たちが開拓していく路程で農業を営むときも、戦争するときも、いつも先立たせたのが祈祷でした。
独立戦争当時、かの有名な最後の激戦地であるフォージ渓谷で、ジョージ•ワシントン将軍は、戦闘の決戦に臨んだその瞬間に、命を懸けた祈祷を捧げたでしょう。神様のみ旨を先立たせた戦闘において、神様はアメリカの手を挙げてくださいました。当時、世界的な強大国だったイギリスは、国王と国民が一つになって戦いましたが、アメリカは神様と神様の愛する息子、娘が共に戦ったのです。ですから、アメリカという自由信仰のプロテスタント国家が成立したのではないでしょうか。今もアメリカは、国会が開院するときに祈祷で始めます。大統領が就任の宣誓をするときも、聖書に手を置いて神様のみ前に誓いを立て、聖職者が祈祷をする国がアメリカです。さらには貨幣にも「我々は神を信じる(In God We Trust)」という言葉が刻まれている唯一の国です。このようにして、アメリカはプロテスタントを信奉する世界的な形態を整えた国家となったのです。
ところが、今のアメリカはどうでしょうか。公立学校では、公式的に祈祷を禁じています。創造論よりも進化論を教育しています。さらには五〇パーセントに達する離婚率は、家庭の神聖さを余すところなく破壊しています。

Friday Oct 21, 2022
平和経 第375話
Friday Oct 21, 2022
Friday Oct 21, 2022
神様の救援摂理とメシヤ思想
内外の貴賓の皆様。今まで神様が投入し、犠牲となったものはすべて、誰のためのものでしょうか。それはアメリカのためでもなく、キリスト教自体のためでもありませんでした。結局は、堕落によって失った「私」一人を救うためだったということを知らなければなりません。堕落が一個人から始まったので、救いも一個人から始まらなければならないのです。
ですから、代表的な一人の人が現れて、「この時代の責任を果たします。神様に人間が負わせたすべての負債を清算し、堂々と善なるものをお返しできる私になります」と言って自覚しない限り、復帰の道はありません。漠然とした立場では絶対に蕩減復帰はできないのです。観念的であってはいけません。悲惨なことがあれば、神様に代わって、悲惨さを被っている当事者以上の心情をもつことなしに、神様の心情に到達することはできません。
皆様は、自分の子女が死んでいくというそのような深刻な心情で、世界の人類のために祈ってみたことがありますか。自分自身を犠牲にして、家庭を救い、氏族、民族、国家、世界を救うために、どれほど精誠を尽くしましたか。そのような点では、誰も自信をもって答えることができないのです。そのような絶対的な基準の代表者として来られる方が再臨主なのです。
人間始祖が堕落して以来、救いの摂理を展開してこられた神様は、二千年後にアブラハムを立てられ、その子孫の中から選民を立て、新しい家庭、氏族、民族を編成したのですが、それが正にイスラエル民族です。メシヤを迎えるための勝利的な基台の上に召命された選民がユダヤ民族だったので、将来メシヤを実体で迎えるための主流民族となったのです。その主流の骨髄を調べてみると本来、人間始祖アダムとエバが果たせなかった使命を再現するための基準と理念が必要だったのですが、それが正にメシヤ思想であり、キリスト教徒たちの立場からして見れば、新婦思想なのです。
主を新郎として迎えるために、新婦としての資格を準備することが、最も重要なキリスト教の使命なのです。そのような重大な使命があったにもかかわらず、ユダヤ民族は、イエス様を十字架にかけて殺害することによって流れてしまい、第二イスラエルであるキリスト教が、その使命を継承してきたのです。神様は、その一つの目的を中心として六千年間摂理してこられましたが、その摂理の終末が今のこの時代なのです。
メシヤ思想は世界救援、理想家庭、真の父母の回復
それでは、メシヤ思想の核心とは何でしょうか。それは世界を救い、統一させる思想であり、本然の理想家庭を築くことのできる教えであり、人間始祖が堕落によって失ってしまった真の父母の位置を取り戻すということです。聖書の教えを見ても、メシヤは、父の権勢をもって来られ、聖霊の実体である女性に出会い、真の父母の位置を回復される存在です。ヨハネの黙示録に預言されている「小羊の婚宴」も、新郎と新婦が真の夫婦の段階を経て、真の父母になることを意味するのです。
サタンを中心とした偽りの父母によって、神様が理想とされたアダムの家庭が失われました。神様が望まれた真の家庭、真の氏族、真の国家のすべてを失ってしまったのです。ですから、今日、地上にメシヤを遣わし、その失われたものを取り戻そうとするのが摂理観なのです。
そのような使命のために来られた方、その方がイエス様でした。イエス様は、イスラエルの不信によって民族と国を失ってしまいましたが、神様の希望だった世界と天国のために命を捧げました。十字架にかけられたイエス様の苦難の行路は、神様と共に歩まれた苦難の道でした。イエス様は茨の道にあっても、「彼らの罪をお赦しください!」と切に求めました。死んでいく場でも、未来の勝利を期して、ローマと反対する群れを祝福したのです。ですから、イエス様の生涯は三十三歳で終わったわけではなく、神様の援助の中で、歴史とともに続いてきたのであり、彼の精神を継承したキリスト教は、世界的な宗教にならざるを得ないのです。
人類文明の発達史とその結実地
内外の貴賓の皆様。アメリカは今、世界で最も強大な国と言われていますが、神様の摂理の線上に正しく立たなければ、いつまでも強大国であり続けることはできないでしょう。人類の文化史を見ると古代文明の発祥は、主に熱帯圏で始まりました。
マヤ文明、インカ文明、エジプト文明、インド文明、中国の黄河文明など、古代文明の発祥地は、亜熱帯圏や熱帯圏でした。文明論から見れば、人間が堕落しなかったなら、春の季節に当たる温帯文明から文明が始まるベきでしたが、熱帯文明から始まり、秋の季節に当たる涼帯文明圏に入りました。それが自由世界を中心とした温帯文明圏であり、西洋文明がその中心です。赤道を中心として見ると、その文明圏は大体北緯二十三度圏に連結しており、アメリカ、イギリス、ドイツなど西方の先進諸国がこれに該当します。秋の季節に当たる涼帯文明が終わり、冬の季節に当たる寒帯文明がしばらく押し寄せてくるようになります。それが共産主義の出現でした。知識人たちの多くは、ソ連の解体後、戦後の冷戦体制は終わったものと考えましたが、いまだに唯物論と無神論は、無力化した民主と共産の二大思想の代替理念として世界の随所に蔓延しています。
本来、神様の創造理想は、春の季節の温帯文明から始まるべきだったのですが、堕落によって熱帯文明の原始的な状態から出発したのです。これからは、涼帯文明の危機と寒帯文明の脅威を貫いて、古代から人類が追求してきた真の春の文明である温帯文明が現れるでしょう。
それでは、誰が寒帯文明の冬の季節を溶かすことができるのでしょうか。権力や経済、科学や知識では不可能です。河川と海岸を中心とした文明の循環を調べてみても、文明は循環しています。ナイル川、チグリス川、ユーフラテス川を中心に発達した文明は、ギリシャ、ローマ、スペイン、ポルトガルを中心とした地中海文明に移り、その地中海文明は、イギリスとアメリカを中心とする大西洋文明を経て、最後にはアメリカ、日本、韓国をつなぐ太平洋文明圏で結実するようになるのです。
