Episodes

Monday Aug 15, 2022
平和経 第311話
Monday Aug 15, 2022
Monday Aug 15, 2022
メシヤの再臨のための第二イスラエル
それでは、神様は過去二千年間、どのような歴史をつくってこられたのでしょうか。そして、新しい歴史の糸口はどのように解けるのでしょうか。神様が第二のメシヤを遣わす前にまずされることは、もう一つの選民を起こすことです。基礎がなくては家を建てることができないのと同様に、選民という基盤なしに、メシヤを遺わすことはできません。ですから、イエス•キリストの降臨の前に、神様はイスラエルという選民を準備されたのです。
結論的に申し上げるなら、新たに来られるメシヤを迎えるために世界的選民として築いた土台が、すなわち今日、世界的版図をもつキリスト教です。ベツレヘムの馬屋で生まれたイエス様の教えは、これまで二千年の歳月が流れる中で、世界的な宗教となりました。これはどこまでも、再臨という一時を望みながら世界的な選民を造成しようとされる神様の摂理から来た結果なのです。
今日のキリスト教徒の使命は、神様がメシヤを再び遣わされるとき、そのメシヤを歓迎して、彼に侍ることです。二千年前のイスラエル選民たちのように、絶対に彼を再び十字架につけてはならないのです。今日、キリスト教は名実共に第二イスラエルの位置に立ちました。
それのみならず、神様には、メシヤを再び遣わす前に必ず成就しなければならない、二つの重要な宿題がありました。その一つは、高度な物質文明の発達です。神様のみ旨が成就するということは、すなわち地上天国が成就するということですが、それは霊的な天国だけを意味するのではなく、肉的天国、または物質的楽園をも意味するのです。ですから、メシヤの降臨とともに成就される高度な精神文明を入れる器、いわば高度な物質文明の世界を準備する必要がありました。さらに、神様の理想では、世界が一つの国なので、その世界が科学の発達によって、交通と通信手段が高度に発達し、全人類が一日生活圏内に暮らすということは、地上天国の建設においてこの上なく重要な要素です。これは統一世界文化の創造に必要不可欠な条件です。ですから、イギリスで起こった産業革命を始発点として、わずか数世紀の間に高度な物質文明を成し遂げたことは、神様の設計図の中に計画されていたことなのです。最近、アポロ十一号の月面着陸を全世界の人類が同時にテレビを通して見たこと自体が、今日、人類が共同生活圏内に住んでおり、神様の時が満ちたことを意味するのです。
神様が準備されたもう一つのことは、メシヤが降臨できる環境を造成することです。これはどんなことでしょうか。それは、みだりに人を捕らえて命を奪うことができない法治制度の創建のことをいうのです。イエス様の時代では、人の命は権力者の前でははえの命のようなものでした。イエス様は、為政者や権力者たちが願えば、いつでもはえを取るように捕まえて命を奪ことができた、無法天地の制度下に生まれました。根本的な人間革命を叫んだ革新的なイエス様のみ言は、その社会制度のもとでは容認されませんでした。イエス様が十字架につけられたことは、当時の制度下においては避けられない事情だったと言えます。これをよく御存じであられる神様は、メシヤが再び来る再臨の時に何よりも必要なことは、人々をみだりに捕まえて命を奪うことができない法治制度であることを知っておられたのです。
このために、二千年間、汗水流して準備された制度が今日の民主主義です。民主主義は人権を尊重する制度です。民主主義というのは、少数派も多数派の中に混じって生き残ることができる制度です。民主主義は自由を保障する制度です。その自由とは、すなわち言論、宗教、結社、出版、集会の自由です。
その民主主義の代表と見ることのできるアメリカの憲法を見れば、自由の中で最も絶対視する自由が宗教の自由であり、アメリカ議会と政府は、宗教を規制するいかなる法もつくることができないようになっています。この制度は、たとえ神様の息子が再び現れて革命的な布教をしたとしても、彼がそのことによって再び十字架にかからずに生き残ることができるようにするための制度なのです。これは神様が再臨の日のために努めて準備された制度です。ですから、身近な例を挙げれば、革命的な新しい真理を伝える統一教会が、いくらアメリカ人たちの気分を多少害するとしても、今日のアメリカのもつ法と制度によっては、これを十字架にかけることができないのです。
アメリカは神様の摂理の中心国家
そして、いざ再臨の時が近づいてくれば、神様は第二イスラエルの世界的版図の中から、神様が中心となるキリスト教国家をお選びになる必要があります。これは、どういうことでしょうか。神様が成し遂げようとされる究極の地上天国の理念は、この地上に実際に成就する理想なので、ある中心点から出発して、漸次世界へと波及しなければなりません。いわば標本となる国家がなければならないということです。そしてさらに、言うまでもなく、終末にその中心的な神様の摂理を十分に担うことのできる国として、かなり以前から予定され、その予定に従って選ばれた国が、すなわちアメリカなのです。
今しばらく、アメリカの国家の形成過程を探ってみることにしましょう。アメリカ大陸は、あのように途方もない大陸でありながらも、一五〇〇年代までは発見されないまま放置されていた大陸です。これは「終わりの日」に、神様が特別に使おうと密かに隠しておいたものと解釈することができます。またアメリカは、その国家形成が移民によってできた国です。言い換えれば、アメリカは主人のいない国でした。原住民であるインディアンがいましたが、インディアンは主人の役割を果たせませんでした。結局、主人がいないということは、神様が主人なのです。ですから、神様がお選びになった特別な人々だけが行き、住むようになった国です。
ヨーロッパ大陸ではアメリカを新天地と呼び、最初に新天地に望みを抱いて移民した人々は、すなわち、信仰の自由を求め、神様に侍るためにやって来た人々でした。旧時代の圧政下において完全に望みを失ってしまい、「仮に大西洋の海で命を失ったとしても、ただひたすらに神様に心ゆくまで侍ることのできる所に行こう」と言って、悲壮な心で出発し、メイフラワー号という帆船に乗り、五十七日間の難航海の末に、アメリカのニューイングランド地方に上陸したのが、すなわちアメリカの先祖である清教徒たちでした。
彼らは航海中に多くの犠牲者を出し、上陸して初めの冬を越すときに、またその半分が犠牲となりました。彼らは、神様と信仰を、命よりも大切にした人々でした。彼らが間もなくアメリカの先祖となり、彼らの精神がアメリカの建国精神になったことは、偶然だとは絶対に言うことができないのです。
神様に侍る唯一の国、すなわち「神様のもとの一つの国家」というモットーが、アメリカの建国精神になったことは、この国を建てて、メシヤを再び迎える世界キリスト教国家の中心にしようとした神様のみ旨を、明確に立証するものです。そして、神様が隠しておいたこの肥沃な大陸に、神様を信奉する五色人種(すべての人種)が集まり、超民族的キリスト教国家をつくったのですが、これは、将来つくられる地上天国のモデルなのです。
今やアメリカは、神様のみ旨を中心として世界救援の旗手となり、教会と国家が一つに団結し、神様の歴史的な願いである世界救援のみ旨を達成し、神様の世界家族、そして統一文化を成し遂げなければならない重大な使命を背負うようになったのです。また、終末に起こる人類歴史最後の悪の勢力である共産主義に備えるために、神様はわずか二百年の間に、この荒地から生まれた新生国家アメリカを、世界の最強国家にされたのです。
今、アメリカ国民が悟らなければならないことは、今日、アメリカが享有している神様の祝福が、アメリカのためだけの祝福ではないということです。この祝福は世界のためのものであり、神様のみ旨を成し遂げるための祝福なのです。今日、アメリカ国民は、キリスト教精神で完全に武装し、世界人類救援のために、いかなる犠牲と十字架をもはばからないという決意に燃えていなければなりません。そして神様のみ前において、アメリカがもつ最も重大な使命は、共産主義の魔の手から自由世界を保護し、究極に至っては、共産主義さえも解放できる原動力にならなければならないということです。

Monday Aug 15, 2022
平和経 第310話
Monday Aug 15, 2022
Monday Aug 15, 2022
2.祖国よ、輝け
日付:一九七八年十月十九日
場所:韓国、ソウル、朝鮮ホテル
行事:韓国地域社会開発研究院招請朝餐講演会
尊敬する各界の指導者の皆様。きょうの朝、この意義深い集会に私をお呼びくださり、国家中興の大課業において中枢的役割を担当していらっしゃる皆様に、お話し申し上げる機会を与えてくださり、心から感謝申し上げます。
神様に選ばれた韓国
私は海外において、様々な逆境の中でも、ひたすら神様の国の具現のために宣教事業に没頭し、二年半ぶりに再び懐かしい祖国の土を踏みました。普通ならば、その間に何度か帰ってこなければならなかった祖国ですが、今回は、執拗に捕らえて放さないフレーザー委員との熾烈な対決において、最終的決着をつけようとしているうちに、懐かしい祖国への帰りが二年半も遅れてしまいました。
フレーザー議員は、去る九月十二日、民主党の予選でついに落選しました。人間的に見ると彼は大変かわいそうな人です。私は、「怨讐も愛さなければならないので、彼のために祈りなさい」と信徒たちに勧めました。彼は今回、負けられない闘いで負けました。その理由は何でしょうか。彼は天意に背反したことによって、敗北したのです。聖賢の言葉に、「天に順う者は存し、天に逆らう者は亡ぶ」とあります。いわば彼は、神様の審判を受けたのです。
韓国を第二のベトナムに仕立てようとする彼の努力は、韓国を選んで天の大きな摂理を全うしようとする神様のみ旨とは正反対の努力でした。そのような神様の摂理を知ってみれば、韓国は重要な国なのです。韓国は、今後世界が共産化されるのを防ぐ、決定的役割を果たす国です。神様は、共産主義の究極的目標である世界制覇を許すことはできません。それは、神様御自身の敗北を意味するからです。そして、この歴史的な有神と無神、二つの理念の最終対決において、韓国は神様の選手として選ばれたのです。
ですから、韓国を破壊しようとするフレーザー議員の陰謀は、とても容認し難いことでした。私は、神様の審判が彼に下ることを明確に予知できました。彼は天に逆らう者の立場に立っているので、いかに彼の威勢が盛んだったとしても、彼の末路が悲惨なことを知っていました。誰でも、天理に背反しては生き残る者がいないのです。今回のフレーザー議員の敗北は、神様の審判であると言わざるを得ません。
このように、こよなく韓国を愛される神様を骨髄にしみて実感しながら帰ってきた、今回の帰国の道でした。何度も降り立った金浦空港ですが、今回はいつになく私を喜んで迎えてくれているようであり、故国同胞の温かい歓迎は、私の霊魂を揺さぶりました。帰るやいなや私は、祖国の地、錦繍江山(クムスガンサン)(=韓国の別称)千五百里を、南北にわたって走ってみました。韓国の山河は、とりわけ青々と美しく、世界に類例を見ない秀麗な山河でした。民族中興に向かって突き進む祖国の復興の姿は、十分に満足して余りあるものでした。