そのような文化史的な観点から見ると、韓半島の位置は極めて重要です。韓国は、北方にロシアと中国をつなぐ寒帯文明圏の極地点があり、南方にはアメリカと日本をつなぐ涼帯文明圏の極地点があります。したがって、ここに二大文明を消化できる世界史的な春の季節の温帯文明圏が誕生するというのが摂理観です。
そのような側面から、その二大文明の結実地である韓国から、人類の課題として残されている南北問題と東西問題を解決するために、生涯を捧げてきたレバレンド•ムーンが現れたというのは、神様の摂理的な帰結と言わざるを得ないのです。実際に、私が生涯を通して人種と理念と国境を越えて、「神様のもとの一つの世界」運動を展開してきたのは、そのような神様の摂理に沿った道だったのです。これは摂理史的な原則であって、私がつくりあげた特別な理論ではありません。

Friday Oct 21, 2022
平和経 第374話
Friday Oct 21, 2022
Friday Oct 21, 2022
15.新千年紀における人類とアメリカが行くべき道
日付:二〇〇一年二月二十五日
場所:アメリカ、ニューヨーク、ブロンクス、ガーデン•オブ•プレィヤー・カテドラル•チャーチ
行事:アメリカ五十州巡回訓読大会
尊敬する内外の貴賓の皆様。きょう、私の話を聴くため、御多忙にもかかわらず参加してくださった、聖職者を中心とする各界各層の指導者の皆様に、心より感謝申し上げます。何よりも常に私と共にあられ、守ってくださった神様に、すべての栄光をお返し申し上げ、深い感謝を捧げます。
今は天の摂理を完成させる時
私は生涯を通じて、神様の創造理想を実現するという一念で、諸般の難問題の解決のために苦心してきました。神様は、栄光と尊貴な宝座にいらっしゃる方ではなく、堕落によって地獄に落ちた子女たちを捜し出して救うために全力を尽くしてこられた、悲しみと嘆きと苦痛の神様でした。そのような神様のみ旨と心情を知るようになった私の生涯は、一言で言えば、夜も昼も、季節も、環境も跳び越え、ひたすらみ旨を成就するために全身全霊を尽くしてきた日々でした。
過去八十年の歳月を振り返ってみるとき、あらゆる迫害があったにもかかわらず、私がきょうこの場に皆様と席を共にすることができたのは、神様が共にいてくださったお陰です。この意義深い日に、皆様と共に神様の摂理的な視点から歴史と世界を理解するために、「新千年紀における人類とアメリカの行くべき道」という題名でお話しいたします。
神様の救援摂理的歴史観の立場から見るとき、歴史の終末は、サタン主管の悪なる歴史の終末であり、同時に神様主管の善なる歴史の出発の起点となります。したがって、終末とは天の摂理の全般を完成させなければならない時です。すなわち個人完成を完結させなければならない「終わりの日」であり、家庭、民族、国家、世界、さらには天宙の完成を完結させなければならない「終わりの日」なのです。
神様は、摂理路程において終末期を迎えるたびに、神様中心の理念圏に人類を引っ張ってこられましたが、実際、人類は自ら責任分担を果たすことができず、悪なる歴史を整理して善なる立場に立つことを成し遂げられませんでした。しかし、神様は、絶対、唯一、不変、永遠の方なので、神様のみ旨に対する予定もまた絶対的です。ですから、神様は、堕落によって人類が失った真の個人、家庭、社会、国家、世界、そして真の主権の復帰を通して、天上と地上に神様が運行するその世界を探し出して成し遂げられるのです。
神様が探しておられる本然の世界は、どのような世界でしょうか。その世界は、真の父母を中心とした真の世界です。しかし、人類は堕落によって、歴史の過程ではなく、歴史の始まりの時点において、人類の真の父母と真の世界を失ってしまいました。その結果、堕落によって、私たちが住んでいる地も、人類が所有する理念も、どれ一つとして真の父母と直接関係をつないでくれるものはないのです。
誰がこの世界に責任をもつのか
ですから、人類は何よりもまず「真」を見つけなければなりません。そうして、真の父母、夫婦、子女、民、万物、主権、宇宙が、真の神様の心情を通じて共に動ずることができる、そのような日が、人間世界において悪なる世界の「終わりの日」となるのです。そのような理想が実現するその時が「終わりの日」であり、すなわち再臨の時期です。ですから、再臨の時期は、火の審判があり、地が割れ、信じる者たちだけが空中に引き上げられる、そのような天変地異の現象が文字どおり起こるわけではありません。その時期は、絡み合った曲折の悲運の歴史が蕩減され、個人から家庭、社会、国家を経て、世界が正しく立てられる時なのです。
縦的に失った個人、家庭、社会、民族、国家、世界を再び探し出し、横的に連結させて、歴史的な個人、家庭、社会、国家、世界を成し遂げる時です。人類が願って生きてきたその日が、人類の希望であり、人類歴史が行くべき終着地なのです。
ところが、個人も、家庭も、国家も行く道を失ってしまいました。世界では各種の公害問題、食糧問題、さらには宗教間の葛藤、人種間の対立などが至る所で起こっており、各種の紛争の主要原因になっています。誰がこの世界に責任をもつのでしょうか。深刻な問題です。過去に共産主義国家も自らの民族主義を越えることができませんでした。今日の強大国アメリカも汎米主義を越えることができずにいます。自国の利益だけを前面に立てる場合には、世界を指導することができません。自らを供え物としてでも世界人類を抱き、より次元の高い理想的な国に前進しようという理念によって団結した、ある民族、ある宗教が必要な時です。
このような側面から、私は、神様の命を受け、アメリカで青年たちを教育しながら、没落していくアメリカの道徳的な危機に対して強い警告を与えるとともに、地に落ちたキリスト教の再復興のために全力を尽くしてきました。
真の父母の教えの核心
皆様は、レバレンド•ムーンの教えの核心が何か気になるのではないでしょうか。その答えは簡単です。第一は、「より大きなもののために犠牲となって生きよ」ということです。個人は家庭のため、家庭は氏族のため、氏族は民族のため、民族は国家のため、国家は世界のため、世界は神様のために生きよということです。そのようにすれば、神様は結局、「私」を訪ねてこられ、一緒に暮らしたいと思われるのです。家庭でも、父母は子女のため、子女は父母のため、夫は妻のため、妻は夫のために生きなければなりません。よりために生きる人が善の中心者になるのです。
第二は、怨讐を愛することです。神様は、人類を救うために、ひとり子イエス様を遣わして、犠牲の道を歩ませました。怨讐を、実の子よりも愛するところには、サタンも自然屈伏するのです。いつもサタンの戦略は打って奪われるのであり、天の戦略は打たれて取り戻してくるのが公式的なものとなっています。私が全生涯を通じて、数多くの迫害と苦難を受けてきたにもかかわらず、今日、全世界百八十五ヵ国に宣教の基盤を築くことができたのは、そのような天理に従って生きてきたからです。