故国にいらっしゃる皆様。本当にお疲れ様でした。私たちは、ただ先進国家につき従っていくことに満足する国となってはいけません。私たちの祖国大韓民国を通して、神様は偉大な課業を成し遂げようとされておられます。二千年前、人知れぬ小さな村、ユダヤの国ベツレヘムの地に、偉大な思想が出現しました。それがすなわち、イエス様の思想でした。神様は、その救世思想を中心として二千年間、救世運動を推し進めてこられました。今、もう一度、共産主義の魔の手から世界を救い出し、地上に天国を建設する新しい救世理念の誕生地として、神様は、東方の小さな国、韓国を訪ねてこられるのです。私たちは、神様が与えてくださるこの任務を甘受しなければなりません。これは正に、私たちの祖国大韓民国が、永遠に栄える道であり、いつまでも光り輝く道です。
堕落によって創造理想と正反対になった世界
きょう、私は皆様をお迎えし、私のこのような所信の一端を披瀝しようと思います。世界のすべての宗教は、宇宙の根本原因を、創造主または神様という方として認定するところから出発します。その神様は善であり、永遠不変であり、唯一であり、絶対的な方でなければなりません。その神様がこの世をお造りになったとするならば、そこには必ず創造目的が先行したはずです。そして、その創造目的も、やはり永遠、不変、唯一、絶対的なものでなければなりません。
神様の創造目的は「喜び」です。喜びを得ようとして、人間と世界を造られたのです。その喜びというのは、一人では感じることができません。喜びを感じるためには必ず対象、または相手が必要です。主体と対象が互いに相対基準を結んで与え合うとき、喜びを感じることができるのです。そして最高の喜びは、愛を与え、受けるときに感じることができます。そのように、神様が私たち人間を対象として造られ、その対象とともに無限の愛を与え合い、永遠に喜びを得ようとされたのです。それが、すなわち創造目的だったのです。
このような創造目的を果たすために、人間始祖として一男一女を造られたのですが、聖書では彼らを「アダム」、「エバ」と呼びます。そのアダムとエバが、神様の完全な喜びの対象となり、愛を与え合いながら、善の子女を繁殖していれば、その家庭が拡大して社会となり、その社会が発展して国家となり、その国家は世界に発展して、この地球は、このアダムの一族で満ちあふれ、この地上には神様の善と愛を完成した喜びの世界が築かれていたのです。その世界を、すなわち天国と称し、その天国は明らかにこの地上にできたはずだったのですが、その世界は、すなわち地上天国と言わざるを得ないのです。
この地上天国は、神様を中心とした一つの家庭であり、人類はすべて一つの兄弟です。そこには一つの伝統と一つの文化がある一つの統一世界にほかなりません。そこには人種差別はあり得ず、言語の衝突もなく、国家の分裂も、理念の対決も、殺戮して相争う戦争もあり得ません。このような神様の理想世界を描きながら、今日の現実を眺めてみるとき、私たちは、神様の理想とは正反対の世界に住んでいることを痛感させられます。まず私たちの一つの体の中に、心と体の分裂を見ることができるのです。
今日の私たちの世界は、分裂の世界です。国家の分裂、言語の分裂、文化、伝統、人種、理念、愛の分裂など、このような分裂の中で、人類歴史は殺戮の闘争と戦争の連続でした。これはどう見ても、天国と言うことはできません。私たちは地上地獄に住んでいるのです。これは、人間始祖アダムとエバの堕落によってもたらされた結果です。堕落したということは、神様に逆らったということであり、神様から離れたということです。それによって、神様が臨在できない歴史が始まりました。人類歴史は、神様に逆らう歴史の連続によって今日に至りました。
人間世界の救援のために遣わされたイエス様
私は先ほど、神様の創造目的が、永遠、不変、唯一、絶対的であると言いました。たとえ人類始祖の反逆によって堕落世界ができたとしても、神様の根本理念とみ旨は変わることはありません。神様は必ず初志を貫徹される方です。神様は必ず、神様本然の創造理想を果たさなければなりません。人間の堕落以後、神様は無為無策だったわけではありません。人間の堕落以後の神様のみ旨は、堕落した人間を救援する「救援の歴史」でした。
「救援」とは何でしょうか。病にかかった人を病気以前の状態に治すことが救援です。病にかかったこの堕落世界を、堕落以前の本然の世界に戻すことが、すなわち救援です。ですから、救援というのは、本然に帰ること、すなわち復帰なのです。ですから神様は、この堕落世界を清算し、堕落以前に神様が計画された本然の理想世界へと復帰するみ業をされて、歴史を歩んでこられているのです。
今から二千年前、神様は、イエス•キリストを救世主、メシヤとして、この地上に遣わされました。彼を遣わした目的は、正に堕落人間の救援です。救援は、すなわち復帰のことをいいます。メシヤがこの世を救援されるということはすなわちこの世を天国へと回復するということです。ところが、二千年前、メシヤは明らかにこの地上に来られましたが、いまだにこの地上には、天国が建設されていません。これは重大な問題です。イエス様は、「天国は近づいた」と天国の到来を宣言されましたが、その天国の到来が成就した痕跡はありません。むしろイエス様は、罪を着せられ、十字架に打ちつけられるという悲運を招きました。これはつまり、神様がメシヤを遺わされたみ旨が、二千年前に完全には成就されなかったことを立証しているのです。
その理由は何でしょうか。その理由は、イスラエル選民の無知と不信にあったのです。神様がメシヤを遣わされる以前の四千年間、イスラエルという選民を集めて摂理されてきたのは、メシヤが来られるとき、そのメシヤを迎えて、神様のみ旨を成就することを願ったからでした。しかし、イスラエル選民は、いざメシヤが来られたとき、神様のみ旨を正確に知ることができませんでした。彼らは、メシヤが来れば、ロ—マの虐政下にいる自分たちの怨讐を討ってくれ、力でローマを征服し、一躍、選民イスラエルが君主の権勢をもって、世界に君臨することを夢みました。彼らが望んだメシヤは、権力のメシヤ、武力のメシヤでした。
しかし、メシヤの天国理念は、武力で成し遂げるものではありません。神様の天国理念は、真理と愛で果たされるのです。その上、メシヤは、イスラエルだけを解放して彼らに王権を与えようとして来られる方ではなく、むしろ、イスラエル選民を犠牲にさせてでも、世界の救援を計ろうとして来られることを、彼らは知りませんでした。政治的な勝利と利己的な権勢争奪を夢見たイスラエル民族の目に映った裸足のみすぼらしい無力なイエス様の姿は、メシヤとしては受け入れ難い姿でした。
それでイスラエル選民は、メシヤを十字架にかけてしまいました。これは、神様にとってこの上ない悲劇であり、人類にとってこの上ない不幸です。神様の天国実現のみ旨は、その時点では成し遂げられず、未来のある時点で、再びメシヤを地上に遣わさざるを得ない破局を招いたと言えるのです。神様が、メシヤ、すなわち救世主を再び遣わされる日を、私たちは「再臨の日」と呼びます。神様のみ旨は、イエス様の時に完結することができず、再臨の日まで延長されてきました。イエス様が十字架につけられたその日から、神様は、再臨の日を準備することに余念がありませんでした。それから歴史は約二千年が流れました。今は、正に終末であると叫ぶ声が高まり、メシヤの再臨を待望する声は四海に満ちています。

Sunday Aug 14, 2022
平和経 第302話
Sunday Aug 14, 2022
Sunday Aug 14, 2022
神様の恨とは何でしょうか。民を抱いて泣き、地に対して泣いたことはありましたが、神様の願われる勝利した息子を抱いて、喜びと感激の涙を流したことはなかったのです。それが神様の恨です。すなわち、天から、「お前は勝利した息子である」と認められる人がいなかったことが、人類歴史を通じて神様の恨として残されてきたのです。言い換えれば、失ってしまった息子、娘を復帰するために、気が遠くなるほど長い歴史の裏街道をさまよってこられた神様にしがみつき、声を上げて泣いたことのある人は一人もいなかったのです。
私たち人類は今や、新しい後天時代を迎え、真の愛を中心として神様を完成させてさしあげなければなりません。それは、神様御自身に未完成な部分が残っているという意味ではなく、完全な主体であられる神様の対象として創造された私たち人間が、完全な対象、すなわち絶対価値をもった真の対象にならなければならないということです。
既にその位置に立っていらっしゃる真の父母様に似て、神様が、絶対的位置で絶対相対を確保し、解放される真の理想家庭の愛の主人になることが私たちの貴任です。主体的神様を中心として、先生がそのマイナスとなって完全統一を成し遂げたように、皆様も、真の父母を中心として、実体的にプラスとマイナスとなれば、神様と一つになった位置に思いどおりに入っていくことができるのです。したがって、皆様は、皆様の肉身の父母に所属した息子、娘ではなく、まず神様の息子、娘であることを刚明して立ち上がらなければなりません。たとえ、今はまだ、皆様自身が神様の息子、娘と叫ぶには不足な点があったとしても、真の父母から祝福され、真の父母の息子、娘になったという条件的基準においてでも、自信をもって進んでいかなければなりません。
誤った根をもって生まれましたが、その根を切ってしまい、幹も切ってしまって、真の父母様の真の血統に接ぎ木され、新しい芽を育て上げるのです。それが、皆様が神様を解放してさしあげる近道です。
皆様がいくら忠真の家庭になったとしても、国家がなくなれば何の役にも立ちません。いくら忠臣であっても、国がなければ歴史に定着できる基盤がなくなるからです。ですから、家庭を通して国を復帰しなければならず、国を通して世界を復帰しなければならず、世界を通しては天宙を復帰できなければなりません。そのような位置を確保したとき、皆様と皆様の家庭は、天宙の主人と同じ価値をもつようになるのです。
皆様。私たちは、後天時代を開くとともに、新しい真の天の文化と伝統を立てています。その例として、私は、天の命に従い、去る四月十八日に「安侍日」を制定して宣布し、既に十一回を過ごしています。去る七月十六日は、第一回「安侍日」を迎えた四月二十七日から満八十日目になる日でした。再出発数である八数が、帰一数であり完成数である十数と共に八十数を形成しています。この日は、真の父母様の年齢が八十歳になった時に結実し、宣布しなければならなかった天の勝利と後天時代の新しい出発を、五年延期して完結し、宣布するという、そのような深い摂理的意味が秘められている日です。