キリスト教の宣教の歴史を見ても、イエス様を信じたキリスト教の信者たちの歩んだ道は、追われる道であり、迫害の道であり、殉教の道でした。そのように二千年の歴史を経ながら、殉教の血の跡が土壌となって、民主世界という巨大な体制を発展させてきたのですが、今日、そのような原動力となったキリスト教が危機に瀕しています。キリスト教の理念を中心とした国々が、神様を否定し、イエス様を否定し、さらに神様の摂理を否定しています。挙げ句の果てに「神はいない。神は死んだ」という神学まで主唱しているのを見るとき、今まで真の子女を探し求めて、あらゆる犠牲の道を歩んでこられた神様の心情はいかばかりでしょう。

Thursday Oct 20, 2022
平和経 第373話
Thursday Oct 20, 2022
Thursday Oct 20, 2022
誰が真の愛の主人の位置にするのか
神様が男性と女性を愛する位置、血統的関係を結ぶ真の愛の主人の位置を誰がつくるのかというと、その息子、娘以外にはいません。
息子、娘は、神様の性相が分立されて生まれた立場なので、息子、娘の価値は同等であることを知らなければなりません。神様が腹中の赤ん坊を愛することができなかったので、私たちの家庭に生まれた赤ん坊を通して、愛する息子の主人、娘の主人の位置を復帰するのです。
そうして、幼児時代の主人を通り、子女時代の主人、兄弟時代の主人、夫婦時代の主人、父母時代の主人になるのです。初めて孫を見ることによって、神様は主人になることができるというのです。神様が一代であり、アダムとエバが二代なのですが、三代となる孫を悪魔が奪っていったので、その息子、娘を通して、神様の代わりに真の愛の主人の位置を蕩減復帰するのです。
そのようになれば、そこから神様が第二次的な父母として認定するのです。それは、アダムとエバを真の愛で愛していた位置と同じ父母の位置です。このように三代を経て初めて、子孫万代に完全な種として、神様の孫を祖父が真の愛で愛し、父が真の愛で愛するようになるのです。その孫は、二代の真の愛を受けるようになるというのです。祖父は霊的世界の代表であり、第二代のアダムは現実世界の王権の代表です。
このように、二つの国を代表した真の愛の血統を受けて生まれたので、その孫は未来における天の国の霊界と地上の王権が結実した価値をもつのです。それで初めて息子、娘の時代において地上天国を治めることができ、三世代から万世の結実となって広がっていきます。ですから、宗教が必要なく、父母の言うことだけを聞き、一つになって真の愛で愛していけば、すべての人が天国に行くようになっています。それが八段階の真の愛を中心とする創造理想的本然の形態だったのです。
これを再び取り戻してあげてこそ、天上世界の十二真珠門が開かれ、地上世界の国境を超越して統一された一族として収拾され、地上の解放世界と天上の解放世界、統一の王国である地上•天上天国が開門するのです。腹中時代、幼児時代、思春期時代、結婚時代、子女時代、そして父母時代、祖父母時代、王時代の八段階です。神様は、その八段階の、鉄石のモデル的愛の伝統基盤をこの地に備えられなかったので恨が残ったのです。
それでは、この八段階の真の愛の主人になることができなかった悔しい恨をどのようにして解いてさしあげるのでしょうか。それは、真の父母がこのようなサタン世界の秘密と天の国の秘密をすべて知って教えてあげ、空白を満たしてあげることによって、多くの穴が開いた八段階を完成させてあげるのです。血統の門を通してのみ、天国に行けるのです。
腹中時代と幼児時代にも、神様の真の愛の相対となり、約婚時代にも神様の相対となり、夫婦時代と父母時代にも、祖父母時代にも、王時代においても、神様の真の愛の相対的実権をもって完成したとすれば、その見える実体圏である半分の家庭が、見えない神様の実体圏と合わさり、心と体が一つとなった真の愛の伝統の血統を受け継ぎ、天上•地上の統一圏の世界に自動的に結束され、天国の民と天国の家庭にならざるを得ないのです。天国の解放的な息子、娘、解放的な主人になるということです。
八段階の真の愛の主人となって国境を撤廃しよう
ですから、男性と女性は、神様の形状的実体として、自負心をもって暮らさなければならないのです。そのような主人にならなければならない伝統的血統が連結されるのが夫と妻の道であり、子女の道です。そのような一族が連結され、国と天宙が連結される血統が重要であることを知らなければなりません。ですから、結婚をなぜするのかというと、半分の男性がもう片方の女性と出会うことによって、完全な真の愛を完成する一組になるためです。
神様は片方だけのものを取ることはできません。男性と女性が出会って完全に一つになるとき、神様も入り、真の愛の関係を結ぶことによって、縦的な真の愛の伝統を樹立するようになるのです。
ですから、先祖を尊重しなければなりません。その民を真の愛で愛さなければなりません。その王権を中心として国民と一つにならなければなりません。国民を忘れて暮らす王は詐欺師です。悪魔の後継者であり、国境をつくっているというのです。
今や人類は革命しなければなりません。天から真の愛の天運を受け、それを家庭に定着させ、その真の愛の絶対的な主人として神様を立てなければならないのです。
私たちは、あくまでも結果的な存在であり、その原因である神様に、絶対信仰と絶対愛と絶対服従で侍り、従っていく大革命をしなければなりません。その道を通してのみ完成があるのであって、自分が異議を提示するときには、二つの主体が生じ、破壊的な国境が生じることを知らなければなりません。
したがって、今から皆様は、愛の道において国境をつくるようなことをしてはいけません。「夫も私のことを愛しなさい。息子、娘も私だけを愛し、父を愛してはならない!」と言う人は死ななければなりません。女性は子女を抱き、本然の父の愛を受けなければならないのです。
さらに母親は、子女を育て、夫の生命の種である精子に対する真の愛の結実に報いてこそ、神様に属するようになるのです。女性ゆえに、神様の八段階の愛の門が破壊されたので、女性が何よりも精誠を尽くして男性たちを再創造し、息子、娘を再創造し、祝福を受けた家庭において、神様の八段階の愛の主人を神様のみ前に完成させなければなりません。
ですから、私たちの家庭を中心として、天下の天国の門、十二の真珠門のどこに行っても、地上•天上天国の個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙まで歩いて回っても、誇って余りある真の愛の王座、王権を備えなければなりません。そのようにできる、神様の血統を完成させた息子、娘の資格をもつ人にならなければ、天上世界と天国の民になれないことをはっきりと知らなければなりません。
改めて申し上げますが、私たちが肝に銘じなければならない最も重要な内容は、国境撤廃です。国境撤廃にも、民族の国境撤廃、宗教の国境撤廃、人種の国境撤廃、天国と地獄の国境撤廃などがあります。また国境線を偽りの父母がつくったので、真の父母以外にはそれを撤廃する人がいないという事実です。神様もできず、サタンもできません。ただ人類の真の父母として来られたその方だけが、このことを成し遂げることができるのです。
皆様は、このような神様の真の愛で解放することを決心してお帰りになり、天の国の主人となってくださることを願います。ありがとうございました。

Wednesday Oct 19, 2022
平和経 第372話
Wednesday Oct 19, 2022
Wednesday Oct 19, 2022
永生と愛の属性
永生というのは、本質的な愛の属性です。神様も宇宙を創造されるとき、自ら絶対信仰、絶対愛、絶対服従を基準として立てて創造されたのです。永遠無窮に世の中が過ぎていったとしても、私の愛はもっと大きく投入できるという、そのような心をもって生きる方が神様なので、神様を絶対、永遠、不変の主人として侍る存在にならなければなりません。
永生不滅の位置で創造された息子、娘が、そのような位置に立つならば、神様の国が私の国になり、神様が私の神様になるのです。神様と天の国の伝統的な主人の生活方法と私が一致し、神様の息子、娘であることは間違いないので、永生不滅は自動的な結論です。ですから、「自分の命を救おうとするものは、それを失い、それを失うものは、保つのである」(ルカ一七•三三)という逆説は真理なのです。
皆様。神様がいくら全能の方であるとしても、今まで愛の主人になったことがあったでしょうか。真の愛というものは、一人ではできません。男性の前には女性が絶対に必要なのです。女性がいることによって、男性は女性を愛する主人の資格をもつことができるからです。これは驚くべき話です。
女性がいなければ、いくら優秀な男性であっても、男やもめの境遇を免れることはできないのです。「男やもめ」とはどういう意味でしょうか。一人で暮らす父です。ですから、かわいそうな立場です。いくら優秀だったとしても、一人で暮らすその男性は、真の愛を得ることができないのです。
神様には、真の愛、真の生命、真の血統、そして真の良心があります。でこぼこの良心ではなく、水平を描く良心があります。このようにすべてもっていますが、それらをもっていると言える価値を現すものは、何でしょうか。一人では永遠に現すことができないのです。
なぜでしょうか。男性が優れていて総理になり、大統領になって、いくら大口をたたいたとしても、結局は半分の人間であることを免れることはできません。男性も女性も同じです。間違いなく、男性は片方でしかないのです。男性はなぜ半分なのでしょうか。男性には凸だけがあり、凹がありません。しかし、完全な愛をもつためには、凹と凸の両方が必要です。それで、男性にはない凹を合わせるために、もう片方の女性が必要なのであり、女性と一つになって初めて完全な真の愛を得るようになるのです。
しかし、人間始祖の堕落を見ると、心と体が神様の血統と一つになることができず、サタンの血統に連結されてしまい、神様は、御自身の血統の三代目である孫を見ることができなかったのです。
救援摂理を通して、三代を探し出し、神様の血統を連結させて繁殖した子孫は、間違いなく神様が願い、アダムが願う息子、娘の種となり、それをどこにでも植えれば、本然の息子、娘として、父母のお乳を飲んで育ち、自動的に天国へ行くことができるようになっているのですが、堕落によって私たちの体にはサタンの血統がうごめいているのです。ですから、血統を断ち切り、十回、十二回と血を抜き取って死んでも生き返る、そのようなことをしなければならないのです。
しかし、血統が汚染されたものは、簡単には変わりません。これは大変なことです。皆様の体が、そのようになっていることを考えたことがありますか。私たちは、億千万世の怨讐の血が自分の骨と肉を包んでうごめいているという事実、肉身が心を占領し、蹂躙している凄惨な自らであることを知らなかったというその事実に、戦慄させられるのです。
このように、南北に合わせるものを、東西に合わせてしまったのが堕落です。それでは、その間違って東西に合わせてしまったものを、いかにして再び南北に正しく合わせることができるのか、ということが問題です。ここに、再び切り離して付け合わせる治療方法が、統一教会の祝福であり、本然の血統と連結させてあげる祝福結婚式なのです。
統一教会の祝福の意味
本来、アダムとエバは、堕落しなければ、間違いなく神様の愛を中心とする血統が連結された外的父母となるはずでした。内的父である神様と一体となり、絶対的な神様の真の愛と共に生きる霊的、肉的な人類の先祖となって中心の焦点に立ち、愛で一体となることのできる時間が、アダムとエバが神様を中心として一つの体となる、結婚式の初夜に迎える初愛の時間だったのです。しかし、アダムとエバの堕落によって、そのすべてを失ってしまいました。神様の立場から見れば、人間に対して夫婦の愛を植えようとしたのですが、植えることのできる場をもつことができませんでした。それで失敗した神様になってしまったのです。
神様は一人で愛することができるでしょうか。いくら素晴らしい美人でも、器量がどうであれ男性という存在がいなければならないのです。女性の心の中に愛があり、生命があり、血統があり、良心があったとしても、男性が現れなければ発動しないのです。愛が発動せず、愛を中心として生命が発動せずしては、血統は現れません。
また、良心が相対に立たないのです。相対が現れることによって、すなわち女性が現れることによって、初めて男性の愛と生命と血統が現れるのです。アダムとエバが十八歳になるまで待っていれば、神様の祝福を受けて正式に夫婦となっていたでしょう。そして人類の真の祖先になっていました。しかし、彼らは十六歳の時に、分別のない戯れによって堕落してしまったのです。
皆様。神様がなぜかわいそうな方であるか、お分かりになりますか。真の愛の大王陛下であられるのに、人類始祖とともに一つの体となって真の愛で愛したいと思うその位置を失ってしまったからです。一人でいくら真の愛を欽慕したとしても、男やもめの愛、寡婦の愛になってしまったのです。ですから、真の愛の心をもった相対を失ってしまった神様となってしまったので、悲しい神様なのです。
神様の家庭において理想的な相対となり、真の愛の主人の位置を、烙印(らくいん)を押して解放させる責任がアダムとエバにあったのですが、彼らはその責任を果たせませんでした。ですから、彼らの一生の願望とは何かというと、神様を真の愛の主人の位置に立たせてさしあげることでした。
統一教会の祝福は、その最初の条件が何かというと、神様の新郎、新婦の位置で、失ってしまった真の愛で愛する伝統を、自分たち夫婦によって取り戻すことです。神様の真の愛を否定しなければ、私たちは千年、万年、神様の息子、娘と血族であることは間違いありません。

Tuesday Oct 18, 2022
平和経 第362話
Tuesday Oct 18, 2022
Tuesday Oct 18, 2022
最近、私は、神様の啓示に基づいた世界平和のビジョンを実現するために、世界の人々に神様の理想と摂理を明らかにしてきました。それとともに、世界平和の実現に必要であると考えられる多くの組織と機関を設立し続けてきました。このような平和運動は現在、完成段階に達していると言ってもよいでしょう。それでは、神様の摂理とは何でしょうか。神様の創造摂理はもちろん、平和な世界であることは言うまでもありません。平和な世界は、そこに分裂や争いがあってはいけません。統一と調和と喜びに満ちた社会でなければなりません。それを可能にせしめ、最大最高のものをつくるのは、正に真の愛なのです。真の愛は、統一の要因であり、喜びと幸福の源泉です。ですから、平和の前提は、真の愛であると言えるのです。