天一国主人である皆様は、この摂理的な行事に参席して神様の心情を相続し、新しい袋に入る新しいぶどう酒として再び醸造されるためにここに来ました。昼夜を分かたず、八十年以上の生涯をいちずに邁進してきた真の父母様の摂理の現場を直接目撃し、平和王国創建の先頭に立つ働き手となるために、ここまで遠い道のりを駆けつけてきたのです。先天時代の古い習慣に執着することなく、心と体のすべてを天のみ前に捧げ、真の天一国を皆様の家庭から探し立てなければならないという天命を受けるために来られたのです。天命とは、背くことのできない天の命令です。死ぬ前に、自らを生きた供え物としてでも天の前に捧げ、責任を完遂しなければならない絶対命令なのです。
皆様。今や人類は、歴史上、あとにも先にもない真の解放、釈放の時である後天時代を迎えました。太初にアダムとエバの失敗によって偽りと罪悪の血に染まった堕落のエデンの園を果敢に脱出し、天の召命に対して悲壮な覚悟で立ち上がらなければならない時が来ました。イスラエル民族の出エジプトの歴史を皆様もよく御存じだと思います。二十一世紀の出エジプトの歴史は、今、皆様を中心として展開しています。イスラエル民族がそう
だったように、皆様は、汚れた醜悪な今日の現実世界に対するすべての未練を振り払うべき時が来たのです。
人類の真の父母という天命を受けた私は、天一国四年の今年になって、天の摂理を勝利と栄光で完結するために悲壮な覚悟で走っています。去る三月二十三日、アメリカの国会の上院ビルにおいて、私は、アメリカの国会議員はもちろん、世界の著名な宗教指導者が席を共にした中で、「世界平和の王」に推戴され、即位式を行いました。六十億の人類のための世界平和は、真の父母を軸として、すべての宗教と思想が真の愛の圏内で和合統一されてこそ可能であるという厳粛な天の命令に従い、私は、そのみ旨を成就するために、さらに多くの心血を注いでいます。
「安侍日」が制定、宣布された今、神様は、七日に一度巡ってくる日曜日だけを聖日とするのではなく、失ったすべての七日間はもちろん、八日目を「安侍日」と定めて慶祝され、御自身の創造された霊界は言うまでもなく、地上界の万人と万象から喜びと敬愛と栄光を受けられる天の真の父母様となられたのです。これからは霊界も総動員され、地上界を協助することのできる道が大きく開かれました。
去る五月五日の第二回「安侍日」には、歴史的な「双合十勝日」を制定し、宣布することにより、天の摂理が、帰一数であり完成数である十数を迎える、すなわち摂理の完結を見る十勝圏の世界を開門しました。後天時代の脈をつないでいく双合十勝圏の完成は、宣布し、記念式を行ったからといって決して自動的に成就されるものではありません。双合十勝圏は、真の心情圏の完成を意味します。神様と心情一体圏の立場まで入っていき、「お前は私の息子であり、私の娘である!」という天の印を受ける立場にまで進んでいかなければならないという意味です。
そして、第四回「安侍日」である去る五月二十一日には、「真の愛の和合統一は真の理想家庭の絶対価値観」を宣布するに至りました。真の愛の実践が皆様の日常生活となるとき、個人や家庭、国家、世界までも和合統一が成就されるのであり、真の理想家庭の絶対価値も正にそこから創出されるのです。
神様の人間創造を探ってみると、絶対的主体の立場に立っていらっしゃる神様も、御自身の絶対相対になってほしいという天命によって人間を創造されたのです。しかし、人間は、堕落により、その天命に最後まで従うことができませんでした。そうして、絶対価値は夢にも見ることができず、相対的価値観にばかりすがってきた人生を生きる人類となったのです。
しかし、今は、真の父母の八十余年という生涯の生の姿がいきいきと皆様を導いています。真の愛の生の姿とは果たしてどのような生なのかということを、はっきりと示してくれています。与えてはまた与え、赦してはまた赦してあげる真の父母様の怨讐に対する愛の標本的生涯の前で、誰が弁明できるというのでしょうか。ただ絶対信仰、絶対愛、絶対服従の道だけが、皆様の宿命的人生になることをはっきりと悟らなければなりません。
蕩減革命、良心革命、心情革命の三大革命を皆様の日常生活の中で実践して完遂し、真の解放と釈放の時代を開門する、天の特攻隊となることを覚悟して立ち上がる人は、両手を挙げて天のみ前にその決意を誓いましょう。
今からお帰りになったら、どうかレバレンド•ムーンが今晩、皆様に差し上げたこの貴い天運の贈り物を大切に使ってくださるようお願いいたします。これは、子々孫々、皆様の家庭における永遠の伝統となり、宝物となるでしょう。神様の祝福とともに、気をつけてお帰りください。ありがとうございました。

Sunday Aug 14, 2022
平和経 第301話
Sunday Aug 14, 2022
Sunday Aug 14, 2022
皆様。「真の父母」という言葉は、神様の創造が始まる以前から神様の心の世界にあった言葉です。神様の創造によって関係を結んだすべての理想は、真の父母を中心とする真の愛の理想を表題として出発したので、「真の父母」という言葉は、創造以前から神様が願われた希望の言葉だったことを知らなければなりません。
真の父母を探し立てるまで、神様の摂理路程において数えきれないほどの多くの人々が犠牲になってきたという事実も、皆様は知らなければなりません。神様は、摂理の路程において、その時々に適切な宗教を立てて摂理してこられました。したがって、宗教の中には、天使級の宗教、カイン的な宗教、アベル的な宗教、養子的な宗教、庶子的な宗教、養父母的な宗教、真の母格の宗教、そして真の父格の宗教があります。
キリスト教の歴史を見れば、アベル格の新教とカイン格の旧教が、神様の摂理全体のみ旨に合わせ、世界の各地域における様々な文化圏を中心として人類救援のために努力してきたすべての宗教圏を統合し、一つの国、一つの世界、すなわち一つの平和世界を建設しなければなりませんでした。あらゆる宗教の中の主流宗教がキリスト教だったからです。
皆様。見えない針の先が神様だとすれば、見える針の先は私たち人類の先祖です。ですから、神様は縦的な真の父母です。そのような神様が、霊界で子女を生産できればどれほどよいでしょうか。しかし、霊界では生産することは不可能なのです。
したがって、神様は、アダムとエバを横的な人類の真の父母の位置に立て、彼らを、天国の民を輩出する生産工場にされたのです。垂直は、一つの焦点しかないので、体積を必要とする生産を行うことはできません。生産に必要な体積は、垂直と水平が出会って、面積が形成されるときに初めて生じるのです。
赤ん坊は、神様が生むのではありません。真の父母を通して生むのです。ですから、神様は人類の縦的な真の父母であり、その縦的な真の父母に対して、真の愛を中心として九〇度に合わせ、横的な真の愛をもったレバレンド•ムーンが、正に人類の横的な真の父母の位置に立っているのです。
真の父母の立場は、人類が何よりも探し求め、待ち望んできた救世主、メシヤ、再臨主の立場を総体的に代弁する立場であり、あらゆる宗教の目的の教えの上に立っているのです。縦的真の父母と横的真の父母を探し出して、その方に侍り、真の愛の子女を生産するようになれば、ほかに何の言葉が必要でしょうか。「真の父母」という言葉の中には、救世主、メシヤ、再臨主という言葉がすべて含まれているのです。
ですから、霊界の五大宗教の代表やすべての聖人、賢人、さらには歴史上最も邪悪なサタンとみなされているスターリンやヒトラーのような者たちも、「レバレンド•ムーンは人類の救世主、メシヤ、再臨主、真の父母である」と宣布し、「その方の教えを実践することに生命を捧げます」と決意する決意文を続々と送ってきているのです。
生命の創造には、二つの父母の愛が絶対的に必要です。一つの父母は、創造主であられる天の父、すなわち縦的な無形の真の父母であられ、もう一つの父母は、その無形の真の父母が御自身の創造理想を実現するために、実体をもって地上に顕現した横的な真の父母です。ですから、神様は、心的な真の父母の位置にいらっしゃり、横的な真の父母は、体的な位置にいらっしゃるのです。
たとえ堕落の後裔に転落してしまったとしても、私たち人間は、このような姿に似て、縦横の愛を自由に展開して楽しむために、二重構造になっているのです。縦的な「私自身」は私たちの心です。今日まで、人々は心について正確に知ることができずに苦悩してきました。仏教においても、儒教においても、自分たちなりに心の正体について定義しようと努力してきました。しかし、心の根である神様の正体を正確に把握しない限り、心を知るというのは不可能なことです。
レバレンド•ムーンの教えは、心の正体を手に取るようにはっきりと説明しています。神様の創造理想によって縦的な真の愛を軸とし、横的な真の愛を中心として人間の心が定着するのであり、前後を連結する神様の真の愛が増し加わって、球形的で立体的な理想が実現するのです。
そのような基台の上でこそ、東西南北のどの方向を通しても力の消耗がなく、またいつ作動しても喜びだけがあるのです。そこには、嫌なものや悪いものが入り込む隙間がありません。全く衝突がないのです。縦的な私と横的な私が、神様の真の愛を中心として一つになるのです。
皆様の心が今も葛藤と衝突の中で闘っているのは、真の愛がとどまることのできる縦と横の交差点が、堕落によって九〇度を形成することができずにいるからです。一言で言えば、神様の真の愛がなければ、絶対に心と体の完全統一を成し遂げることはできないのです。
皆様の所有権の問題を見ても、すべてのものは人類のものであり、堕落によるサタンの讒訴圏を抜け出た本然の所有決定のための土台、すなわち神様の真の愛を中心として一つになった心と体の一体圏を確保しなければなりません。天が絶対的基準で所有権を主張できる位置にまで行くことができてこそ、皆様も天から再び所有権をもつことを許されるのです。
言い換えれば、皆様の全所有権を完全に天に捧げ、天の認定を受けてこそ、地上の真の父母様を通して天的な所有権として再び返してもらうようになるという意味です。このような天道があるがゆえに、先生は、一度手にしたものは、いかなる困難があっても手離そうとはしないのです。真の父母様が捨てるという手続きを経なくてはならないからです。
皆様は、ただの一個人ではありません。自分は世界全体を代表する中心だという確信を抱いて生きれば、そのようになることもできるのです。実際、気がつくと誰もがそのような考えを抱いて生きています。息子、娘は父母を代表し、父母はその家族を代表しています。同じ論理により、今、皆様は、世界的次元で勝利したレバレンド•ムーンの確固たる基盤の上に立っているので、必ずレバレンド•ムーンの身代わりとする立場で心情を相続しなければなりません。
皆様が労働と努力をするのは創造です。一生の間、仕事ばかりして生きたとしても疲れを感じることなく、ただただ楽しく、神様の真の愛の世界を感じることができ、そして神様を慰労してさしあげることができる、そのような道を訪ねていくのが愛の一生なのです。自分は、神様が創造したものをもって趣味とし、楽しく天の記念品をつくって暮らしてから死のうという考えと態度で一生を送ってみてください。東西南北、前後左右、どこにも遮るものはありません。
ですから、先生は一生の間自然を愛し、自然を訪ねて友として生きてきたのです。地球上の海という海、五大洋と六大州で訪ねていかなかった所がなく、川という川、山という山はすべて訪ねていきながら生きるのです。皆様も、先生のように、神様の愛をもって自然を訪ねていって友とし、主人と出会うことができずに嘆息圏に置かれている自然を解放してあげようという心を抱いて生きなければなりません。
そのような意味で、統一運動には「山水苑」運動が必要なのです。都市の退廃した文化のとりこになり、個人中心の利己主義的生活の奴隸となって環境を破壊し、各種の公害の中で苦しみながら、子女たちの情緒的発展を妨げる愚かな生の枠組みから一刻も早く脱出することが、知恵深い人生となるのです。
不幸にも、人間始祖アダムとエバの堕落により、神様が創造とともに理想とされた真の家庭は実現しませんでした。エデンの園において、エバは、天使長に誘惑され、アダムは、エバの誘惑に打ち勝つことができず、利己的な偽りの愛をこの世の中に植えてしまいました。このように、人類の罪と不幸は、人間始祖アダムとエバがサタンを動機として結んだ不倫の愛の結果に由来しているのです。ですから、神様の復帰摂理は、まず人間の心と体を引き裂いた葛藤の壁を除去し、真の家庭を復帰し、真の愛と善の世界を世界的版図に拡大していく歴史を展Ifaしてきました。
早くからこのような天の真理と秘密を見抜いた私は、今まで半世紀以上にわたり、キリスト教徒、さらにはすべての宗教家と全人類に集中的に説いてきたのです。数十、数否に分かれている宗教界やキリスト教はもちろんのこと、全人類にはこの真理以外に統一できる道は全くないのです。

Thursday Aug 11, 2022
平和経 第300話
Thursday Aug 11, 2022
Thursday Aug 11, 2022
17.真の心情革命と真の解放、釈放時代開門
日付:二〇〇四年七月二十六日
場所:韓国、ソウル、リトル•エンジェルス芸術会館
行事:「二〇〇四世界文化体育大典」祝賀晩餐会
尊敬する元•現職の国家の首班と内外の貴賓の皆様。「二〇〇四世界文化体育大典」によって成し遂げた実績と勝利を感謝するその感謝の心をみな一つに合わせて、神様に栄光を捧げましょう。
今日の世界は、前後左右、東西南北、どこを見ても、混沌と絶望の中から抜け出すことができずにいます。方向感覚を喪失した人間の姿が、不憫であるどころか、悲惨な姿としてあらわになりつつあります。誰一人として万人が共感する解答を提示することができず、六十億の人類を乗せた地球号は座礁寸前に来ています。しかし、聖書には、「自分の命を救おうとするものは、それを失い、それを失うものは、保つのである」(ルカ一七・三三)とあります。
私が「二〇〇四世界文化体育大典」の開会式で言及したように、人類のための平和世界の創建は、単に人間の努力だけでは不可能な課業です。そこには天運が必ず共になければなりません。もうあすになれば、皆様は再び別れていきます。
私が今晩、皆様に差し上げようと思う贈り物は、神様のみ言を収めた天運の贈り物です。これは、新千年紀である後天時代を開くとともに、天が人類に与えてくださる大きな恵みであり警告です。このみ言をつかんで死なんとする者は、必ず天が新しい生命を下さり、無視する者は、自然淘汰されるでしょう。注意して耳を傾けてくださり、天がこの特別な時に皆様を召命されたことをお忘れにならないようお願いいたします。
皆様。この時代は、人類歴史や摂理史的な次元から見るとき、実に途方もない意味をもっています。先天時代を締めくくり、後天時代を開いてくださった天は、一日を千年のような思いで、忙しく摂理を成し遂げていらっしゃいます。このような天の心情を悟り、きょう、皆様の立っている位置が摂理的にいかなる位置なのかをはっきりと知らなければならないという意味で、「真の心情革命と真の解放、釈放時代開門」と題してお話ししようと思います。
皆様。神様は、私たち堕落した人間にとって、師の中の師であり、父母の中の父母であり、王の中の王の位置にいらっしゃいます。その理由として、神様は、全知全能であられ、遍在していらっしゃり、真の愛の根であると同時に、絶対性、唯一性、不変性、永遠性をその厲性としてもっていらっしゃるからです。
今日の堕落人間の願いは、神様の真の息子に出会うことです。神様の息子には、個人的な息子、家庭的な息子、氏族的な息子、民族的な息子、そして国家的な息子がいます。それらをすべて取り戻さなければならないのですが、そうしようとすれば、人類はどれほど多くの苦労の路程を経なければならないでしょうか。
ですから、天は、国家的基準に立っている息子圏を代表したメシヤを送られるのです。このメシヤを探し出す日が、正にメシヤ降臨の日なのです。神様の個人、家庭、氏族、民族、国家的な息子まで、すべてを探し出す立場に立つからです。堕落の後裔である私たちは、サタンの讒訴圏を抜け出た神様の息子に出会わなければならず、その次には、神様が愛することのできる父母を中心として形成された家庭を取り戻さなければなりません。
その基台の上に立ってこそ、私たちは神様の愛を探し出すことができるのであり、究極的には、神様と直接出会うことができるのです。このように、神様の愛を中心として愛の関係を結ぶことができるのは、ただ完成したアダム、すなわち真の父だけです。しかし、父一人だけでは父母になることはできません。真の相対を探さなければならないのです。その相対は、真の女性でなければなりません。絶対的基準の女性でなければなりません。世界的基準で女性を代表しているのが新婦格であるキリスト教です。なぜなら、キリスト教の中心思想は再臨主、メシヤを迎える新婦の思想だからです。
しかし、真の父母は、ただ一人の男性と、ただ一人の女性によって成立するのです。男性も絶対的に一人であり、女性も絶対的に一人です。二人ということはあり得ません。このように、唯一の男性と唯一の女性が出会って真の父母となるのです。真の父母は、神様の創造理想を中心とした真の理想的夫婦です。ですから真の父母は、個人から世界、天宙までの統一的中心となり、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的なすべての次元で接ぎ木できるのです。
レバレンド•ムーンは、今まで、生涯にわたってこのことを準備してきました。人類が復帰を目標と定めて神様に向かって進んでいくに当たって、必然的な条件が何かというと父母の門を通過しなければならないということです。なぜなら、真の父母の門を通過しなければ、心情を連結させることができないからです。
今日の世界は、心情的に、民族と民族が通じず、宗教と宗教が通じず、家庭と家庭が互いに通じない世界になってしまいました。このように、前後左右が完全に塞がっている垣根を壊し、互いに通じるようにするためには、まず神様の心情と関係を結ばせてあげなければなりません。果たして、誰がそのような使命を果たすことができるのでしょうか。天の真の仲保者として来られる真の父母様以外にはいないという結論が出るのです。したがって、失ってしまった真の父母を探し出すことは、神様の願いであることはもちろん、人類の夢だったのです。
皆様。人類始祖アダムとエバは、神様が本当に願う真の人類の先祖、すなわち人類の真の父母にならなければなりませんでした。その真の父母の血族として、私たち人類は生まれなければならなかったのです。このように、歴史の出発から始まるべきだった人類の真の父母、その真の父母は、神様の栄光の実体として、また人類の前には永遠の勝利の実体として現れなければなりませんでした。アダムとエバの失敗は、正にここにあったのです。
これが、今までの悲しい歴史を綴ってきた怨恨の土台になったことを、私たちはよく知っています。堕落によって人類は、天の法度から離れ、自らの実体を失ってしまい、神様の心情を蹂躙した邪悪な群れとなってしまいました。
したがって人間は、神様のみ言により、再び自らの実体を取り戻し、真の心情の世界を取り戻す復帰の路程をたどってきているのです。堕落により、万物よりも劣る立場に落ち、神様と自由に向き合うことができない悲しい立場に落ちるようになったのです。このような人間は、自分で自分を回復できないので、神様は、人間を悟らせながら再創造の役事をしてこられたのです。
僕の僕の位置から僕の位置を経て、養子と庶子の位置を経て、直系の息子の位置を経たのち、真の夫婦の位置まで進んで、最終的には、勝利的な主管権を備えて真の父母の位置まで復帰してこられたのです。六千年の摂理史の背後には、このような途方もない秘密が隠されていたという事実を、皆様ははっきりと知らなければなりません。
神様が御覧になるとき、この世は堕落した世の中なので、孝子も、愛国者も、聖人、聖子もいませんでした。かわいそうな人類を救おうとしても、堕落圏以下ではどうすることもできません。なぜならば、堕落とは無関係の神様であられるからです。ですから、神様は、堕落していないアダムとエバ以上の立場、すなわち完成した、後のアダムとして来られるメシヤが、神様の家庭を築き、真の父母になるその日だけを待ち続けてこられたのです。
そのような家庭の上に、初めて真の孝子が現れるのです。そのような家庭を基台として立てられた国家基盤の上に、真の愛国者も現れるのです。その基盤が世界的に広がれば真の聖人、そして天宙的次元では聖子が輩出されるのです。そのような真の家庭の基盤の上に、初めて天の代身者が現れ、相続者が生まれるのです。
本来、「父子」という言葉は、本然の父と息子、娘を意味します。そのような父子が築いた家庭が集まって国を建設します。万民は、平和の世界を願っています。しかし、その平和の世界は、今日の先進国が追求しているそのような世俗的な方法や、そのような次元の文化を通して築かれるのではありません。真の父母を通して伝えられる真の愛の文化を中心としなければ方法はありません。
たとえ、来られるその方が、いくらむしろをかぶり、ぼろのふろしきを背負い、色あせた服を着て、千尋万尋の穴から出てきて疲れきった姿で現れたとしても、堕落人間には選択の余地がありません。その真の父母を通して、神様の心情に接ぎ木されなければならないのです。
そうだとすれば、どの程度、心情的に接ぎ木されなければならないのでしょうか。父の骨髄に入り、その父と一緒に生きたという条件を立ててから、再び母の腹中を通して生まれなければなりません。生まれてからも、真の父母に絶対的基準で侍って生きなければなりません。
しかし、それで終わるわけではありません。周囲の親戚とも関係を結び、さらには氏族的次元で関係を結ばなければならず、民族、国家、世界、天宙、そして最終的には神様とも心情的に関係を結んだという条件を立てなければなりません。そのようにしてこそ、神様は、「お前は私の息子である!」とおっしゃるのであって、自分自身の事情と利益だけを中心として関係を結んだ人は、神様とは何の関係もないのです。

Wednesday Aug 10, 2022
平和経 第294話