神様の真の愛は、どこに根を下ろすのでしょうか。真の愛の定着地は家庭です。アダムとエバが完成し、神様を中心とした夫婦として理想家庭を築いたならば、そこに真の愛が定着するのです。真の愛の家庭こそが、真の平和を生み出す基地となるのです。人類がいまだに真の平和を成し遂げられないのは、真の家庭を知らずにいるからです。その答えは聖書に記録されているように、人類が神様とは関係のない立場に落ちてしまったからです。人類の始祖アダムとエバが堕落して以来、この世界には平和が消え失せてしまいました。代わりに分裂と闘争が人類を支配するようになりました。個人においては心身の葛藤、家庭では夫婦の対立、そして社会では人間同士の闘争が絶え間なく起きています。結論的に言うならば、真の愛の喪失という根本的な原因によって、すべての問題が起きていると言うことができます。人間の堕落は、真の愛の喪失を意味します。したがって、アダムとエバが失ってしまった愛を復帰するために、イエス様は真の愛の王として降臨されたのであり、また再臨のメシヤも、真の愛を立てるために来られたというのが、救援摂理から見た論理の帰着です。
世界平和のための今までの私の歩みは、いかにすれば人類が真の愛を回復できるか、という一点に集約されます。今日、道徳的に退廃した世界を見るとき、神様の悲しみがどれほど大きいかということを、私はいつも痛哭する心情で見つめてきました。ソドムとゴモラのような姦淫の弊害が世界を襲い、未来を背負うべき若者たちがフリーセックスに陥っていく姿は、神様の最大の悲しみであり、それは正に人類を滅亡へと導く道なのです。しかし、今日、世界で一つの希望と喜びを発見できるとすれば、それは、世界が偽りの愛によって破滅しつつあるこの状況を防ぐための女性たちの活動が、世界的に拡散していることです。これは大きな希望です。既にこの日本から女性たちが世界百六十ヵ国に派遣され、ために生きる精神を実践していることは、限りなく喜ばしいことと言わざるを得ません。危機を救うのは女性です。今、私たちは、女性たちの力を尊重しなければならない時が来ました。国家で言うならば、島嶼国家が正に女性の立場に立っているのです。
各国の代表、貴賓の皆様。皆様の国は島嶼国家です。島嶼国家は女性、あるいは母としての特徴を共通して持ち合わせているので、共に連合し、力を結集して、人類に対して母としての使命を成功裏に遂行していくよう互いに協力しなければなりません。私が「島嶼国家連合」を提唱し、創設したのも、このような理由に基づいているのです。
人類歴史を見ると女性は、良い意味であれ悪い意味であれ、重要な役割を果たしてきました。聖書によれば、人類の歴史は、アダムとエバの堕落による悲劇的な事件から出発しました。人間堕落の結果に対して、私たちは責任をもってこれを解決していかなければならないのは当然のことです。しかし、エバが最初に堕落して罪悪の歴史を出発させたという聖書の記述を見るとき、人類歴史は、エバの堕落を女性たちが先頭に立って蕩減する時代が来ることを摂理的に要求しています。二十世紀における男女平等の思想的風潮、また女性の真の解放を求める運動などは、女性が世界平和のために立ち上がって世界的に大きく活動する環境が造成されたことを意味しているのです。
このような神様の摂理をよく知っている私は、一九九二年四月に、私の妻と共に「世界平和女性連合」を創設しました。この連合の運動は、近い将来に世界万民が参加する「世界平和女性連合」の運動へと発展させ、真の愛を家庭の中で定着させることによって、理想世界、すなわち地上天国を建設するのです。今、女性の時代は、一九九〇年代の世界的な趨勢であり、女性の愛と協調、和解、調和の精神が、世界平和のために歴史的な貢献を果たす時代であると言うことができます。
この世界的な女性時代は、そのまま女性の特徴をもつ「島嶼国家連合」にも該当するのです。そのように女性時代と島嶼国家の時代は深く結び付いています。女性が世界平和のために立ち上がる時は、島嶼国家もまた世界平和のために立ち上がる時なのです。すべての島嶼国家が、世界平和の実現という光明な歴史的使命を果たす時は、正しく今なのです。これ以上に誇り得る使命がどこにあるというのでしょうか。
それでは、ここでしばらく、女性たちが歩んできた人類の歴史を振り返ってみましょう。神様に向かう強い信仰心によって偉大な証の書を残した立派な女性たちがいます。アブラハムの妻サラ、イサクの妻リベカ、ヤコブの妻ラケルの三人の女性がいなければ、イスラエルの歴史はなかったと言っても過言ではありません。また、神様の祝福を受けた血統を命懸けで残そうとしたタマルの絶対的な信仰がなければ、旧約聖書に記録されているメシヤの血統は確立しなかったでしょう。タマルと同様に、イエス様の母マリヤもまた、神様の聖なる血統を継ぐ子孫を生むために、絶対的な信仰を天のみ前に示してくれた女性でした。
エバの堕落は人類に霊的な死をもたらしたのであり、その結果、人類は偽りの愛と偽りの生命と偽りの血統の中で呻吟するようになったのです。マリヤとタマルの歩んだ道は、エバの堕落を蕩減するための道でした。また、か弱い十六歳のジャンヌ•ダルクが立ち上がったとき、存亡の危機に立たされていたフランスが救われたのです。十六歳の彼女が一国を救えるほどの力を発揮したのです。このような女性たちの歴史的足跡をたどってみると、覚醒した女性たちがどれほど立派な活動をしてきたかを知ることができます。女性のもつ奉仕と献身の美徳によって人類愛に燃える「島嶼国家連合」が誕生するとき、人類の前途には、希望の光が明るく照らされるでしょう。島嶼国家は最終的には大陸を求めなければなりません。それは女性が男性を求めなければならないのと同じ原理です。島嶼国家存立の条件と言ってもよいでしょう。
したがって、島嶼国家から始まった世界平和のための諸活動は、大陸国家に良い影響を与えるでしょう。このようにして世界平和実現のための善の影響力が島嶼国家から大陸国家に及ぶとき、世界平和の実現の可能性は、より一層高まるでしょう。目前に近づきつつある二十一世紀は、人類が長い間願ってきた地上天国の輝かしい幕が上がる新世紀となることを私は確信しています。
私が世界平和のために創設した「世界平和連合」、「世界平和女性連合」、「世界平和青年連合」、「世界平和学生連合」と共に、今回創設される「世界平和島嶼国家連合」は、世界平和のために重要な役割を果たすことを確信しています。そして最終的に、これらすべての組織は、「世界平和家庭連合」として結実しなければなりません。なぜならば、平和の最後の砦は家庭であり、家庭の再建以外に世界平和に至る道はないからです。
「世界平和家庭連合」の目的は、超民族的、超国家的、超宗教的理念に基づき、青少年たちを立派に教育することによって、理想国家を完成し、五色人種が永生を謳歌する人類一家族世界の歴史的聖業を成就することです。皆様の「島嶼国家連合」と「世界平和家庭連合」の偉大な目的に対して大きな賛辞を送り、立派に世界平和の大業を完遂することを信じて疑いません。神様の真の愛による人類一家族世界の夢が「島嶼国家連合」の創設によって、より一層実現可能なものとなったことに対して、皆様に感謝を申し上げながら、私のメッセージを終わりにしようと思います。