Wednesday Aug 10, 2022
Wednesday Aug 10, 2022
14.「鮮文ピースカップ」創設の意義
日付:二〇〇二年六月十二日
場所:韓国、ソウル、リトル•エンジェルス芸術会館
行事:「鮮文ピースカップ」創設大会晩餐会
尊敬する内外の貴賓、ならびに紳士淑女の皆様。きょうのこの場で、皆様と貴い時間を共に過ごすことができ、心からうれしく思います。特に今回、韓国と日本において開かれている第十七回ワールドカップ大会に参席され、そのお忙しい中でも、本大会に参加してくださった指導者の皆様に、重ねて心からの感謝をお捧げいたします。
平和世界実現のために精誠を尽くした八十年以上の生涯
きょう六月十二日は、ワールドカップが開幕して十三日目です。サッカーの熱気が全地球村を熱くしています。連日、異変と波乱、歓喜と挫折が交差する葛藤のドラマが演出される中で、人種や理念、国境を超越し、感動と友情の祝典が繰り広げられています。
きょう、私たちがこの場に集まって深く考えてみることは、スポーツを通じた人類平和実現の道を模索しようということです。今まで私は、聖書の記録のように、「平和をつくり出す人たちは幸いである。彼らは神の子と呼ばれる」(マタイ五•九)というみ言の実践と天意に従い、宗教と学術、言論、文化、芸術、スポーツなど、各分野において、八十年以上の生涯をただ一つの道、神様に侍り、神様のみ旨と理想である自由と幸福、そして平和の世界を実現するために、あらゆる精誠を尽くして生きてきました。
皆様もよくご存じのように、和平や平和という問題は、今まで長い歴史の期間を通して、全世界がすべての手段や方法を動員し、あらゆる努力を注いできましたが、ある一つの国家の政治力や経済力、軍事力だけでは、完全に解決できるものではありませんでした。
問題は、最も近い家庭から氏族、民族、国家、そして世界を越えて天宙までも含めて通用する根本的な真理、すなわち平和の思想がなければならないのです。
真の理想、真の愛、真の生命、真の血統、真の平和の世界は、神様の創造理想であると同時に、人間の希望です。それでは、理想であれ、幸福であれ、愛であれ、平和であれ、その起源は、どこにあるのでしょうか。それは、ただ一つ、相対のために奉仕し、犠牲になって、ために生きるところにあります。そこに根本真理があるのです。
宇宙の根本原則はために存在すること
宇宙は、神様のように互いに、ために生きて存在することを根本秩序として存在しています。神様は、知恵の王であられ、全能のお方です。ですから、すべての存在世界において、真の愛と真の幸福と真の平和を成し遂げるためには、その世界で主体と対象が互いに、ために生きては、またために生きる、そのように存在するようになっているのです。
すべての存在は、二重目的をもつ連体です。存在の中心には、より大きな全体のために生きようとする性相的な目的と、自体を保護し、自体を存続させようとする形状的な目的があります。
例えば、陽子と電子の作用によって原子が存在し、その原子である陽イオンと陰イオンが分子を形成し、その分子でできた栄養素が植物を育てます。その植物が繁殖して動物の餌になります。動物と植物の問においても、酸素と炭酸ガスを交換します。蜂と花は互いに共存します。天体を見ても、太陽と惑星が互いに授受作用をして、一定の距離を維持しながら公転と自転によって運行されています。
このように、すべての存在は、互いに、ために存在しているという宇宙の根本真理があることを、私はいち早く悟りました。この原則が適用される場、言い換えれば、父子の関係にこれが適用されるならば、真の父母がそこに存在するようになり、真の息子、娘がそこに存在するようになるのです。
ために存在するのが、宇宙の根本原則です。この原則の上に立ってこそ、すべての幸福と平和と理想と真の愛が完成するのです。
互いにために生きなければならないという公式的な原則を拡大し、国家と民族を超越して互いにために生きる世界を成し遂げるならば、その世界が正に私たち人間が願うユートピア的真の愛の世界であり、真の理想の世界、真の平和の世界、真の幸福の世界だということは間違いありません。「ために存在する」というこの原則を掲げていくならば、どこにも通じない所がないのです。
もし皆様が霊界に行くことになったとしても、ために生きる真の愛を実践したならば、神様は、天地の中心存在としていらっしゃるので、そのお方から千年、万年福を受けて暮らすようになり、それ以上の幸福はないことを知ることができます。
ために生き続ける存在は中心存在となり、中心存在となることによって、完全に統一的な環境や平和の世界をここで造成できるという事実を、私たちは知らなければなりません。いくら数多くの宗教があり、数多くの教典があったとしても、その核心の教えは、「ために存在せよ」というこの一言に帰着するのです。
真の宗教、愛の宗教、理想的な宗教、幸福の宗教、平和に導く宗教はどのような宗教でしょうか。個人のために生き、家庭のために生き、氏族のために生き、民族のために生き、国家のために生き、世界のために生き、天地のために生き、神様のために生きて、先に犠牲になろうという宗教が真の宗教であり、理想的宗教であり、万民を平和の場に導き、幸福の場に導く宗教であるという結論も、皆様は知ることができるでしょう。
相対的概念から生まれる平和
平和は、相対的な概念から生まれる言葉です。幸福もそうです。一人では幸福になることはできません。このように考えると、私が一つになろうとするところから幸福が生まれるのであり、平和や、私たちのあらゆる理想的な要件も、私が一つになろうとするところから関係が結ばれ、出発がなされるのです。
人の力だけでは、人間世界において平和の紐帯を結ぶことができません。なぜかというと堕落した人間は、それぞれ自分だけがうまくいくことを考えます。互いに利用しようと考えるのです。自分の利益を追求し、自分を中心として良いものを結びつけようとします。
ここに来られた皆様はそうではないですか。指導クラスの人士だとしても、自分を中心として主導権の争奪戦を行い、自分の利益のために闘って大騒ぎしています。今までのこの世の中では、これが私たちの生活の本質的な基礎になっているのです。自分だけのために生きる世の中では、闘いに終わりはなく、継続されるのです。
ここで、私たちの体の構造を見てみましょう。この目は、自分のために生きようとして生じたのでしょうか。相対のために生じたのです。口は自分のために生じたのでしょうか。相対のために生じたのです。この耳は自分のために生じたのでしょうか。相対世界の音を聞くために生じたのです。
鼻は自分のために生じたのでしょうか。手は自分のために生じたのではありません。さらには、男性と女性の生殖器官自体も、自分のためではなく、夫のものは妻のために、妻のものは夫のために生じたのです。平和は、そこから、すなわち、ために生きようとするところから生まれるのです。母親の体は、母親だけのためのものではなく、夫と子女のために存在するようになっています。
一つの平和な世界、ために生きる世界をつくるために、私は妻と共に、全生涯を通して様々な方面に努力を注いでいます。その中でいくつか代表的な例を挙げるならば、人種と宗教、国境、言語の障壁を超越し、未来世界の基盤を固める超宗教、超国家、超NGO(非政府機構)、超与野党教育活動をしてきました。また「世界平和統一家庭連合」では、真の家庭運動と純潔運動を展開してきました。学術分野においては、アメリカのブリッジポート大学と韓国の鮮文大学を中心に平和思想の教育と実践運動に尽力しています。
さらに、言論分野においては、既にアメリカの「ワシントン•タイムズ」とUPI通信社をはじめとして、韓国と日本では「世界日報」、そして南米、北米のすべての国々をカバーする言論機関をつくり、やがて世界百八十五ヵ国に拡大され、世界が一つになって協力する上で、大きく寄与することになるでしょう。

Wednesday Aug 10, 2022
平和経 第299話
Wednesday Aug 10, 2022
Wednesday Aug 10, 2022
生殖器は天国と地獄の境界線
皆様。天国と地獄がどこで分かれるのか御存じでしょうか。空中でしょうか、教会でしょうか、国家でしょうか。違います。正に皆様の生殖器が、天国と地獄を分ける境界線になっているのです。これが人類歴史上、天地を覆す最大の悲劇をもたらしたのです。
目の見えない盲人のように方向を失ったまま、生殖器をいい加減に使うようになれば地獄行きであり、反対にこれを神様の絶対愛の価値基準に合わせて使うようになれば、天国に行きます。誰がこの事実を否定できるでしょうか。疑わしければ、私が天理として発表した『原理講論』を熟読され、それでも疑いが解けなければ、天にすがって祈祷してみてください。必ずその答えを得るでしょう。
レバレンド•ムーンの教えを受け、今や世界の若者たちがフリーセックスを撤廃し、絶対「性」、すなわち絶対愛を主唱する純潔運動が燎原の火のごとく広がっています。フリーセックスが、自分の欲望とサタンを中心とした偽りの愛である反面、絶対愛は神様を中心とする真の愛なのです。多くの文学作品とマスコミが、歴史的にフリーセックスを刺激し、そそのかしてきた傾向がありました。しかし、今からは政治家、財界人、文化人、言論人、宗教家、哲学者など、すべての分野の指導者が声をそろえて先頭に立ち、人類の「亡国病」であるフリーセックスを追い出さなければなりません。
世界平和のための礎石を据えることも、真の愛の絶対価値観を創出するアダムの家庭であり、世界平和への道を破壊するのもアダムの家庭です。ですから、先祖であるアダムの家庭が重要であることを、肝に銘じなければなりません。
私が「世界基督教統一神霊協会」の看板を降ろし、「世界平和統一家庭連合」の看板を掲げたのも、既に時が来たからなのです。地獄となってしまったこの世界を、果たしていかなる方法で変えられるでしょうか。真の愛を中心とした和合統一の実践こそが、唯一の絶対価値観を見いだせる道です。真の愛の主人である神様の属性は、永遠、不変、唯一、絶対的な基準に立っているので、私たちもこれに見習って生きなければならないのです。
世界平和の礎石は真の愛の絶対価値観をもった家庭
皆様。家庭はなぜ良いのでしょうか。それは父母の愛を中心として、本然の自由活動の基地になっているからです。見た目はいくらみすぼらしくとも、輝く真の愛の核をもつ心情で結ばれた人間で構成される本然の家庭となるとき、そこにおいて人間はもちろん、神様までもが真の自由を感じられるのです。愛が欠如した自由は、真の自由ではありません。私たちがある家に客として行ったときに不自由さを感じるのは、まだその家と深い愛の関係を結ぶことができていないからです。すなわち、愛の関係が四方性を備えることができずにいるので、ぎこちなく不自由なのです。
それでは、本然の家庭で最高、最上の価値は何でしょうか。それは本然の父母です。本然の父母は、なぜ素晴らしいのでしょうか。永遠の愛の主体だからです。愛を中心として一生の関係を結ぶことができる最も近い場所にいらっしゃる方が、正に本然の父母なのです。私たちが生まれて最初に、喜びを交わし合う相手が本然の父母です。したがって、本然の父母は、私たちの喜びの主体であり、また対象でもあるのです。
私たちが喜ぶとき、最初に喜んでくださり、私たちが悲しいときも、誰よりも先に悲しみの涙を流す方が本然の父母です。ですから、父母のない子女を孤児と呼び、孤児はかわいそうな人として扱われるのです。次に、愛する夫と妻が本然の家庭で最も尊い価値的存在となるのです。
夫と妻は条件的な愛ではなく、無条件的な本然の愛を交わす夫婦でなければなりません。たとえ初めから、天が与えた絶対的で永遠な次元の愛の関係で始まった愛ではなかったとしても、夫婦という絶対的次元の関係を土台とした相対関係で結ばれた本然の愛になれば、その愛こそが家庭に幸福と喜びを抱かせてくれる根幹となるのです。しかし、このような理想的な本然の夫婦関係が、夫婦関係それ自体だけで終わってしまったら、絶対的価値を内包した永遠な幸福と喜びにはなり得ません。夫婦の前には、必ず本然の子女がいなければならないということです。夫婦二人だけで子女を生まず、幸福に暮らそうとしてみてください。そうすれば人類は二代を越える前に滅亡してしまうでしょう。本然の子女から返ってくる愛を受けて暮らすことができてこそ、真の夫婦が本然の父母の位置まで上がるようになるのです。
その次に貴く重要なものが、本然の父母のための子女の愛です。絶望ではなく、あすの希望として芽生える理想的な環境を慕いながら、明るく肯定的な姿勢で、子女が本然の父母のために犠牲となり、愛することができたとすれば、その愛は、家庭の幸福のための、純粋で真実な価値としての本然の愛となるのです。
このように本然の家庭で三代圏を形成し、本然の父母の、子女のための犠牲的な本然の愛と本然の夫婦間の真の愛、そして本然の子女による、本然の父母のための真の愛が完璧に備わった本然の家庭があるとするならば、その本然の家庭は、人間世界で最も理想的な真の家庭となるのです。
三代圏を形成した家庭が真の幸福の始まり
世の中では、どのような人を幸福な人と言うでしょうか。幸福の基準をどこに置いているのかということです。外的に、人のもち得ない能力や権勢をもっているからといって、幸福な人と言えるでしょうか。誰もが羨むほどお金をたくさんもっていることが幸福でしょうか。世界的な碩学となり、万人が羨む地位に昇ったからといって幸福なのでしょうか。絶対にそうではありません。いかなる外的な条件も、人間の幸福を永遠に保障してはくれないのです。幸福を見つける条件にはなるかもしれませんが、幸福それ自体にはなり得ないということです。
結局、愛する本然の父母がいて、真の愛で結ばれた本然の夫婦がいて、父母に孝行する本然の子女がいるとき、その家庭から真の幸福は始まるのです。
国内外の貴賓の皆様。今や人類は、この韓半島を中心に展開する真の愛の大革命を目撃するようになるでしょう。数千年間、サタンの偽りの愛の中であえいでいた人類が、今や真の家庭の絶対価値観を確立し、定着させ、この地上からあらゆる偽りの価値観を一掃し、喜びの鬨の声を耳にすることになるでしょう。手の平も、二つを打ち合わせてこそ音が出るのです。天は既に真の父母であるレバレンド•ムーンの勝利的基盤の上に、「後天時代」の門を開きました。私たちの責任は今、絶対的主体である天のみ前に絶対的相対となり、天地開闢の新時代を開いていかなければならないのです。
霊界と地上界が一つに統一され、地上と天上に、神様が天地創造の時から理想とされた平和王国である天一国が創建される歴史的な時代です。全世界の知性ある人たちが総決起して、神様を人類の縦的な軸として迎え、横的な真の父母の使命をもって、八十年以上の生涯を犠牲と奉仕で貫いてきたレバレンド•ムーンの教えを受け、真の人間、真の夫婦、真の父母、真の家庭、真の世界を探し立てなければならない時が来ました。
この歴史的な天の課業を完遂するために、皆様、一緒に同参してくださるようお願いします。皆様の絶対価値観を中心とした理想家庭に、神様の祝福が共にあることをお祈りします。ありがとうございました。

Wednesday Aug 10, 2022
平和経 第298話
Wednesday Aug 10, 2022
Wednesday Aug 10, 2022
16.真の理想家庭の絶対価値観は真の愛の主人を定める
日付:二〇〇四年七月二十三日
場所:韓国、忠清南道、天安、柳寛順体育館
行事:「二〇〇四世界文化体育大典」
世界百二十ヵ国からいらっしゃった高名な内外の貴賓、宗教界、学界、政界、市民団体など各界の指導者、「超宗教平和スポーツ・フェステイバル」に参加する青年、国際祝福結婚式の参加者、世界からお集まりになった青年、大学生、そして紳士淑女の皆様。
世界文化体育大典の目標は心情文化世界の創建
一九八八年に私が創設した「世界文化体育大典」は、その核心的主題と目標が、心情文化世界の創建にあります。全人類が神様と真の愛を中心に調和と統一を実現し、共生共栄共義の世界を具現するためのものです。
したがって、世界文化体育大典の行事は、人間のつくった障壁を崩し、超国家、超人種、超宗教的な和合一体を指向する文化祝典なのです。今年の「世界文化体育大典」は、摂理史的に「先天時代」に終止符を打ち、「後天時代」が開かれるこの時点において開催されるという点で、より一層大きな意義があります。
この場をお借りして、私はきょう「真の理想家庭の絶対価値観は真の愛の主人を定める」という題目で、今日、天が人類に下さった真理の一端を紹介しようと思います。
皆様。神様が人間を創造された目的とは何でしょうか。全知全能であり、遍在される神様も、独りで存在することを望まれなかったがゆえに、まずは天宙を人間のための環境として創造され、その上に神様の真の愛で創造されたのが人間です。
神様は、その対象である人間が、神様御自身よりも立派で大きな存在となることを願われたので、人間を御自身の子女として造られたのです。世の中でも父母は、子女が自分よりも成功し立派になることを願うでしょう。これは、すべて神様が祝福として下さった父母の愛なのです。
相対のために生きる人生が愛の主人になる道
子女として造られた人間が成長して完成し、神様から祝福結婚を受け、真の子女を繁殖し、真の永遠の理想天国を成し遂げて生きる姿を見て、喜びを感じようとしたのが神様の創造目的でした。愛の主人となる道は、まず相対のために自分を徹底的に犠牲にして投入する、そのような真の愛の実践を通して開かれるようになります。神様は人間を創造されるときも、まず御自身が絶対信仰、絶対愛、絶対服従の基準を立てて、一〇〇パーセント投入されたのです。相対圏を絶対価値圏として立てるのです。
愛の主人は、独りでなるものではありません。必ず対象を通して成立するものなのです。この絶対的価値圏の愛の原理の前では、神様も同じなのです。子女がいなければ、父母は永遠に愛の主人になれないように、神様御自身が絶対愛の主人の位置に立つためには、その相対圏である人間を、絶対愛の価値圏に立てなければならなかったのです。絶対主体と絶対対象の価値観が生まれて、初めて完成するのです。
宇宙の秩序を見れば、大きいからといって、小さいものを無条件に犠牲を強いて、摂取するようにはなっていません。ヘレニズムに基づいた弱肉強食による適者生存の理論は、根本的に間違っています。ために存在し、真の愛で投入して忘れる絶対服従の対象として、主体的愛の主人として完成させようという絶対価値観を、彼らは見落としているのです。真の愛を排除すれば、闘争概念だけが残るのです。
しかし、神様の「創造原理」は、闘争を通した生存と発展ではありません。主体と対象の関係の中で相互に授受作用をしながら、絶対価値観に基づいて調和統一を追求するのです。「小」が「大」のために犠牲になるとしても、それを闘争と見てはいけません。相互発展のための投入と見なければならないのです。個人は家庭のため、家庭は国家のため、そして国家は世界のために譲歩し、犠牲を甘受することが、どうして闘争と言えるでしょうか。
このように、絶対的価値圏とは、まず相対を真の愛の主人格として立ててあげる真の愛を完成させるためのものです。したがって、私たちの生活の中で、利己的で個人主義的な思考や行為は、徹底的にその根を抜かなければなりません。これは堕落性の根と同じもので、すべての悪の原因を提供しています。個人的次元の利己主義の行動や集団個人主義的行為も同様です。それは真の愛の絶対価値観の精神とは正反対の道です。他のために犠牲となって与えるのではなく、自分のために他を犧牲にし、自分の利益だけを追求する破廉恥な行為です。堕落によって引き起こされた人間の心と体の闘いの中で、巧みに掘り下げて、サタンが人類に植えつけた毒きのこです。自分の栄達と慰めのため、見た目が美しいからといって、一度食べたら中毒に陥り、一生、努力しても抜け出すのが難しい悪の罠です。
すべては相対のために存在する
「前」と「後」のことを考えてみてください。「前」という言葉を語るそれ自体が、既に「後」を前提条件として認めているのであり、「上」という言葉も「下」を先に認めてこそ成立する言葉であり、「左」は「右」を前提とする言葉です。同じ論理で、「男性」という言葉も「女性」という存在が先にあってこそ成立するものです。すなわち、男性は女性のために生まれたのであり、女性は男性のために生まれたと言うことができます。男性がいなければ、女性は必要ありません。同じように女性がいなければ、男性は存在価値がないのです。
結局、自分のために生まれたものは一つもないということです。すべての存在物は、相対のために存在し作用するのです。相対的関係によって理想郷に向かうように創造されたという意味です。人間の五官について考えてみてください。皆様の目は自分の目そのものを見るためにできていますか。目、鼻、耳、口、手、これらすべては相手のために生じました。そうであれば、この五官を総動員し、生命を維持して活動を続けるようにする力は何でしょうか。真の愛の価値観を完成させようとする力です。私たちの五官は、真の愛を実践するために必要なものとして生じた道具にすぎません。
このように、自分のためにできたものは一つもないのです。相対のために与え、愛で犠牲となり、服従で愛の主人を完成させる生き方こそが、神様の創造理想にかなった生き方なのです。相対のために創造されたのですから、当然のこととして、相対のために生きてあげなければならないのは天理なのです。そこから真の愛の絶対価値が創出されるのです。

Saturday Aug 06, 2022
平和経 第304話
Saturday Aug 06, 2022
Saturday Aug 06, 2022
19.摂理的観点から見た三大主体思想
日付:二〇〇七年七月四日
場所:韓国、忠清南道、天安、柳寛順体育館
行事:「二〇〇七世界文化体育大典」