皆様と皆様の御家庭に神様の導きと祝福が共にあることを祈ります。御静聴いただきありがとうございました。

Tuesday Oct 18, 2022
平和経 第361話
Tuesday Oct 18, 2022
Tuesday Oct 18, 2022
9.二十一世紀における島嶼国家の役割
日付:一九九六年六月十六日
場所:日本、東京、京王プラザ•インターコンチネンタル•ホテル
行事:「世界平和島嶼国家連合」創設大会(代読)
きょう、この意義深い会議に、世界からお集まりくださった尊敬する貴賓の皆様。私は世界平和の実現のために尽くされた皆様の努力を高く評価し、心から感謝の意を表します。そして、今回の会議が世界平和のための、より一層の知恵と努力を結集し、近づく二十一世紀を輝かしい平和の時代として迎えることができるよう、友誼(ゆうぎ)と理解を深める良い機会となることを祈ります。
また、この会議によって、世界平和の実現に対する私たちの責任と使命を互いに分かち合い、揺らぎのない決意を互いに強固なものにできるならば、それ以上の喜びはありません。
それでは、私が「島嶼国家連合」という組織を皆様に提唱し創設するに至った経緯と背景を、先に説明することから始めようと思います。人類歴史において文明発展の流れを見ると河川流域から発生した古代文明は、ギリシャ、ローマ、そしてイベリア半島を含む地中海文明に移動しました。そしてこの文明は、ドイツ、フランスなどのヨーロッパ大陸を通って、島嶼国家であるイギリスを中心とした大西洋文明として結実しました。さらに文明は、アメリカ大陸を通って西の方に移動し、現在は、イギリスと同じ島嶼国家である日本を含めた太平洋時代を迎えています。
このような文明史の推移を、神様の摂理として理解すれば、今日、天運の中心的な立場に置かれている島嶼国家は、正に日本であると考えざるを得ません。日本は神様の摂理を通して、人類歴史の舞台に立ったのです。日本の繁栄は、神様の摂理との関係において説明できるのであり、それ以外の理由だけでは説得力がありません。日本が神様の摂理の中心に立っているとすれば、私たちの関心は、日本のもつ摂理的使命に傾かざるを得ません。なぜならば、神様の摂理の目的は、世界平和の実現にあるからです。世界平和は万民共通の希望なのです。
全世界の島嶼国家が、ここに連合して、平和世界に対する日本の使命を自国の使命のように考えることによって、島嶼国家の世界的連合による平和創建のための国家連合を完成すれば、人類社会にとってこれ以上の希望はないでしょう。このような希望に立脚して、私は「世界平和島嶼国家連合」の創設を提唱しました。私がこのように語るのは、今まで日本が受けてきた天運を、全世界の島嶼国家が相続し、世界平和創建のための国家群となることによって、一日も早く世界平和の実現が可能になるように祈らなければならないからです。
それでは、島嶼国家の特徴とは何でしょうか。地球は、陸地と海でできています。今日の科学は「海を舞台として最も単純な最初の生命が誕生して広がった」と説明しています。これは、海が生命を身ごもる母の役割を果たしてきたことを物語っています。このような理由から、海を女性の象徴として考えるならば、陸地は当然、男性を象徴するものと考えることができます。
したがって、海洋に位置した島嶼国家は女性を表す国家であり、大陸国家および大陸に連なっている半島国家は男性を表す国家であると言えます。島嶼国家が女性型の国家であるとすれば、女性の特徴である対象性、依存性などの特徴をもっていると見ることができます。他方で、男性的な大陸国家は、男性の特徴である主体性、創造性などの特徴をもっていると見ることができます。
島嶼国家が遂行すべき役割は、人類社会において女性が遂行してきた役割とある程度同じであると言うことができます。女性は、結婚して心から夫を愛し、夫に侍り、また夫の愛を受けることによって美しく輝く存在です。そして子女を生み、子女に愛を注ぎ、素晴らしい家庭を築いていくことによって、喜びを感じるのです。女性の中心的な使命は、このように夫と子女に注がれる限りない愛にその特徴があると言うことができます。特に母は、子女にお乳を与えて養育し、教育する重要な責任を負っています。島嶼国家の役割もまた、このような母の役割と同じ内容をもっていると言えます。
神様の人類救援摂理歴史を見ると、そこには必ず神様の摂理を担当する中心民族と中心宗教があります。歴史を導いてきたユダヤ教とキリスト教の核心は、第一に、唯一絶対の神様がおられること、第二に、人間始祖の堕落と罪、そしてその罪からの救いのためにメシヤが必要であると主張すること、第三に、人類の罪悪史には必ず終末があり、その時に「神の国」が到来することを主張することです。そのような救援摂理観によって、旧約時代にはメシヤの降臨を中心として歴史が形成されてきたように、新約のキリスト教時代には、再臨のメシヤを待望し、彼を真の父として迎え、罪を清算し、「神の国」を完成するという希望と信仰を中心として形成されてきました。このような救援摂理の歴史的な背景は、神様の心情と事情に立脚しているのです。したがって、神様の摂理を読み取るためには、時代の兆候を見抜く目が必要です。
第二次世界大戦が終わったとき、世界のキリスト教は、神様の救援摂理史において非常に重要な時点を迎えていました。その中心にいたのが、イギリス、アメリカ、フランスでした。第一次、第二次世界大戦において、イギリス、アメリカ、フランスの三大キリスト教国家は、連合国の中枢として民主主義の勝利のために戦い、二回とも勝利を収めました。
これは正しく神様の摂理だったのです。したがって一九四五年、第二次世界大戦が終わった時を契機として、イギリス、アメリカ、フランスの三大キリスト教国家が、自国中心主義に陥らず、世界平和の実現のために力を合わせて神様の真の愛を実践し、そして犠牲と奉仕の精神で人類の平和のために全身全霊を傾けたとすれば、国際連合を中心として、人類の恒久平和が達成されたはずでした。しかし、実際の歴史的事実は、世界平和の実現ではなく、共産主義の拡散とそれに伴う数多くの紛争、キリスト教国家の霊的衰退および道徳的堕落でした。戦後四十年以上もの間、米ソ対立の冷戦時代を経てきた人類は、霊的な荒野をさまよってきたのです。

Monday Oct 17, 2022
平和経 第367話
Monday Oct 17, 2022
Monday Oct 17, 2022
12.世界平和実現の時代を大きく開きましょう
日付:一九九九年二月六日
場所:韓国、ソウル、ロッテ•ホテル
行事「世界平和超宗教超国家連合」創設大会
全世界からお越しの各界の著名な指導者の皆様。きょうこの場で、私が発議した「世界平和超宗教超国家連合」の創設大会を挙行する運びとなったことを大変うれしく思います。
過去四十年間、私が展開してきた超教派、超宗派活動と組織の目的は、すべて神様と人間が共に願ってきた平和世界の実現でした。平和に対するビジョンは超宗派運動の核心です。