尊敬する国内外からいらっしゃった貴賓の皆様、ならびに各種大会に出場される選手団の皆様。人類の真なる平和の祭典として、その位置を確かなものとする「二〇〇七世界文化体育大典」に参席してくださり、心から感謝を申し上げます。「天宙平和神文明開闢時代の到来」という旗を高々と掲げて出発する今回の大典は、世界六十五億の人類を神様のもとの一家族にするための、和合と平和の新しいパラダイムを創出する大会となるでしょう。
皆様。今日の世界を観察してみてください。世界のどこで、本当に人類の将来を案じ、超宗教、超国家的次元で、人類の和合と平和のために「殺身成仁(サルシンソンイン)」(自己の命をなげうって仁道のために尽くすこと)する指導者を探し出すことができるでしょうか。人類は今、父母を失った孤児や、師を見ても分からない不良児、主人を失った僕といった、そのような境遇となって、目は開いていても一寸先も見ることのできない人に転落しています。
世界には今、約二百の国家がありますが、国家間の関係を見ても、各国が互いに自国の利益にのみ目がくらみ、直接、間接的に熾烈な戦争を継続しているではないですか。人類の福祉と平和のための崇高な志を立てて出帆した国連もまた、今やその限界点にぶつかり、戦争、飢餓、疾病などの世界的危機に直面しても、万策尽き袖手(しゅうしゅ)傍観に明け暮れる、有名無実の機構になりつつあるではないですか。
人間は、自らを「万物の霊長」という位置に立て、歴史をつくり出してきました。恐るべき殺戮戦と天災地変を経てきましたが、人類は今も生存し、繁殖を繰り返しながら、漠然とではありますが、より明るく幸福な世界を追求しているのです。それでは、なぜ人類は、いまだに罪悪と疾病の泥沼から抜け出すことができずにいるのでしょうか。
皆様。人類が直面するこのような悲劇的な現実を打開し、神様のもとに太平聖代の人類一家族をつくる摂理的召命を完遂するために、私は、去る二〇〇六年六月十三日、「天正宮博物館奉献式および天宙平和の王戴冠式」を期して、天一国の市民であれば、誰もが知って実践躬行しなければならない天道的次元の基本義務と使命を宣布しました。
それとともに、きょうは、「摂理的観点から見た三大主体思想」に関する内容のお話をお伝えしようと思います。人類の未来を導いてくれる重要な教えとして天が下さった祝福です。どうか心の扉を開いてこのお話を受け入れ、皆様の永生のために準備してくださることを願います。
皆様。人間には、太初に創造されるとき、神様から賦与された基本的な三大主体思想があることを知らなければなりません。その第一は、真の父母にならなければならないという思想です。神様は、人間を御自身の子女として創造されました。
したがって人間は、神様から受け継いだ原理結果主管圏(成長期間)を経て、自ら人格完成し、真の子女の位置を確保して真の夫婦になり、子女を繁殖させることによって、真の父母の位置にまで行くようになっていたのです。創造とともに賦与された真の愛を実践躬行し、人間完成を成し遂げなければならないという意味です。
しかし、今日の世界は、人倫と道徳が手のほどこしようもなく崩れていっています。父母と子女間の天倫が地に落ち、夫婦間の貞節は既に旧世代の産物として捨てられ、兄弟間の友愛も、今や利己的個人主義の沼に埋もれ、見いだすこともできない世の中になりつつあります。したがって、人間は、何よりもまず真の愛に基づく真の家庭を築かなければなりません。真の父母を中心として三代圏を形成し、真の愛で一つになって生きる家庭を完成しなければならないという意味です。
第二は、真の師にならなければならないという思想です。たとえサタンの影響圏から抜け出せずにいる今日の世界であっても、人間は一生を送りながら、どんな形態であれ、教える人と学ぶ人との関係の中で生きていくようになっています。まずは家庭において、父母を通して学ぶようになります。師の中の最初で最高の師は、皆様の父母です。真の師の位置で、真の子女を育てなければならない最初の責任が父母にあるということです。
このように、真の父母から真であり善の家庭教育を受けて成長した子女は、自動的に学校教育に連結されます。学校教育は、一段階発展した制度圏内での教育です。しかし、学校という枠の中でも、師は、真の父母の心情をもち、すべての学生を真の子女として育て教育する責任があります。横的な学問教育も、縦的な人性教育に基づいて展開しなければならないという意味です。したがって、師はまず、真の父母の心情を所有した師にならなければなりません。
第三は、真の主人にならなければならないという思想です。本来、万有の真の主人は、宇宙を創造された神様であられます。そして、神様の創造は、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の基準で達成された完全投入の結実です。ここから私たちは、真の主人になる知恵を学ぶことができます。真の愛を絶対基準で投入する秘訣のことです。このように、真の主人になる前提条件も、真の父母の心情を所有することです。
ところで、この三大主体思想は、相互絶対不可分の有機的関係をもっています。真の父母、真の師、真の主人の三つすべてが主体的位置に立つこともでき、対象的位置に立つこともできるからです。言い換えれば、真の父母の位置だけを確保しても、そこには真の師と真の主人の位置が生じ、真の師の位置に行けば、そこには真の父母と真の主人が共にあり、真の主人の位置だけを確保しても、真の父母と真の師に会うようになるという意味です。
人間は本来、神様の完全な三大主体思想を相続して生まれてきたからです。皆様が、このような三大主体思想を完成した人格者になろうとすれば、神様のようにならなければなりません。神様のような心をもたなければならず、神様が万有を愛されるのと同じような絶対的基準で人間を愛し、万物を愛することができる神人愛一体の境地まで行かなければならないということです。そのような境地には、真の父母、真の師、真の主人がすべて同じ場所で出会うのです。
世の中は、様々な組織体とそれに関係するものとの調和の中で運行されています。複雑で多様なこの世で、真の主人にならなければならないという思想は、人間と人間の関係はもちろん、人間と万物の関係にも適用される思想です。問題は、どのような人間に対して、「真の主人である」と言うことができるのかということです。より他のために配慮して献身、奉仕するために生きる人生、すなわち真の愛の人生を実践躬行する人が真の主人になるのです。真の愛をもって万物を愛し、保護、育成する人が、万物に対しても真の主人になるのです。
このように、真の主人になるのは、その地位や位置によってではなく、その人の人格と愛にかかっているのです。父母の心情ですべての社員たちを愛し配慮する社長は、その会社の真の主人になるのであり、父母が子女を育て大切にするように、国民を愛し、国民と苦楽を共にできる大統領であってこそ、その国の真の主人になるのです。
皆様。神様の創造は、実に神秘的で奥妙さにあふれています。人間を、御自身の子女として創造され、万物の霊長としてお立てになった神様は、人間に良心という、最高、最善の贈り物を下さいました。人間が地上界で一生を航海するのに必要な羅針盤として与えてくださったものが、良心という特別な贈り物です。
よく人生百年と言います。しかし、人間は誰彼を問わず、生まれてから死ぬ瞬間まで、良心の作用圏から抜け出すことはできません。そして、良心の作用の中で、最高、最上の機能が正に、真の父母、真の師、真の主人の機能です。言い換えれば、良心は、私たちが生まれたときから真の父母、真の師、真の主人の位置で私たちの人生を指導し教育する、神様の代身者なのです。私たちの一挙手一投足を、一時も逃すことなく導き、監視する責任をもつのが良心の機能です。
ですから、良心は、私たちのすべての言行はもちろん、考えまでも父母よりも先に知り、師より先に知り、神様よりも先に知るのです。神様が、人間の人生を指導し監視する本源的な機能を良心に伝授してくださったからです。
水晶のように清く透明でなければならない人間の良心に、堕落性の垢がつき、今まで各種の罪悪と疾病の中で本来の機能を発揮し切れずにいるのです。したがって、サタン主管圏のこの邪悪な世界から一日でも早く解放され釈放されたいと泣き叫んでいる良心の声を聞ける皆様にならなければなりません。
しかし、堕落した人間の力では、良心の機能を本然の位置に戻せる道はありません。天との縦的な関係が垂直を形成することができずにいるからです。六十五億の人類すべてが、自分なりの角度をつくり、それが正統であり最高のものであると錯覚して生きているのです。絶対的基準を形成し、測定できる最短距離の垂直の角度が出てくるまでは、誰一人として救われる道を探し出すことができないのです。
愛する世界の指導者の皆様。歴史上、いまだかつてなかった位置で、人類をサタンの束縛から救い、天国へと導いてくれる鍵をもって来られる方が、正に今、皆様の目の前に立っているレバレンド•ムーンです。本人が願ったとしても、決して探し出せる位置ではありません。天が印を与え、人類の救世主、メシヤ、再臨主、真の父母として立てた位置です。サタンの影響圏外にある絶対的な解放、釈放の位置です。
六十五億の人類を、九〇度の垂直の道に再び連結させてくれる真の父母、真の師、真の主人の道、すなわち良心を主人として侍って生きる真理の人生を、直接実践して見せてくださる方が、正にレバレンド・ムーンなのです。三千億を超える、絶対善霊になった霊界の人類も、この事実を異口同音に証しています。イエス様をはじめとする四大聖人はもちろん、共産主義者を含むすべての思想家や哲学者までも、この驚くべき現実を前に感謝の涙を流しています。霊界に行っている彼らまでも、真の父母の祝福の恩賜を通さなければ、救われる道がないからです。
皆様。今や人類は、真の父母であられるレバレンド•ムーンの教えを受け入れ、交叉祝福結婚を通して、「神様のもとの人類一家族」の天命を果たすべき時を迎えました。人種、文化、宗教、国家を超越して、人類を一つにし、戦争と葛藤のない創造理想世界、すなわち地上、天上天国を創建できる道は、全人類が神様のもとで一つの家族になること以外にあるでしょうか。皆様の知らない間に、真の父母様は、既に人類はもちろん、神様までも解放、釈放する後天開闢の時代を宣布し、世界の至る所で革命の炎をともしています。真の父母、真の師、真の主人にならなければならない真理の革命です。
皆様。「二〇〇七世界文化体育大典」の基本精神も、人類を一つの家族にする聖業の完成にあります。宗教家、文化人、体育分野に携わる人など、すべての人たちが一つとなって、「天宙平和神文明開闢時代」を花咲かせる使命が、皆様にあることを忘れないでください。特に、すべての宗教家が、この神聖な真の愛の革命の隊列の先鋒隊にならなければならないことを、肝に銘じてくださるようにお願いします。レバレンド•ムーンは、既にすべての準備を完了しました。
この地球星を神様の願われる理想天国にするため、五大洋六大州を連結し、巡回して疾走できる「世界平和超高速道路」建設の一環として、べーリング海峡にトンネルを通す、世界最大のプロジェクトを進めています。
世界平和具現の崇高な志を抱いて出発した国連が、有名無実な機構に転落した現実を無視することができず、私は国連の刷新を推進しています。それと並行して、「新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである」という次元で、私は、人類を「天宙平和神文明開闢時代」へと導く新しい「平和国連」、すなわちアベル国連(天宙平和連合)を創設し、世界百二十ヵ国以上の国々から支持を受けています。
皆様は今や、真の父母を信じて従いさえすればよいのです。良心の羅針盤に従い、真の父母、真の師、真の主人の位置を確保し、永生を保障する真の愛の人生を実践躬行してください。皆様の壮途に天運が共にあり、皆様の、祝福を受けた善の先祖たちも、皆様の活動に積極的に協力するでしょう。勇気をもって前進的発展を促進化してください。皆様すべてが、三大主体思想による太平聖代平和王国時代の到来に、億万歳を叫ぶことができる真の家庭理想を完成されることをお祈りいたします。ありがとうございました。

Friday Aug 05, 2022
平和経 第303話
Friday Aug 05, 2022
Friday Aug 05, 2022
18.神様は真の父母、真の師、真の王
日付:二〇〇五年四月二十七日
場所:韓国、全羅南道、麗水、清海ガーデン
行事:根本先祖(平和の王)侍衛教育大会
尊敬する世界の平和大使、NGO(非政府機構)代表、蒙古斑同族連合の指導者、内外の貴賓、ならびに愛する世界の祝福家庭の皆様。このように美しくのどかな春の日に、山高く水麗しいこの大韓民国の麗水と順天の地において、貴い皆様にお会いすることができ、実に胸がいっぱいの思いです。
真の根は神様の真の愛
皆様も御存じだと思いますが、私の八十有余年の生涯は、名状し難い迫害と苦難の道でした。いち早く、十六歳(数え)という若き年齢で天の召命を受け、天命に従って出発し、歩んできた過去七十年間は、サタンとの闘いで生死の岐路を行き来する茨の路程でした。
天地万物を創造され主人であられる神様を知り、私たち人間の真の父母であられる神様を知るすべのなかった人類は、偽りと桎梏(しっこく)の沼から抜け出すことができないまま、長きにわたり漂流してきました。人間の始祖として創造されたアダムとエバの堕落によって、人間は父母を失った天涯孤独な孤児の立場に転落してしまったからです。偽りの父母サタンの術策のもとで、子々孫々へと代を引き継いでいき、偽りの血統と様々な虚像の中で生きてきた数千年の歳月が、当然の現実として固まってしまった今日の世界を私たちは直視しています。
偽りのオリーブの木として数千年を生きてきた人類は、どれが偽りのオリーブの木で、どれが真のオリーブの木なのか識別する能力さえも喪失してしまったのであり、とうとう地球星は、汚れたサタンの血統の後裔である六十億の偽りのオリーブの木によって、ことごとく覆われた地獄圏になってしまったのです。ここにたった一本の天の真のオリーブの木として印を押されて出発した道が、私の過去七十年の生涯でした。
事実、二千年前、イエス様も真のオリーブの木の使命を賦与されて地上に顕現されました。しかし、イエス様の生涯は、皆様もよく御存じのように、天がその時代にイエス様を特別に選んで送られたそのみ旨を正しく悟ることができなかったユダヤ教の不信と、権力闘争ばかりに目がくらんでいたイスラエルの失敗によって、真のオリーブの木の祝福の実を一つも実らせることができないまま、生涯を終えてしまったのです。
したがって、イエス様の死後、天は再び二千年の長い歳月の間、真のオリーブの木を植え、安全に育てて花を咲かせ、実を実らせることのできる基盤を築いてこられたのです。
六十億を超える偽りのオリーブの木が全地球星を覆っていると言いましたが、このままでは、数千、数万年待っても、偽りのオリーブの木は偽りのオリーブの木のままであり、突然変異を起こして真のオリーブの木に変わるという奇跡は現れません。根本的に根が異なるからです。サタンの偽りのオリーブの木の血統が、誰もが願うからといって天の真の血統に変わるわけではありません。そこには、必ず天から真の血統の根とその内容をもってこられる真のオリーブの木が必要なのです。
偽りのオリーブの木は、根元から完全に切ってしまわなければなりません。枝一本でも残せば、真のオリーブの木に生まれ変われる資格を喪失します。言い換えれば、偽りのオリーブの木の痕跡が全くない白紙の状態であってこそ、真のオリーブの木の芽を受けて接ぎ木できるということです。このようにして、真のオリーブの木の実を収穫できるようになるのです。
したがって、選択の余地もなく偽りのオリーブの木として生きてきた全人類の立場は、火を見るよりも明らかです。何よりもまず、皆様は真の根を探し出さなければなりません。そうだとすれば、その根はどこから探し出すことができるのでしょうか。今日、想像を絶するほどの速度で発展を繰り返している現代科学を通してでしょうか。あるいは、数千年の伝統を誇りながら発展してきたすべての哲学書を読みあさってでしょうか。それでもなければ、今日、万人が認める、世界四大宗教の教理を精通することによってでしょうか。結論から申し上げれば、真の根は、超科学、超哲学、超宗教、超天宙的次元でこそ探し出すことができるのです。
天の真のオリーブの木として来られる方は、皆様を生み直してくれる真の父母として来られる方でなければなりません。生命は、必ず父母を通して受けるのが天理だからです。
真の父母は、この地に天の真の愛、真の生命、真の血統の根を持って顕現されます。サタンの偽りの愛を根として生まれた人類を無慈悲に根元から切ってしまい、真の愛の芽を植えつけてあげる使命を果たすために来られる方が、正に真の父母であられます。
このように、私たち人類が探し出すべき真のオリーブの木の根は、神様の真の愛の根であり、その根は、真の父母からであってこそ可能なのです。したがって、プリチャッキ(ルーツ探訪)連合運動は、「平和の王」である真の父母を通して接ぎ木されることによって神様を訪ねていく、超世界的で超天宙的な真の愛の摂理の革命なのです。
祝福結婚によって接ぎ木
皆様。神様の真の愛の根を、どのようにしたら偽りのオリーブの木である堕落人間に接ぎ木できるのでしょうか。偽りのオリーブの木だからといって、根まで完全に抜いてしまえば死んでしまいます。死んだ木には接ぎ木することができません。問題は、真の種か、偽りの種かにかかっているのです。
堕落の後裔である皆様の体には、誰でも例外なくサタンの偽りの血が蠢動しています。したがって、皆様が命を懸けて成就すべき一世一代の目的は、天の真の種をもって来られる真の父母から祝福結婚を受け、真の根である真の愛、真の生命、真の血統を受け継ぐことです。これが正に真の人間を探し求めてきた救援摂理歴史の目的です。すなわち、サタンの偽りの血を完全に除去し、天の真の血統を受け継ぎ、天の真の子女として生まれ変わるようにする人間再創造の運動です。
このように、真の血統を受け継ぎ、真のオリーブの木としての人生を出発するようになる人たちは、真の根の家庭を定着させる義務があります。二度とその家庭にサタンの偽りの根が足を伸ばすことができないよう、真の父母を中心軸として、人類の長子格である「蒙古斑単一同族圏」を、新しい種の地上統一血族圏として立てなければなりません。祝福結婚を通して伝授された真の血統を保全し、皆様の家庭で祖父母、父母、子女の三代の連帯圏を形成することによって、神様の創造性を継承していかなければなりません。
そして、サタン世界と因縁を結んで蓄積したすべての所有権を天に献納し、天から新しい所有権を相続しなければなりません。真の根の真髄である神様の心情圏を相続し、歴史的に生じたカイン•アベル間の恨を解放、釈放させるための真の愛の実践が、皆様の生活の伝統にならなければなりません。
尊敬する貴賓の皆様。今、皆様は、悲壮な覚悟で新しい出発をするべき時が来ました。天運がこの国、この民族に臨んでいます。皆様が優れており、大韓民国が特別だからではありません。天がお立てになった人類の真の父母が、韓民族を中心として真の血統を伝授してあげる摂理を始めたからです。
永遠に偽りのオリーブの木としてしか生きられなかった私たちに、根本的な真の根を下さった神様と真の父母様に、私たちは真心から限りない感謝と拍手を捧げなければなりません。
今から皆様は、先天時代の偽りのオリーブの木的な惰性と虚栄の殼を脱ぎ捨て、後天時代の真のオリーブの木的な真の愛の生活、すなわちために生きる生活を実践躬行する天の精兵とならなければなりません。その道が正に永遠に途切れることのない真の父母の根、真の師の根、真の王の根を皆様の家庭に定着させる道なのです。
皆様。遠からず国家単位で天一国に入籍する時が来るでしょう。宗教単位で看板を外し、天一国の隊列に合流する時が来ています。数千数万の世界的氏族たちが、蒙古斑単一同族圏に合併する現象が起きています。
霊界の大勢の皆様の善の先祖たちが、皆様を通して真のオリーブの木に接ぎ木されることを望み、焦る思いで待っています。偽りのオリ—ブの木として霊界に入った皆様の先祖たちは、地上界でいくら善の人生を生きて霊界に行った人でも、浮草のように根を下ろすことができないまま遊離し、彷徨しています。祝福を受けた皆様の家庭がなければ、永遠に根を下ろすことのできない立場が皆様の先祖たちであるという意味です。したがって皆様は、御自分の家庭で真の血統、すなわち真の愛の根を守る天の目となり、皆様の先祖たちが信じ、頼り、渡っていくことのできる橋にならなければなりません。
真の父母様を通して受けた祝福結婚が、このように貴重で、途方もなく貴いものであることを知らなければなりません。現在の皆様の一族の永生はもちろん、皆様の先祖と子孫の永生にも関わっている無限な価値の祝福なのです。
皆様。私は、今年、二〇〇五年を出発しながら、超宗教•超国家的な次元で、「天宙統一平和の王」として推戴されて即位し、その事実を天上天下に宣布しました。今から世界は、天の主導によって急激に変化していくでしょう。新天新地を創建していく天地開闢の鬨の声が、霊肉界の至る所で響き渡っています。
きょうこの摂理的な地である麗水と順天において、私たちは、解放と釈放の新しい歴史の出発を、喉が張り裂けんばかりに叫ばなければなりません。あの烽火山(ポンファサン)の頂上に永遠に消えない真の愛ののろしを揚げなければなりません。あの広大無辺な太平洋の海の上に祝福家庭の橋を架け、超宗教、超国家、超人種、超世界的次元の天一国を創建する主人となり、先頭に立つ大将のような人にならなければなりません。
最後に、きよう特別に私が皆様に差し上げる贈り物があります。霊界に行っている四大宗教の代表者たちと世界的に知られた王、大統領、言論人、学者たちの代表が送ってきた、感激的で切迫した証言のメッセージを収録した本を差し上げます。きょう私がお伝えした主題講演のお話とともに、この本は、皆様が生涯の必読書とし、皆様の永生を準備する教材としてくださることを願います。神様の祝福が皆様すべてに共にあることをお祈りいたします。ありがとうございました。