人類は、二十世紀に凄惨な世界大戦を二度も体験し、そして七十年間の無神論共産思想の横暴と冷戦時代を体験しつつ、先鋭な対決と葛藤を経験しました。冷戦時代が終息し、世界はしばし平和のための祝杯を挙げることができました。しかし、間もなく人類は、その冷戦の終わりが自動的に平和の時代へと連結されるわけではないことに気づきました。世界の至る所で、激烈な戦争が起こり続けています。今も、旧ユーゴスラビアと中東、またスーダンや南アジアなどの各地で殺戮戦が繰り広げられています。これらの紛争は、主要宗教間の根深い葛藤が背景になっていることは周知の事実です。宗派間の対話と和合がいかに重要であるかを悟らせてくれる事例です。
現代において宗教的な理想実現のための活動は、しばしば世俗権力と一定の距離を置いて行われてきました。今日の一般的な認識は、これを当然のものとして受け入れています。しかし、世界平和の理想に貢献する国際組織は、世界の偉大な宗教的伝統と自分たちとの関係を再検討すべき時になったと思います。
いかなる国際機関よりも、国際連合が良い例になるでしょう。多くの人々は、国連は世界平和のための人類の理想が制度化された組織であると思っており、これに期待をかけています。国連には、世界の問題を解決し、平和と人類繁栄を促進するために、共に働く、あらゆる国の代表者たちが集まっています。
しかし、国連で国家の代表者たちは世界平和を実現しようとする努力はしてきましたが、相当な障害を抱いています。国連を通じて得た実績や成果を否定してもいけないのですが、国連自体が改善されるべき点も多いと思われます。世界の政治家と宗教指導者が国連を中心として、互いに協力し、尊重する関係が切実に必要とされる時になりました。
本然の人間は、心と体が神様の真の愛に感応しながら一体となって生きるようになっています。心と体が闘わず、真の統一の起源を成し遂げるのは、人が神様の息子と娘だからです。神様は心と体が闘いません。絶対者である神様は、自体内に矛盾や葛藤がありません。心と体が統一体になるという人間の理想は、神様の真の愛を完全に所有するときに達成されます。「平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう」(マタイ五•九)という聖句も、神様を中心として心身一体の理想を成し遂げたことを前提とします。ところが、人間は堕落によって、心と体が統一調和の基準を失ってしまい、葛藤を起こしながら自己矛盾の中で生きてきました。それだけでなく、個人の中で生じる心と体の葛藤と闘争は、家庭、社会、国家と世界に拡大されてきました。兄のカインが弟のアベルを殺害した犯罪も、ここに由来しています。
歴史始まって以来、この地球上で起こったあらゆる対決と戦争は、本質的に、より悪なるカイン側とより善なるアベル側との間の闘いでした。このようなカイン側とアベル側との闘いは必ず終息し、原状に復帰されなければならず、心と体の対決も終わり、調和一体となって復帰されなければならないのです。
個人の心と体が統一されなければならない、その原理を、世界的な次元に適用、実践しなければなりません。この目的のために、私は、世界平和を具現する、心の世界を代表する「世界平和宗教連合」と体の世界を代表する「世界平和連合」などを創設しました。
人間社会で起こる諸般の問題は、単なる政治的な問題から生じるものではないので、社会的、政治的解決だけでは常に不十分です。人間社会のほとんどは政治的に統治されていますが、その一方で、大部分の国家的、文化的アイデンティティーの根底には宗教があります。実際、ほとんどの人々は、その心の中に、宗教的な忠節のほうが政治的な忠誠よりもはるかに重要であるという認識をもっています。今や宗教が、世の中でその真の指導力を発揮する時となりました。宗教人たちは、この時代の状況と様々な不正に対して責任を感じ、まずは深い自己省察をすべきであると思います。
宗教人たちは、愛の実践において模範となれませんでした。自分個人の救いや、宗派の利益にきゅうきゅうとするあまり、世の中のすべての救いに尽力できなかったことを悔い改めるべき時です。今こそ、信仰だけでなく愛の実践が要求される時です。神様は、私たち指導者、特に宗教指導者を召命していらっしゃいます。世の中の不義と罪悪に挑戦し、真の愛を施すことを願っていらっしゃいます。すべての宗教人が心を合わせて、神様の人類に対する熱望を代弁し、実行しなければなりません。
体と外的な世界を代表する政治家や外交家たちの経綸と実践だけではなく、心と内的な世界を代表する世界の宗教指導者たちの知恵と努力が合わさってこそ、平和世界が完全に達成されるのです。そのような点から、国連を再構成する問題まで深刻に考慮すべき時です。
両院制の形態をもった国連を頭に浮かべることもできるしよう。国家の代表たちで構成された既存の国連を、各国家の利益を代弁する下院と考えることができます。著名な宗教指導者と文化界、教育界など、精神世界の指導者たちで、宗教議会、あるいは国連の上院を構成することも考慮してみることができます。このとき、宗教議会は地域的な個々の国家の利害を超えて、地球星と人類全体の利益を代弁しなければなりません。両院が相互に尊重し協力し合うことによって、平和世界の実現に大きく寄与できるはずです。世界の指導者たちの政治的経綸は、世界の偉大な宗教指導者たちの知恵とビジョンにより効果的に補完できるでしょう。
私は、宗教指導者たちの道徳的ビジョンと模範となる生活が、天上世界、すなわち「あの世」にだけ向かうのではなく、「この世」で真の幸福と永続する和平の道を教育しながら、世の中の光にならなければならないと確信します。
宗教指導者たちは、もっている偉大な伝統と、神聖で貴重な知恵を相続し伝承するだけでなく、私心のない奉仕生活をする理想的な指導者にならなければなりません。宗教指導者であれ、政治指導者であれ、そうなれない最も大きな理由は利己主義です。
私は、「世界宗教議会」を継続して開催しながら、超宗教、超国家的に真の愛の教育に努めてきています。そして、昨年は、世界の宗教指導者たちが先頭に立ち、全宗教人が七数の単位の献金をして、世界平和基金をつくることに率先しようと提案しました。国家の経済事情や個人の事情によって差はあり得ますが、七ルーブルでも良く、七百万ドルでも献金することができます。全宗教人が、心を合わせて基金をつくり、この基金で平和の知恵とビジョンを教育し、また真の愛の理想と真の家庭の価値を促進するために、共に効果的に働くことができるのです。
尊敬する指導者の皆様。私たちは最高の宗教的知恵の表現が、世界の最も深刻で緊急な問題が扱われる委員会に上程される、そのようなシステムを実行するために、共に志を集めて働かなければなりません。このようなシステムは、国連機構の中に宗教指導者たちの委員会を創設することによって、つくることもできます。このような様々な目標を現実化するための最初の措置として、皆様がきょう、「世界平和超宗教超国家連合」を創設してくださることをお願いいたします。併せて、この高貴な理想を実現していくに当たって、皆様の経験と知恵、そして努力を傾注してくださることを心からお願いいたします。特に、宗教界は、ために生きる真の愛を教育することに力を注いでくださることをお願い申し上げます。
「世界平和超宗教超国家連合」が世界平和の実現に決定的に寄与することを確信しつつ、皆様と皆様の御家庭、そして、皆様の携わるお仕事の上に神様の祝福が共にあることをお祈りいたします。ありがとうございました。

Saturday Oct 15, 2022
平和経 第371話
Saturday Oct 15, 2022
Saturday Oct 15, 2022
イエス様は、霊界に行かれて二千年間、精誠の条件を立てながら、天上世界、すなわちすべての心の世界の方向が一つになるようにする一方で、地上でもキリスト教を立てて役事してきました。しかし、キリスト教は、再びカインとアベルに分かれ、カトリックとプロテスタントが闘ってきたのです。怨讐となってしまいました。サタン側と天の側に分かれて闘いました。
長子は、サタン側となり、次子はアベルとして天の側になったのですが、その裏面では、必ず国境的な内容、つまり闘争概念を抱いて闘いながら歴史は発展してきたのです。
したがって、これを解放しなければなりません。それで、再び来られる主は、天の国を統一し、地上のユダヤ教選民圏のようなキリスト教統一圏を中心として、ついに数千年間分かれて闘ってきた天と地、男性と女性を一つにする結婚式をするようになるのですが、これが正にキリスト教で言う「小羊の婚宴」だったのです。このように、天の国と地上のキリスト教の国が統一される時が、正に第二次世界大戦の直後でした。その時は、キリスト教文化圏が全世界を統一した立場だったのです。
それで、霊界の統一的主導権をもったイエス様が、霊界の勝利的覇権者となり、地上のキリスト教文化圏も統一される、その時が来たので、イエス様と聖霊が地上に来て、実体の夫と相対である聖霊の新婦が一つになり、結婚式をすることによって、心と体、そして男性と女性が分かれて闘ってきたすべてを解決して、天下を平和の王国にできる絶好の機会を迎えたのです。漠然とした話ではありません。
国境線を撤廃する方案
神様の創造理想について見るとき、誰から先に結婚式をしてあげるようになっているでしょうか。アダムとエバです。しかし、人類の国境線となっている壁は、エバの堕落によってつくられたので、その壁を崩して平地にしなければなりませんでした。それで、堕落する前のアダムとエバの立場を復帰して結婚させれば、私たちのすべての先祖はもちろんのこと、神様までも喜んで歓迎され、踊りを踊られるでしょう。そのような世界が成し遂げられれば、それが正に地上天国になるのです。しかし、人間の歴史にはそのような日がありませんでした。そのような日がなかったので、今まで無数の境界線が絡まって苦しみ、呻吟し、苦痛を受けてきたのです。したがって、この国境線の打破をどのようにするかという問題に対する答えさえ見つければ、それが平和の起源になることを人類は知らずにいたのです。
人類歴史上初めてレバレンド•ムーンが真の父母の資格をもってこの地に顕現し、その打破の方法を提示して、満天下の善男善女たちを神様のみ前で祝福結婚させてきたのです。もし国境線が百万あったとしても、私は問題なく撤廃することができます。どのようにして撤廃するのでしょうか。それは真の愛があるので可能なのです。そのような国境線を撤廃するためには、神様と同じように判断できなければなりません。神様を一〇〇パーセント知らなければならないということです。
皆様。霊界を見れば、地獄と天国があります。天国が昼ならば地獄は夜ですが、昼と夜を判断できない人が天国の境界線を主管できるでしょうか。それはあり得ないことです。判断できる人だけが自動的に主管できるのです。地獄の内容まで明らかに知っているので、暗闇を撤廃できるのです。
神様は全知全能であられるので、神様と同じように判断する人は撤廃できるのです。したがって、問題は神様を知らなければならないということです。それでは、皆様は神様を知っていますか。知っているとすれば、どのくらい知っていますか。お金を好まれる神様だと思いますか。それとも権力を好まれる神様でしょうか。それとも知識しか知らない神様でしょうか。そのような神様であると理解していては、人類の解放をもたらすことはできません。
私たちが神様を完全に知ってこそ、サタンを完全に追放できるのであり、完全に解消できるのです。神様を知ったとしても、神様の何をもって数千年もの間、放置されていた国境線を撤廃できるのでしょうか。それが重要なのです。神様がこの宇宙の主人であるならば、その主人が暮らす町があり、国がなければならないのではないですか。神様を知ろうとすれば、神様の相対圏の立場に立って、その環境となる国を探し求めなければなりません。
しかし、すべての環境圏が国境で塞がれているので、その国境を撤廃することによって神様が喜ぶ世界をつくるのです。そのようになれば、すべての被造万物が神様に主管されたいと思わないでしょうか。国境線のもとで悪魔と共に呻吟し、苦痛を受け、迫害を受ける、そのような支配から解放されたいと思うのです。
天の国の伝統的思想
皆様。私たちは何よりも神様をはっきりと知り、また天の国をはっきりと知らなければなりません。そのようになれば、どこに行っても、またいかなる状況に置かれたとしても、その国の伝統とその国の文化の内容に対して、どのように対処して生きていくべきなのか、ということに対する答えが自然と出るのです。
天の国には明らかに神様がいらっしゃいます。しかし、今日の世界が千々万々の国境によって塞がっているのは、いかなる理由によるものでしょうか。神様を知り、天の国を知る人がなく、天の国の伝統的生活の内容を知っている人がいないので、このようになったのです。その内容さえはっきりと知れば、霊界にも、地上世界にも、解放圏が展開します。
「おい、サタンよ!」と言えば、サタンが身動きもできずに答える、そのような位置に立つことさえできれば、誰でも天の国と神様の心に一体となる文化背景と伝統的思想をもって暮らす方法が分かるようになるのです。そのような人が正に、ために生きる真の愛をもった真の人です。
自分だけの人生のための愛を求める人ではなく、相対を愛の主人として、愛を通して相対が踊りを踊ることができるようにしてあげようという人が、神様を知り、天の国を美しく装い、保護する生活ができる後継者になるので、そのような神様の後継者をサタンは妨害できなくなるのです。
死ぬことを見て憤りを感じるのではなく、それを越えて怨讐を愛すれば、怨讐の世界を治めることができるようになり、サタンが退くことによって、怨讐の世界がかえって皆様を尊敬するようになるのです。ために生きるときに、自分の父や母や誰よりも、町内の人をこの上なく愛すれば、サタンは逃げていき、代わりに神様が訪ねてこられて千倍、万倍にして返してくださるのです。
サタンが八方に逃げていかざるを得ない秘法とは何だと言いましたか。ために生き、ために死に、ために愛そうとすれば、サタンは間違いなく国境線を捨てて逃げていくのです。逃げていくとしても、そのまま立ち去ることはできません。国境線を崩してから行くようになっているのです。そうなれば、どのようになるでしょうか。サタンが離れていくことによって、死亡の地獄に直行していた生命が、天の国に上昇できるという永生の道理が訪ねてくるのです。そこから初めて永生が生じるのです。
神様を知り、天の国を知り、天の国の伝統的思想である、ために生きる真の愛を、千年、万年続けたいと切に思う群れになることによって、主体であられる神様をお父様と呼ぶことができ、そこにおいて永遠の血統を通して、永生の論理と永生の伝統が「私」と共に結実することは間違いのない真理なのです。